結婚式   1990.8.30

クリックしても大きくはなりません(笑)→
ダンナは秋田出身、私は新潟。しかし2人とも埼玉、東京で生活をしていたため
式は都内の上野でやることに。
ダンナの親戚関係は、バス貸し切りではるばると東京へ来てくれて
私の親戚はほとんどが新幹線などで上京してきてくれた。

当日、まだダンナの両親にも数回しか会ってない私。
お互い顔をはっきり覚えていないため、ロビーをうろうろしていた私の姉に、ダンナの母が
「YO−KOさん、まだここにいたの?間に合うの〜?」
「私はYO−KOの姉です(笑)、これからもよろしくお願いします ^^」
「!! 同じ顔じゃないの!(笑;;)」
ええ〜っと、私たちは双子ではありません。
5さいも年違うんですぅ〜5さい ”も”
姉は「私もまだまだいける(笑)」この時姉は28才でしたが。。。。図々しい...(ぼそっ

式のことは、実はあまり覚えてません(笑)
とにかく衣装を替えるのが大変で、忙しくて、、、、、
ズラは重いし(笑)
おまけに、衣装を替える度にする記念撮影。
えらく長いんです。
「もうすこし腕をあげて〜」とか
「あごをもう少しひいてね〜」とか.....すっごい細かい^^;;;
どうせ、たいした顔じゃないんだから、変わらないってぇ〜と叫びたかったです。
わお〜ん、と・・・・・・^0^

結婚式の時の誓いの言葉で、ダンナが文章の区切りを読み間違え
静粛な雰囲気が壊れ気味に。
あまり言うと怒られちゃうけど。
披露宴の最中は、花嫁の苦痛、食べれない。ズラ重い。着物きつい。
花婿の苦痛、飲まされる(笑)
私たちも例外にもれずで
ただ、ダンナはほとんど食べれなかったらしいですが^^;;
あと私はメガネを普段かけているのに
式場の方に「お式と披露宴の間だけ」とはずされてしまい、全然見えず目も疲れた(T_T

披露宴も無事終わり、披露宴メイクを落とした私は
いつものメガネをかけ、うろうろすると、ダンナの親戚がかたまってました。
「先ほどは、どうもありがとうございました。」
「............?」
「あの〜?^^;;」
「はぁ、おたくさんは、どちらさん?^^;;;」
「^^;;; ええと、一応花嫁の役をしてましたがぁ^^;;;;」
「おおっ、YO−KOさんですか。いやぁ〜そうですか。かっかっか(笑)」
おじさん、その「かっかっか」ってどういう意味を含んだ笑いでしょうか?
聞きたかったけど聞けなかった。
いや、聞くのが怖かったのかもしれないです。
それに、いまいち方言わかりにくかったし^^;;;;;

ロビーで記念撮影などをしていると
親戚のおじさんが私の兄に
「おい、どっかの組の襲名式みたいだな(笑)」
「えっ、僕っすか?(笑)」
「”僕”だなんて、しらじらしい......初めて聞いたよ(笑)」
私の兄は勿論かたぎの人間ですが、この日の兄は確かに・・・・・
おまけに180cmの慎重にがっちり体格。
運転手で力もあるし、昔、陸上選手だったので足も速いし。
逃げきれません(何から?(笑)


全てが終わり、一言。
疲れた〜!
その後お友達が開いてくれた二次会に二つも出席し全身が鉛のように。
翌日から出発するハワイへの新婚旅行には
最初から疲れ切って出発するハメに(笑)