Mieko@shenzhen's日記

2001年6月 今日もスコール(嵐)?    

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    今月の深セン,6月の降雨量を更新しました。実に922平方ml?よく降ったものです。

時計が遅れてるぅ(2001年6月1日)

朝、トイレに起きた時おかしいと思ったんだ。まだ五時だってのに外が明るいから。だけど五時から起きるのもなぁと思ってまた寝た。なんかいつまで立っても目覚ましがならない。時計はまだ七時前。…にしては外がやけに賑やかだ。もしかして、時計が遅れてる?起きて、携帯を見たら電池切れで止まってる。しょうがないなぁとリビングの時計を見たら…,ゲッ、もうすぐ9時。やられたぁー!

工場長に電話を入れ、それから出勤の準備。まあ、こういう日もあるさ。だけど、朝私がいなくても誰も気にしないのかしら?「大丈夫ですか」って電話の一つくらい欲しかったな、とシャワーを浴びつつ思う。きっかり一時間の遅刻で出勤した。

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週末の私・筋肉痛(2001年6月3日)

朝七時過ぎ、時計が鳴り、目を覚ます。あら、身体中筋肉痛、特に肩の辺りが痛い。昨日、洗濯を3回もして、リビングの床を磨き上げたから…。(と言っても途中で力尽きて半分しかやってない)TVの下のキャビネットの整理整頓もしたし…。こうからだが痛いと,起きれないなぁと再び眠りにつく。

次の起きたのは10時半近くだった。う〜ん、身体が痛いと良く眠れるわ。昨日、英語浸けの一日だったのも良く寝る秘訣?慣れない事すると脳みそ使うから。でも、、今日も聞かなきゃ。今週のノルマ達成まで、ゲッ、あと9時間…?途端に拒否反応が…。

シャワーを浴び,ご飯を作る。今日は炒飯とシメジスープとキュウリの千切り肉味噌添。この「猪肉醤」、なかなか使える。昨日はこれで春雨と椎茸、玉ねぎ、キュウリの千切りを和えて食べた。昨日の夕食はそれだけだった。)食後は,ハリーポッターのテープ第4巻目を聞きながら分厚い英語の原書を眺めた。

午後2時半、力尽きてベッドへ。そして3時から6時過ぎまで昼寝。PCを立ち上げ、TVの英語チャンネルを見ながら(聞きながら?)ネット,そして写真の整理。ふと気付くと9時。夕飯は,またまた炒飯。明日も、炒飯かもしれない。食後、TVで“NASAの陰謀を暴く“みたいな番組を見ながら日記をつけてるうちにもう10時半。これから部屋に戻って、またハリーポッターのテープを聞く。こうして私の週末は終わるのだ。

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中古設備を入れるには…?(2001年6月4日)

朝、これから深センに工場を作ると言うお客さんの受入をした。すでに進料加工を営まれている会社の話を聞きたいと。会計事務所の先生の紹介でうちに来た。話題になったのは中古設備の輸入。

中古設備の輸入に失敗し、生産に影響が出た会社は多い。その一方で、上手く中古を入れている会社もある。上手い入れ方とはどんなものなのか、10年以上立ってる設備でも輸入可能なのか、そんな話しをした。幾つかの成功例・失敗例をまとめると、こうなる…

1)中古は中古で申請する。

2)輸入する前にお色直し(補修、ペンキ塗り直し)をする。

3)カタログ、説明書(写真付き)を揃えておく。なければでっち上げる。

4)製造年月日を示すプレートは外しておく。特に80年代製造品は注意!

こんな話し、ここに書いていいのかと思いつつ、書いておく。

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大盛りビーフン(2001年6月4日)

久しぶりに、大家楽のビーフンを買った。

会社の昼の弁当をここから取らなくなって、私の足も遠のいていたのに…。馴染みのお姉ちゃんの笑顔に迎えられると、何で足が遠のいていたのか、我ながら不思議になる。いつものように、「ビーフン、5元の、テイクアウト」と告げ、出来あがりを待つ。

家に帰って,開けて見てビックリ!

客が他の店に流れて以来、ボリュームアップをしたとは聞いていたけど…、これは…。今までの1.5倍はあるビーフンを3分の1だけ食べて、あとは冷蔵庫に入れた。この量なら1回買えば3食は楽しめるな、そうすると1食1.6元位…と思いつつ。

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最低賃金の定義は?(2001年6月5日)

q午後、情報交換会に行った。最低賃金の定義について話しが出た。深センの「最低賃金条例」によれば、その定義はこうなる。

最低賃金=基本給+奨金+給料形式で支払われる諸手当

但し、残業代、夜勤代、高温・低温、有毒・有害手当てなどは含まない。

じゃあ、食事代や住居手当を現金で払ってる場合はいいのか?「地元の労働局にはダメだと言われた」と参加者。理論的には最低賃金は食事手当や住居手当を含んでいいはず。ただ問題は、残業代の計算の元になる時給が2.63元以上あるかないかじゃないかと、説明はして見たものの…、本当かなぁと思う気持ちもぬぐえない。

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最低賃金の定義は?(2001年6月6日)

今日はオーメンの日だなぁと思いつつメールをチェック。「昨日の件、詳しい聞かせてください」とのM女史からのメール。夜,福永で会うことにした,「知恵袋も連れて行くから」と私。

知恵袋とは、人事課長。彼女と手分けして、最低賃金の定義を調べる。

労働局発行の資料には「会社が住居・食事を提供している場合は、その額は最低賃金に含めない」と明記されているが,じゃあ,現金支給の場合?労働局法律処の人の見解は,「含まれる」。じゃあ、「例えば、基本給が300元で,食事手当て150元払っている場合は、合わせて450元だからいいんですよね(宝安区の最低賃金は月440元)」と、具体例を出して問いただすと,「それについては解答できない」と逃げられた。労働局に上手く逃げられた課長は、知り合いの人事担当者達に電話しまくる。誰に聞いても明確な答えは出てこない。「私も問い合わせた事あるけどね…」って感じで。

私は、労働局主催のHPで関連の法律を調べる。「給料総額の計算方法」みたいな法律があり、この一連の法律の中で,「現金で支給される食事手当ては給料とみなす」とあるし,住居手当についても「諸手当には、以下のものを含む…住居手当・…」とある。法的解釈からいえば,最低賃金=基本給+食事手当て+住居手当でいいはず。少なくとも、社内の従業員と地元の労働局はこれだけの論拠があれば十分ね。ただ,残業代の計算方法だけは気をつけないといけないけど。

夜、上島珈琲でM女史にHPからダウンロードした法律の資料を渡し、お礼に夕食をご馳走になった。久しぶりに紅焼牛肉飯を食べた。飲み物はキャロットジュース。ハミ瓜ジュースを頼んだM女史は、「私もニンジンにすればよかったと後悔していた。食事しながら、人事課長と一緒に,M女史の社内管理の問題の相談に乗った。「まずは社内に頼れる部下が必要じゃない?どう、彼女、貸すよ。兼業で月500元でどう?」と始めは安く言ってしまったが、話しているうちに,月1500元までの値上げに成功した。彼女のような頼れる部下を持って、私は幸せだわと、一人ほくそ笑む。

もう一人、かつての直属の部下、今は部下(人事課長)の部下、総務のオジさんも最近頑張ってる。人事課長が言う「食堂の問題、彼,昨日,自分で食券を買って食べてみたそうです。別に悪くないじゃないかって」、私は思わず泣きたくなった。だって、彼の変化が、彼の成長が嬉しくて。これまで、彼は食堂の飯を食べたことなどなかった。それで良く食堂の管理してるよなって思うけど、事実、自分でそれを食べようなどとしなかった。食って見ろ、と言っても。それが自分で食券を買って食べた?誰もそれを要求していないのに?あぁ、なんと言う進歩。嬉しくて、涙が出そうだ。

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食堂問題、一件落着(2001年6月7日)

食堂の問題で、昨日も集団投書が来た。前回とは別の部署から。が、この一撃は、逆効果だ。今月になってから、だいぶ改善されたと言うのに、それでも不満だと言う彼ら(彼女等)の本心は何だ?彼ら(彼女等)の言う「満足のいく回答」とは何だ?本当に、全員が全員、現状に不満なのか?一部の者が煽動して、無理矢理全員にサインさせたのではないか?何が何でも、食券ではなく現金支給を獲得しようとする者の陰謀ではないか?

我々の(私と人事課長の)腹は決まっている。絶対に現金支給はしない。他のレストランへの切り替えもしない。引き続き管理会社の食堂を使う。「現金で食事代が欲しいなら、他の会社に言って頂いて結構、沙井に行けばそんな会社はいっぱいあるのだから。」

実際に、食堂の飯が彼らが言うほどひどいのか,食べてみることにした。製造課長が言う「いっそ、食堂検査班のメンバーも呼んで、会議室で一緒に食事しながら話しを聞いたら」、良い提案だ。早速そのようにアレンジした。昼の食事会で分ったこと。食堂は改善されている。米など、前より美味い、他のレストランより美味い。この数日は炊き方も安定してると言う。具沢山のスープまでついてる。職員食堂は,今月から朝食も出る。

工員用食堂のジャガイモ料理を、日本人と香港人で争いながら食べつつ会議は続く。「うまいジャン,これ」、「そうです、でも他のオカズは要らないから、ジャガイモをもっとくれって言ってもくれないんです。」と組長。「葉っぱものがないし、毎日キュウリ,ジャガイモ、冬瓜、モヤシ」と工員。「味は悪くない、前より良くなった。これで油を減らしてくれたら…」という香港人。「俺達、体力勝負だから油は多い方がいいんです。」と言う設備屋さん達。「人の好みはいろいろだから…、味にしても、俺が辛くて食べられないのに、一緒に食べてる奴は唐辛子が足りないって言ったりするし」と香港人。

オカズに虫が入ってる、豚の皮に毛が残ってる,マスクしてない…。「でも」、と人事課長「そう言う問題は外のレストランでもあるでしょ。五つ星ホテルの料理だって時にはそう言うことあるもの」と。この辺りの問題になると、どの食堂でも抱えてる問題。時間が来て、彼女がまとめる。「今日出された意見は、整理して管理会社に伝えます。一緒に改善を促がしていきましょう」と。

結論は出た。今後も、管理会社の食堂を使う。食堂の件は、ひとまずこれで一件落着。

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午前2時半帰宅(2001年6月8日)

午前、迎賓館で人的資源管理のセミナーに参加。

昼、人事課長が別のセミナーで知り合った新都酒店の人事経理に電話。

「深センに来たら食事おごるよって言ってたわよね、来たわよ、おごって!」

マジで、食事をおごらせてしまう,彼女ってすごい。着々と人事ネットワークを構築中。

バイキングを食べ終って,ふと気付いた。

夜はRobinの結婚式だ。あぁ、食べすぎてしまった。後悔先に立たず。

夜,出席できない社長の代りに,社長の酒をもって参加。

レストラン(東海竜宮)で食事、続いてカラオケ(双渓威)。

ようやくお開きになったのは午前2時過ぎ。

家に戻り、シャワー浴びて、顔洗ったらもう3時だった。

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週末の私・寝て曜日(2001年6月9日)

起きたら10時だった。それからネットして、英語聞いて、また寝た。

起きたら5時だった。うーん、やっぱ私って夜型?

でも,12時前に眠りについてたんじゃ夜型とも言えない?

掃除も洗濯もせず、街にも行かず、何してたんでしょ、今日は。

夕飯は作った。春雨と玉ねぎの四川スープ、ほうれん草と卵の炒め。

英語のヒヤリング、今週のノルマ達成まであと17時間

明日1日で17時間?ほとんど不可能ね、今週は。

英語を聞きたくないから寝てしまうのか、それとも、精神的に疲れてるからか。

そう、確かに今、精神的プレッシャーがかかっている。

移転価格税制の調査。

たぶん、うちは負けるだろう。調整される額は何百万、何千万?(通貨はなんだ?)

税務局と遣り合うのは私と部下。気の遠くなるような心理戦が待っている。

価格決めてるのは私らじゃないのに、負けたら私らの責任?

強い憤りと、プレッシャー。

戦いの始めからこけてる場合じゃない。寝よう、寝れるときは思う存分寝よう。

寝て寝て、食って、食って、精神的ストレスは最小限に抑えておこう。

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週末の私・雨の日曜日(2001年6月10日)

明け方、雨が降り出した。

南国の雨は、賑やかだ。

トタンを叩く雨の音,雷と光、バイクの警報機がそれに応える…

4時過ぎ,まだ外は暗いってのに、雨の音に起こされてしまった。

トイレに行って、おなかをすっきりさせれば寝るかしら?

5時前、トイレに起き、また寝る。

8時前、携帯の目覚ましがなったけど無視して、起きたのは9時。

昨日の夜から、無性にトーストが食べたいのだけど、外は雨。降ったり止んだり。

この雨の中、トーストの為に外出するのもねぇ。

運動不足だから、週末ぐらいは歩かないと…,でも、雨の中?

うだうだ考えてる内に、また雨が降り出す。

視界を消すほどの白い雨。横殴りの風。

週末は、雨の週末は、大人しく家にいよう!

雨の合間を縫って、マンションの下の市場で野菜を買う。ご飯も炊く。

これで準備は万端。あとは、一日大人しく、家で英語の勉強をしよう。

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歩こう!(2001年6月12日)

仕事中、やたら眠かった。今日は早く帰って、寝よう!そう思いながら仕事をしてた。

5時15分、終業のベルが鳴る「来週からまた忙しくなるからね、今週はさっさと帰ってゆっくり休まなきゃだめだよ」と部下にいい、「お先にぃ〜!」と帰る。ああ,寝れる、ようやく寝れるとベッドに倒れこむ。

しかし、外は久しぶりのお天気。遊びにおいでとお天道様が誘ってる。

「ちょっとだけ休憩」と呟いて、それから「おっしゃー,行くかぁ!」と街に出た。どこへ行く?上島珈琲、トーストが食べたい。でも,それじゃあ近すぎる。双渓威大酒店まで歩こう、と歩いた。タオル片手に、汗を拭き拭き歩いた。6時半過ぎ,双渓威に辿り着いたものの、この天気のいい日に薄ぐらい店に入る気がしない。空港前の芝生まで行って、腰を下ろしてボーっとした。空港好きの、前の会社の上司の事を思いながらボーッと飛行機の音を聞いていた。空港はいいなぁ,旅に出たいなぁ、と思いつつ。夕飯どうしようかなぁと思いつつ。黒雲が広がってきて、遠くで雷も光り始めて…、

結局、バイクに乗って上島に行った。そして、ニンジンジュースと豚カツさんを食べて、福永タクシー(ミニバン)で戻った。ニンジンジュース,何であんなに美味いんだろう。

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今日、思うこと(2001年6月14日)

私って実はとっても忙しい?

昼休みに英語の勉強しようと高3の教科書を会社においてあるけど、そんなもの見る暇がない。地元紙チェックして、日経にざっと目を通し、ご飯食べて、会社で定期購読してる雑誌に目を通しなんてやってると昼休みが終わってしまう。午前の仕事が昼までかかることが度々になってきたから、余計に昼が短い。月曜は、午後から香港に出て、夕方から会計事務所と打ち合せして,家に戻ったのは11時ごろ。昨日は、社長から「夜、客との食事付き合えや」言われ、家に戻ったのは11時過ぎ。私って実は忙しいんだなァと思う今日此の頃である。

といっても、火曜日は定時で上がり、天気がいいので空港まで歩いて行ったし、今日も,定時で上がった。そして、夕食用の野菜を煮込んでいた。夕方の一時を優雅に過ごす余裕があるなんて、忙しいとは言えない?

と,携帯がなっているので出た。社長からだった。「今、会社?」、「いえ、家です」(会社にいないと不味かった?)「悪いけど明日までに…」と新しい宿題を貰いそうになった。が、しかし、それをかわす「社長、その件については、実は今日、調べて見ました。斯く斯く云々…です。もう一つ、別の案がありまして、それは斯く斯く云々…、詳しくは明日中に報告出します」と。「お,それいい案だな、そこまで考えてくれたか」と社長。「はい,税金払いたくありませんから、ラリーの案です」…家にいても、仕事は家までやってくる。やっぱ私、忙しい?(ああ、そんな事より、煮こんでる野菜が気になる)「それから,もう一つのアイテムですが,環境保護局の批准が必要なんですが,これも今調べてます。明日出します」、「おお,でも、明日夕方には出るんだよ。18日にFAXいれてくれればいいぞぉ」と社長。やった,デッドラインが延びた、と内心ほくそ笑む私。

電話を切って、ふと思う。ベクトルがあってきたな、と。2年前、工場長をして「グチャグチャのドロドロ」と言わしめていた会社だけど、今は違う。同じ目標に向かって、部門を越えたもの同志が協力出来る会社になってきた。この力を生かせば、もっといろいろな事が、他の会社では出来ないことが出来そうな気がする。ベクトルの力を使えば…。と、考えながら、私ってベクトルあわせの影の仕掛人よねぇ,グチャグチャのドロドロを、サラサラのスッキリに,バラバラの会社を一つにしました、なぁんて履歴書に書いたら、少なくとも, この地の日系企業にはうけるかしら?

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誘われて…(2001年6月15日)

いつものM女史からの電話。「今晩お暇?」,世話になってる中国人Aと食事するのに付き合ってくれと言う。たぶん彼の友人も来る、夕方車で迎えに行くから、宜しくと。しかし、行かなきゃよかった。

食事の時、やたら商売の話しばかり,「彼の会社から買ってやってくれ」と、友人を紹介する中国人A。私は、「名刺がないから」と名刺も出さず、極度の人見知りを装って中国語も話さずにいた。あぁ、来なきゃ良かったなぁと思いつつ…。(実際、私は人見知りをする。気分が乗らない時は貝になる。気の合う人とでなければ酒も飲まない)食事が終わって、家まで送ってもらった時まで、ずっとそんな話。まったく気分が悪い。

中国人Aはしたたかな奴で,運がよければ自分の新しい就職先も見つけようとしている。確かに彼は、某日系企業で5年以上管理部担当ではあったが,コネによって物事をどうこうしようとする奴や,「Miekoさんも管理部でしょ。という事は、気に入らない奴は切ったりしてるんでしょ」というような奴は、うちは要らない。

いろいろな人とあって食事をするのは好きだけど、こういう輩とはあまりご一緒したくない。M女史の誘いとはいえ、今後はお断りしよう。

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週末の私・主婦してる?(2001年6月16日)

朝,9時過ぎに起きた。洗濯機を3回まわした。ベッドカバーとシーツを洗い、マットを日に当てた。タンスから竹のベッドシートを引っ張り出したらカビていた。慌ててベランダに出して、熱湯をかけ、干した。(明日、洗わなきゃ。)リビングと寝室の床を掃いて、モップかけた。トイレの前の床を磨いた。昼、残り物のカレーを食べ、夕食の時、それはカレースープに化けた。

掃除や洗濯の合間に、英語を勉強する。ハリーポッターのテープついに第6本目になった。初めて聞く。なのに意外と内容が聞き取れる。嬉しいのと最終巻で内容が面白いのとで連続3回も聞いてしまった。これだけで5、6時間分のヒヤリング。

夜、七時過ぎ、会社の車でじゃこのウォールマートへ買出しに。1ヶ月分のダノンのヨーグルトと,肉を買う。9時、帰宅。買ってきた肉の塊を薄切り、千切り、ぶつ切りにして、それぞれ小分けしてラップで来るんで冷蔵庫へ。一部は豚カツ用に衣を付けて冷凍。ひき肉は、玉ねぎとパン粉を加えて団子やハンバーグ状にして冷凍。これだけあれば当分大丈夫。野菜は、会社がえりにマンションの下で買えばいい。米の代りに、冷凍水餃子も買いこんだ。

なんて主婦な一日だろう,こんな日もたまにはいいね。

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自分に戻ろう(2001年6月17日)

6月の日記を直した。バックを月夜にして、黒地に白文字、見出しは水色。

ちょっと暗い、ちょっと悲しげ…。それでいい、それが本当の自分だから。

青が好き、青いものに囲まれて暮らしたい。海が好き、海のそばで暮らしたい。

でも時々、花や緑も恋しくなる。だから、黄色やピンクが紛れ込む。

さて、他の日記も直そう。

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膝が痛い(2001年6月18日)

日記という物が、その時々の正直な気持ちをつづるものであるなら、

私は言おう、正直に言おう、

膝が痛い!

膝が痛いのである。

週末にスニーカーを洗い、まだ靴紐を通していないから今日は久しぶりにスカートで出勤した。もちろん、膝上丈である。ストッキングを穿いているとはいえ、Gパンに比べれば極めて薄着。社内の冷房に、私の膝は勝てなかった。終業時間が近づく5時前から痛くなり始めた。今,この日記を打ってるときも痛みは続いている。冷房をかけない部屋で、汗を流しながら、膝の痛みを感じながら日記を打っている。それが、今日の私。

只今午後七時、西に沈み始めた夕陽が部屋をオレンジ色に染めている。

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働いて、働いて…(2001年6月19日)

家に帰ったのは九時過ぎ。

会計事務所のお姉さんは、これからホテルでもう一仕事。

うちからかき集めた書類の山と戦うそうな。

きっと彼女は、しょっ中こんな暮らしをしてるのね。

逞しいわ。

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誘われて…(2001年6月20日)

昨日、友人Xから誘われて、七時に福永の上島珈琲で待ち合わせ。

なのに、私は,会議から抜け出させず、、彼女は一人飯を食って帰った。

「昨日はゴメンねぇ」、という訳で、今日は私が沙井に行く。

仕事で落ち込んだ時は、私の毒気にあたるのがいいんだと彼女は言う。

私の毒気(?)でお役に立てるなら、それはそれでいっかぁー。

世の中、何が役に立つか、わからんね。

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たかが雑巾がけ…(2001年6月23日)

されど雑巾がけ。

風呂場を磨き、寝室の拭き、それからリビングの雑巾がけ。

たかが雑巾がけだけなのに、拭いてる途中から腿が痛い!

子供の時は、毎日、毎日教室の雑巾がけをしてたのに。

それで筋肉痛を感じる事なんてなかったのに。

なんという体力の低下、なんという体たらく。

日頃の運動不足を、年月の流れを,しみじみと感じてしまった。

さて、洗濯物干そうっと。

外は久しぶりの豪雨だけど、気にしないもんね。

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お食事&お買い物(2001年6月23日)

ホリデーインでバイキング、148元+15%。

「本日お誕生日の○○さん、お誕生日おめでとうございます…」

なんだ、なんだ、うるさいぞ、放送。

と思いきや下手でウルサイ♪Happy Birthday for you♪。

英語、北京語、広東語の3バージョンをたっぷり聞かせれた。

歌手のコブシの効いた演歌風、民謡風の英語ソングは耳障り!

ウルセェーと思い耳を抑えている私に気付かないマネージャー氏。

グラスの水が空になっても言わなきゃ気付かないウエイトレス。

子供が店内を走り回り騒いでいても誰もなにも言わない。

もう、ホリデーインに来るのはよそう、そう心に決めた。

休憩に入っていた歌手がまた歌い出したので焦ってお会計。

 

ホリデーインを逃げ出して、向かいの海雅百貨でお買い物。

友達のショッピングに付き合っていただけなのに…、

最後の最後、閉店でぇ〜すって時になっていきなり試着。

ピンクのサマードレスと白のカーディガンを買ってしまった。

「香港ドルのクレジットカード使える?」って聞いたら、

「使えます」なぁんていうもんだから…。

上下のセットで245HK$也。

しかし…、いったい何処に着ていくんだろ,ピンクのサマードレス。

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週末の私・寝る子は育つ(2001年6月24日)

寝る子は育つとは言うものの、今更そんなに寝てどうするんだ?

もう、横にしか育ちようがないだろうに…

と、思わず自分で自分に突っ込みを入れてしまいたくなるほど寝た。

日曜日、起きたのが12時過ぎだってのに、3時前にはまた寝てた。

そして、寝て、寝て、ひたすら寝て、月曜の7時過ぎに起きた。

うーん、いい週末だった。???

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会議は何語で?(2001年6月25日)

野暮用で香港へ。会議のため、香港へ。

端午の節句だってのに、香港は今日、休みだってのに,

だぁれもいないオフィスで、日本人が雁首並べて会議。

会議の席に日本人、香港人、中国人。

さて、この会議、何語でやりましょう?

司会(報告者)は香港人、広東語と英語と北京語を話す。

聞くのは日本人、英語は何とか分るが中国語は???

通訳がいないわけではないが、それでは時間がかかる。

英語が苦手とされる通訳(私)が言う、「英語にしましょう」と。

かくして会議は英語で進められ、でも結局、それぞれ???状態。

かくして日本語と北京語が飛び交う。

日本語での会話が続く,中国人が「分らない」と呟く。

中国語での遣り取りが続く、日本人が「なに話してたの?」と聞く。

分ったような、分らないような,そして,会議は終わる。

貰った資料は英語と中国語。

あぁ,明日会社に戻ったらまた英語の辞書引かなきゃ。

英語の必要性を痛感させれる今日此の頃…,地道に勉強するッきゃないよね。

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日本のビザを取得せよ(2001年6月26日)

確かあれは,2月16日のことだった。

会議の席で,日本の親会社の社長に,「ローカル社員に早急にビザを取らせ,日本に派遣しろ」と言われた。私が「そうですね,ゴールデンウィークの頃に」と答えたら,「それでは遅すぎると」と言われた。しかし,ローカルのパスポート取得は思うように進まず,2月末に申請したパスポートは紆余曲折を経て,先週,ようやく発給された。あとは,日本へのビザを取得するばかり。招聘保証状に滞在予定表,工場長に一旦頼んではみたものの,それではいつ作ってくれるか分らない。ええいッ,ママよと,私が勝手にでっち上げた。それをメールで日本に送って,親会社の代表者印と社番を押してもらう。昨日,日本から戻った社長が,それを持ちかえってくれた。中国の会社で用意すべき書類は,人事課長が準備済み。「26日に申請に行かせるからね,それまでに準備しておいて」と予め言ってある。

かくして,ローカル二人は,今日の午後,在広州日本領事館にビザ申請に出かけて行った。午後の整理券配布時間は2時から。それまでに領事館についてはみたものの,実は,今日の分の整理券は午前中に配り終えたと言う。整理券は一日25人分しか発給しない。そんな情報を2時半になってようやく教えてくれる領事館,なんて素敵なサービス。すっかり無駄足だった。今朝6時に来て,9番目だったと言う女性の証言を元に,ローカル二人に工場長の指示が下った。「明朝4時に出発しろ。意地でも明日中にビザを申請しろ」

二人は,翌日朝4時半から出かけて行った。当然,二人は無事整理券をゲットし,ビザ申請にこぎつけた。ところがどっこい,書類が足りない。広州からの電話,「商工会名簿の必要個所のコピーと,香港の会社の“周年報告”がないって言われました。FAXして下さい」と。香港の担当者が,行方不明だった“周年報告”を無事見つけ出し,申請完了。領事館から「7月11日に取りに来て下さい」と告げられたと言う。(ビザの発給は最短で10ワーキング・デー)

雨の中,ご苦労様でした,お二人さん。

来月,無事,日本に行けるといいね。

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久しぶりの翻訳(2001年6月27日)

長いこと翻訳などしていないから,力が落ちた?

それとも,元もとの文書に誤字脱字,意味不明文が多いせい?

いずれにしても,10枚足らずの文書を訳すのに半日以上かかった。

なっさけないなぁー,と思いつつ何とか翻訳を終えた。

こんな文書を読まされる上司達が可哀想ね。

と思いつつも,メールで上司に送りつける。

「明日の朝までに読んでおいて下さいね。」と。

そして自分はさっさと帰宅。

こんな部下で,いいのかしらと思いつつ「お先に失礼します」

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久しぶりに通訳(2001年6月28日)

お役人がやってきて,経営者の話を聞きたいと言う。私と工場長と財務課長で応対。

自分たちの中に,日本語ペラペラの人がいるというのに,

「通訳がいるだろう,そいつに通訳させろ」という。

通訳…?私のことですか?

質問はすべて工場長に集中し,私が訳す。工場長の日本語は相変わらず長くて難しい。私がそれをポツポツと訳す,メモを取りながら。お役人の質問が,これまたバラバラで分りにくい。へんてこな通訳を間に,会話が右へ左へ。

「時間がかかりすぎる!」と役人もついに切れた?

「サンプルを見せてくれ,何を作っているか確認してから話そう」と。

済みませんねぇ,つたない通訳で。おまけに私は,自分の会社がなにを作っているか未だによく分っていない。まして,香港や日本の会社がなにを作ってるかなんて知らない。って言うのに,親切な工場長は,ホワイトボードに図を書いて「うちの製品はですね…」と丁寧に説明するもんだからますます通訳が追いつかない。力不足だわ,とほほ…。

最後に,「内容に間違いがないか確認してサインを」と出された調査記録表。これがまた達筆でなに書いてあるか解読不明。「済みません…」と日本語の出来る人に解読を依頼。これでまたさんざ時間がかかって,お役人更にイライラ。

結局,2時間半かけて,彼らが聞き出して言った事は,あとで良く考えて見ると9割方は会社案内の中に書いてあることだった。「なぁんだ,最初からコレを見せれば良かったね。」と私。「突然のことなんでそこまで頭が回らなかったです。」と財務課長。

午後,応対の様子を社長に報告し,お役人から頂いた調査記録表を日本語に訳し,更に質疑応答の全容を会議録にまとめていたら夜の8時半。「ボイスレコーダーが欲しいよぉ」と呟く私に,財務課長が言う「そういえば,彼らもそんなような物を机の上においてました。」。ほぉ〜,お役所も近代化したなぁ,でも,あのとんでもない中国語をもう一度聞くなんて彼らも気の毒な…。ホワイトボードの図無しに,内容理解が可能なんだろうか?

久しぶりの通訳業&会議録作成。

願わくは,彼らがもう2度と来ませんように!

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元気ですか?(2000年6月29日)

あなたからの電話、なかったね1度も。

いつも、必ず、週に一度はあるのに…。

元気?疲れていない?

電話のないのは元気な証拠?

だといいのだけれど…

今週は、なんの問題も起こらなかった?

だから電話しなかった、ならいいのだけれど…

忙しすぎて、問題が多すぎて、疲れ果てていて

電話する時間も、気力もなかった、

なぁんて事が,なければいいのだけれど…。

あなたからの電話のなかった1週間。

元気でいるからだと、そう、思っていいよね?

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 最終更新日:2001/7/1

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