掌編小説   みるボク

著者;わるもの堂 主人(わるものどう しゅじん)


 

《第二夢》

『旅立つ日本代表』 (どうってことない休日の早朝)

 

こんな夢を見た。

  僕は少し『ひょろっ』とした感じの高校生で、『日本代表』に選ばれている。 『日本代表』の選手にしては、いかにも筋肉量が不足な感じなんだけど、ともかく、僕は『日本代表』だ。 ポジションは全然、見当もつかないんだけどね。

  僕の身を包むユニフォームは「ちょっとファッショナブルな」デザインで、Jリーグのクラブでいえば『ジェフ市原』の「それ」に似ている。 てゆうか、コンセプトは( ほぼ )いっしょ。 いい感じの光沢を持ったダーク・ブルーのスポーツバッグを左手に握って左肩に乗せ、僕は静かに家を出る。うちの前の川( てゆうか、ちょっと大きめの側溝 )を越えたところが道路。 僕の両親が車で待ってる。それが『白のスプリンター』なんだか『銀のブルーバード』なんだか、 あまり、よく 「わからない」。 道路と橋の境目くらい、(後部右側ドアを開けている僕の立ち位置から見て車の向かい側、)静かに立ってる三十過ぎくらいの男の人が、照れくさそうに控えめな微笑みを浮かべて僕を見送る。 この人は、あきらかに日本代表FWの中山選手(ジュビロ磐田)だ。 僕にはそれが分かっているが、しかし、この場の状況から見て、僕の父は何かの零細企業の経営者、「この人」は、その従業員に違いない。   …ぺこり。「 いってきます。」  …ぺこり。「 いってらっしゃい。」

  車が静かに走り出す。   後部座席の左にバッグ。 真中に僕。 母は助手席。  …「 ほら、こんな身近に『 ……さん(従業員/中山選手)』が いるからあんまりありがたみがわからないのかもしれないけど、ふつうは『日本代表に選ばれた』っていったらもっとわあっと、見送りの人が集まって、激励されたりするもんなんだよ。」   ほめられたい僕。 無感動な、両親の表情。

  短く静かなドライブを終え、僕らは空港へ。僕のために用意された『控室』は、あきらかに、ホテルではなく病院の一室。僕はドアからすぐ左奥のベッドに仰向けになり、両足をもたげて自転車こぎ運動をしながら両親に何か話しかけたが、特に反応は得られなかった。 花瓶にピンク色の花を挿している母を横目に僕は部屋を出て、階下へ歩いていった。階段の踊り場は病院とも学校ともデパートともつきにくい雰囲気だったが、「寂れてる」と思ったのは確かだ。 何階か下には ごく小規模な劇場があり、渥美清さんがたくさんの子供たちを率いて、何かの芝居か伝統芸能みたいなものを演っているのが、ちらっと見えた。 僕は歩いて空港の建物を出て  そこは郊外の大規模スーパーマーケットの駐車場そのものだ   ほどなく小さな港に着いた。

  もっと小さな漁港の町で育った僕は、その雰囲気が好きだった。 僕は船着場の縁に陣取り、腕立て伏せを始めた。 身体が軽い。信じられないほど。「そっ」と、僕は鼻先をコンクリートに触れさせ続けた。何十回となく。 気がつくと、僕の両足が誰かに握られていて、そっと持ち上げられていた。 僕は自分を鍛えるために、反動を利用しないで筋肉を動かしたいのだけれど、両足が巧みに振られるせいで、僕の腕立ては本当に信じられないほどラクになっていた。 まるでプールに、ただ浮かんでるだけの時みたいに。 足を掴んでたのは五十台後半くらいの黒人で、「アメリカ人」だった。 僕が「わるいけどトレーニングの調子がくるっちゃうから少し離していてくれないか」と頼むと、アメリカ黒人は ものすごく映画っぽい声(それっぽい英語)で 「 いや、ひとつ『日本代表』らしいところを見せてくれないか」と、真面目に話した。 僕は はっきりと日本語で、「 ほんとうに 『 いいやり方』をちょっと忘れちゃったから、思い出すまで少し待ってて。 待っててくれないと、『アメリカのサポーターに調子を崩された』って(インタビューなんかで、)『言う』からね」 とキッパリ告げる。 アメリカ黒人は残念そうに「 そうか分かったよ(悪かったな)」と『 吹き替え(たぶん小林清志さん)』の日本語で謝り、引き退がる。

  僕は 言い過ぎたかなと少し気の毒になり、何回か『腰から先に降ろす腕立て』をした後、首を後ろに傾けて、「 あの(さっきはゴメン)、もういいよ、もう調子戻ったから」と声をかけたが、件の男はもう見えない。 反動は利用してないはずだが、相変わらず軽過ぎる身体を念入りに上下させ続けている僕の両脇( 510メートルくらい先)を、 四、五人の若いアメリカ黒人たちが先を争うように走りぬけ、うれしそうに海へ跳び込んだ。 …ああ。彼らには何かがあるんだ。ここにいる日本代表の僕よりも大切な、気になる『何か』が。

  僕は心を込めて腕立てを続けた。 何人かの若いアメリカ黒人たちの頭と両肩が相次いで海面に跳び上がり、歓声をあげた。 ある者は うれしそうに、 うれしそうに両掌で自分の顔をなでていた。

− 了 −


 
著者からのお知らせ ( 2000年1月某日 記。)
  本当に『まる1年ぶり』で このように何やら得体の知れぬものにおつきあいいただき、まことにありがとうございました。このペースでは《第三夢》は「2001年」の可能性「大」ですが、引き続き、著者がそれらしい夢を見しだいUPさせていただきます(→ やっぱり、「そんなレベルの」夢になるとネ。)。   なお、 「 ああ あるよね、こんな経験。」「 ある。ある。」とかお心当たりの方、それは ちょっと 『 どうかしてるよ。』 (^^;)。 / 主人 敬白。(けいはく)


 

 

 

 

《第一夢》

『ばあちゃんのしっこ』 (かぜをひいていた夜)

 

こんな夢を見た。

  普段にはそんなことはないのだが、わしは年に数日しか帰らぬ実家にいて真夜中にフロから出てくるところであった。これまたそんな習慣はないのだが、からだをバスタオルでざっとふいたまま、何も身に付けずにフロから出てきたのだ。

  わしの実家の間取りのうち、この話に関わる部分をざっと言うならば、まず玄関を開けた正面がフロ場じゃ。その出口の左奥、つまり玄関の右奥にトイレがあり、その前は廊下。その廊下を進めば右側は順にフロ場、階段、台所。左側すぐに客間がある。ばあさん(この夢の中では推定80歳。わしのじいさんの嫁。わしのおやじはこのじいさんの若死にした妹の子供なので、実際にはわしとばあさんとの間に血のつながりはない。しかし、わしは『ばあさん』と言ったら絶対にこのばあさんしか思いつかない。幼少のわしを育ててくれたのもこのばあさんだ)の部屋は台所の奥にあるのだが、さてこそ今わしがフロから出てきたときにはそのばあさんがトイレに向かって歩を進めているとゆうか、もはやドアノブに手をかけんとしているばかりのところであった。

  ばあさんの寝間着の帯から下の相当広い範囲は暗い色を帯びており、かなりの水分を含んでいるように見えた。ばあさんの足もとからはわりに控えめな感じのしずくが垂れ落ちつつあり、実際、ばあさんの通った後には相当数の小規模な水たまりが生じてもいた。

  ばあさんは無事にトイレに納まった。その身のこなしには、年齢から来る以上の不自由さは感じられなかったと思う。次にわしが考えたことはと言えば、「 − さて、二階(わしの部屋)に上がって寝るか − それとも、台所で何か飲んでおくか − 」といったところだった。どちらにとも決めぬまま水たまりを避けたつもりで「そっ」と足を進めたわしは、その場に − 板張り(決して『フローリング』などというものではない)の廊下に − 「びたーん」− と音を立ててからだごと「ぺたし。」と張り付いた。そのニュアンスが伝わるか少し心配だが、このへんの方言で言えば「はねくりコケた」のである。わしのからだのうちで横を向いているのは顔だけ。すなわち左頬が廊下に密着、残りの前面が同じく密着なのである。気がつくとわしはちょっと人間ばなれした身のこなしで客間にすべりこみ、最前までとほとんど同じポーズで絨毯の上に身を伏せていた。客間には明々と電灯が点っていたが、わしはそのスイッチにさわった憶えはない。それ以前に客間の戸をどうしたのかもよく憶えてはおらぬのだが。

  気がついた、とは言えわしは身動きもとれぬままわが身の苦痛に耐えておったばかりじゃ。ただ、ばあさんのしっこが少々からだについていることに対しての苦痛はたいして感じていなかったかに思う。この頃に改めて気がついたことだが、夢の中のわしの身体は20代前半頃の若さをもっており、肌の表面は卵のごとくにつるんとしておったようだ。

  ふと、わしの脳裏を誰かの悲痛な叫びがよぎった。あるいはそれはわし自身の声であったのかも知れぬ。「 − やれ情けなや。わずかであれ、ほんのわずかでもあれ、『ばあさんに手を貸してやろう』とは思わぬのかや − 」。しかし、わしの身体はどうしても動かなかった。さよう。動かなかったのである。

  それからそう長い時間は経っていなかったであろう。ばあさんがフロに入っている気配が感じられた。客間の絨毯に張り付いたまま、絨毯の毛をつかむことすらできないままのわしの頭の中で、わしの『自意識』が何度となく同じ繰り言を垂れつづけた。 − しかしこのままではかぜをひいてしまうな(わしが) − 、 − しかし、このままではかぜをひいてしまうな(わしが) − と。



  わしは目ざめるとあまりの息苦しさに部屋の明かりも点けぬまま「チン!」と手鼻をかんだ。東京にある今のわし、童顔とは言え、とうに30も過ぎて肌もやや荒れたわしの暮らしている部屋だ。わしは昨夜からキツいかぜをひいている。時刻はまだ朝よりも深夜に近く、わしはこの夢の意味するところを測りかねたまま毛布にもぐり、二度寝に入った。「さっ」と、 − これはタンパク質を十分に摂るように気をつけろ、といった意味ででもあろうか? − などとどうにも阿呆じみたひらめきもあったが、ほどなくわしは寝についた。


  二度目の夢は、わしにとってはさっきの夢よりも強いインパクトを与えるものだった。鏡の前で大口を開けているわしの『歯』の、噛み合わせの部分のすべての中心部に、小型のストローを差し込んだ跡であるかのような正円の穴がひとつづつ開いており、歯はすべてすっかり中空になっていて、穴からきれいなピンク色の歯茎が見えた。わしの歯はどれほどもろくなっているのかと心配になり、「ギリ」と噛み合わせてみた途端に上の前歯の根元が「ゴリ」と音を立ててひび割れ、舌先で触れば明らかなほどにグラグラと揺れていた。わしの歯はごく当たり前の煎餅よりもはるかにもろかった。その音は「ガリ」であったかも知れぬし、あるいは「バリ」であったかも知れない。ただ、それからわしがふたたび目をさますまでには、「 − これでは口にしたものが何もかも歯にはさまってしまって困るな − 」、と考える程度の時間しか残されてはいなかった。

− 了 −


   
著者からのお知らせ ( 1999年1月某日 記。)
  このように何やら得体の知れぬものにおつきあいいただき、まことにありがとうございました。《第二夢》以降につきましては、今後、著者がそれらしい夢を見しだい順次UPさせていただきます(→おいおい、ほんならこら『創作』やあらへんのんか?)。なお、この小説の『スタイル』に何らかのお心当たりの方、それは決してお間違いなどではございませんけれどもどうぞこの場限りでお忘れになってくださいえへ(ハートマーク) / 主人 敬白。(けいはく)


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