しろはた小者列伝
その1 「俺の名前を言ってみろ」 Ver.1.00
DNA。「遺伝子」という言葉が生命を語る上で、重要なキーワードとなっている。遺伝子さえ分かれば血縁関係の有無はもちろんのこと、生命の神秘が明らかになる。遺伝子はまるで万能の存在のように扱われているが、果たして本当にそうだろうか? 例えば、才能。才能が親から子へと伝わらないことは、野球選手ナガシマの例を出すまでもなく、ありふれた現実である。しかし、ありふれた現実に目を向けることができないのも人間。それは、北斗神拳の伝承者リュウケン・ケンシロウ親子にも当てはまることであった。
幼いケンシロウは、父リュウケンが抱く霞拳志郎の幻影に苦しめられた。
「兄は北斗神拳史上最強の伝承者だった」
リュウケンの兄への尊敬は、もはや信仰に近いものであった。いくらケンシロウが修行の成果を見せても、決まって次のような言葉を呟いた。
「兄だったら…」
ケンシロウに霞拳志郎のアザさえ無ければ、リュウケンは過酷な修行に耐えているケンシロウの技量を認めていたかもしれない。しかし、リュウケンにとって霞拳志郎の幻影は大きく、その再来と期待した自分の息子の実力をどうしても正当に認めることができなかったのだ。
「もし、兄が伝承者を育てたならば…」
苦悩するリュウケンの姿と、父の期待に応えられない自分への苛立ちは、幼いケンシロウにとって一生拭うことができないトラウマを植え付けたのだった。
幼いケンシロウにとって、生涯拭うことができなかったトラウマとなる事件が発生する。リュウケンが養子を迎えることを決意したのだ。これは決して、ケンシロウに伝承者の資質なしという判断から行なわれたものでなかった。傍流の武道家夫妻に不幸があり、その養子たちを引き取ることにしただけであった。しかし、不幸なことに、その子供たちはケンシロウを遥かに凌駕する才能の持ち主だったのだ。北斗琉家から送り込まれた兄弟、ラオウとトキである。ケンシロウは自分の無力さを嫌というほど思い知り、心が歪むようになっていった。ラオウとトキの才能を素直に認めることもできず、彼らが自分より年長であることが実力差の由縁であると信じるようになっていったのだ。
「兄より優れた弟はいない」
それに、ケンシロウにはまだ十分、正当伝承者になれる可能性があった。長兄のラオウは「北斗神拳は天を掴むために習得する拳法のひとつにすぎない」と公言しており、北斗神拳の伝承者へのこだわりは、意外なことに、微塵にも感じることはできなかった。また、次兄のトキも、北斗神拳を暗殺拳ではなく医術として利用したいと考えており、北斗神拳正当伝承者ではなく、医者を目指していたことは明らかであった。万が一、伝承者がラオウかトキに決まったとしても、それは自分より優れていて当然の兄たちなのだから仕方がないと諦めることができる。何故ならば、「伝承者争いに敗れた人間は抹殺される」というのが建前に過ぎないという事実をケンシロウは知っていたのだ。もし、本当に敗者が抹殺されるならば、コウリュウの叔父貴はとっくの昔に死んでいるはずだ。第一、、リュウケンは前の伝承者であった霞拳志郎から北斗神拳を学んだのではなく、その前の伝承者であるリュウケンの父、すなわち祖父から北斗神拳を学んだなのではないか。そう、北斗神拳も歌舞伎などの伝統芸能と同じで、実子への伝承が基本路線なのである。大体、ラオウやトキは伝承者に選ばれたとしても、やや高齢ではないか? 何と言ってもケンシロウはリュウケンの実子である。ケンシロウの「北斗神拳の正当伝承者は自分だ」という自負は非常に強いものとなっていた。そして事実、リュウケンも「伝承者は実子のケンシロウ」という路線に傾いていた。しかし、その実子継承路線を揺るがすことになる存在が出現しようとしていた。
北斗神拳の修行は過酷である。その修行は幼少の頃から始まり、ほとんどの少年は半日も耐えることができず、逃げ出していく。また、どうにか修行に耐えられたとしても、師父リュウケンに「資質なし」と判断されれば、その瞬間に破門されてしまう。つまり、幼い日より修行を受けてきたケンシロウは、ラオウ・トキやリュウケンの兄である霞拳志郎には及ばないまでも、十分な才能の持ち主だったのである。それが、自分が北斗神拳正当継承者であるという自負の根拠でもあった訳だが、その自信にクサビを入れる、ケンシロウにとって許すことのできない存在が生まれつつあった。滝での修行中に流木による抹殺を企てた時にはトキに救われ、ラオウを唆して「南斗十人組み手」に参加させた時には南斗聖拳最強の男に真っ二つにされるはずが、思わぬ邪魔によって生き延びた運だけが良い男。そして、その男は、ケンシロウにとって許せない名前を持つ「弟」であった。
ケンシロウはある時期から、不良グループとの交流を深めていくことになる。それは、道場の中だけでは分からない、実戦で役立つ北斗神拳を求めてのことだった。これは、師父リュウケンの尊敬する兄である霞拳志郎も行なった正当な武者修行である。中でも特に、ケンシロウの心を惹きつけたのは拳銃の存在であった。北斗神拳には二指真空破という奥義があるが、これで跳ね返すことができるのはボウガンなどの矢までが限界であった。拳銃の弾は北斗神拳の使い手であってもかわすのは至難の業であるということを知った。
「北斗神拳と拳銃の融合…。これからの時代は昔ながらの拳法だけじゃダメなんだよ!」
ある時期のケンシロウは、この言葉を口癖にしていた。また、ケンシロウは師父リュウケンの指導方法にも疑問を感じていた。
「これからはビジネス感覚も必要なんだよ。親父の考え方は古い」
北斗神拳伝承者は元来、中華皇帝のボディガードな存在である。それに、北斗の対極とされる南斗の一派は、道場経営や軍事顧問など、さまざまな分野に進出していた。
「これからの北斗神拳はビジネスなんだよ。フフフ」
これはケンシロウの持論であった。実際、ある時期のケンシロウは自分の部下である不良グループに北斗神拳の指導をしたりしていた。もちろん、ほとんどの人間は基礎すら身につけられなかった。しかし、中にはそれなりの体術、秘孔撃ちを習得するにいたる者も存在した。僅かな期間で不良グループに北斗神拳を習得させることができたことは、ケンシロウにとって大きな自信となった。
時代は核戦争前夜。不良グループを率いて、さまざまな抗争、乱闘に明け暮れていたケンシロウは、警察の厄介になることもあった。留置所に収監されることもしばしばであったが、何と言っても北斗神拳の本質は暗殺拳である。誰にもバレずに留置所を抜け出すことなどは容易いことであった。そんな調子で留置場から脱獄に成功したあの日、事件が起こった。ケンシロウが収監されていた留置場のある警察署で殺人事件が発生したのだ。新聞マスコミは、小型爆弾を使ったテロと騒ぎ立てたが、それは紛れも無く北斗神拳に殺人であった。
「オ、オレは殺ってネーって。信じてくれよ、親父」
リュウケンの前に突き出されたケンシロウは必死で弁明をする。しかし、状況証拠はケンシロウにとって不利なものばかり。何しろケンシロウは、殺人現場のすぐ近くにいたのだ。日本にいる北斗神拳の使い手は僅か。いや、ケンシロウが指導した人間を含めればもう少しいるかもしれないが、そんなことは口が裂けてもいうことができない。とにかく、ひたすらに無罪であることを訴える息子の姿に、リュウケンは溜息をついた。
「確かに、あの警察署長は汚職まみれの許せない存在だったかもしれない…」
「そ、そ、それじゃあ、オレは大丈夫だよなぁ〜、親父ぃ〜」
−クワッ−
リュウケンの顔は息子を見るそれから、厳しい北斗神拳の師父のものへと変わった。
「お前は、私の息子ケンシロウではない」
名前の剥奪である。これは親子関係の断絶をも意味した。親子であることを捨て、師弟としての関係を尊重する。ケンシロウ、いや、ケンシロウだった男の父、羅門は「リュウケン」を名乗った時に、このことを強く決意していたはずだった。しかし、リュウケンは実の息子であるケンシロウに対し、「特別な期待」をしていたのは周知の事実である。リュウケンはすでに高齢。伝承者の決定が最終局面を迎えた時期に下されたこの決断は、実子継承路線でほぼ決まりつつあった伝承者選びが白紙に戻ったことを意味した。
「オマエは、北斗神拳に害をなす鬼。邪鬼だ。邪鬼。これからはジャギと名乗るが良い!」
リュウケンは冷たく、兄と同じ名前を持つ実の息子に言い放った。屈辱が漢を狂わせた。
「アイツだ。アイツに嵌められたんだ。人を見下したような目で見る男。オレと同じ名前を持つ弟。格下のケンシロウがオレを嵌めたんだぁ〜」
北斗神拳伝承者がケンシロウに決まったあの日、ケンシロウはジャギから最後に残された最後の証をも奪った。そう、霞拳志郎にもあったとされる頭のアザ、北斗七星である。自分がケンシロウであったことを証明するアザが吹き飛ばされた時、ジャギはケンシロウを貶めることだけが生き甲斐の小物へと堕ちた。
「俺の名前を言ってみろ。オレが北斗神拳伝承者のケンシロウ様だぁ〜」
<オマケ>
「う〜ん、この漫画の主人公の名前どうしようかなぁ〜」
小一時間悩んだ結果、
「そうだ、エヴァサイトの管理人の名前をつかっちゃえぃ!」
−フルーツバスケット 本田 透−
「お。お、おんなのなまえなのに、と、透だってぇ〜」
「何で誰も突っ込まないんじゃ〜。お、おれの名前を言ってみろ〜!!」
<あとがき>
元々は、北斗の拳をリアルな世界地図に当てはめるという企画だったのですが…。いつの間にかジャギの話で盛り上がり、「ジャギはリュウケンの実子に違いない」という結論に達したのが執筆のきっかけです。
<履歴>
1.00 とりあえず後悔。。。