Tさんの中の「やすくん」




Tさんの中の「やすくん」


〜ある痴呆のお年寄りのこと〜





「やすー」
「やっちゃん。ごはんだよ」
「まったく,あの子は学校から帰ってきてもいやしないよ」
Tさん(女性,90代)には重度に近いほどの痴呆があった。
いつも夕方になると、家のこと、訳あって親代わりになって面倒を見ていた孫のこと(やすくん)が気になる様子。
「看護婦さ〜ん」
「すみません、きてくんねぇ」
大きな叫び声にベッドサイドにかけつけると決まってこう言われる。
「ご飯を炊かなきゃなんねぇ。帰してもらうから・・」
「Tさん、ご飯は私が炊いてあげたからね。4合でよかったでしょ?」
声をかけて安心させようとしても、 「でもやすがいるから、面倒見なきゃなんねぇ」 の一点張り。



痴呆のために、ごみ箱に放尿してしまったり、ポータブルと入れの中を「ぬかづけ」と称しかきまわしたりすることがあっても、Tさんの「やすくん」への思いは変わることがなかった。
Tさんは、家庭の事情によりやすくんを親代わりとなって育てあげた。
やすくんの「親」としていつも心の中は「やすくん」でいっぱいだったんだろう。
毎日毎日、Tさんの口から「やすくん」という言葉が出ない日はなかった。



何ヵ月かに1回、Tさんのベッドサイドに目のさめるような可憐なフラワーアレンジメントが置かれてあった。やすくんからのものだった。
当時22,3歳だったと思うが,やすくんはTさんに会いに訪れていたのだ。
やすくんのTさんに対する思いも、きっときっと大きかったのだろう。



人は歳をとり,自分のことすら満足にできなくなっていく。
手、足が不自由になったり痴呆になったり・・・。
それでも家族への思い、肉親への愛情は変わらないものだと、この仕事をしていてよく感じる。



つい最近、Tさんがお亡くなりになったという話を聞いた。
Tさんの「やすー」「やっちゃん」という優しくあたたかい、ちょっと頼りなげな呼び声が聞けなくなるかと思うとちょっと寂しい。
Tさん、天国へ行かれても「やすくん」の心の支えであってくださいね。。







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