| その痛みは突然オレの腹膜下を襲った。。そう貴奴がとうとう到来した。。。
12月 6日(木)
この日は夜勤、大学で発表を聞きそそくさと帰る。帰り道あまりの寒さ、そして電車が遅れる。談笑しながら待っていたそのとき激痛が走る。痛い、とにかく痛いねんおらぁぁぁ。たえられん。でもここでくたばるわけにはいかん。いかんのあ!と必死に絶える。いや耐える。盛岡駅についてからなんとか家まで帰ってしばらく悶絶。とにかくひたすら耐えるしかなかった。でその後お仕事。笑顔で買い物してる奴らをみんなぶん殴りたいくらいむかつきを抑えつつなんとか我慢。仕事が終わって家に帰り即入浴。症状はやわらぐ。ホット一安心。痛みに耐え続けていたためかなりの疲労。深い深いねむりにつく。
12月 7日(金)
夕方近くまで寝ていたらロソン様より入電。「SOS、明日の昼のバイト人がいません、来てね☆」。。SOSはオレじゃぼけ…と思いながらいつものごとく「もちろんです」などと受け答えするオレ。まぁなんとかなるやろうといういつもの楽観でいたんやけどこの選択が後にとんでもないことを引き起こす結果に。。。てゆかこの日にさっさと病院に行っておくんやった。
12月 8日(土)
朝から痛い、寝てたら楽やったのに起きたらそりゃもう。。昼のバイトは夜と違ってオレはたいしてえらくない。つまり昼入る=下っ端、ただただ働き続けるしかない。休憩なんて夜なら好きなときに「あとは頼んだで」と一言言えば休めるとてもステキな世界にもかかわらず昼はいかんせんそういうわけにはいかん。休憩時間まで気の遠くなるような時間をすごし休憩時間。痛すぎる。これはなにか気のまぎれることでも、ん?スロット?まぎれる!!と隣え。運よく稼げる。今日の昼の日当より稼いだんで休憩後がホントにいやになってしまう。それから痛みに耐えつつあくせく働く。しかしこの無理がたたってかなんか取り返しのつかないくらいの痛みえと姿を変えてしまった。。。
お仕事が終わりもう病院いぐぅぅってなったんやけど…「今日土曜日やんけ!?ん?明日日曜日?ΨΗぁωぅぇ☆Θg!!」とりあえず家に帰ってから病院に電話しまくる。あいてるわけがない、症状を話しウッタエル、デモキイテクレナイ、モウイヤヤヨウ、ダレカコノイタミカラカイホウシテヨウ!!ってな気分になる。てゆか痛い、とにかく痛かった。でも耐えるしかなかった、そんな週末土曜日。
12月 9日(日)
こんな痛くて耐えられん日々を送ってるのに飲み会にはちゃっかり参加する。でもやっぱり無理あった。飲み会じたいは楽しかったんやけど…みんなに心配かけた。悪かったなぁ、帰りはタクシーなんかで送っていただく。帰ってから入浴&悶絶。で、明日の計画を練る。オレは家族が向こうに引越ししてから医療関係の手続きをめんどくさがってやってへんかった。前々からおかんになにがあるかわからんからちゃんとやっとけって言われてたんやけどこの日悲しいが痛感。まず役所に行ってそれから電話した病院え行く作戦、これしかない。
12月 10日(月)
朝、立ち上がれないくらい痛い、とにかく痛い。もう部屋の中を動くことすらままならないくらい。今思い出してもあれは辛い。9時になってなんとか役所に行く。手続きに手間取り泣きそうやったけど保険書受け取ってすぐ病院え。
病院の受付で初診の手続き、そのひとつの欄に今の症状はっていうんがあったんで「至上最悪、死ぬ、末期、あかんて」と書く。で、いざ診察室。先生が「なんだ?死ぬのか?」と苦笑いしながら患部を見せるように促す。言われるとおり見せる。
先生「…これは死ぬな…」、おいおい。殺さず生かしておくれよ。
先生「手術じゃなきゃなおらん。ちょっとよく調べてみよう」と内視鏡を肛門に突っ込んでくれる。このときの痛さったらない。おもわず
「うあぁぁぁぁ、あかんあかんあかんあかんー!ほんまあかんてぇぇ」、と22歳にもなってオモイッキリ絶叫してしまった。
先生「やかましい患者だなぁ(苦笑)入院だ入院」
オレ「えー(泣)どれくらいかかりますかねぇ」
先生「ん?1年だ1年」
とつまらないやりとり。笑い声が聞こえる。ふとまわりを見渡す。看護婦(4人)に笑われていたようだ。。。
手術前の準備
まず血液検査に注射3本打たれる。それから剃毛、けつの・・・。ある意味前のほうより屈辱なような気がする。ただただ恥ずかしかった。そして下半身麻酔での手術なんで浣腸も。これもあまりにも患部が腫れ上がっていたため四苦八苦。看護婦さんがトライするたびに「がぁぁぁ」てら「だめだめだめだめ」を連発。いや大人気ない…。
すっかり意気消沈したオレは病室えと案内される。で点滴うちながら待機。となりのベットのじいちゃんがやたら話し掛けてきたんやけど方言が強くて何いってるかわからんかった。でもこれから同じ痛みを同感できる同士やと思ったらなんか親近感。できるだけ聞いたげる。なんでもこのおじいちゃんわざわざ宮城県から来たとのこと。評判いい病院みたいでちと安心する。
このおじいちゃんが先に手術に行った。待つこと30分くらい帰ってきた。で、オレの番。手術室に入る。手術する場所柄うつぶせで寝る。麻酔を打たれる。うーん足しびれてきたぁ、けつもなんかひっぱられてなんか刺されてんなぁ・・・っておい!!まだ麻酔きいてへんやないかおんどりゃぁぁ!!
オレ「先生、あかん、まだオレ感じてるて!!」と普通の会話として聞いたらちょっと怪しい発言も一蹴されそのまま続けられる。最初の麻酔きくまでをなんとかしのぎ、手術室に流れる癒し系の音楽にうとうとしていたらなんか急に腹の中が引っ張られてる感覚に襲われる。てゆか引っ張られてる。。この生々しい感触は今思い出してもイタ気持ち悪かった。オレは直腸に4つもポリープが出来てたらしくいっぺんに取る手術をしていた。さすがに時間がかかる。1時間は越えていた。腸をぐいぐい引っ張られても耐えに耐えてようやく終了。摘出したものを見せてもらう。・・・あんなもん入ってたらそら痛いわ・・・。
手術終了後病室で麻酔が切れるまで寝る。半分切れ掛かったころ晩飯が運ばれる。この日朝のクリームパンだけで過ごしてきたオレにとってこの飯は最高にうまかった。
この日の来訪者2名。おかんとも面識のある藤野先生。おかんが心配で面倒見に行ってくれと言われて来てくれた。びっくりやった。あと奥方。
この日は疲れてて泥のように眠る。
12月 11日(月)
激痛とともに目が覚める。痛い傷口がうずくうずく。鼓動とともに痛みが襲ってくる。たまんねぇ。あまりの痛さに看護婦さんに痛み止めの注射を打ってもらう。看護婦さんはいかにも「夜勤なら私に任せて!!」といいそうな25歳くらいの人。動物に例えるならカバか小象。いやホント天使に見えるね。なんでかって痛くて痛くてしかたないのをやわらげてくれんねんもん。
オレ「いややっぱ看護婦さんってこういうとき天使に見えますよねぇ」
看護婦「でしょう?よく言われるわよう」。こういうときだけだろばーか、と心ん中でで突っ込みを入れつつ感謝。朝ご飯。痛みに耐えたりであんまり食欲なかった。
トイレがつらい。大はもちろんやけど小も辛いねんオラァァァ!!あかんあまりの痛みに取り乱してしまう。女はどうかしらんけど男は最後の一滴を搾り出すときキュッって尻をしめるんよ。その瞬間「あん」と思わず声が出て気持ち飛び跳ねてしまう。とにかく辛い。
麻酔もきれて歩けるようになったんで病室を引越し。すると2時間後患者がまたたくさん入ってくるからと大部屋にまた引越しさせられる。あんまりあるかさせないでいただきたい。このあとなんか電気をあてるとかで大型の機械の中で寝させられる。着替えとかを持ってきてくれる。看護婦さんがちょっと外の空気吸え、体ちょっとでも動かしてこいと言ってきた。
オレ「大丈夫ですか?」の問いに「平気平気」という返事が返ってきたんで行くことにする。近くの喫茶店に行くけどあまりの痛さにすぐ戻る。う、うそつき!!
午後入浴。これがまためんどくさい。消毒てらガーゼの取替えてらで。で四苦八苦してるところ
「なんかいっぱいきてるよちょっと」という報告が入る。嫌な予感が背後を横切る、何回も横切る。病室までの階段を上がるにつれて聞こえてくる話声&笑い声…。や、やっぱり。
蕨が第一声「元崎お前○なの?」、
「・・・・・・・・。」お願いだぁぁぁ、頼むからオレの病気を「一文字」で表現しないでくれぇぇぇ!!「腹膜下直腸ポリープのため入院したの?」って聞いてくれぇぇぇぇ。
総勢9名のお見舞いはさすがに迫力があった。そしてそれぞれ個性豊かなお見舞いの品もそれなりにオレを感動させてくれた。あとから
「ふ〜ん劇画が好きなんだぁ」と何回も突っ込まれれそのたびに「違うってオレは綺麗なお姉さんの裸の写真だけが好きなんやって!!」と弁解しなあかん代償をはらったけどな。
いやでもほんとみんな。この場を借りてありがとうと言わせていただきとうございます。やっぱ顔見せに来てくれるだけでうれしいもんやね。
この日も激痛激痛でとてもしんどい一日でした。 |