〜『酒豪への道』 解説編〜

ワタクシ、芸者が産まれて初めて飲んだお酒、それは多分
『日本酒』
(本人に記憶無し)

幼少の頃、徒歩5分程の父の実家に
年末・年始 親戚が集まり毎年大宴会していたらしいです。
(これも本人、記憶薄)
その時かな?ビールもちょこっと飲んだような。
(でも記憶薄)

とにかくこれが『酒』との最初の出会いだったと思います。


ワタクシの実父は東京生まれ・東京育ち。
ちゃきちゃきの江戸っ子です。
その父の母の母、つまり父の祖母は
昔 浅草で芸者をしてたそうです。
(趣味が転じて芸者道に入ったらしい)
もちろんワタクシは一度も会ったことなど無く
話を聞いて 『ふーん。そうなんだ。』 と思った程度。
残念ながら後を継ぐ女の子に恵まれず
芸者はその一代で終わったそうです。

が、そのお方かなりの超酒豪だったとの事。
・・・・これがワタクシの『酒豪』ルーツなのかしら?

本当の『芸者』は引き継げないのでせめて『芸者』の名前だけお借りしまして
『酒豪』の部分のみを受け継ぐと致します。。。。



話を元に戻しますね。
ある日父の仕事の関係で転居する事になりました。
いわゆる新興住宅地でそこには高校卒業まで長年暮らしておりました。



幼稚園の頃。
一世帯に子供2,3人が当たり前の時代。
ご近所にも同年代の子供が多く毎日楽しく暮らしておりました。
プラス 下町気質の職人さんが多かった事もあり
昼間から縁台で囲碁と日本酒、なんて風景もよく見受けられました。
日常的に目に写る風景は人間の記憶に
ごくごく当たり前のものと認識される法則に従い
・・・昼間の『酒』は当たり前なんだ。
子供心にそう思いました。

小学生の頃。
同級生のお母さんに『大酒豪』がいました。
PTAの打ち上げ等で宴会を仕切ってらしたお方でもあり
その豪快な飲みっぷりは今でも鮮明に脳裏に焼き付いてます。
・・・もちろん、コンニチのワタクシに多大な影響を与えてる事は言うまでもありません。
今でも元気に飲んでらっしゃるのでしょうか?

中学生の頃。
相変わらず年末・年始の親戚大宴会は続いていました。
ワタクシの父はお酒が弱くいつも食べるほうに徹してたようです。
反対に母は普段全く飲まないのですがお正月だけ『日本酒』を飲んでました。
しかも強い。。。
はっきり覚えていませんが『ザル状態』と言うのでしょうか。
いくら飲んでも全然大丈夫だったような気がします。
が、本人曰く
『たまにしか飲まないから強いのよ。』と。
・・・果たしてそうなんだろうか?(謎)
未だに飲みすぎて二日酔いの母を見たことがありません。
・・・もちろん当時からワタクシもチビチビ舐めていましたけどね。

高校生の頃。
ついに『酒場デビュー』です。
と言っても場所はお好み焼き屋。
教育実習生の送別会です。
・・・高校生が良いのだろうか??
疑問を感じつつすでに『嫌い』じゃなかったワタクシは
乾杯のビールをがぶ飲み。
流石にクラクラ来ました。
すると
『あんたたち高校生だね!』
10数名の見るからにガキンチョ集団。
あっと言う間にバレてしまい追い出されました。
反省した教育実習の先生はうなだれて帰っていきました。
(教員目差すカレが一体何を教えてくれたんだか(謎))
仕方なく、当時流行りの『居酒屋パブ』に移動する一行です。
が、安物のウィスキーに酔いしれる間もなく
同級生の一人がぶっ倒れました。
その子の親に電話をかけ迎えに来てもらったのですが
『急性アルコール中毒』の一歩手前だったそうです。
・・・酒の怖さをちょっとだけ知ったワタクシでした。


そんな未成年時代を経て現在に至る訳です。
続く。