Mieko@shenzhen's日記

2001年5月 中国にも5月病ってあるのかしら?    

日曜日

月曜日

火曜日

水曜日

木曜日

金曜日

土曜日

6

10

11

12

13

14

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

25

26

28

29

30

31

牛歩ではあれども我がHPも進化中?今月のスタイル、如何でしょう?

今年は窓を開けない!(2001年5月6日)

おお、今日は姉の誕生日。姉、おめでとう!

おっ、そうそう今日は友人の誕生日でもある。おめでとう!

夜8時半、帰宅。

香港からのフェリーは、10人も客が乗ってなかった。連休もそろそろ終わるし、羅湖越えは込んでるかなって思ってフェリーにした。最終便とはいえ、あまりに客が少ないので気が抜けてしまった。

いま,家の中は、暑い。

クーラーつけてるけど暑い。クーラーが弱いせい?あっ、違った。お湯を沸かしっぱなしなせいだ。台所なんて、そこら中蒸気でびしょびしょ。昔は良く鍋に穴あけたもんだけど、まだヤカンに穴あけてない。大人になったなぁ、私も。(こんなことで感動してる場合か?!)

そうそう、ところでクーラー。

私はクーラーが嫌いだ。でも、今年は使うことにした。なぜって、クーラー以上にネズミやゴキブリが嫌いだから。クーラー無しで、窓からの風に身を任せるのが好きだ。でも、風だけじゃなくゴキブリや蚊、ネズミまでもが入って来る。

そういや去年はバッタも入ってきたね。

害虫無しの、爽快な暮らしがしたいから、今年は窓を開けない。クーラーをつけると、電気代が馬鹿にならない。1ヶ月500元くらいはするはず。それでも、クーラー暮らしするって決めた。さて、いつまで持つか、取敢えずやって見よう。

最初に戻る 

 

社内恋愛はご法度?(2001年5月7日)

いつもの日課の新聞を読んでいて、こんなタイトルの記事を見つけた。

お,これは労務管理に関係する記事だなと思いつつも、うちには関係なから無視した。ところが、他所の会社でアドミニしてる友人から,午後一でこんな電話がきた。

「うちの会社の従業員が社内結婚しちゃったんですけど、どうしましょう?」

「どうするって何が?」

「いやあ,まずいっすよね。夫婦もんが同じ職場にいるのは」

「そう、うちはけっこういるけど?」

「いや、まずいっすよ。職場変えたいんだけど、うち、成形しかないから…」

「どうしましょうといわれても、うちは禁止してないからなぁ」

「え?本当、してないんですか?国営だって禁止じゃないですか,社内恋愛」

「そう?社内結婚者のために夫婦寮とか作って定着率上げてる会社もあるよ。」

「同じ職場で、上司と部下とか不味くないですか?問題ないんですか、御社?」

「ウン、特にないと思うよ。だから禁止もしてないし…

この件は私じゃあ相談に乗れないから,A社さんやB社さんに聞いてみて」

と、電話切ったもの…、午前中に見た記事が気になって探して見た。が、見つからなかった。余計気になる。社内恋愛を禁止している会社は多い。(採用の時、サイン取ったりするらしい)社内結婚したらどちらかが職場替えになる会社も多い。職場替え出来ない時は、どちらか(通常は奥さん)が退職になる。この厭くまでも日本オジさん的な規則、違法じゃないんですか?

そういえば、昨年9月の労務セミナーでも同じ質問があったなぁ。あの時も、うちには関係ないやって思ってメモ取らなかった。確かにうちには関係ないんだけど、他所様のこと思うと、気になる。

最初に戻る  

 

通訳の恐さ(2001年5月8日)

通訳が通訳として、相手の言ったことを正確に訳すことの大切さ。当たり前のようでいて、当たり前でないこと。この当たり前のことを通訳がしないと、会社つぶす危険がある。今日、社長に同行して4つの会社を回った。最初の三社に、通訳はいなかった。最後の会社には通訳がいた。

日系大手のOA機器メーカー各社との取引の頻繁なその会社。通訳がいたほうが商売になりやすい。単純に考えれば、そうなる。でも、その会社の場合、通訳がいないほうがいい。なぜって、その通訳は、日本人の言ったことを言ったままに訳していない。それどころか、まったく逆の訳をしていたりする。

「一年前に比べて、ここが悪くなった。」

とうちの社長は指摘したのに、訳し出された中国語は「良くなった」

こんな通訳のいる会社は,やがて潰れるな。内心そう思った。お客様が何を要望しているのか、それを読み取るのが商売の基本。なのに、通訳が通訳としての正しい仕事しなければ、客の要望も伝わらない。客の要望がつかめずしていい商売が出来るはずがない。日本側の客は伝えたと思った内容がまったく伝わっていない。たとえそれが通訳の責任であっても、お客様は,そうは考えない。ただ単に、対応の悪い会社と判断する。そして、取引を止める。

いい話しだけ訳す。耳の痛い話しは訳さない。また逆の意味に訳す。こんな通訳に頼っていては会社は潰れる。この会社、潰れるな。現に、もう数社から切り捨てられたと言う。通訳だけの責任ではないだろうが、通訳一人で、会社をつぶすことは可能だ。

通訳の恐さを、今日の会社で思い知らされた。

(どうでもいいけど、そこのボス、私が広東語分らないと思って人のこと「娘っ子」って呼ぶの,やめて頂戴ね。もう二度とおたくには行かないからいいけど。行けって言われても行かないよ。「娘っ子」って呼ばれたこと、根に持ってるから。)

最初に戻る  

 

 2001年5月13日

久しぶりに家に戻った。

 トイレの前に、ゴキブリが1匹死んでいた。大人のそれに比べると一回り小さい。いったいどこから入ってきたんだか。トイレットペーパーでくるんで、ゴミ箱に捨てた。ポトスに水をやろうと、使ってないベッドルームを開けたらそこにも1匹死んでいた。まったく、どっから入って来るんだ?台所は大丈夫か?

心配になって、台所のドアを開けて見たが、無事だった。

はぁぁぁ〜、もうすっかりゴキブリの季節だ。

今日、寝る前に、また薬撒こう!

香港行ったら、アースレッドも買って来ようかな。

最初に戻る  

 

 接待、接待、また接待(2001年5月14日)

あり?気付いて見れば5月ももう半分終わるのね。

まあ、それはいいとして、今日って、接待、接待また接待な日ね。午前中,会計士の先生方と移転価格リスクについての検討。お昼は沙井にある精進料理屋に。

ホテルのレストランのようなしゃれた内装の中華料理屋に案内され、「中国も変わったねぇ」という日本人会計士さんの言葉に,「I hope so」(そうなって欲しいね)と答える香港人会計士。

それぞれの想い、それぞれの言葉。

先生方を見送った後、財務課長は香港の財務コントローラーと打ち合わせ。そろそろ下期の予算を作る季節になってきたから。数字と戦う二人を横目に、数日分の新聞と戦う私。

午前中、会計士先生に「お仕事はどんな…?」ときかれて,「新聞読むのが仕事です」と答えたら,「新聞読むだけって、それだけじゃないでしょ」と突っ込まれた。

「新聞読んで税務とか労務の判例を拾って,うちは大丈夫かチェックしてます」と答えたら,「ああ、それは○○ですね」って先生が英語で言ってたけど,こういう仕事も専門の呼び方があるのね。初めて知ったわ。なんか英語で言われると、とてもすごい仕事をしているような気になるから不思議ね。

それはそうと、新聞。やっぱ木曜日から休んでると溜まって大変だわ。5月1日から施行の新しい税務徴収管理法やら、5月の安全生産月間の宣伝やら…。結局、午後は新聞読むだけで終わってしまった。

夜、社長の仕事が一段落付くのを待ってたら8時半。

今日は先週からうちに来て作業してくれている客先の人と三人で食事。酔った勢いで社長がカラオケに行こうと言い出した。冗談かと思ったら、マジだった。酔っ払いの勢いには勝てない。でも社長、「小姐は要らない。勝手に飲むだけ飲んで一人200元も取られる」だって。確かに、このホテルの小姐は、日本語は愚か英語すら出来ずサービスの「さ」の字もない。それでもチップは他の日本人カラオケと同じ料金を取るんだから許せない。

12時過ぎ、もうこれ以上歌える日本語の歌もないし、しょうがないから毛沢東ソングやら中華人民共和国国家だとかを入れて、曲と画面を楽しんだ。きっとどこかに日本人をあっと言わせるような共産党カラオケ曲があると思うだけど、それを探す為には、ドンドンいろんな曲入れて見て聞いて確かめるしかないよね。

昼も夜も接待な一日だったけど、はぁ〜、ようやく寝れるね。おやすみぃ〜。

 最初に戻る  

  

偽札ババヌキ(2001年5月15日)

 先週申請した新しいパスポートを受け取りに広州に行った。世界の環境の悪い都市ワースト8の広州に行った。この環境の悪い都市ベストテンの内,実に8都市は中国が占めている。環境の良い都市ベストテンに入るような都市で余生を送りたいわ、私。

 さて、広州の日本領事館、今日は係の女の子が休みらしく領事の叔父さん達が窓口に。妙に作業の一つ一つに不慣れだ。でも、対応だけは丁寧だからおかしい。5年モノの新規パスポートと増刷で961元。せっかくちょうどの小銭を用意して支払ったのに…

「すみません、この5元は…」

「あ,ニセでした?」

「ハイ」

「済みません、そうすると細かいのがないんで100元でいいですか」

「いいですよ、じゃあ1元は残して…、40元のおつりですね。」

 偽札である事がごく当たり前のようなこの会話。偽札を出した相手をなじる事も、偽札を出した事に恥じる事もない。まさに、あらぁババ引いちゃったの感覚。偽札に遭遇する事があまりにも日常的過ぎて…。しかし…、10元、5元札まで1枚1枚チェックするとは。よほど偽札で支払う人が多いね、と妙に感心した。って、感心してる場合じゃない。いったいどこでこの札を使ったらいいんだろう?

 と、悩むまでもなかった。領事館のあるホテル内のパン屋であっさり使えた。レジのオバさんは、偽札かどうかなんて確認せず、そのままレジに入れた。

 こうして偽札は今日も市場を駆け巡るのね。

最初に戻る 

関連のページ:人民幣の怪

 

税関が来た!(2001年5月15日)

突然、何の前触れもなく税関が立ち入り検査にやってきた。

南頭税関調査課から二人、福永経済発展弁公室から一人来た。財務課と倉庫の二手に分かれて作業を開始した。財務では、現金・口座の明細票と売掛・買掛の明細票を要求された。倉庫では、在庫表を要求された。午前中遅くに来たからすぐ昼になった。「午後また来るから、資料用意しておくように」,と一旦引き上げた。

私も、広州まで新しいパスポート取りに出かけた。広州まで高速で1時間、しないでの移動も含め往復三時間。やけに早い。予定より早く会社に戻った。

4時40分、ちょうど会議が始まるとこだった。

司会曰く,「税関は午後三時半過ぎ、戻ってきて資料持って帰った。担当者が、昼の間にせっせと直した在庫表を出して置いた。そのまま提出したのでは、輸出入コントラクトと現物のバランスが合わないから。とはいえ短い時間で100%直すのは無理だった、そもそもコントラクトのバランスを合わすの自体が不可能」と。

税関が何を調べに来たか、不明。調査結果も不明。

明日以降のお裁きを待つばかりの身となった。

最初に戻る 

今日も接待(2001年5月16日)

そもそも私は昼食ご一緒係。

本来、社長は私に工場案内の出来る女になって欲しいと言っていたけど、あまりにも私が製品のこと、業界のことを知らないので遠い昔にそんな期待は捨てられている。それよりは適材適所,お客様のためにあたらいしいレストランとメニューを開拓し、食事の時には注文役・料理説明役として同行させる方に期待することにしたらしい。だから、お客様のある日は、昼食に同行させて戴いている。今日も、ご一緒した。

注文前に社長がお客様に聞く「なんでも大丈夫ですか?」、お客様が「ハイ」と答える。この国で、この地で、この回答は墓穴を彫る事になる…。お客様の中に、アメリカの方がいた。注文のあとで、聞いた。Can you eat dog or cat or snake?なにも知らない彼は,yes!と答えた。が、すぐに同僚の日本人から「いや、そう言う答え方は危険だ」と教えられる事になる。そして,英語・日本語ごちゃ混ぜでゲテモノ談義に花を咲かせつつの食事になった。「犬や猫のほかにどんなものを食べるんですか?」、「ネズミも食べますよ。ダチョウとか鳩は普通ですよねぇ、後は…、ヒトデとか、ヒトデって英語で…、そうそうstar fish。」

特に問題ないだろうと思って注文した鳩のミンチのレタス巻は、不評だった。「おお、ピジョン。Let's try」,「いやいや、君から…」、「う〜ん、土産にでも…」といいながらも箸は進まなかった。揚げマントウは好評だった「ドーナツのようだ」、「ウン、このコンデンスミルクをつけるってのが好いねぇ」と。

やたら接待続きの週となったけど今週はこれで終わり。ホッ。

ちなみに今日のメニューは,北京ダック、鳩肉のレタス巻、蝦巻、ホタテと蝦のすり身の蒸し物、いかとブロッコリーのいため,貝のニンニク蒸し、卵の白身と干し貝の炒飯,金銀マントウ、太極素菜湯(緑と白の道教マークの野菜スープ)、ビールはチンタオ、7人で〆て950元。

最初に戻る 

今日のNEWS:最低賃金引き上げ

消防局が来た!(2001年5月17日)

消防局、と言っても正確には福永鎮安全管理委員会弁公室が来た。来たからといって驚くには当らない。近々来るのは分ってた。何故って、彼らがすべての企業「消防条例」宣伝プレート(2250元)を買わねばならないと通知が来たのに,買わなかったから。部下の総務担当者が、二度もPRを出してきたけど突っ返した。

社長に、斯く斯く云々「消防局とケンカします」って承認もらってる。自分から売った喧嘩だ。相手が消防検査で仕返ししてくるのは承知の上。案の定来た。管理会社の部長が引率してきた。(やな奴、去年もこいつに嫌がらせされた)工場長に「消防検査が来ました」って言ったら,「私が出ましょうか?」って言うから、「いや、いいです。工場長が出るのは最後のケンカの時で」って言っといた。

去年と同じような問題を指摘して、改善通知書を残して返っていった。なぁにが安全教育と避難訓練をするようにだ!うちが毎年2回避難訓練をしてるのは管理会社が一番良く知ってるだろうに。この工場団地で、うちが一番安全教育・安全業務をしっかりやってる。正にただの嫌がらせ検査。いいけどさ、罰金覚悟でケンカしてんだから。

幸か不幸か,「消防条例」宣伝プレートを買えとは言われなかった。言われたら、上級の役所か新聞社に訴えようと思ってたのに…。とにかく、今年は消防安全部門と戦う!いつまでも言われるままにしてると思うなよ!この精神、ようやく部下のオジさんにも伝わったらしい。今日来たヤツラがあまりにも馬鹿な指摘をしたので、彼も怒った。

オヤジ、頑張れ!オヤジの底力を見せてくれ!

今日の夕食)ジャガイモサラダ、とうもろこし、野菜卵炒め、マンゴー

最初に戻る 

頭が痛い(2001年5月20日)

昨日の夕方から頭が痛い。外から戻ってそのまま寝た。

夜の七時から延々と今朝の9時まで寝た。でもまだ頭が痛い。

でも今日は香港へ行かなきゃいけない。

ハマちゃんのお祝いの為、中大メンバーが集まる。

午後3時,YMCA集合。頭痛いけど、行くしかないよな。

あぁ、なんでこんなに頭が痛いんだろ?

 

よし、英語だ!(2001年5月20日)

11時半、港までバイクに乗った。風邪に吹かれると頭が痛い。

12時のフェリーに乗った。冷房が死ぬほど寒い。

フェリーの中で考えた。今年は英語を勉強しよう。計画をメモった。

1時にチムサッチョイについた。ああ、頭が痛い。

2時ごろ、九龍公園で絵葉書を3枚書いた。まだ投函してない。

3時、YMCAで旧友達に会った。主役のはずの新郎・新婦は来なかった。新婦が広州で正体不明の高熱で病院に通ってるから…。ハーゲンダッツで,パフェを食べた。幸せだ。頭の痛いのも、この辺から気にならなくなった。

5時、小腹が空いたねと、マカオ餐庁に行った。

蒜香春鶏、蜜汁排骨,マカオビーフンを食べた。一人50香港ドルだった。

6時、それじゃあここで、と皆と分れた。今度会うのは何年後?

6時50分、蛇口行きのフェリーに乗った。工場長の奥様と一緒になった。

8時、蛇口からバスにのってウォールマートへ行った。複読機(語学学習専用のカセットテープレコーダー)を買った。売り子のおねぇちゃんが次から次と喋る。妙に感心、感心。歩歩高より、万信の方がいいと言うからそうした。売出し中の168元出なく、高いほうの266元にした。

夜、久しぶりにハリーポッターのテープを聞いた。あれ?アレレ…?妙に理解力が上がってる、何でだ?日本語版を読んだから?内容がわかってると聞き取り力も良くなるんだ。へぇ〜。中国語版でも読んだ部分が、一番良く理解出来た。ふむふむ、なるほど…。よし、今年は英語、がんばるぞと思いつつ眠りに落ちた。

最初に戻る 

貴方のために(2001年5月21日)

昼、メールを開いたら友人からのメール。

「解雇を予定していた社員が休暇を取ってしまったが解雇していいの?」

困った時の人事課長だのみ。「老師(先生)、教えて」と,教わったことをまとめて、メールを書いて送信。そして、友人に電話。

「解雇出来るよ、あとで問題にならないようにああして、こうして…,そうそう、この場合は経済的保証無しで解雇出来るからね。」。友人が言う「それって、労働法の第何条の規定?」えっ、それは…。電話を切って、また人事課長に聞く。

貸してもらった資料をめくりつつ、またメールを書く。

労働法第25条の規定により労働者を解雇する場合は…云々。

そいでまた電話。「さっきの質問、メールしといたから」

「スイマセンね、コンサルタント料も払ってないのに」と貴方は言うけれど,貴方のおかげで、お金では買えない勉強をさせてもらってる。ついでに、貴方への返事の内容をこのHPにアップしちゃえば一石二鳥。

営業職から管理職へ身を投じた貴方。いつか自分の会社を作るために…。それはいいけど、良くまあ毎週、毎週問題が起こるもんだわ。年末まで、貴方のみが持つか心配よ。今度また、飲みに行こうね。貴方の好きな、うちの社長も誘って。

最初に戻る 

外管局が来た!(2001年5月22日)

午前11時半、客人と共に皇岡へ。

香港から午後2時45分の便で日本へ戻る客人の為に香港空港へ行くバスのチケットを買うのが役目。バス会社は全部で4社ある。効率よく駒を進めるに、今正にバスが到着した会社のチケットを買うのがよい。出国審査の入り口にいるバス会社のお姉さんに聞いて回る「空港までのバス着いた?」、ちょうど永安のバスが到着したのでそれを買う。一人150香港ドル。もう一社もバスが着くところだったけど、「うちは高いわよ、200ドル」と言われた。正直者のこのバス会社の人は紫の中華服みたいな制服を来ている。ちなみ永安は赤い、キャセイパシフィックみたいな制服。緑の制服の人は、あと25分もしないと着かないバスを「すぐ来る、すぐ来る」と押し売りをしようとした。きっとあれは中国旅行社だ。

12時、客人を送り、会社の車でホリデーインへ。

1階のCaféではタイ料理フェア、ビジネスランチが78元+15%だった。タイ式海鮮サラダは蝦やら貝やらいろいろで美味かった。次のきのこ風味のクリームスープも幸せだった。メインは鶏の胸肉のソテー、カレーソース添え。そしてデザートにマロンケーキと珈琲。2時から身体検査だってのに、こんなに食べて大丈夫なの?

1時半、ホテルの向かい側の海雅百貨の前のバス停よりK113のバスで皇岡医院を目指す。下車して、気付く。あれ、ここじゃないや。タクシーで皇岡口岸医院を目指す。

2時、病院に到着,人事課長と合流。労働ビザ取得の為とはいえ、毎年ここへ来て身体検査を受けるのは苦痛だ。それでも、今回はけっこう真面目に検査してくれたからまだ許せる。

3時半、会社に戻る。人事の子が、「労働局から連絡があって,明日、調査に来るから資料を用意して置けって言われました。」だって。「労働年検パスしてるのに何を調べに来るのよ」と人事課長、「最低賃金が引きあがったから,それじゃあない?」と私。それにしても、いろんな役所が来るわね、最近。さぁて、一息ついて、茶でも飲んで…って思ってたら財務課長に見つかった。「外管局の人が来てます。紹介します」。外貨管理局の人は、うちが出した付加価値率引き下げの許認可のために、工場の実情をチェックに来たのだ。資料を見せて説明し、現場を見せて説明し…「審査結果がいつ出るか、明日、電話を下さい」といって帰って行った。工場検査に来る前は、「おまえの会社はしょっ中引き下げを申請してるな」って疑われてたんだけど、今日の手応えはまずまず。下がるといいな、付加価値率。

4時半,今度こそ、一息つくぞ!ところで…,「先週が税関に、消防検査に、社会保険局。今週が外貨管理局と労働局。あとは何が来ると思う?環境局でしょ、それから…」と人事課長に聞く。「税務局じゃないですか」。ぎくっ?!それはヤバイ。移転価格なんか来たら大事だ。財務課長が言う、「国税局なら来月来ますよ、増値税還付の件で」。ウン、ウン、それなら分る。通常の業務だ。「後はどこが来る?あれは、職業安全衛生ウンタラ、確か去年も今頃来たよね?」、「そうですね、確かあれは衛生防疫ステーション」と人事課長。

5時、他所様の会社には、こんなに検査が入ってるのかと、知り合い数人に電話。どこも「うちは何にも来てませんよ」といわれた。何故、うちばかり、こんなに?いったい我々が何をしたと言うのか?と大声で問いたい気分だわ。まあ、いいや、どんな役所が来て、何を調べて、どんな資料を出したか、今週中にレポート作ろっと。

6時20分、昼読めなかった新聞を読み終えて退社。

6時半、まだ日があるうちに掃除。久しぶりの掃除。汗をかきかき掃除。

7時半、日も暮れ始めた。洗濯しながら、英語のテープ聞きながら、日記を打つ。

なんかやけに充実した1日だ。あんまり役所が次から次と来るので、やけになってナチュラルハイになったらしい。それとも,問題があると燃えるタイプ?いずれにせよ、なんだかやけに気力が充実してる、変なの。まあいいや、この勢いで英語勉強しよ!

最初に戻る 

危うくストライキ(2001年5月23日)

 工場にとって,食堂の飯がマズイのは致命傷だ。工員さんの安い給料では、会社が提供する飯を食べる以外にない。なのにその飯が生煮えだったり、砂利や虫が入ってたり…。まあ、大抵どこの工員食堂でも似たり寄ったりの状況ではあるけれど,最近、富みにひどいらしい。

 原因は,先週から管理会社の食堂の請負業者が変わった事。コックさん達が新しく引き継いだ調理具にまだ慣れていなからって、来る日も来る日も生煮えの米じゃあ工員さんが騒ぐのも無理はない。昨日の残り物をまた出すのも止めてくれよ。18日に抗議して、21日の夕方は管理会社と工員さん達の会議までお膳立てしたけど一向に改善されない。

 今朝、業を煮やした工員さん達から、連名の投書が来た。午後,1階の現場が危うくストライキ騒ぎ。「飯をまともに食えてないから仕事が出来ない…云々」と。課長が説得して一旦仕事に戻らせ、午後の終業時には外から戻った人事課長が、状況説明に言った。

 社内に、通知を出した。「今日から27日まで、食堂検査チームを作り改善を促がす。28日に、検査改善状況を見て今後どうするか返事をするのでもう少し我慢して欲しい」と。

改善されるとは思わないけど、改善されないとマジでストライキになりかねない。

役所だけじゃなく、社内にまで火がついた。阿〜、もう、今月はどうなってんの?

最初に戻る 

週末の私(2001年5月27日)

朝9時起床。日曜にしては早い。でもこれ以上寝ると頭が痛くなりそうだった。

9月のTOEICまでにヒヤリング500時間を達成しようと、午前中はハリーポッターのテープ聞きながら掃除&食事。食事といっても昨日買った芭蕉とクラッカーとウェハス。

お昼過ぎ、テープをTVに切り替えて、ネット&メールチェック。午後3時、小休止で、音楽を聴く。ベランダの掃除などして、魚君のクッションを干す。

午後4時、まだ街に出るには暑い。昨日は昼間から街に散歩に出て、帰ってきてぐったり。結局三時間も昼寝する羽目になって時間を無駄に過ごした。だから今日は、日が弱まるまでは外出しないことにした。それにしても、なんの予定もない一日と言うのはなんと長いんだろう。

午後5時前、街に出る。運動不足だから、週末ぐらい歩かないとね。双渓威まで歩こうかと思ったけど(小一時間かかる)、腹が減ってそれどころじゃない。かといって上島珈琲は昨日行ったし…。前々から気になっていた「阿甘牛肉麺」に行った。12元もする牛肉麺は、5元のそれとの違いが分らない。逆に、5元の面のほうが美味い!もう、行かない。麺でおなかが膨れたので、更に散歩。福永のオールドタウンをフラフラと散歩。青年書店で「フォレストガンプ」のテープとテキストが売っていたのでこれを買い,CRCで牛乳とパンを買って帰る。

午後7時過ぎ、帰宅。シャワーを浴び、また英語のヒヤリング開始。今は、「フランケンシュタイン」を聞きながら日記を打っている。

最初に戻る 

食堂どうすんだ?(2001年5月28日)

約束の28日だ。食堂の件、回答はどうなったのか?1階の課長が聞く。聞かれてもねぇ、改善状況がどうなったか、まだレポートが上がってこないのよ。「私が回答しましょうか?」ってお人好しの工場長が言うけど、レポートがなければ何の判断も出来ません。人事課長に、総務のオジさんの尻叩きを頼む。午後、下半期予算の会議をしながらレポートを待つ。ようやく、五時過ぎに来た。けど、不充分。工員さんの代表数人に毎食ごとにチェック表にチェックしてもらった分の統計がない。レポートの書き方もダメ。やり直し。再びレポートを待つ。7時ごろ、受け取る。はぁ〜、まったくもって、レポート一つ、アンケートの統計一つ出来ない人だ。「で、結局,改善はあったの、なかったの?」、「ありません」、「じゃあ、どうするの?貴方の意見は?」、「工員達が言ってるように食券でなく現金で支給を…」、「現金支給は絶対にしない。この前,人事課長が貴方に説明したでしょ。」ああ、もう、二言目には現金、現金って。2年前からそれは絶対しないって言ってるのに、分らん奴だなぁ。工員の意見をそのまま言うだけの管理職は要らないんだよ。

予算会議の傍らで、チェック表の内容を自分でカウントして見た。改善がまったくないわけではない。微々たる改善でしかないけど。「で、どうすんだ食堂?」、予算会議が一段落し、社長が話題を換える。「来月は管理会社の食券を買わない。外の一般の食堂でうちの従業員の食事をまかなえるかどうか検討する。」と言う結論になった。「通知は出さなくていいんですか?今日、回答するって言ったんでしょ?」工場長が言う。「通知は出せません。食券を買わないって事しか決まってませんから。具体案が出るまで、通知は出しません。但し、管理会社の食堂は使わないって事は社内にリークします。それで充分です。」と、いうことで今日のところは会議終了。あぁ、もう、疲れる月だ。

最初に戻る 

逆襲(2001年5月30日)

福永の安全管理委員会弁公室がまたまたやってきた。

2720元のプレートを買えと言う。この工業団地には6枚の割り当てがある。その内1枚は貴社への割り当てだと。買わないなら,この「整改通知書」にサインをしろ。と、先日検査した時の通知書を出してきた。馬鹿を言え、それについてはもう回答を出しただろうに!まったく理不尽なやり方である。ついでに言うと、「整改通知書」の内容自体がいい加減、でっち上げ!プレートは買わず、サインもせず、お帰りいただいた。(対応したのは私じゃなく総務のオジさん)

深センが、投資環境を良くしようと頑張ってるのに末端がこれじゃあねぇ。いつまでも大人しく虐められていると思うなよ!福永安全管理委員会の上級である宝安に電話で意見した。(電話したのは総務のオジさん)正義はやはり我々にあった。宝安から福永に電話が行き、まずは一件落着。

だからって、これで彼らがあきらめるとは思わない。絶対に次のチャンスを見つけて、嫌がらせをしてくるはず。負けないよ、今年はとことん戦うよ!そう,社長からも承諾取ってあるから。と,総務のオジさんに伝える。彼も,ようやく喧嘩のし方を覚えてきた。今年は、いい働きしてる、頑張ってる。

最悪の場合は「行政複議法」で戦わせていただきます。この前の「整改通知書」だけでも絶好のネタだからね。うちは社内に安全委員会を持ち、毎月の安全検査と半年毎の日なん訓練を欠かした事がないのに、“安全業務をしっかりやれ、避難訓練をやれ”って「通知書」に書かれた。この点だけを捉えたって、当局の行政処理に不服を申し立てるだけの理由がある。まして買う必要のないプレートの訪問押し売り、購入ノルマ割り当て。不服申立てのネタは十分だ。

それと、管理会社。

この喧嘩の裏には管理会社がいる。今朝、来月の食券を10日分だけ売れって言ったらこれだもの(従来は一ヶ月分を前払いしないといけない)昨日は、食券に対して増値税の発票(領収証)よこせって要求もした。いずれも正当の要求しただけなのに、不当な嫌がらせで対応してくる。今後もいろいろあの手この手の嫌がらせが来るのだろうけど…だからっていつまでも大人しく言うこと聞いてないよ!中国が人治から法治の国になった今,この喧嘩に勝つのはうちだ!痛い腹探られて困るのは内じゃなく、そっちだからね。税金は払ってないわ、地下銀行は使ってるは…。

と、血の気の多い発言をしながら,部下たちが法律で身を守ることを覚えたのは、私の功績?等と自画自賛も忘れない私であった。これなら、来年会社辞めても大丈夫かな…と。

最初に戻る 

激動の5月、総括(2001年5月31日)

まったく今月はいろいろな役所が来た。

税関の調査は、私の担当じゃないので結果不明。

消防局と言うより福永のヤクザ安全管理委員会との戦いは一段落。

社会保険局は、養老保険。いい機会だから、全員加入させた。と言っても試用期間3ヶ月を過ぎた者全員だけど。中には、「加入したくない」と身分証の提出を拒むものもいる。こういう人達の加入は気長にいきましょう。

労働局は、年度検査にパスしたってのに、資料を見せろとやってきた。「残業時間が200時間の者がいるのは宜しくない、が、一部だから…云々」と言って帰っていった。最低賃金引上げの件出来たのかと思ったら、それについては何もいわれなかった。

外貨管理局に申請していた増値率の引き下げは、加工組立は従来とおり18%、新業務の外観テストは4%とする事で批准を得た。一つの会社で二つの増値率を認めてもらうケースはうちがはじめてらしい。昨年に続き、今年もまた「深セン初の…」をやってのけた財務の面々。「何事も正直に行けば、通るのよ」と自信をつけている。

しかし、税務局から要求されてる移転価格税制の資料は、「正直さ」でいったら負ける。25日に、来週中に提出しろって言ってもらって来た表、会計事務所から「十日くらい時間を引き延ばしてくれ」って言われた。この場合、正直さよりウソの上手さ、言い訳の上手さが必要ね。

食堂は、外の飯屋にいきなり何十人分もの食事を作る能力があるのか?って点がネックになって、引き続き管理会社の食堂を使うことになった。但し、食券は1ヶ月分ではなく十日分だけにしてもらった。この数日、投書箱が空なのは、改善されたからなのか、あきらめたからなのか…。ちょっと不気味。

2月末に入社した人事部員が試用期間を満了した。この1,2週間、一番泣きたかったのは彼女だろう。食堂の件、養老保険の件、そして労働局。あれもこれも重要、あれもこれも急ぎ。なのに頼みの綱の人事課長は外出が相次いだ。課長がいないと、鬼のような管理部長(私の事)に直接対峙しなきゃいけない。毎日毎日怒られて、毎日毎日残業。頑張ったね。「彼女に少し休ませてあげられない?」って人事課長に言ったら,「だめです。給料計算が待ってます」って、人事課長も鬼だわ。せめてもの慰めに、今日は管理部皆で食事に行く,彼女の試用期間満了を祝って。(しかし、私の財布には70元しかない。見かねた人事課長が「しょうがない、皆から集めた遅刻の罰金を使うか、みんなの貢献だね」と言ってくれた。わーい、一番貢献したのは私だぁー。って、万歳してる場合か。)

ともかく、これで5月も終わりだ。

最初に戻る 

 最終更新日:2001/6/3