最近見て気持ち悪かったモノ。
朝、俺が学校のある駅に着く時間って、丁度俺の学校の子の通学のピークなんだよね。だから駅の階段は俺が通ってるK高校の女の子達で埋め尽くされてる。
俺は混雑してるの嫌いだからちょっと待って最後の方に階段降りるんだけど、待ってる間見える同じ格好した同じ年頃の女の子達が、大量発生したなんかの虫みたいに階段降りていっててその姿はすげぇキモチワルイ。ほんとに皆同じ。吐きそうな位同じ。
日本はこんなクローンだらけの国なんだ。うちの学校は高校は鞄が自由だから皆違うもの持ってる筈なのに、個性のカケラも見えない。本当にクローンだらけ。
そのクローンが同じ教室で同じ様に何かをする時間を割り当てられて、同じ様な行動をとる。
俺は人ができることができないし、ちょっと変わってるけど、結局学校に通う限りはその仕組みの中に組み込まれてる。毎日同じ時間の電車に乗って決められた時間通り授業を受ける。
歯車から抜け出す事はできない。決められた日常で、何かが変わると言う事はなくて、淡々と時間は過ぎていく。テストで悪い点をとっても、当てられた問題が答えられても答えられなくても何かが大きく変わると言う事はない。仕組みの中で知らない誰かの創った基準より上か下か、それが決められるだけ。
そして学校という仕組みから、社会という仕組みに組み込まれる。
知らない誰かの創ったものに従って人の価値が決められる。
そうやって人は誰かに自分の価値を与えられて、それはとても規則的で淡々としていてでも誰もおかしいとは思わない。
人は皆平等だと言っても、ある一定の条件を満たしていない者は必ず見下される。差別される。いくら正しいといっても誰かの決めた「常識」というものに当てはまらなければそれは正しくない。
善悪は多数決で決められている。ただ、その感情を持つ人が持たない人より多いだけで持たない人は「特殊」になる。
学校は、社会は、世間は、知らない誰かの創った定義にとても忠実だ。
「例外」は創られない。定義に当てはまらない要素を持つ者はそれだけで「別の」もの。
皆をできるだけ同じにしている。
「皆」なんていないのに。一人一人違う筈なのに。何時の間にか「皆」は「同じ」にされていく。
必ず一部分では同じにされている。「違う」ものはすぐに切り捨てられる。
そんな世の中なんだな。