CCU
 術後、運ばれていた所は、CCUと言う循環器専門の集中治療室で、大人も子
供も居た。面会は、午前9時30分の一回だけ。面会時間は5分程度。時間の
5分前にはCCUの前に集合し、主任さんが名前を呼んで中へ入る。面会後は、
病棟の待合い椅子で午後8時、9時まで待機する。待機時間は主治医が決める。
何日かすると、毎日同じ人が目に付くので、お互い自己紹介したりして、親
しくなる。
 同じ県の人が、二組居た。まりあより、1ヶ月早く生まれ、やはりJ医大から
来た赤ちゃん。1週間、CCUに居たという。もう一組は、なんとまりあと同じ
病気の子。J医大でまず、バルーンで広げてきて、その後、ここに来たようだ。
10ヶ月になるその子は、術後随分経つが、肺の状態が、落ち着かず、まだCCU
に居るのだという。
 その他、先生から、まだ待機が解けないと連日夜遅くいる両親、今日、手術
だという人、様々な人が居た。
ICUへ

 CCUに2日間居て、その後、病棟と同じフロアーにあるICUに移った。
ICUは、面会が一日2回、30分会う事が出来る。初日、面会時間を間違えて
覚えていた私達は、ICUの看護婦さんから、きつく注意を受けた、入院した日
のオリエンテーションで言われたようなのだが、覚えていなかったのだ。
 まりあはまだ、痰が多いとの事で、抜管出来ずにいた。しかし、生命の危険
は遠のいたようで、毎日、少しずつ、動きが見られ、器械や、点滴類も外れて
いった。
 その頃のまりあは、左手に、動脈ライン、足に末梢ライン、足の指にサチレ
ーションモニター、胸に心電図モニターの電極、左胸に、ドレーンチューブ、
おむつの脇から、排尿チューブ、鼻からガストリックチューブ、口には、挿管
チューブとよりどりみどりだった。
 それでも抱っこも何とか出来るようになり、朝、夕方とICUの先生からも、
状態について、説明があった。

 12月17日には抜管し、翌日には、砂糖水が始まった。S医師や、T医師は、
私の母乳について、いつも気を配ってくれ、
   「絞らないと出なくなるから、もったいないですよ。」
と毎日言われた。出来る限り絞って凍結し、病院へ運んだが、量は少なくなっていった。

 12月18日は、病棟のクリスマス会だったと、まだ、入院して、4日しか経っ
ていないまりあにまで、ピンクのうさぎさんが枕元に届いた。
ここのICUには常時、6〜7人の患者(小児ばかり)がおり、一日二回の面会
に両親が通ってくる。この間入院したばかり、と言う人もあれば、半年もいる
という人も居た。
 何日ここに入院しているのだろうか、とぼんやり考えている。まだ、入院し
たばかりなのに…。

一般病棟へ
オペ後1 オペ後2
 翌日には砂糖水が始まり、SpO2も93〜94%とまあまあだった。しかし、
体重は2800グラムとかなり減っていて、骨と皮だった。か細い手足に点滴
のラインが痛々しかった。

 19日には心配だった上の子にも会えた。私達が普段住んでいる場所はこのT
医大からかなり離れており、自宅に上の子を私の母に頼んで一週間が経ってい
た。両親とも居らず寂しいだろうにがんばって我慢してくれた。

 21日には一般病棟へ移れる事になり、私も付き添うことになった。ミルク
は1回50ml×8回となっていた。術後、今迄の分を取り戻そうとすごい食欲で、
ミルクを5mlずつ増やしてもらうのだが、全然追いつかず、泣いてばかりいた。
 まりあはICUを出ると3日間寝ないで私を困らせた。同室のお母さん方に悪
くて、2時、3時まで廊下をうろうろすることもあった。1日目は看護婦さん
が見かねて、ナースステションで預かってくれたが、夜勤は3人しか居らず、
それ以後は自分で何とかするしかなかった。ミルクは一気に5分ほどで飲んで
しまい、後の2時間55分は抱っこしているしかなかった。自分の食事や、睡
眠、トイレまでなかなか思うようにできなかった。

 一般病棟は、必ず家族(ほとんど母親)の付き添いが原則で、私の入った4
人部屋もみんな母親が付いていた。まりあのような生まれて半年以内の子供が
殆どだった。そのような子が病棟には全国各地、北海道や、高知などからも来
ていた。今迄、無我夢中で、周りが見えなかったけれど、
   「うちの子供だけじゃない、みんながんばっているんだ。」
と思うと、少し、気分も上向きになった。
 親しくなった、S県の人は、
   「この子も生まれた時、手術したのさ、大丈夫、ちゃんと育つから。」
   「仕事なんか、いいのさ、俺には、こいつらが、宝物だから。」
と話してくれた。廊下を歩いていると、みなさんが声をかけてくれた。又、
大きいお子さんを持つお母さん方が、毎夕病室を回り、おべんとの注文を取っ
て下さった。

 少し時間が出来ると、病気の本ばかり読んでいた。夫が買ってきた先天性心
疾患の本にも原因はまだ不明と書いてあったが、私は二人目と言うこともあっ
て、少し気を許していたことが悪いのでは、といつも後悔ばかりしていた。
まりあが又私達の元へ帰ってきてくれたことは嬉しくて、たまらないのだが、
この1週間の出来事で、精神的にも、肉体的にも疲れていた。母乳も殆ど出な
くなっていた。
 検温も、体重測定も、入浴も、もちろん薬を飲ませることも、すべて、母親
がやるのだ。夜も、もちろん昼間も休まる時間が無く、早く、家へ帰りたいと
思うばかりだった。