初めて海外へ出たのは、ロンドンでの留学の時で、
それまで外国に目を向けることのなかった
わたしも
これをきっかけにさまざまな国に訪れることになりました。
これまで訪れた国、19カ国!!
それらの国々の思い出を語らせていただきます。
ヨーロッパ(都市名)
London
Paris
Amsterdam
Berlin
Leipzig
Munchen
Warszawa
Krakow
Praha
Bratislava
Wien
Ljubljana
Zagreb
Budapest
Beograd
Bucuresti
Sofija
Istanbul
Brussels
Venezia
Firenze
Roma
Barcelona
Madrid
アメリカ(都市名)
las Vegas
Guam
イギリス
=London=
ロンドンには、3ヶ月滞在していました。
『自分探しの逃避行』って感じです。
テムズ川沿いを歩いたり・・・
美術館のカフェでランチしたり
気の向くまま、思いのまま
過ごしていました。
しかし、この時期は私にとって、
とっても重要なときで
とっても大切なときです。
私の人生を180度変えた、
かけがえのないときです。
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フランス
=Paris=
パリには、クリスマスシーズンに行きました。
通り沿いの木々はライトアップされ、
凱旋門上から見ると、星のよう・・・。
星の光の帯びのひとつ、シャンゼリゼ通りは、
コンコルド広場へつながり、
コンコルド広場には観覧車ありました。
童心に返って、列に並び、パリの夜空に
舞いました。
雪の降るとても静かな夜でした。
TONNY BASSETT
ロンドンで結成。メンバーの一人、Shinjiはロンドンにて活動中。
アルバムも3枚出している。彼らの活動を詳しく知りたい方は、こちらまで。
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オランダ
=Amsterdam=
ドーバー海峡を船で渡り、
とても、寒い夜にアムステルダムには
着きました。
朝になり気づいたのですが、
運河の水が凍っていました。
そこで、スケートをしている子どもがおり、
運河沿いのお店には、スケート靴での入店禁止の
張り紙がありました。
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ドイツ
=Berlin=
ベルリンは、都市開発中でした。
東西を分けていた壁跡をたどり、
フランデンブルク門をくぐりました。
1989年以前は近づくことすらできなかった
この門も、和やかな雰囲気。
東と西とでは、公衆電話の形が違っていました。
森鴎外が舞姫の主人公エリスに出会ったという
マリエン教会をテレビ塔の上から見ました。
東よりも西の景色がきれいで、
東の建物は、寂しい建物です。
=Leipzig=
工事中
=Munchen=
工事中
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ポーランド
=Warszawa=
ワルシャワに来ると、
人の目つきが違うのに気づきました。
西ヨーロッパと東ヨーロッパの違い
といってもいいかもしれません。
駅にはジプシーが物乞いをしており、
子どもの目を見ることができませんでした。
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=アウシュビッツ=
工事中
=kracow=
おとぎの国に来たような、
そんな町でした。
石畳の道を歩いて、
丘の上のお城から町を眺め、
旅をしている自分を思い・・・
不思議に思いました。
わたしって、こんなに行動的だったんだ、って。
日本にいる自分と、
旅に出ている自分とを考えていました。
クラコウでは、路上のおじさんから木箱を買いました。
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チェコ
=praha=
旧市街地広場のホットドックを
たくさん食べました。
ホットドックにはマスタードPチャップ~ックス
の三種類あって、ミックスを4,5本食べたような気がします。
プラハの町は、
古い建物に囲まれた狭い路、まるで迷路のよう。
ライトアップされた夜のプラハ城を
カレル橋の上から眺めていました。
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スロバキア
=bratislava=
ブラチスラバ駅に着くと、
かなり雪が積もっていました。
トラム・バスの1日券を購入し、
駅前の坂道をいきおいよく下って、
町中を一周しました。
城の入り口がわからず、
雪の積もる裏道をのぼり、
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オーストリア
=wien=
街中にリンクがあり、
聖・シュテファン大寺院を中心に
環状にトラムが走っています。
リンクの周りには、
自然史博物館や国会議事堂、劇場、公園などあり、
トラム内からの観光もいいものでした。
分離派館で、クリムトの『接吻』を鑑賞しました。
彼の絵をみると、優雅な気分になります。
クリムトは、わたしが好きな画家の一人です。
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スロベニア
=ljubljana=
リュブリャーナへは、知り合いを尋ねる目的で行きました。
彼女はこの国でテレビ局のアナウンサーをしており、
とても素敵な人です。
彼女の夫にディナーを作っていただき、
暖かいもてなしを受けました。
リュブリャーナには3ヶ月後、再び訪れました。
大学の交換留学生の“チーフ”として・・・
思い出いっぱいつまった国です。
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クロアチア
=Zagreb=
ザグレブ駅周辺のホテルは満員で、
その夜は、宿無しとなりました。
駅前に地下があり、下ると、地下街になっていました。
飲食店は、24時間営業だったので、クロアチア産の
ビールを飲みながら時間をつぶしました。
朝になり、街中を散歩しました。
建物には、それがたてられた年号が入っており、
歴史を感じられました。
現代アートギャラリーは、
数年前の民族戦争の
影響で閉館していました。
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ハンガリー
=Budapest=
ブダペストはドナウ川を挟んで、
王宮のあるブダ側と、繁華街のあるペスト側に
分かれています。
Rakoczi通りで、
税関員を装った男性3人組みに
パスポートを奪われそうになりました。
でも、うわさを聞いていたので、
しらんぷり・・・。
ドキドキの体験でした.
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ユーゴスラビア
=Beograd=
ベオグラードにも、知り合いを尋ねる目的で行きました。
彼は、おしゃべり好きな10代の男の子。家族やガールフレンドを紹介してくれ、
ベオグラードの街をくまなく案内してくれました。
その時は、学生運動中で、私もいっしょにデモに参加してきました。
とてもハードな時を過ごしました。
彼は、この街を愛し、家族を愛し、国を愛しているんだなって思いました。
彼のお母さんは、私が夜行列車に乗るとき、涙を流しながら『また来てね』と、
この街が舞台になった"Underground"という映画のCDにサインをして渡してくれました。
今、セルビア人との紛争がニュースで出ると、
あの暖かい心をもった、
彼や彼の家族、友達を思い出し、せつなくなります。
また、手紙を書いてみようと思います。
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ルーマニア
=Bucuresti=
この街では、熱を出しました。旅の疲れが出たのでしょうか。
ブルショフという街にドラキュラの城があり、
あまり時間が無かったのですが、電車とバスを乗り継ぎ、
急いで行ってきました。
帰りに乗ったバスは、駅まで行くものではなく、
ストレンジャーの私は、列車の出発時間まで時間がなく、
焦っていました。
通りかかったトラムの運転手は私の焦り具合を察したのか、
回り道をして、駅までつれていってくれました。
運転手さんのとなりにすわって・・・
暖かいひとときー。
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ブルガリア
=Sofija=
ソフィアでは交通機関のストが始まっていました。
はじめは、国内の交通機関、そして国際列車、飛行機と
この国から出国する手段がなくなって行きました。
そうとは知らず、初日は、タクシーでリマの僧院へ。
タクシーの運転手にそのことを聞きました。(彼は“ぬけがけ”)
上流階級とそうでない人たちのとの貧富の差を訴えるデモ。
この街では警官に脅され、パスポートを取り上げられ、
でっち上げの文句をつけられ、罰金を迫られました。
英語の通訳までつけて、ぐるになってお金をせびる・・・。
権力が横行する、この社会の貧困さを感じました。
ようやく、イスタンブールへのバスが出ることになりました。
アルバニアへ抜ける予定でしたが、
ソフィアでの滞在が予定より長かったため、諦めました。
しかし、アルバニアでは街中で火炎瓶を投げ合うほど、
危険な状態になっており、それは、良い諦めでもありました。
路上で火を焚き、政府へ訴えるデモ隊の中、無事出国できることを
そのときは奇跡に感じました。
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トルコ
=Istanbul=
初日、船に乗って黒海を見に行きました。
イスタンブールは晴れていて、とても心が落ち着きました。
ソフィアでの疲れが出たのか、熱で1‐2日眠っていました。
私の泊まったホテルには、日本人が多くいて、
しかもみんな旅好きで
旅の情報を交わしていました。
多くの日本人に久しぶりに会って、なんかとても安心しました。
いっしょに街へ食事へ行きましたが、
そのときはラマダンの時期で、
イスラム人は日が沈むと、どっと食事へやってきます。
食事を落ち着いてできるっていいなああーって、
心から思いました。
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ベルギー
=Brussels=
工事中
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イタリア
=Venezia=
工事中
=Firenze=
工事中
=Roma=
工事中
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