『その拾四』

   『無線機』



私は仕事上、仮事務所をよく設ける。仕事をスムーズに
進めるためだ。
とある現場でこんな事があった。仮事務所と現場の位置が遠く、
連絡が困難な現場があった。仮設の階段を設けないと、
現場に行けない高台にあった。
ある日、当時の上司(仮にA氏としよう)がこんな事を言った。
「・・・よし!連絡網として無線機を借りよう!
あれがあればとてもスムーズだ!」
・・携帯の方がいいのに・・・A氏以外のスタッフはみんなこう思った。
翌日、噂の無線機が事務所へ届いた。するとA氏は・・・
「よし!早速試してみよう!現場のどこまで繋がるか・・・
俺が試しに行って来るから、I氏さん、子機の方聞いてて下さい。
」 「・・いいですけど、事務所に置いとけば、みんな聞こえますよ」
そして私達は周波を合わせた。A氏は颯爽と現場へ。
子供が新しいおもちゃを手にした時のようなはしゃぎようだ。
しばらくして・・・
「・・お〜い、聞こえるか〜」
A氏の叫び声が聞こえた。無線機からではなくはっきりと肉声で。
言い忘れたが、A氏は、男性にしては声のキーが高い。
しかも通る。
この現場は周囲の殆どが田んぼで遮る物が何もない。
A氏の声は無線機を無視して直接スタッフの耳に入り込んだ。
「・・もしも〜し・・ワン、トゥ・・聞こえるか〜」
またA氏の叫び声・・ノリノリだ。ある意味では騒音に聞こえる。
「Aさ〜ん、無線機無くても聞こえるから、もう少し遠くから、
小さい声で話して〜」
私は、事務所からA氏に呼びかけた。
A氏は軽く頷くと、更に奥へ。僅かに見えていたA氏の姿は完全に消えた。
無線機からは、A氏の独り言が聞こえてくる。
なにやら『藤あや子』の歌のようだ。そして歌い終わった瞬間、
「・・お〜い、聞こえるか〜」
またA氏の叫び声、またも肉声で耳に入る。
しかも今度はやまびことなり、エコーが聞いている・・・
「・・どうだ〜聞こえるか〜」
「・・お〜い」
・・しつこい、本当にしつこい。あまりにもしつこかったので私は、
他のスタッフに
「おい、うるさいから、無線機のスイッチ切れ」
と言った。そのスタッフは「待ってました」と言わんばかりの勢いで、
スイッチオフ。
「・・もしもし、Aだけど・・・」
「・・テスッ・・テスッ・・ワントゥ・・」
無線機は当然切れた状態、スタッフはそれぞれ自分の担当の仕事を始めた。
その中で、A氏の大声だけがやまびことなり、空しくこだましていた・・・。
そろそろ、冬支度が始まりそうな、秋晴れの気持ちの良い日の出来事だった。

教訓:『文明の力は有効に使いましょう。』


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