さて、人がしゃべる時というのはいくつかのパターンがあります。
1.議論
2.説明
3.雑談・会話
4.知的会話
これらのパターン+「一対一or一対多数」というパターンがでてくるのです。
このうちこの項で取り上げるのは3を前提としています。なぜなら、私が目指した目標は主に雑談だからです。 2も取り上げることはあるでしょうが、1は知識が多い方が勝つ事が多いですし、議論による対立が日常の対立になりかねないのです。それに議論で有名な「朝まで〇テレビ」のような、人に意見を聞く気もない、自分が正しいと思い込む議論など問題の解決につながりません。何よりそんな堅苦しいことを好む人はあまりいません。
4の知的会話は専門的ですので、それに興味のない人にとっては苦痛になります。私個人はこの手の話が好きなのですが、よほど親しい人か、オタクか、大学の教授ぐらいしか話しません。よって、これから取り上げる方法は3を前提においていると考えて下さい。
しゃべるというのはコミニケーションが確立されているときは自分を忘れるほど気味が良く、ネタが切れることなくいつまでも話していたくなります。逆に、コミニケーションが確立されていない、会話がずれているときは実に気まずく、その場から逃げ出したくなるくらいです。みなさんもコミニケーションがずれている時の違和感を感じたことがあるでしょう。
コミニケーションのずれはだいたい共通の会話や性格的なもののずれであると思います。自分の興味のないことを話されても全然おもしろくありませんし、そんな人とまた合いたいと思いません。 類は友を呼ぶと言うことわざがあるように、人は自分と似たような人と仲良くなりやすいものです。なぜなら、共通の会話がありますし、性格も似ているのでコミニケーションをはかるのが楽なのです。しかし、仲の良い人とばかりと会うとは限りません。むしろ、世の中には自分とは違う人がたくさんいるのです。それが世の面白いところでもあるのです。
自分と違う人と会話するのは、慣れないうちは会話が成り立たず気まずい思いをします。ですが、自分と違う人は自分にはないものを持っていますし、話しているうちに自分の視野がそれだけ広がっていきます。コミニケーション力があるという人はつまり、どんな人ととでも共通の会話ができる人なのです。