サッカー景気の悪い話

キムヒョンソク選手のCL予想大会優勝記念?に「だからWinMXはやめられない」の感想文を投稿させていただきます

さみ〜のWinMX経験と著作権などに関する意見

 さみ〜はパソコン誌、主にオンラインソフトを取り扱う仕事をしていますので、当然「WinMX」を使ったことがあります。最初は欲しいコンテンツが手に入る魔法のソフトのように思えましたが、意外と欲しいファイルが手に入らない(作品自体がない、ファイルが大きすぎてダウンロードが完了できない)ことが多いので、2ヶ月ぐらいでブームが終了してしまいました。回線への負荷もハンパじゃないですし、当時は使い方をマスターしても雑誌で紹介できなかった(今ではどの出版社もバリバリ紹介していますが・・・)ので、旨みを感じることができなかった次第です。さみ〜はパソコンに待たされるのも、チャットでコミュニケーションするのも嫌いなので、WinMXとは相性が悪いんですな。ただ、本ではチャットでの挨拶が肝心と書かれていましたが、そういった経験はほとんどしていないので、利用していた時期は主人公よりも前ということになるでしょうか?

 と言う訳で、あまりWinMXに詳しいとはいえないのですが、さみ〜の少ない経験とインターネット、雑誌での評判、本の内容から察するに、WinMXが著作権無法地帯であることは、まず間違いありません。こういったサービスを支持する人は異論を唱えるでしょうが、それはサッカーに例えるなら「日本代表はワールドカップ・ドイツ大会に出場できなかったけど、ジーコは素晴らしい監督だ」というであろうジーコ信者の妄言といった感じでしょうか? ジーコの理念や戦術が素晴らしくても、実際に起用する選手が能力を備えていなければ結果は出ないでしょ。つまり、WinMXの理念が優れていても、実際のユーザーがその理念に対応していなければダメであり、その責任はWinMXに帰結すると言うわけです。

 ただし、さみ〜はWinMXを違法な存在にしている「著作権を保護する法律」を支持している訳ではありません。肖像権なども含め、保護される範囲や期間は広く、長すぎると感じています。どのあたりが妥当かという議論は、本筋から大きく逸れるのでここでは触れません。しかし、どう考えてもおかしいでしょ? たとえばJリーグの「肖像・ロゴ等のルール」とか。ファンサイトでも選手や試合の写真、マスコットはもちろん、似顔絵すら使えないってことでしょ。100年後にはなくなる著作権や肖像権を厳しく制限するのが、本当に100年構想なのかは疑問です。それとも、著作権の延長を画策しているのかなぁ・・・

主人公とさみ〜の相違点

 この本の特徴は、WinMXを畏まった視点から論じるのではなく、読者が主人公に親しみを感じられることです。WinMXに挫折したさみ〜ではありますが、主人公との共通点もあります。例えば、分からないことがあるとインターネットで検索して調べる点。これは重要な能力で、できない人は本当にできないんですよ。ここで愚痴を言っても仕方がないので、できない人間がいかなるものかを述べるのは避けますが、この点は大いに共感できました。知識欲を持っている人間にとってインターネットは本当に宝の山なんですよ。実際、さみ〜がサッカーに関する情報を収集する場合にはインターネットを使ってますしね。あと、パソコンが自作ではなくメーカー製なのも共通項でした。さみ〜もMe発売直前に98がインストールされたVAIOを購入し、現在はValueStarを使ってます。何かを購入した直後のタイミングで、もっと良い製品が発表される的なジンクスも似ているなぁと。下らないことのようですが、こうした細かい点まで描かれていることが重要なのだと思います。

 逆に違うなぁと感じたのは、画質へのこだわりでしょうか? 実は、さみ〜は音質や画質へのこだわりがあまりないんですよ。本田さんの手伝いでDVDの原稿をよく書くのですが、どうしてそんなに画質にこだわるのかは理解不能だったりします。これを突き詰めると究極の鬼畜VS至高の萌え論争になるわけですが、サッカーでも同じ試合を観ているのに感想が違うということはよくある話なわけで。まぁ、共通する点と違う点を含めて、主人公にはリアリティを感じた次第です。

違和感の理由を考えてみた

 最初はWinMXの無法に対して憤りを感じていたのですが、意外と主人公は等身大で共感できる。WinMXがコンテンツ産業にメリットをもたらすといった主張も一理ある。一理どころか真理でさえあると思うことがある。WinMXの文化を知るうちに、学生時代に感銘を受けたレヴィ・ストロースの「悲しき熱帯」で紹介される「クラ」という交換文化を思い出した。しかし、どうしても違和感がある。釈然としない。そこでもう一度注意深く読み直してみた。

※クラとは、腕輪&首飾りを部族ごとで交換する東南アジアの島々の風習。島なんで、交換する時には危険な航海が必要となる。腕輪&首飾りはどう考えても大したモノではないのに、受け取った部族は大歓迎してくれる。手元に参考資料がないのですが、こんな感じだったと思います。

>ファイルの交換

>ただ、それだけ高いものを買うのだから、「失敗」したくないのだ

 この2点が違和感の正体だった。この本では頻繁にファイル交換という言葉が使用されていたのだが、本当に交換だったのだろうか? 違う。ファイル交換とファイル共有が同じことのように書かれているが、交換したはずのファイルは手元に残ったまま。単にコピーを渡しただけに過ぎないのだ。主人公は最初、「WindowsXP認証クラック済」と「千と千尋の神隠し(偽物)」を交換してダメージを受けたと書いてあるが、「WindowsXP認証クラック済」は手元に残されたままであった。また、自分を「わらしべ長者」に例えていたが、これもおかしい。なぜならば、わらしべ長者は長者にはなったが、最初のわらしべは失っているのである。つまり、主人公は何のリスクも背負っていないのである。そして「失敗」というリスクを背負うことは賢くないと嘯いているのである。まぁ、それはそれで結構だが、この価値観だけは相容れることはできない。

 今シーズンの最初は本当にヴェルディに裏切られた。ヴェルディのヴェルディたる由縁は中央突破のはずなのに、ボールは横へ横へ。アツにボールが渡っても鈴木とのパス交換で後退。それでもナビスコカップでは浦和レッズに勝ったし、東京ダービーも制した。まぁ勝ち点さえ取ってくれれば文句も言うまいと思ったら、リーグ戦6連敗。マリノスやアントラーズ、ジュビロは正直あきらめがつく。でも最下位争いをしていたエスパルスやトリニータに負けてどうするの? しかもナビスコカップではジュビロの2軍に4−0で大敗。本当にJ2を覚悟したよ。そんなヴェルディだけに、正直スタジアム観戦して「失敗」と感じたこともしばしば。でも、「失敗」だからって「金返せ」というのはおかしな話でしょ。観るに耐えない凡戦や敗戦でもヴェルディの選手と相手チームは試合してくれたのだから。失敗の可能性があるサッカーの試合を観戦するのを愚か者と思うならそれも結構。「失敗」を知っているから「成功」のありがたみが分かるのだから。あ〜ぁ、ジェフUが羨ましい・・・・。トホホ。

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