ふたつの死
〜「お別れ」は何度経験してもつらいものです〜

私の職場の寮母室には、ひとつのホワイトボードがあります。
そこには、入院者のお名前が書かれており「退院」されるとその名前が消され、入院されるとそこに名前を連ねることになるのです。 そして、もうひとつ・・・ 入院されていた方が亡くなるとその方の名前の隣に「○月○日、死去」と記されることになっているです。
仕事に来るとまず職員の視線は、自然とそのホワイトボードに注がれます。
ホワイトボードに変化がないと正直ほっとします。
ところが、昨日は悲しいことにホワイトボードに「死去」の2文字を見てしまいました。
「○○さん、亡くなったんだねェ・・」
近くにいた職員に声をかけます。
「そうみたいだねぇ・・」
その答えのあとに必ずその方の思い出話が始まるのです。
どの職員とでもそれは変わりません。
かならずその方の思い出話が始まるのです。
亡くなられたKさんは、あたたかいお味噌汁やおむすびが大好きな方でした。
お粥を介助すると 「あたたかい白いまんまが食いてー」
と心から叫ばれるのです。
職員はそんなKさんのために、あたたかいおむすびを握りました。
そして、あたたかなお味噌汁をたっぷりとよそうのです。
これは職員間の「暗黙の了解」といった感じでした。
申し送りがあったわけでもなく、揃って職員はこうしたのです。
ご飯があまりない日など、職員用の朝食から温かいご飯をもらってでもおむすびを結ぶ職員もいたほどでした。
Kさんはそんな配慮を知ってか知らずか食後に決まって
「あ〜今日のご飯はうまかった。うまかった」
と喜ばれるのです。
その嬉しそうなお顔はとてもとても印象的でした。
そんなKさんが亡くなられるちょっと前に短い間でしたが、退院してこられました。
職員は以前と同じように、おむすびを握り、お味噌汁をたっぷりとよそってKさんに配膳しました。
ところがKさんの身体はもう、大好きだったおむすびもお味噌汁も受け入れられなくなっていたようでした。
食事を勧めようとする職員に
「私はもうなんにも要りません。なんにも食べたくないです」
とおっしゃったんだそうです。
食事はおろか、水分すらまったくおさまらないほどKさんは衰弱されていたのでした。
Kさんの再入院はそれから叉すぐでした。
そしてKさんは静かにこの世を去って行かれたのでした。
あのおむすびをほうばられる満足そうな、幸せそうなお顔をもう見ることはできません。
Kさん、ありがとうございました。
あなたのおかげで「相手を思いやること」が介護職にはいかに大切なのか知った職員は多いのです。
私たちにとって何よりも大事なことを教えてくださったことに心から感謝します。
Kさんの思い出話をしながら、夜勤の夕食をとっていると
ご家族の方が寮母室を訪ねてこられたのです。
「○○の家族でございます。○○存命中には皆様にご迷惑をおかけしまして・・」
いきなりのことに驚きました。
Kさんのご家族かとてっきり思いこんでいたのですが、それはNさんのご家族の方でした。
「え、○○さん??」
Nさんが亡くなられたのは、まだ1時間前くらいのことで私たちのほうにはまだ連絡が届いていなかったのです。
ご家族の口からまずNさんの死をお聞きしたので、私たちは一段と驚きました。
Nさん、長い長い一生に終止符を打たれたのですね。
105歳でしたね。
敬老の日には色々なところからたくさんのお祝いが届きましたよね。
とてもとてもお優しい方でした。
クリスチャンで、床頭台の引出しの中には「聖書」が入っていましたよね。
居室担当の職員が目のご不自由なNさんのために、聖書を大きな画用紙に書きうつしたりしていましたね。
私はよくNさんの耳元で
「Nさん、今日も神様がお守り下さっていますか?」
と聞いたものです。
うんうんとうなずきながら、あなたは微笑んでいましたね。
その優しそうな笑顔が印象的でした。
自力で食事をされていたのは、103歳くらいまででしたっけ。
「できるところまでは自力で」
その行為がそんな感じに受取れて、私たちはできるだけあなたのそんな姿を見守ったものです。
手を出したい気持ちを抑えながら・・。
ご家族の方が
「あと10日ほどで2000年を迎えるところでしたのに、残念でした」
と肩を落としていらっしゃいました。
きっと叉退院してこられるだろうと思った私たち職員もじ〜んときました。 悲しみが込み上げてきて正直震えがきました。
自力で色々なことをできる方にも、時間がかかりすぎてしまうとついつい手を出してしまいがちになってしまう私たち介護職ですが、やはりそれによって残存機能が落ちてしまう方もいらっしゃるのです。
そんなことを再認識させられました。
Kさん、Nさんお二人の死を1日のうちに迎え、師走の寒さが一層冷たく感じてしまった日となってしまいました。
未熟な私たちに色々なことを教えてくださったことに、心から感謝します。

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