−引っ越し− 1992.5.19
約1年半住んだ鎌ヶ谷のアパートを去る日が来た。
ダンナは長男であり、義父のやってる左官の仕事を継ぐために
秋田の実家に戻ることにしたのだ。
私は6回目の引っ越しになるだろうか。
引っ越しは兄の勤める運送会社に、特別にお願いしてあった。
一ヶ月以上も前から、少しずつ荷物を梱包し
準備は万端のはずだったのだ。
だが予想以上の荷物の多さと、荷物を積んだ後の掃除に時間がかかりすぎて
お昼少し過ぎには出発予定が、夕方5時くらいになってしまった。
今日のうちに秋田に着くのは、最初から無理と思っていたので
東北自動車道沿いのインターからそんなに遠くない所に、
宿を予約してあったが(仙台だったかな...^^;;
それもおそらく無理であろう^^;;
キャンセルの連絡を入れ、とりあえず東北自動車道にのる。
とにかく私たちはいいとして、赤ん坊を車の中で一泊させるわけにいかない。
おむつ換えるのも、この車じゃ狭いし^^;
車は順調に東北自動車道を進んでいたものの、すでに夜だ。
今から急に行って泊めてくれる宿があるのかな?
それ以前に、どこに宿があるかがわからない^^;;
インターの標識に「那須高原」の文字が見えた。
ここなら泊まるところがあるかも...
試しにそのインターで降りると、「宿」の看板が見える。
電話番号を控え、公衆電話を探して電話をしてみる。
もう10時くらいだった気がする。
だが宿の人は快く承諾してくれた。
「助かった〜^^;;」
おおよその場所を聞いて、宿へと向かう。
わりとすぐに見つかり、私たちはようやく安心した。
嬉しいことに24時間利用可能の温泉があるらしく、お風呂にも入れた。
そして翌朝早めに出て、今度こそなまはげの待つ秋田県大館市へ。
私は、結婚する前に1度しか大館を訪れていなかった。
今日から生活する家も、あまりに遠いため
義母が探していてくれた借家だ。
どんな家なのかもよくわからない。
だが今までの2部屋のアパートとは違い、一軒家だ。
昼過ぎ頃に、とうとう大館に着いた。
まずダンナの実家へ行って挨拶をし、私たちの住む家へ案内してもらう。
その借家は2階建てで、部屋が5部屋+台所だ。
家の外には小屋もあり、車もらくらく置けるスペースがある。
ちょっと古いけどリフォームもしてあり、私はとても気に入った。
しかも家賃は38.000円の激安だ。
駐車場代なんてものはない。
隣に住む大家さんも人が良さそうだし、家の周りは静かだし^^
少々の休息をとり、さっそく昨日届いている荷物を含め家の整理が始まった。
私はダイエーでインテリア&家具売場にいて
ず〜〜っと商品を見る度に
「こんな食器棚置きたい」とか「ソファーはこんな感じ」などという夢があった。
今日からやっとそれが実現するのだ。
千葉のアパートの時は、お互いが持ってきたかすの家具しかなかったが
この大きい家なら、ということで
食器棚、ダイニングテーブル&チェア
ソファー、大きいテレビ、といろいろ買い揃えた。
今日からこの家が私たちの家。
この土地がおそらく一生住む土地になるだろう。
(離婚でもしなければ(笑)
しかしその日の晩寝るときに、もう五月も下旬だというのに
めちゃめちゃ寒いことが判明した。
千葉では半袖とかだったのに......
あうあうあうっ
こんな寒いところ、いやじゃぁ〜〜〜〜〜(笑)