−産後と帰宅−  1991.7.28〜8.12


夜中の3時頃初めての出産を終えた私は、明け方の6時頃ようやく病室に入った。
その間は分娩台でそのまま体を休めていたのだ。
だが、約2時間寝返りもせず動いてはいけなかったため、
腰が特に痛んだ私はとても辛かった。

病室へ案内されると、そろそろ朝食の時間ということで
朝食と、出産の時の傷口の化膿止めの薬を渡された。
ところが、今まで生きてきて多少具合が悪くてもいつも食欲のある私が
どうしてもごはんを食べる気になれない。
それでつい薬も飲まずにいてしまった。

出産して3日目の夜中だったと思う。
夜中の授乳に病室から授乳室へ行く途中、激しい腹痛が。
なんとか我慢して授乳室へ行き、そのまま授乳。
約1時間後、終わって立とうとしたら痛くて立てなくなっていた。
看護婦さんに腹痛を訴えると、抱えられてすぐ近くの病室へ。
結局その日の夜はそこで過ごした。

翌日腹痛はおさまらず、検査をすることに。
検査の結果は「腹膜炎」であった。
しかもかなりの重度と言われてしまった。
人より傷口がひどく、雑菌が入りやすい状態だったにもかかわらず
化膿止めを飲まなかったのが原因と思われた^^;;;

普通だいたい出産後1週間で退院出来るのに、
それは絶対無理です、と先に言われた^^;;
とにかく絶対安静と言うことで、授乳も食事も全て部屋で行うことになり
私は個室を希望した。

個室の中で、一日3回点滴を受け
1人テレビを見て、ごはんを食べ
授乳時間には看護婦さんが赤ちゃんを連れてきてくれる。
点滴はかなり辛く、私は血管が少々細いらしく
いつも腕が紫色になったり、
違うところに針を刺されて腫れ上がったりとさんざんだった。

とうとうダンナがこっちへ子供に会いに来ることになった。
本当ならとっくに退院してる日にその日は来た。
私の両親が「燕三条」という新幹線の駅まで迎えに行ってくれた。
入院してる病院はそこからすぐだ。

初めての父子の対面だ。
私   「抱っこしてみ」
ダンナ「こ、こわい^^;;」
私も初めて抱っこするときは、なんだか壊れそうで怖かったものだ。
私の腕から子供を抱っこできないようなので、私がダンナの腕に乗せてあげたのだが
ダンナの腕は緊張で硬直していて、
肘が直角に曲がっているので、まるでロボットのようだ(笑)

そのダンナの姿を私の母が面白がって、ビデオに撮影しようとした。
私はベッドにしかいれないので、いいアングルで撮るために
母もベッドに片足を上げ、適当に移動し撮っていたのだが
でで〜〜ん!
母はビデオを構えたままベッドから転げ落ちた(笑)
私 「今のその姿をビデオに撮りたかった〜(笑)」
母 「ふ ふんっ」

お盆までには退院したいという願いが叶って
辛い点滴も終わり、入院期間約15日で退院する事が出来た。
退院してから新潟で一ヶ月検診を終えて、千葉のアパートへ帰ることになった。
今度はダンナが車で迎えに来てくれた。
その当時はダンナが独身時代に買った
ホンダのCR-Xというスポーツカータイプの車に乗っていたので
数ヶ月間の私の荷物と、大人2人に赤ん坊......
めちゃめちゃ狭かった^^;;;;

長い時間をかけ、夜遅くようやく見慣れたアパートへ着いた。
新潟で買って送ったベビーベッドは、ダンナが組み立て済みのはずだ。
誰もいない部屋の玄関を開け、気持ちは「ただいま〜」だ^^
^^;;;
^^;;;;;;;;
(−−####
私 「何じゃこれは〜〜〜〜〜!!(−−###

約3ヶ月ちょっと私のいなかった部屋は、ゴミ箱のような部屋であった......
あんなにきれいにして新潟へ行ったのに
どうやったらここまで汚せるんだ^^;;;;;
私   「こんなばい菌だらけみたいなところに、赤ん坊を寝せるつもりなの!」
ダンナ「.......」
しかも見覚えのないオーディオ用品が増えてるし〜
これだから電気店に勤めてるダンナは危ないのだ(笑)

さぁ、明日から大掃除だ〜〜〜