
これもまた、以前勤務していたフロア−での話。
私が勤務4年目くらいのときだったと思う。
Tさん(当時80代前半:この時以来一段と仲良しになり、最終的に親友と呼べるほど仲良くなれたお年寄り)から
腰痛の訴えがあった。
整形の受診をし、「しばらくは安静に・・」ということになり,彼女はベッドでの生活を余儀なくされた。
それでも日中は無理をおしてトイレに通い,用をたされていた。
その日私は夜勤だった。
まだ新米に近い私は,この時彼女に何よりも問題なのは用をたしにトイレに通う事だろうと察し、彼女に「今日だけもオムツを使ったら?」と声をかけて見た。
腰痛を押して,ベッドから車椅子に移乗するだけでも彼女には負担だろう。
何とかしてあげたい・・というところで、経験の浅い私が思いついたのがその一案だったから。
Tさんは、「ううん大丈夫。トイレに通って見るから・・」
「でも,腰痛ひどくなったらトイレに通うのさえ難しくなるし,今夜だけでもおむつをしておいたら??」
しばらく,彼女と話をした。
「それならお願いしようかな」
Tさんは最後に私の案を受け入れ、YESの返事をくれたのだ。
(これで、Tさんはゆっくりと眠れるはず・・・)
私は一人心の中で嬉しく思った。
少しはお年寄りの気持ちがくめるようになったかなぁと本気で思ったりもした。
しかしその夜巡視で彼女の部屋を訪れると、ベッドはもぬけの殻。
Tさんはいったい・・??
私はそっとトイレを覗きに行ってみた。
そこにはまさしくTさん。
「Oさん(私の事)、せっかくだったけどオムツに用がたせなくて・・ゴメンナサイね」
はっとした。
悪いのは私だった。
Tさんに親切心でやったつもりのことは、実はTさんには負担だったかもしれないということに気がついたから・・。
Tさんに、何度も何度も謝った。
「謝らなくてもいいのよ。Oさんは親切にやってくれたんだから」
Tさんはそう言ってくれたけど、私は自分のやったことがすごく罪な気がしてしばらくTさんに対して謝りつづけた。
何よりも、相手の気持ちをくみ取る事の大切さを実感させられた。
そして「よかれ」と思った事を相手に押し付けるのも一概によいとは言えないということを知った。
それ以来しばらくTさんには「おむつの寮母さん」と呼ばれた。
そして彼女と顔を合わすたびに
「あのときの親切な寮母さんだよね」
厚い眼鏡の奥の優しい目が,私を見つめてこう言った。
Tさん、ありがとう。
この仕事をやる上でとても貴重なことを、Tさんから1つ学んだよ。

