福祉関係の仕事をしていると「やさしそう」「献身的」などと言われてしまうのですが、「やさしく」することも「献身的」であることも私は実はとても苦手です。
「偽善者(ぎぜんしゃ)」という言葉があります。
「いつわりの善」「いい人ぶる」・・なんかとてもイメージが悪くて嫌いな言葉なのですが、入所者に対してやさしくしたり、献身的であったりする自分を間接的にとらえると、「偽善者」という言葉がふっと浮かんできてやるせない気持ちになります。
私は小さい頃から、祖父母にも学校の先生にも 「相手のいやがることをダメ!相手の身になって考えないと・・」 ということをよく言われてきました。
誰かにイヤな事をされたとき、どんなにかつらい思いをして「今まで言われてきたことは正しいんだなァ」なんて思ったりもしました。
だから、相手の身になって考えるところまでは、ほぼ抵抗なく自然にできるのですが、その先の「優しさ」「献身的」となると今でもためらう事がかなりあるのです。
この道7年。仕事をしていても少しずつ余裕がでてきました。
周りを見渡せる余裕も、入所者の方々にやさしくできる余裕も出てきたのです。
ふと思ったのですが、「人に優しくする」ってことは自分も優しくなれるのです。「おだやかな」自分になれるのです。
そして「献身的」であるってことは、自分を犠牲にする分、何か別のものが得られるのです。
「偽善者」なんて言葉、どっかに飛んでけ!!です。
100人のうち100人が私を「偽善者」だと呼んでもかまいません。
これが私の生きかた(やり方)なんだから・・。
「優しく」したい時には優しく、「献身的」でありたいときは献身的に・・私が私自身を許せるのならこれでいいんだと、最近思えるようになりました。
1歩前進です。

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