長男が通う幼稚園は3年保育なのだけど、長男は途中の年中で入園した。
途中で入園したのは長男を入れて5名、毎年若干名の途中入園を募集しているのだ。
入園式の一ヶ月ほど前に、園服やかばん、草履、体操服を注文するのだけど、その時に先生が、「今回の入園から、体操服は男の子も全員赤になります」
という話を私は何も思わずに聞いて、言われる通り赤の体操服を購入した。
今まで女の子は白に赤のラインの入った上と、真っ赤のズボン、男の子は青のラインの上に青のズボンだったらしい。
子供たちも保護者も先生も、体操服の色で男の子と女の子を識別してしまっていたらしく、それではいけないと今年の入園児から全員赤に統一するということだった。
その時は、それが後々大変なことになるとは思いもしなかった。
入園式で長男と同じクラスになる園児が揃っているのを見たとき初めて私は気が付いたのだ。
去年から入園している男の子は、今まで通り青の体操服だったことに。
そしてその心配を確実なものにしたのは、クラスのみんなに長男を紹介したときだった。
誰かが、「赤着ているから女だぁ!」
それを聞いたほかの子も同じように言い始める。
途中から入った5人のうち、長男ともう一人が同じクラスになったので、長男のクラスで赤の体操服を着た男の子は2人だけだった。
おまけに長男は背も小さくやせていて、よく女の子に間違えられる顔をしていたので、もう1人の男の子よりも「女の子だ」と集中攻撃されてしまったのだ。
言葉の遅い長男は否定することもできずに黙っていたので、その時どんな気持ちだったのか知ることはできなかったけど、その時になって初めて私はことの重大さに気が付いたのだ。
それでも長男は私には体操服のことは何も言わなかった。
入園式の翌日に長男が脱走事件を起こしてしまった私にとっては、体操服の問題よりもまず幼稚園になじむことの方が課題だった。
今から思えば、体操服の色の違いも関係していたのかもしれないのに・・・
入園式から一ヶ月経ったある日、長男が私に言った。
長男 「僕、女の子?」
私 「えっ?なんで?違うよ○○は男の子だよ」
長男 「だって女の子っていうもん」
私 「誰が?誰に言われた?」
長男はそれ以上は何も言わなかった。
淡々と話す長男だったけれど、この一ヶ月間我慢をしていたのかもしれない。
私もずっと気にはなっていた。
翌日、私は同時に入園した子のお母さんにも話を聞いてみた。
やはり女の子だとからかわれるらしいようだった。
もちろんからかわれても平気な子もいた。
でもうちの長男は平気ではなかったのだ。
ちょうどその頃、夏に着る体操服の注文をしなければならない時期になっていた。
ほとんどのお母さんは入園前に半袖も購入していた。
でも私は長男のサイズが大きくなったら困るなと思って、その時半袖は購入しなかったのだ。
それは何より幸いだったと思う。
選択権が自然に生まれたのだから・・・
半袖は青を買おうかと考え始めた。
でもズボンは一年中同じなので、青を買うということは、普通なら買わなくてもいいズボンまで買う羽目になる。
今ある赤の体操服はもう二度と着てはくれないだろう。
それでも長男が楽しく幼稚園に行けるのなら安いものだ。
私は、青の体操服を買おうと決めかけていた。
その翌日、同じクラスの男の子のお母さんが、担任の先生に体操服を注文しているのを耳にして、私はなんとなく疑問を感じてしまった。
もちろんそのお母さんは青の体操服を注文していた。
私も青の体操服を注文するつもりだった。
でも何かおかしいよ。 そう思ってしまったのだ。
夜パパにもその疑問をぶつけると、「それはやっぱりおかしいよ。今年から赤にすると決めたのなら新しいのを注文する人だって赤にするべきなんだよ。今の3歳児からそうするというなら、途中で入った園児には青を注文させるべきだったんだよ。」と私と同じ意見がかえってきた。
翌日私は長男に持たせる連絡帳にこう書いた。
"今年から体操服の色が赤に決まったとはいえ、年中と年長の男の子は青なので、「赤を着ているから女だ」とからかわれて嫌な思いをしているようなのです。先日、クラスの男の子が青の体操服を注文しているのを聞いて、それは少しおかしいと思いました。今年から年中さんには5人入ったようですが、たった5人への配慮が足りなかったように思えてなりません。私はたまたま半袖を買っていなかったので、半袖を青にすることはできますが、そうすればズボンも買うことになり、青に慣れてもう赤は着ないと言われれば、今の体操服は無駄になってしまいます。このまま赤で通すか青にするか迷っています。本人はからかわれるのは嫌だけど赤でいいよと言っています。先生はどう思われますか?"
担任の先生も気にはなっていたらしく、からかっている子を見たら注意はしてくれていたようだった。
そして私の連絡帳の話はすぐに園長先生にも伝わることとなった。
翌朝、園長先生は私にこう言った。
「私からも一度園児全員にお話します。でも子供ですから今までは青だったけどこれからは男の子も赤ですよということをすぐにはわかってもらえないのは仕方ないことなのですが・・・ そしてこれからの注文は赤だけということにしました。本当に私たちの配慮がなかったと思っています。」
園長先生のあまりにも早い対応に私はかえって戸惑ってしまった。
ところがそれでは終わらなかった。
園長先生のお話を聞き、今までからかっていた子供たちが、今度は自分も赤を着なければならなくなるかもしれないとうことで、赤の体操服への嫌悪感か、さらに赤の体操服を着ている子たちへの風当たりが強くなってしまったのだ。
その翌日、事件は起こった。
いつものように長男を迎えに行くと長男がいない。
先生が絵本を読み、みんなは椅子に座ってそれを見ている。
でも長男の姿がない。
終わって先に出てきた友達に聞いてみると、「寝てるよ」と言う。
具合でも悪くなったのだろうかと思い、先生に聞いた。
すると長男はピアノの後ろに寝そべっていた。
私が声をかけても返事をしない。普通の様子ではないことはすぐにわかった。
そしてそれは体の具合が悪いのではないということも。
先生の話によるとこうである。
水で遊んだのでほとんどの子が着替えを始めたらしい。
長男も着替えようとしていたが、服が濡れていないので先生は「着替えなくてもいいよ。濡れていないし」と長男に言った。
それでも長男は着替えると言ったので、また更に先生は「着替えなくていいよ」と言った。
そして長男は怒ってその場に座り込んだらしい。
座り込んだ長男をみんなで引っ張ったけど、意地悪な子が長男のパンツをふざけて脱がそうとして・・・ 着替えがピアノの後ろにあるので、自然にピアノの後ろ立てこもり事件になってしまったのだ。
私は先生の話を聞いて涙が出そうになった。
長男がどれだけ傷ついたか、どれだけ悲しかったか、それを考えるとつらくてその場で泣きそうになった。
着替えはそれぞれが巾着に入れて教室に置いているのだけど、着替えは体操服ではなく私服になる。
長男は多分、赤の体操服を脱ぎたかったのだと察した。
もう赤の体操服も限界だと思った。
先生は長男に、「お母さんも来たし、早く出ておいでよ。」と言うけど、こうなったらそう言ったところで出てくる長男ではない。
やっぱり長男の扱い方は母である私が一番よく知っている。
私は全く違う話をした。
「お着替え袋って、みんないいの持っているんだね。みんなお母さんが作ったのかなぁ?でもこれは絶対に買った物だよねぇ(笑) お道具箱見せてね。おっクレヨンもあっていいねぇ。んっ?ねんどがからっぽだよ(笑)」
はじめ長男は話を聞こうともしなかったけど、だんだんこっちを見るようになった。私は続ける。
「この絵本おもしろいね。これはどうなるの?」長男の手が絵本にのびてきた。そして口を開き始める。「これはこう」って。
そして私は最後に「おいで」と長男に手を伸ばした。長男はやっと脱出してきた。
脱出してもしばらくは抱いて一緒に絵本を見ていた。
だんだんもとの長男に戻ってきた。
私も長男も、家に帰ってもそのことにはふれなかった。
ちょうどその日、園長先生が長男に青の体操服を渡してくれた。
「着替え用にしてくださいと、卒園した保護者の方がお古だけどと寄付をしてくれた物があるので、それで様子をみましょう。」と言ってくれたのだ。
次の日、早速長男は青の体操服を着て幼稚園に行った。
みんなと同じという安心感か、とても元気に行った。
そしてそれは担任の先生が見てもすぐわかるように、長男は今までで一番明るく、遊びも積極的だったという。
入園してちょうど一ヶ月が経っていた。
保護者の方が、「青の体操服はもう作ってないんだって。もう赤しか買えないらしいよ。でもうちの子は絶対赤は着ないと思うなぁ」という話をしているのを聞いたときは、とても申し訳なく思った。
結局は私の一言でほかの保護者の方に迷惑をかけてしまったことには少し後悔した。
でも私はその頃、長男を守るので精一杯だった。
長男が少しでも元気に幼稚園に通えるように、できる限りからかわれる要素をなくすために必死だった。
このHPに、「ピアノの後ろたてこもり事件」をすぐに書けなかったのは、うちの長男のせいで青の体操服が買えなくなったとばれるのが怖かったからだ。
結局一緒に入った子はみんな赤の体操服のまま過ごし、長男だけが青の体操服を着ていた。
そのうち、少しずつ赤の体操服を着る男の子も増えてきた。 それでもまだ数えるくらいしかいないけど。
長男にも何度か「今日は赤着てみる?」と聞いても、前日の夜には着ると言っても朝になると「やっぱり着ない」と言うばかりだった。
ひやかされることはなくなったけど、男の子の中には「絶対に赤は着ない」と言う子もいるらしい。
長男にだってまだ嫌な思い出が残っていたに違いない。
そして年が明けて3学期が始まってすぐに、雨の日が続いた。
長男に「今日はもう洗濯物がいっぱいで体操服洗えないから、明日は赤着てくれる?嫌だったらなんとかするけど・・・」私は遠慮がちに言った。
長男は「うんいいよ。赤はもう女の子じゃないもんなぁ」と私に言った。
私はものすごくうれしかった。
長男が強くなったわけではないのかもしれない。
周りに赤を着た男の子が少し増えきて、誰もからかわなくなっただけのことなのかもしれない。
長男は「○○君も赤着てくるかなぁ?」とちょっと心配そうなところも見せていたけど、私はうれしくてたまらなかった。
長男が入園してすでに9ヶ月が経っていた。
園長先生にも早速報告した。 先生も喜んでくれた。
言ってみれば長男一人のために、園は対処してくれたのだ。
ほかの保護者から抗議があったかもしれない。
たかが体操服と思う人もいるだろう。
でもうちの長男にとっては、されど体操服だったのだ。
ちょっと長くなってしまったけど、ここで私の幼稚園時代のある思い出を書いておこう。
私の通っていた幼稚園では普段スモックを着ていた。
スモックの下は何を着てもかまわなかったに違いない。
ある朝、母が出してくれたのはよそ行きのブラウスだった。
多分、スモックの下にブラウスを着たことはなかった。
私は母に、「こんなの着て行っちゃいけないよ。ダメだよ。怒られるよ。」と何度も言ったが、母は笑いながら、「下には何を着ていってもかまわないから・・・」と言った。
仕方なく私はいつもと違う服をスモックの下に着て幼稚園に行ったのだが・・・
先生に怒られるんじゃないかと気が気ではなかった。
たしか先生がお話をしていて、みんなで何か思いついたことを手を挙げて発表するというとき、私は手を挙げて立ち上がりこう言った。
「あの・・・ 今日・・・ 服・・・ 下・・・ 」
もちろん先生は私が何を言っているかわからなかった。私だってどう言っていいのかわからなくて結局途中でやめた。
私は先生に怒られる前に言っておきたかったのだ。「先生、今日はスモックの下によそ行きのブラウスを着ているのですが、こんなの着ていいんですか?」とか、「先生、今日は母がどうしてもこれを着て行けと言うので、いけないとはわかっていたんですが仕方なく着てきました。先に言っておくので怒らないでね」と(笑)
先生にうまく言えなかった私は、その日一日スモックからブラウスが見えないように襟元をずっとつまんでいた。
おしゃべりな子にでも見つかったら先生に言いつけられちゃうもの(笑)
本当にその日一日落ち着かなかったのを覚えている。
長男の体操服のことを心配しながら、私はいつもそのことを思い出していた。
私の話はもうすっかり笑い話になっているけど、長男にとっては深刻なことだったと思う。
大人だって、髪の毛が少しはねていたり、いまいち気に入らない洋服で過ごさなければならなかったらきっと落ち着かない一日になるだろう。
子供だって同じだ。
たかが体操服 されど体操服。