嘘をついてもいいですか?


面会の方を通して考えさせられたこと







Sさん(70代、女性)のところには、よく旦那さんと娘さんの面会があります。

Sさんにはかなり早い時期から痴呆(もしくは精神病)が現れ、介護者である娘さんと旦那さんは苦労して家庭介護をしてこられたのだそうです。
特別養護老人ホーム入所のきっかけとなったのは、昼夜をとわずの発声。
しかも大きな声で叫ぶように声を出されていたのだそうです。(後日、家族への暴力行為もあったようにお聞きしました)
ご家族は、近所への迷惑を気にされ、発声がひどいときにはその声を止めるためにSさんの首に手をかけられたこともあった・・ということもお聞きしました。
Sさんを老人ホームに入所されられてからも、面会のたびに
「大声を出してご迷惑をおかけしていないでしょうか・・」
とたびたび気にされ、私たちにこう問われることも多くありました。
叉、Sさんの居室から遠く離れたところで立ち話をしていても、遠くから響いてくる誰の声ともとれない発声に
「うちの母ではありませんか?」
と反応されるほどでした。
Sさんのご家族が、Sさんの発声をどんなに気にされているのかが痛いほどわかり、気の毒な感じでした。



そんなSさんの旦那さんが今日もまた面会にいらっしゃいました。
Sさんは、周りのことをどのくらい理解されているかもわからない状態で、お名前を呼んでも返事をもらえることはほとんどないような状態でした。
意識がどの程度のものなのかは、私たち毎日介護に当たっている職員でさえ理解できないものなのです。
そんなSさんの名を呼び、優しく話しかけながらSさんの旦那さんは一口一口食事をSさんの口元に運ばれるのです。
夫婦愛を目の前で見せつけられてじ〜んときました。



するとSさんの隣で他の方に食事介助をしている私に、Sさんの旦那さんはふと声をかけらたのです。
「Y(Sさんのお名前)は、大声を出して皆さんにご迷惑をおかけしていないでしょうか?」
私は普段のSさんの姿を頭に思い浮かべてみました。
Sさんの発声は以前に比べると少なくなってきている感じでした。
けれど、まだそれなりに発声は聞かれました。
それでもSさんの旦那さんがそのことを私たち職員と入所者の方々に申し訳なく思われていることがとても気にかかり
「いえいえ、最近はそんなに声を出されないですよ。静かに過ごされている事が多いです」
と嘘を言ってしまったのです。
嘘はいけないと思いながらもSさんのご家族とその献身的な姿に、私は自然とそんな言葉を発してしまったのです。
Sさんの旦那さんは
「Yはぜんぜん目も開かないし、反応もないんですよね。こうやって隣にいてもわからないんだろうか?」
と静かに私に投げかけられるのです。
確かにSさんが目をあけられることはほとんどありませんでした。
声をかけても反応もままなりません。
しかし、私たち職員が近くで冗談を言いあっているとそれを聞いているかのごとく「あははは・・」と声を立てて笑われる事がありました。
(その笑いは意味のある笑いであるかどうかは謎でしたが)
そんな様子を旦那さんにお話し、
「調子のよいときはお返事もしてくださるんですよ」
と伝えました。
Sさんの旦那さんはおだやかな顔で私の話を聞いてくださり、
「そうですか、そんなこともありますか・・」
と軽い笑みを浮かべておられました。



私の勤務する老人ホームには、多くの面会があります。
私は老人保健施設に祖母をお願いしている身として、その面会の方一人一人が他人には思えない気がするのです。
祖母の面会に行った時に対応してくださった看護婦さん。
優しくおだやかでそれでいて、祖母のことをしっかりと見てくださっているというのが痛いほど感じ取れて、私は彼女を見習わなくては・・と心から思ったことがあります。
実際、介護の仕事をしている職員の一言一言は、入所者のご家族に大きな影響を与えます。
責任重大なんだなァとしみじみ思ったりします。
それでも、入所者の方々の事を面会にいらっしゃった方々にお話したいのです。
いつもどんなふうにその入所者の方が過ごされているのか。最近どんな事があったのか伝えたいのです。
私はチャンスのある限り面会の方と言葉を交わします。
「叉、面会にいらしてくださいね」
という思いもさりげなく込めながら・・・。
たまには、Sさんの例のように嘘をついてしまうこともあります。
けれど、たまにはそんなこともあってもいいんじゃないかなぁ・・なんて自分なりには思ったりしています。










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