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初めての風邪 |
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2月に入ると、少し、咳をし始め、鼻水が出始めた。早めに受診し、風邪薬をもらう。あまり効き目はないが、熱は出ないので、まあまあかな。体重は順調に増えており、一日に200〜300g増えることもあった。
2月4日、4700gになっていた。ミルクも一回に120〜140mlほど飲んでいた。
2月13日頃にはあやすと笑うようになった。とてもかわいかった。太ってきたので、笑うと目がない。顔色もとても良い。
2月22日、二回目のT医大受診でも、特に変わりなく、利尿剤は2mgずつと
なり、2週間飲んで、終了する予定だった。
3月になり、3回目の風邪を引いた。雛祭りには今年はお内裏様と、お雛様だけ飾り、その前で姉妹で写真を撮った。6年間、一人っ子だった長女は、とても妹がかわいいらしく、いつも泣く迄かまっている。
少し風邪気味が続いていたが、J医大の主治医と相談し、BCGはやることにした。昼間はあまり咳は出ないが、絶えず、ぜーぜーしており、夜中は痰が絡むのか、ミルクを飲んだ後、殆ど吐くようになってしまった。
3月10日、J医大へ連れて行くと、肺炎になりかかっているとのこと。経過から、ウイルス性でしょうとのことで、風邪薬、あと鼻水を引くことと言われた。2日前に利尿剤が終了となり、ほっとしていたが、CTRが又、大きくなっているので、利尿剤は再開になった。残念。
デイリーサクションカテーテルで、ミルクの前に鼻水を引いてやる。黄色や、白のどろっとした鼻水が沢山引けた。しつこくやると泣き出すので短時間で、ささっとやらなくてはならないのが難しい。
3月19日にはやっとぜいぜいが良くなり、23日は4ヶ月健診へ行った。問診表や、保健婦、栄養士、健診の医師から、心臓病の経過や、手術について、いろいろ聞かれるが、だからといって具体的に指導があるわけではない。あげくに最後に喉を診た舌圧子の刺激で、吐いてしまった。どっと疲れてしまった。
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初めての発熱 |
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夫はこの頃、学生時代の恩師が退官するとのことで、北海道へ行って、その後、東京に仕事で出張する予定だった。長女の卒園や、入学もあるため、私の母に一ヶ月来てもらっていた。まりあが風邪気味だったので、心配していたが、治りかけだったので予定通り出かけた。
しかし、20日には傷が化膿し、緊急で病院を受診、その後、長女が発熱、続いて、まりあが発熱してしまった。長女の方はあまり、高熱にならなかったのだが、まりあは夕方、37.3度に下がったが、夜になるとぐんぐん熱は上がり、39.4度までになった。真っ赤な顔で、ハアハアと息づかいは荒く、ミルクもあまり飲まなくなった。夜10時頃もう一度病院へ受診するが、座薬を処方されただけで、帰ってきた。冷えピタをおでこに張っていたので、周りの人にはじろじろ見られて、恥ずかしかった。家に帰ると、ポカリとミルクを交互に少しずつ飲ませながら、
汗をかいたら着替えさせ、座薬は使わず、様子を見ていた。
本人も眠いのだが、苦しくて、寝付けない様子、うんうんうなっている。しかし、朝3時頃から熱が下がり始め、私もうとうとし出した。次の日には平熱に
下がり、ほっとした。
次の日、夫から電話が入り、昨日の件を話すと、びっくりしていた。(その夜は電話がなかったのだ)文句をぶーぶー言うと、
「携帯にかければ良かったのに。」
と言わたが、出先に緊急でかけるほどではないし、でも、心細いし、迷うところだったのだ。
初めての発熱は、一日で治まり、本当に良かった。これから、いろいろな病気をしていくのだが、本当にその度、心配させられそうである。
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桜咲く |
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4月に入り、かなり暖かくなり、ようやく、散歩や買い物に行けるようになった。近所の人は殆どまりあの病気のことを知らないが、みなさん、
「元気そうだね〜。」
と言って下さる。最近はホントにこの人病気なのかしらと思うぐらいだ。
今日も又、近所の方が、
「大きいね〜。」
と言って下さった。嬉しいやら、違うんですよと言いたいやら。
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