Mieko@shenzhen's日記

2001年8月 工場に夏休みはない!    

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此の頃,文章が長過ぎる。そう思って,短くして見ました。

何故ホームページを作ったのか?(2001年8月1日)

今日、食事に誘って頂いた方にそう聞かれた。其の時はいい加減に答えてしまったが、ちゃんとした理由をここに書こう。私がホーム‐ページ(以下HP)を作っている理由は,

1,一種の売名行為。将来,通訳・翻訳として独立する時の為。

2,HP作成法習得の為。これも将来の独立を見込んでの行為。

3,知識・情報・体験のストック&整理。いずれ本でも書く為?

4、情報提供・情報交換の場として。「情報は与えて取る」これが工場長の教え。

5、家族・友人むけ。日記や写真で日々の生活を伝えてる、つもり。

私は、仕事より寝る事が好きな奴だけど,実は、とても計算高い奴,食えない奴だ。なのにそんな私を「欲しい」といってくださる会社がある。正直これは,HPの狙い一つだ。

“工場経営に精通した通訳になる”これが30代での私の課題。目標達成の為に、「お誘い」は非常にうれしい。でも,今いる会社も動き出した。大きな勉強のチャンスが来た。せめてあと1年待ってもらえたら…。

新しい嵐の中に飛びこむ勇気が今ちょっと、欠落中。自信が、ない。ごめんなさい。

アップルパイ美味しかったです。ご馳走様でした。

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目から鱗の公明鎮(2001年8月2日)

仕事で光明、公明に行った。

光明は、わぁお,まだ深センにこんな風景が残ってるんだぁってほど一面の田園風景。道路は左右一車線、両脇の街路樹が10年前の世界に私をいざなう。昔は皆こんな道だったのにねぇ、懐かしいなぁと思いつつ窓の外の風景を楽しんだ。所々に、果物農家の直売屋台が出ている。マンゴー、西瓜、パイナップル、龍眼などいろいろ売っていた。さすがは光明華僑農場のお膝元。買いたかったよぉ〜、マンゴー!

公明も、光明と同じ発展の遅れた地だと思っていのに、意外や意外,福永よりいい街だ。お洒落なブティックやレストランが並んでいる。「日本食はないでしょ」って聞いてみたら,ちゃんとあった。8月5日には“三和百貨店”がオープンする。かなり大きい。この発展ぶり、台湾企業のせいね。宝明城大酒店(三ツ星)もかなりの規模。ショーパブ(歌劇院)があるし、1階の海鮮レストランの水槽も充実。香港とマカオの空港へのバスもある。

恐るべし公明。さっそく開拓しなくては!

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ヨーグルトを買いに(2001年8月3日)

財務部員の生後数ヶ月の子供が「下痢が1ヶ月も止まらない」と言う。先輩お母さんの財務課長にあれこれ相談している。“腸内菌ウンタラカンタラ“が原因らしい。

「ヨーグルト飲まなきゃ。」と口を挟んだ。

「え?ヨーグルト?」

「そう,ヨーグルト。腸の中の善玉菌を増やすんだよ。12日以上続けて飲まなきゃ増えないけどね。下痢が止まらなかった時、私はこれで治したよ」

よくお腹壊しては、会社の薬箱の“保臍丸”に世話になっている私の話に彼女等は妙に納得。早速買いに行こう、という事になった。でも何処で?どの銘柄を買えばいいの?と言うことで予定していた残業を止めて(月曜までに社長に報告書を出さねばならいのだが…)、部下を連れ,宝安万佳百貨店までヨーグルトを買いに行った。

部下は一個2.8元もするダノンのヨーグルトを15個も買った。「お母さんは大変ね」という自分も16個買った。更に魚頭豆腐スープセットと豚肉と青パパイヤのスープセットやお菓子や調味料を買い込んでなんだか幸せな気分。

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週末の私・香港へ(2001年8月4日)

日本に送金すべく、ついに香港へ行った。

朝6時半起床、7時45分発のフェリーに乗るべく会社の車で蛇口へ。船は大幅に遅れて8時20分出航。(この便は時間どおりに出たことはないので要注意。)出航と同時に船会社にクレーの電話をかけてる中国人が一人。携帯を切って,「蛇口裁判所に起訴してやる」と息巻いていた。同感!大力支持!

9時半に香港の上環上陸。中国旅行社で旅情報をかき集め、次に香港上海銀行で送金手続き。そして,10時半のフェリー目指して中港城へ。しかし,チケット売り場には列が!結局,12時45分の便となった。

時間まで、お気に入りの馬沙百貨店でお買い物。最終バーゲン品を次々と8着試着したが買ったのは2着。セブンイレブンでパンと紅茶を買って乗船。船はエンジントラブルで35分遅れて出発。2時20分福永着。

飛行場行きの無料バス双渓威ホテルの側で降り、鎮の路線バスで家へ。と思ったら、このバスでは家に戻れない。開き直って終点新田村路口まで乗った。降り返し別の路線バスで街の中心に戻る。午後から会社に出て仕事しよう、という予定をあきらめ、福永バスの旅を楽しんだ。おかげで福永の地理がよく分った。

3時半,足マッサージへ。そして5時,早めの夕食はビビンバと大皿に山盛りのキュウリ。食べながらホームページをいかに充実させるか、アイデアが浮かんだので向かいの自家菜でもらった出前用のチラシの裏にメモった。トップページのアイデアも浮かんだ。「絵を書いて具体化したほうが良いな」と思い、帰りに龍洲百貨店で水彩画の道具一式を買って帰ってきた。

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週末の私・HP大改正の準備(2001年8月5日)

無料で、ネット上でバナ-やらロゴが作れるページのお世話になってなんとかトップページの原稿が出来上がった。内容としては; 

わたくし「シンセンのmieko」は

工場管理者"の代表として

食いだおれ"の代表として

深セン市民”の代表として

時には有益な、時には無意味な

情報をお届けする事を誓います

という風になっている。“ ”で囲んだところはリンクボタン。

さて、次は工場、食いだおれ、深セン市民のページ作りだ。

“工場“には経営企画室、秘書室、警備室、人事部、財務部,日語教室を準備。

経営企画室は,投資関係の情報。警備室は、「今日の事件簿」などを再編集して載せる予定。秘書室は来客アレンジ(ホテル、交通)。人事部は言わずと知れた労務問題。財務=税務。

食いだおれはレストラン情報、深セン市民のページには、深センの情報あれこれ,かな。

老板から頂いたネタ達や、旅の写真館とかは何処にまとめれば良いんだろう?

まあ、なんとかなるだろう。明日は仕事だ。寝よう!

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美味い!(2001年8月6日)

おお、今日はかあちゃんの誕生日だなァ。

幾つになったんだ?私足す事の36だから…ゲッ、70歳じゃん。

それはそうと、今日の昼飯はうまかった。

福永でも人気の広東家庭料理店「自家菜」の出前。

試しに頼んだら、大好評、だって、美味い!

久しぶりに一心不乱で飯を食ったよ、ガッツ、ガッツと。

明日からも「自家菜」のご飯。うれしいよぉ〜〜〜!

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俺,納期嫌いだもん(2001年8月8日)

俺、納期嫌いだもん。

そう、営業マンはいった。

いいなぁ-、いい発言だなァ。

そう、私は思った。

福永の街で、餃子を食べながら…

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この頃思うこと(2001年8月9日)

1,私って何処の会社の人?

ふと仕事中にそう思う時がある。

仕事中,別の会社の人の為に費やしてる時間のなんと多いことか。

2,逃した魚はでかい。

今日,ちょっと,そう思った。

3,私っていい加減な奴だ。

レポートの提出期限が迫る。そういう時は、中途半端なままでも出してしまう。

「すみません、とりあえずこれで」と。昨日の夜もそんな事をしてしまった。

4,統制下に暮らしてる

最近富みにそう感じる。香港のニュースを見ていると突然画面が、変わる。

この数日,そんな事の連続。

当局が必死に隠してるそのニュースがなんなのか、私は知らない。

5、私って何者?

来週末は3連休だ。「何処行くか決めたの?」と人事課長に聞いた。

決めてないっていうから、じゃあ、と情報を手渡した。

広東省の地図、ツアー情報、観光地情報…出て来る,出てくる,私って…?

6,なんか最近忙しい。

何でこんなに忙しいんだろ?

商工会の仕事が二つ、日本語の授業は週4回,今週からIE講習も週2回。

ルーティンナ仕事なんて新聞読むくらい。社内の仕事はほとんど人に振った。

環境小組、安全委員会も今年は私は何もしていない。

日本語の授業も準備なし、宿題なし。突然中止になっても補講なし。

なのになんでこんなに忙しいんだろう?年々、忙しくなる。何で?

やっぱ社外の人の為に、手伝ってる仕事が多すぎ?

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週末は遊ぼう!(2001年8月10日)

午前中、社内の仕事より、社外の人の為の仕事に時間を取られてた。

Aさんのホテルアレンジ、Bさんに個人所得税の情報提供、Cさんに…

この合間を縫って、新聞に目を通し、中国語レポートの訳をして…

午後も引き続き中文日訳、2時間掛けて訳が完了したところで会議。

5時20分まで会議,それから急いで家帰って着替えて、羅湖へ。

さあ、遊びモードに切り替えだ!

夕方6時半,粤海ホテルに男女6人が集合。

まずは食事,そして上海雑技見物、仕上げにハーゲンダッツ。

やっぱ週末は遊ばないとね!

本日の費用は;

夕食30元,雑技80元,ケーキセット55元、タクシー70元。

合計235元。

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週末の私・久しぶりに温泉(2001年8月11日)

天気が良すぎず、悪すぎず、こんな日は温泉かな。

午後1時過ぎに家を出て、途中で飯食べて、3時から温泉。タオルと文庫本を手に、あっちの湯船、こっちの湯船と移動。古法中医推拿(医療マッサージ)もして、日が西に沈むまで温泉三昧。7時半頃温泉を後に、家路について、帰宅したのは9時半。行きは松岡経由、帰りは宝安経由。ぐるっと一周した形になる。

本日の費用は;入湯料88元、マッサージ50元、昼食15元、バス6元、9元。合計163元。

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週末の私(2001年8月12日)

朝っぱらから、ゴキちゃんの死体を4つ片した。

ゲーッ、まだ一匹、巨大なのがひっくり返ってる。

おまけに、まだ生きてる!死んでくれー!と、殺虫剤をシューッ,シューッ。

だって、でっかいゴキブリをつぶすなんて、嫌でしょ。

午後2時からは南海ホテルでアロマティラピーの講習会参加。

終了後、海雅百貨でM女史の新婚祝いを買ってから、ホリデーインへ。

シャムネコ型のトイレ掃除用ブラシフック、気に入ってもらえるかしら?

良い子が生まれるようにとの、私達の気持ちをこめてみたんだけど、だめ?

女4人で楽しく食事&会話。M女史の披露宴と2次会の構想など練りながら…。

夜11時帰宅。洗濯機を回しながら、この日記を仕上げて、一日が終了。

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酔っ払いの午前様(2001年8月14日)

香港の財務コントローラーが来た。

日本語の授業を終えてから、彼と工場長と私で食事に行った。

福永に新しく出来た「立花日本料理」へ。

ツクネ、モツ煮、いかの姿焼き…おおっ、どれもちゃんとしてる。

内輪なので、私はしょっぱなから冷酒「美少女」を頂く。

同じ酒なのに、沙井の雲仁より40元も安い、どういうこと?

楽しく皆で酔っ払いに変身し、帰宅したのは午前0時過ぎ。

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M女史風邪でダウン(2001年8月15日)

夜7時半に仕事を終え,M女史との待ち合わせ場所立花に行った。

店について、M女史に電話、「スイマセン、熱が出て…、これから寝ます」

えぇ〜〜〜!

すると何かい?私はこの店で、一人で食事するんかい?

病人相手に怒ってもしょうがないので、大人しく一人で食事をして帰ってきた。

稲荷寿司2個と焼肉サラダ。昨日もらったVIPカードで2割引で〆て47元。

行きのバイク三元と、帰りの車10元で、今日の出費は60元。

いったい町まで何しに行ったんだろ、私。

M女史ぃ〜〜〜,お大事に。

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またしても午前様(2001年8月16日)

午前様は午前様でも、純粋に仕事で午前様なのだ。

朝、8時半に会社を出て東莞のあちこちを情報を集めて回った。

昼も夜も、ちゃんとお役人様との食事がアレンジされている。

こうしたお役目を終えたあとで、東莞にいる友人から情報収集。

なぁんて事してたら、午前様になってしまった。肥仔(運転手)、ゴメンね。

それにしても東莞、恐いですね。深センでは必要な費用がいろいろ発生する。

企業管理費、糧食保証金、協力費、社会治安費、消防管理費…

確かに土地の値段だけなら深センよりずっと安いんだけどね、

長い目で見ると深センより高いんじゃあないのかなぁ?

なのに東莞に進出する日系が目白押しなのはどうしてなのかしら?

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精魂尽き果て…(2001年8月17日)

金曜日だ、週末だ、明日から3連休だ。

なのになんか疲れてて旅行に行く気力もない。計画もない。

旅行好きが旅行に行かないなんて大事だよ、と朝から一人呟く。

部下達は、何処に旅行に行くことにしたんだろう?

って聞いて見たら、彼女等もメンバーが揃わず何処も行かないらしい。いいだしっぺの肥仔は風邪でダウンしてるし,マザーズは身動き取れないし…。いかんよ、君達!3連休なのに何処も行かないないんて!よく遊び、よく学び、仕事もちゃんとする。そんな管理部にならなくちゃ!

という私も明日は寝るぞぉー!で、夜はバレエ鑑賞だ!

明後日は…、朝って起きてから考えよう。今は考える気力もない。

いかん,いかん,いか〜ん!

とは思うけど、疲れてるから風呂入って寝ようっと。

で、明日早く起きれたら温泉でも行こう。

ん〜、でも、終わってない仕事があるけど、調査報告の作成…

まあいいや,寝よ、寝よう!おやすみなさい。

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いろいろ見せてもらたけど(2001年8月21日)

やっぱ福永がいいな。

そう老板が言う。

じゃあ、そう言う事にしておこう。

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5S+1S(2001年8月22日)

5Sといえば,整理整頓、清潔、清掃、しつけ。

「じゃあ、1Sって何?」

「スマイルとか,素直とかいろんな言い方がありますけど…」

M嬢が言うと冗談ももっともらしく聞こえてしまう。

スマイルと素直さが売りの癒し系の彼女だから。

海千山千のオジさん達の話を、

「いろんなお話が聞けて楽しいです」といえる人物は貴重だ。

私もかつてはそんな時期があったんだけどなぁ…

それが今じゃあすっかり逞しくなって,

言われたら言い返す、突っ込まれたら突っ込み返すだもんな。

毒をもって毒を制す、そんな生き方が出来るなんて立派なオバさんね。

と,素直なM嬢を見て、ふと思ってしまう自分が悲しいわ。

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怒りのあまり…(2001年8月23日)

 会社辞めたくなる時がある。今日が正にそれ。

 怒りを収めるのに、けっこう時間かかった。「消火器が欲しい〜」「心の火を消してくれぇ」と喚いてた。事の起こりは会議のメンバーが時間とおりに集まらなかった事。自分がメンバーだって言うのを知らない奴までいるし,知ってても出てこない奴もいる。「そんなに重要じゃないんでしょ」って感じでサボタージュ決め込んでる人もいる。それもこれも、全部あなたの部下です、工場長!もっと酷い事に、あなたの部下の一人は無断で外出したまま3時間半も戻ってこない。連絡もない。戻ってきた彼を捕まえて、人事から話を聞いても反省の色もない。無断で外出しちゃいけないなんて決まり、どこにもないって感じの言い分。

上司としての役割、ちゃんと果してください、工場長!

部下の指導や教育もちゃんとやってください。

 そして工場長、私もあなたの部下なのですが…。昨年と、一昨年の評価,もらってません。今年の契約書ももらってません。有給の制度が今年からどう変わったのかも説明受けてません。ふとした不満から火がついて、怒りが私の中で爆発した。

怒りの炎に涼風を与えてくれたのは部下たちの頑張りぶり。

 それと日本語の授業。仕事中は、今日は授業止めちゃおうかと思うくらい怒ってたけど,教室に入ったら、顔に笑顔が戻ってきた。授業してたら怒りも消えた。

でも、まだ、「もうこんな会社辞めてやる」の火種は燃えつづけてる。

 こんな時、別の会社から消火器を差し出されたら…,知らないよ。工場長が、上司としての役割をちゃんと果たしてくれなかったら,他にもっと魅力ある上司が現れちゃったら、そっち行っちゃいますからね、私。

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工場にも三年(2001年8月24日)

今日の日経に『稼ぐ人、安い人、あまる人』という本の広告があった。その中に、「石の上にも三年たったら転職のチェック」と書いてあった。これだな、と思った。

そう、私は入社の時から「工場にも3年」って決めていた。

三年で部下を育て、自分は次の工場へ行くと決めていた。

部下は、まだ私が必要だという。私はそうは思わない。

昨日、日経の『トヨタ式 最強の経営』の広告に書いてあった「不可能を可能にする風土・習慣とは」の部分を見せたとき、あなたはそのすべてを理解したもの。そして、いま正に仕事の中でこれらを体現してくれているし,自分の部下にも、他の部の人にもそれを伝え始めてくれているもの。私がいなくなっても、あなた達が立派に後を継いでくれる。逆に、私がいると、あなた達は私に頼ってしまう。工場長までが私に頼ってる。

それじゃあ、ダメ。だから私は他へ行く。あなた達の為に。

大丈夫、すぐに辞めるわけじゃあない。

工場にも三年、来年の4月で丸三年、それまではいるから。

その後のことは、その時考える。

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さて何を書いたものか…(2001年8月26日)

今日、何もしなかったわけじゃない。逆に、今日は朝からいろいろな人にあった。

中国語の通訳・翻訳市場は競争が激しいな、なんて思った。競争に勝つ為にはもっともっと専門分野に特化しないとダメだなって。若い人がドンドンこの市場に参入してくる。だから私も、常に走ってないと市場から取り残される。そんな恐怖感がある。

それにしても、あたしの給料は高いね、こんな高い給料じゃあ転職の時足手まといになる。他の女の子の倍もする金、出してくれる会社があるんだろうか?そんなことも思った。だけど私は彼女等の三倍以上役に立つはずだ。『稼ぐ人、安い人、余る人』に書いてある“2倍の給料で3倍の仕事”って言葉を、ふと思い出した。でも、それだって、そう評価してくれる会社にめぐり合わなければ意味がない。そう思うと,いまの工場長にめぐり合えて幸せだった。ど素人の私を大胆に採用してくれたことに感謝してる。

どうでもいいけど膝が痛い。スーツ着て朝から晩まで冷房の中にいたから。今,バケツにお湯張って、そこに足を入れて、汗をダラダラたらしながらこの日記を書いてる。私ってただの変な人?でも変な人って言ったら工場長だって変な人だ。石岩の温泉で1時間も2時間も同じ湯に、まるで我慢大会のように浸かってた。でも、だけど、結局その変態さに惚れてるんだろうな、私。

 

アップルパイのお兄さんだって充分魅力的だし、私、彼と一緒に仕事をして見たいと心底思うけれど、どうしてこうタイミングが悪いのか。縁がないって事かなぁ。“戦う女”M女史だって,私と同じことを思ってる。(そうそうM女史は今日からファイターのFをとってF女史と呼ぶことにした)いろいろ思いは尽きないけど、膝はまだ痛いけど、とりあえず今日は寝るか。今日の仕事は、とりあえず立派にやり終えた、と思うし、それで充分だよね。

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風が変わった(2001年8月28日)

風が変わった。昨日、会社を出た時にそう感じた。

メアリーポピンズ見たいに、

「風が変わったわ」って次の街へ飛んで行く,それもいいなって。

今朝、起きたら、不思議とこの数日の悩みから抜け出していた。

どうしてだろうね。風が変わった…としか言いようがない。

それとも、起き掛けに見ていた夢のせい?

夢の中で、家族や高校時代の友人たちに会った。

夢の中で、「工場長達のお土産に」って試食した魚はやたらうまかった。

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2年という歳月(2001年8月29日)

昼、深センの恩人と食事をした。彼に、誘われたから。

午後,税関コストと税金というテーマのセミナーに出た。

講師の人は、あった事のある人だった。彼も私を覚えてた。2年前、コンサルタント会社・顧問会社のたぐいを探していた。その時,訪問したのが彼の会社だ。当時は,「こんな人に蒔かせたら危ないな」と,自分達で解決する道を選んだ。いまでは,彼は、立派な税関問題専門家。うちの税関顧問をお願いしようかなって思わせるような人物に変わっていた。

2年という歳月の流れ…,大きく成長した彼。

果して自分は,部下は,彼以上に成長しただろうか?

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8月が終わる…(2001年8月30日)

明日で8月が終わる。

やたら悩んで月だった。やたら忙しい月だった。

悩みと忙しさと上司に対する不満から、一時は,マジで転職を考えた。

でも昨日、部下の財務課長に告げた。

「安心して、転職はしないから,自分の転職話,自分でつぶしちゃったから」

来月は心機一転、彼女と共に税関のコントラクトの問題に取り組もう。

あと1ヶ月,ガーッと働いて、国慶節には日本に帰ろう。

大吟醸を持った友人達が、私を待っていてくれる…。

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深センの恩人(2001年8月31日)

その人とは、98年4月、日経新聞広州支局開設レセプションで初めて会った。あったと言っても名刺を交換し,一言二言話した程度。99年4月、深センの会社で働き始めた時、「今、深センで働いています。」とFAXだけした。その後、商工会の集まりで再会した。彼の主催する会に誘われ、以来、いろいろとお世話になっている。

勉強家のその人は、税務関係のセミナーには必ず参加されている。今日のセミナーにも来ていた。そして、私を見つけると「こっちおいでよ」と言ってくれる。商工会の中で、私がいっぱしの知名度を得ているのも、元を正せば彼のおかげ。正に、恩人である。

 

多くの、本当に多くの人に会った月。

なにか新しい事が始まりそうな気がする。

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 最終更新日:2001/8/31