納西古音楽会1
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唐の時代、中央から何千という軍団がこの地に入った。彼らは3000人からなる楽隊をもつれてきた。やがて、中央との連絡が途絶え、当時の音楽だけがこの地で延々と生き続けた。
3000人だった楽隊は、時代の流れとともにその数を減らし,文革後、再び結成された時にはわずか36人となっていた。
それがまた、一人減り、二人減り…、麗江の町で毎晩8時から開かれる音楽会の会場の舞台上に遺影だけが増えて行く。
音楽博士“宣科”(人名)の指導の下、巧みに若い力を取り入れながら、今日もまた、音楽会は続く。
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