人民幣の怪
以前より噂は耳にしており、また報道などでもその存在を伝えられていた
いわゆるニセ札と言われるものに一昨年、初めてお目にかかりました。
その日はマクドナルドに昼食を食べに出かけ、服装からマネージャーとわかる
男性のレジに並びました。
注文をし、代金を確認して50元札を一枚渡したのですが、、、。
いきなりその50元札を突き返されました。江沢民のような熊猫メガネをかけた
そのマネージャー氏からは低い声で一言「換えてくれ」と言われました。
私は「何で?」と応えます。それでも相手は同じ調子で「換えてくれ」を繰り返します。
私は語調を強め「だから何で?」と聞きましたが、それでも「換えてくれ」と不気味
に同じセリフが帰ってくるだけです。そんな事している内に後ろの棚からは他のレジ係り
たちが私も注文したビッグマック(中文名:巨無霸)を次々と取っていきます。
ああ、早くしないとビックマックが無くなっちゃう、、。待たされるのは嫌だ、、、。
だっていつも3分待ってくれテーブルまで持ってくからとか言って10分以上待っても
持ってきやしない。結局お盆を持ってカウンターまで取りに行く羽目になる。
(お盆を置いたままだと食べ終わったと思われて片付けられちゃうので)
気持ちがあせり始めたせいか、私もかなり語調を荒げて言いました
「だから、その50元に何の問題があるんだ?説明してくれ!」
一瞬の緊張がその場を支配し、相手も姿勢を改めました。
「ほんとうに知らないんですか?それ偽札ですよ」
私の「ええ〜っ」という間の抜けた反応に説得力があったのか、
レジから一枚別の50元札を取り出し説明を始めてくれました。
彼曰く本物とニセモノの顕著な違いは手触りにあるそうです。試しに
問題の50元札とレジからだしたそれを触り比べてみたのですが、
確かに違いが認められます。
本物は表面に張りが感じられ、曲げた時にパリッとした抵抗感がありますが、
ニセモノの方はそれに比べればシールの裏紙みたいなヌメッとした肌触りがあり、
気のせいか厚さも少し厚ぼったいように感じられます。
仕方なく100元札を出して支払いを済ませ、ビッグマックのセットを食べて帰りました。
工場に戻って事務の女の子に見せると、その50元札の両端を持ってすばやく引っ張り
始めました。「わっ、ホンとに偽札だ」というので、どうしてわかるのかと聞くと引っ張った
時に発する音が違うといいます。またしても本物を取り出して比べてみる事になりました。
確かに、本物の発する音はパンパンと乾いた音がするのですが、ニセモノの方はブンブンといった鈍い響きの音がします。例えるなら焼き海苔と味付け海苔ぐらいの違いとでも言いましょうか。
ふと気が付いたのですが、そういえば給料を払うときに工員たちのそんな動作を良く見かけた憶えがあります。皺でも延ばしているのかと思っていましたが、偽札を疑っていたわけなんですね。
後で聞いた話ですが職員の一人が旧正月で帰省した時に、親戚の子供に紅包(お年玉)をあげたところ、いきなり中身を出して同じ動作をされたそうです。
さて偽札と称されるその50元札ですが、処分にこまりました。
こんなときは一番頼りになる工場長に相談しましたが、銀行に持って行けば
引き取ってくれるとの事です。
「本物と取り替えてはくれないよね?」
「まさか、、。」
別に持っていても使わなければ問題は無いだろうという事なので、(この辺が凄いですよね)
時間のあるときに行ってくるかと思い、結局そのまま年末を迎えてしまいました。
例年どおりクリスマスイブを香港で過ごし、翌日に帰国して年末年始は日本で過ごします。ニセ50元札は私の財布の中に入っていました。少し説明しますと、私はこちらにいるとき殆ど財布を使いません。常に100〜200元程度の金額をポケットにねじ込んでいるだけです。勿論、スリ防止のためもあるのですが、飲み食い以外お金を使うことが殆ど無いからでしょうね。財布を持って出かけるのは特区内へ行く時や香港へ行くときくらいなので、例の50元札も間違って使わないように外貨の入っている方の財布へしまっておいたのです。
(写真Aがホンモノ、Bが使用拒否されたニセサツと言われる50元)
ちょうど年末という事もあって、その50元札は飲み会の席で場を盛り上げるには十分すぎる威力を持っていました。
奇をてらったプレゼンが好きな私は写真の様にクリアーフォルダの中に例の50元札と本物のそれを並べ、そのときもあえて真相は語らず”間違い探し”と称してグラスを傾ける友人知人たちの前に差し出しました。
どれどれ、う〜んわからないな〜という気のない反応に、ぼそりと「偽札らしいんだ、そのうち一つは、、」とフォローすると、一瞬の静寂を経て皆、真顔でこちらに目を向けます。
”ニセサツ”ああ、なんと言う禁断の響きでしょう。恐らく日本であればそれを所有する事自体、罪になるとおもうのですが「それニセサツだから取り替えて頂戴」「ああそう、じゃあこっちで」で終わってしまうのですから考えてみれば凄いですよね。飲み会もその後は声のトーンがなんとなく下がったような気がします。
飲み会でのお披露目は単なるウケねらいだけではなく、先入観のない目で客観的に見てもらえば新たな相違点も発見されるのではとの期待もありました。マクドナルドの件以降、しばらくはおつりを受け取るたびに引っ張り検査を実行してましたので、工員の行為を滑稽に感じていた者にとっては妙な照れくささを覚えていました。
実際、多少なりとも収穫はあるもので人によっては色の違いや長さの違いを指摘され、確かに良く見ると違います。さすがに普段見慣れていると多少の違いは気が付かなくなるようです。
決定的な違いを発見してくれたのは、芸術家の先生と呼んでいる芸大卒で某美大の講師を勤める私の従弟でした。同じように見せるとやはり凡人とは違い、多元的な角度からモチーフ、じゃなくて2枚の50元札を観察します。すると、、
「うわっ、なんだこりゃスカシが全然違うじゃないか!」続けて
「最低だな、中国人のデッサン力は…」とも言い、彼の生徒や弟子なら落第か破門されているそうです。
見分ける決め手はスカシにありました。写真で判るように本物(A)の方は機械的な細かい線がいかにも勤労的な好青年を描いています。変わって(B)のニセモノは太さにメリハリのある手書きのような線が妙にひとくせありそうな白タクの客引きみたいな顔つきを描きだしているのです。私は子供の頃よく見たアニメやヒーローもののニセモノ登場パターンを思い出しました。
ホンモノと違いニセモノは目の下が黒ずんでいたり、先がとがって上を向いた靴を履いていたりとちょっとだけ感じが違うのですが、子供の目でもはっきりと見分ける事が出来ました。
他の登場人物がニセモノの行為に対し「ああっどうしてそんな事をするんだ!」と言っているのを見て幼心にも「バッカでぇ〜」と思ったものです。大人になってから同じものを再放送やビデオで見たときは「役者もたいへんだ、、」に変わりましたが、、。
で、スカシです。やはり、邪悪なたくらみに基づくものはそれがそのまま絵心となって現れるのでしょう。
ホンモノとはちょっと感じが違う、子供のころ見たテレビと同じでそれを見極めるのは容易な事です。
これであの滑稽な引っ張り検査から解放される。この事実を何よりも工場の連中に伝えてやりたいと思いました。
ところがです。
工場で
「ニセモノとホンモノの決定的な見分け方を発見したから伝授しよう。
事務関係の者は特に習得に励む様に」
と言って手持ちの50元札を皆に持ち寄らせて私は得意げに鑑定作業にかかりました。
が、数枚を光にかざして見ると早くも首のあたりまで墓穴を掘っている事に気が付いたのです。
なんと言うことか、同じスカシが二つとありません、、、。
写真?〜?はこの執筆に際して撮りおろしたものですが、これらは引っ張り検査では問題なく勿論すべて使えました。

物凄いカルチャーショックを覚えました。
確かに日本の紙幣みたいに特定の人物をモデルにしているわけでは無いので、必ず同じ図柄でなければいけないということではありません。100元の毛沢東は別ですが。
しかし、そうなると図柄自体による見極めはできなくなりますのでスカシに関してはその有無で判別するしかないのです。勿論、モデルは労働者なのでカラオケのマイクを持っていたり耳に赤鉛筆をさしていたら一目瞭然ですが、偽造行為の頂点とも言える偽札造りをやる連中がそんなおふざけをやるとは考えられません。
そう考えると色や長さの違いなんてスカシを施せる技術があるのになんでそんな単純なミスをするんだろうとも思います。
恐らく従弟が発見してくれたスカシの違いも、デッサン力の問題ではなく模造した時のお手本がたまたまそういう図柄だったと考えるのが妥当のようです。
やはり、見極めるには紙幣を受け取るたびに引っ張り叩いてみるしかないのでしょうか。
しかし、単にその仕草が滑稽ということ以外に私にはその効果にどうしても疑問が残るのです。
なぜなら紙幣である以上は吸湿します。単に空気中の湿気以外にも人の汗も当然吸い込み、流通を重ねるたびに 弾力も衰えるので、音質という人間の感覚的判断ではどこまで正確さが保てるのだろうと不思議に思います。またマクドナルドの彼氏が言う触感の違いも、紙幣の新旧による差を考えれば普遍のものとは考えられません。
大体、偽札の判別なんて素人がそんなに簡単にできるものなのでしょうか?。単なるいいがかりで使用を拒否される場合もあるのではと、当然の様に考えてしまいます。
なんとなく当の50元札も本当にニセモノなのか怪しい気がしてきました。
以前にも紙幣の使用を拒否された事は、ニセサツ以外にも経験があります。
中国の紙幣は、流通が活発になった現在ではかなりキレイな状態で手にできるようになりましたが、最初に中国へ来た1988年頃はボロボロのお札に正直、ドキッとしたものです。
子供の頃、祖父が良く使っていた”おわし”という言葉を思わず思い出してしまいました。
その頃は損傷の激しいものや、セロテープで張り合わせたような紙幣は時々使用を拒否されました。そう言えばあの頃は50元や100元札なんて見なかった様なきがします。
10元札の図柄も昔は看護婦や労働者、兵隊などがずらっと並んだものでしたが、
あの10元札も最近は見かけませんよね。
客観的に見ると、以前のボロボロのお札に対して出ていた警戒感が、急な経済の発展で不要になり突然行き場の無くなった不審感が一気にニセサツに対する過敏とも言える反応に向いてしまったのでは無いでしょうか。
実は今年の初め頃に10元札でしたが、同じ理由で一枚使用を拒否されました。しかし、自分では納得がいかなかったので別の店で使ったところ何の問題も無く買い物ができてしまいました。
恐らく言いがかりで冤罪となる紙幣もあると思うのですが、拒否された方は持っていてもしょうがないのでそれを引き取るところがあるのだとしたら、それはそれでまた恐いですよね。
試した事は無いですが、工場長が言うように銀行へ「ニセサツが見つかりました〜」と持っていけば良いのでしょうか?そこで何らかの手続きをするのかどうか知りませんが、ただ渡してご苦労様で終わるならもし本物だった場合、窓口の人は笑いをかみ殺すのに一苦労でしょう。
いちばん手っ取り早いのは銀行に持っていって先ず預金してみれば良いと思うのです。
献血でエイズ検査するようなものですが、さすがに銀行から拒否される様なら筋金入りでしょう。
結局、引っ張り検査以外の有効な方法は発見できない状態なので、それはそれでニセサツかどうかを見極めるつもりでは無く、使用拒否を回避する方法として考え実行した方が良いでしょう。
自分はホンモノと判断しても、相手がニセサツだと言い張った場合は厄介ですが、、。
しかし、あまり自分の母国を基準に考えてはいけないのでしょうけど、店頭で判断できるくらいニセサツが横行、流通してたらもうお終いだと思うのですけどね。例の50元札も少なくとも私の手元に来るまでは浮世を流れてきたのですから。
終わり(写真、文章ともAsano老板の提供です。2000年9月17日にもらったネタです)
編集者注)
老板からこのネタをもらった翌日、弊社の会計担当者にPC上で写真を見せ、「どれが本物?」と聞いては見たものの会計担当者も見れば見るほど分からなくなる状態。プロにも見破れない偽札が横行しているこの国、もはやこれは国を上げての大いなる婆抜き!ひとたびこの国に足を踏み入れてしまったなら、「婆を引かされたぁー」と憤慨していないで、引いた婆を次の人に引かせることを考えましょう。そう、これはゲームです。ゲームなら、ちゃんと老板のように(?)楽しみましょう!関連のページ)
偽札ババヌキ(2001/5/15の日記)最終編集日:2001-05-16