かあちゃんの独り言(2000年版)

なみなみ
本年版
なみなみ
2000/12/26 なんとか障子を張り替えた。しめて21枚、1週間かかったよ。。貼るのは簡単なんだけど、剥がすのが大変。古いノリが残っていて、何度拭いても取れない。仕方が無いから、そのまま張ってしまったよ。来年はカミソリで削り取ろうっと。
2000/12/18 なんとか年賀状を印刷始めた。今年はインクジェットハガキを買い損ねてしまった。やっぱ、ちゃんと予約しておけばよかったなぁ。しかないので、適当に購入したのだが、窓口で妙な物を見つけてしまった。それはエコーハガキの年賀状。つまり広告付きで普通のより5円安い45円の年賀状なのだ。でもしっかりとお年玉クジは付いているよん。最初は懸賞用にと買ったのだが、年賀状が足りなくなったので、使おうっと。届いた人は笑ってね。
2000/12/16 風邪で2日間も寝込んでしまった。あ〜、フラフラする。13日には既に38℃超えていたんだけど、なんとか頑張って家事をこなしたんだけどね。さすがに14日は朝から起きられなかった。心配した義母が飯持ってきてくれるし、義父は風邪薬と栄養ドリンクを買ってきてくれた。でもさー、ダンナは一言も無し。少しは心配してくれるかと思ったけど、甘かったみたい。義父母が心配してくれるから躊躇してるけど、そうでなかったら、こんな家、とっくに出てるぞぉ。でも、本当に義父母が居なくなったら、どうしよう・・・
2000/12/9 便所が完成した。が、なんだかなぁ〜。ウチの便所、外にしかないのよね。なのに洋式の水洗の暖房便座にウォシュレット。電気代かかるぞぉ。それに元々が和式なので、とーっても窮屈。尻拭く時に壁に頭ぶつけるのはあたしだけじゃないハズ・・・。どうせなら、手すりも付けた方が良かったと思うんだけど・・・。おまけに、中に簡単な鍵が付いたんだけど(以前には無かった)、位置がずれててはまらないんでやんの。何の為の鍵なんだか。ついでに台所に洗濯用の水道を引く事になっていたのだが、ちゃんと話し合いをしないで業者に頼んだので、義父の思い描くのと異なっていたらしく、やり直しでやんの。水道を元から停められるので、洗濯出来なくて困っちゃうわぁ。こんなことくらい事前に話し合いをしておけば起こらない問題だと思うんだけどなぁ。しかし、業者も結構いいかげん。完成した水道に洗濯のホースを接続して蛇口を回すと、水がピューッ。全自動洗濯機の接続が漏れるでやんの。やんなっちゃう。
2000/12/7 意を決して、子供達を車に乗せて半田までドライブ。目的はジャスコと手芸センター・トーカイ。ジャスコでは、ゆうすけのおしめカバーを購入。パンツタイプのおしめカバーが有ったので思わず買ってしまった。以前から探していたのだよ〜ん。マジックテープ式のは、動きが激しくてすぐに外れてしまうのだ。早く、おしめが取れればいいんだけどなぁ。トーカイでは毛糸等、手芸用品を購入。実はNHKの「おしゃれ工房」のテキストに「ニャッキ」というキャラクターのあみぐるみの製図が付いていたのだ。「ニャッキ」とは、火曜日に「おかあさんといっしょ」の中でやってるプチアニメのキャラクター。クレイモデルで青虫の「ニャッキ」の冒険や生態が5分程の番組である。いわゆる「なごみ」系のキャラだな。これを作る為に材料をそろえるのに、車で30分以上かかる半田まで行かなくてはならないのだ。本に載っていたメーカーの毛糸が無かったので、適当に色を見て購入した。トーカイって以前は毛糸が多かったのに、今は違うのね。それとも店舗によって違うのかしら?
2000/11/12 子供達の風邪の所為でなかなかアクセス出来ない間に、50通以上もメールが溜まっていた。ほとんどがDMだからいいんだけど、折角の友達メールに返事が出来ないのは心苦しい・・・
色んな人の励ましや慰めが心に染みるよぉ。今の精神状態がとても辛い。どうしてこうなってしまったのか、どこで誤ってしまったのか、考えれば考えるほど、分からなくなってしまう。もっと強くなりたい・・・
2000/11/11 あたしの風邪が治まって一息つく暇もなく、子供達が鼻水と咳と熱に襲われてしまった。特にゆうすけは酷く、熱の所為でヒステリー起こすから困っちゃった。何度も吐くから、洗濯も大変。セイも吐いたけど、乳しか飲んでいないから臭いもまだマシなんだよね。既に2週間経つけど、まだ鼻水は止まらないのよね。少し良くなると公園に行きたがるから連れて行くと、すぐ垂れてくる。行かなきゃいいんだろうけど、家の中ばかりだと疲れるんだよね。はぁ〜あ・・・
2000/11/2 今日はお払いがあった。お寺のお坊さんが来て、台所の古い釜戸(マジで釜戸よ、昔はこれで煮炊きしていたようだ)と便所にお払いをしていった。でもこれ聞いたの昨日の夜なのよね。それも釜戸の話しか聞いてない。そっか〜、便所も取り壊すんだぁ、知らなかったなぁ。ダンナにどうゆうつもりか聞いてみようかなぁ。でも面倒くさいなぁ。
2000/10/27 風邪ひいて1週間も経ってしまった。やっと治りかけてきたよ。風呂も1週間入ってないんだよねぇ。そろそろ入ろうかなぁ。あー頭痒い・・・
ダンナどうしたかって?どうもしてないよ。車で出ていった事について、あたしから何も聞いていないし、本人も何も言わない。あたしも何も言わずに出て行こうかなぁ。それじゃあ春にやった家出と一緒だって?そうだねぇ。それじゃあ、離婚届を置いていくのはどお?
しかし、素朴な疑問だが、離婚する時って荷物ってどうするんだろうね。先に話し合いがあるんだろうけど、分け難いものってあるじゃない。ウチで言えば、靴下。あたしの足がでかいので、紳士物を一緒に履いているのよ。適当に半分にするのかなぁ。一番困るのは子供だわな。二人居るから一人ずつね、とはいかないだろうし。それに付随して子供の写真だわ。ネガも含めて、結構大量に有るのよねぇ。あーなんか離婚前提に話をしているね。それ以前に話し合いしなくちゃいけないんだろうけど、もう疲れたよ、あたし。
2000/10/17 昨夜、ダンナは夜の10時頃、何も言わずに車で家を出ていった。そして夜中の1時頃にチビが泣いて目を覚ました時に、まだ居なかった。さて、どうしよう・・・
2000/10/15 石鹸シャンプーを使い始めて2ヶ月が経った。抜け毛が減るらしいが、産後なので抜け毛だらけ。よって抜け毛についての効果は不明だ。しかし、すっごくさっぱりして気持ちよい。石鹸なので、ついでに耳や顔も洗える。先日もダンナが夜出かけた時に、子供の身体までこれで洗ってしまったよ。ポンプ式なんだけど、プッシュすると液ではなく泡になって出てきてくれる。これは便利だ。リンスは石鹸専用のがあるのでそれを利用。変に香料も強くなくて気に入っているよ。「太陽油脂」のパックスナチュロンシャンプーとリンス。以前、「まついなつき」さんの本で知って、興味はあったのだ。それで小林製薬が以前、自然派の通信販売をやっている時に購入(但し、今はやってない)。それまで使っていたのが無くなったのでやっと使いはじめたのさ。ついでに農業新聞にこの会社の広告が載っていて、色々なサンプルが無料だったので取り寄せたの。そしたら歯磨き粉も石鹸のがあってさ、それは子供に使わせている。小冊子が同封されていてさ、合成洗剤の怖さが一杯載ってるのよ、これが。確かに台所でも合成洗剤使っていると指先が荒れてくるのは実感してる。石鹸だけ使った日は全然問題無いのよね。ちなみにウチは以前から風呂では石鹸で身体を洗っているなぁ。これは冬になるとカサカサになるから。石鹸だと少しはマシなのよね。本当は洗濯から全て石鹸にしたいが、いかんせん田舎なので貰い物の洗濯洗剤や台所洗剤が山のようにある。使い切る前に新しいのが届いてしまうのが悩みよね。ちなみに台所で使っている石鹸だが、台所専用の物ではない。特別に保湿成分が入っていなければ、なんでも大丈夫だ。子供のウンチが染み付いたおしめなんかも、合成洗剤でもみ洗いするより、石鹸の方がきれいになるんだよね。
2000/10/12 今日は珍しくダンナが「今夜は飯いらない」と言って行った。ここ半年は夜出かける時も何も言わずに行ったのにね。どーゆー風の吹き回しだろう・・・?でも風呂は?またあたし一人で二人を入れるのか?以前はじぃじがゆうすけを入れてくれたけど、最近はゆうすけがあたしと入りたがって仕方ないので入れている。せめてセイを入れて欲しいのに重いので拒否されてしまった。あたしだって妊娠と低すぎる流し台の所為で腰痛が酷いんですけどぉ。
2000/10/10 5回目の結婚記念日。だが、なーにも無し。当たり前と言えばそうなんだけどね。こんなに会話も無くっちゃねぇ。あたしも特にごちそうもしなかったし。支度するのも馬鹿らしいと思っていたからなぁ。
2000/10/8 今日は町内の運動会。参加は無理なので、お弁当を持ってお昼ちょっと前に見に行く。もちろん子供二人も同伴。と言いたいが、ゆうすけは朝からじぃじに付いて行っていた。あんまりウロチョロするのでとうちゃんはまだ競技に出ていないのに疲れ果てていた。へへん、いい気味だ。セイはおばさん連中にモテモテ。何人もの膝をタライ回しにされていた。でもご機嫌だからいいか。そこで子供の話になって、なんともう一人最近男の子が産まれたらしい。これで4人。今年は本当に女の子が居ないようだ。保育園(この町内には町立の保育園しかない)では男女比率は半々らしいが、ウチの地区は男が多いようだ。変なの。
2000/10/6 近所のスーパーにセイを連れて買い物へ行ったら、見知らぬお祖母さんが話し掛けてきた。「ウチも孫が産まれまして、どちらにお住い?」との事。お互いに地名を言えばなんと同じ。まあまあということで、話が長くなった。どうも9月に初孫が産まれたらしく、小さい子供が目に付いたから声を掛けたようだ。ここの部落、セイを含めて3人乳児がいるが、全て男だ。最近は男が少ないと聞いていたけど、なんで?何か磁場の影響とかあるのだろうか?
2000/10/5 色んな人に心配をかけているらしく、各方面から励ましのメールを頂く。一人じゃ無いんだ、って事がとても嬉しい。時々、うつ病ぎみになってしまい、天気が良くても公園にも買い物にも行きたくなくなるんだよね。そんな時に、貰ったメールを読んで、奮起しています。みんなありがとね。
2000/10/3 朝、便所に行くとて外に出たら、何か甘い香りが。秋の香りだなぁ、金木犀。ちなみにウチの便所は外に有って、尚且つ汲み取り式だ。危なくて子供にトイレトレーニングなんてしたくない。だって便器も大き目だから、子供なら落ちちゃうサイズなんだもん。和式の補助便座、どーしよーかなー。
2000/9/26 土日と実家で秋祭りがあったので出かけた。といってもダンナは行きたくないそぶりだったので、迎えに来てもらった。自分で運転していってもいいんだけど、何かあったら二度と出してもらえないような気がしてね。なんかねぇ、こっちに居るとずーっと頭痛してんのよ。それが実家に行ったら全然無いのよ。やっぱ精神的なものかしらねぇ。ゆうすけはずーっとはしゃぎっぱなしだし、セイはずーっとニコニコしているし、あたしは久々にワインを昼間っから空けて酔っ払っているし。酒飲むなんて何ヶ月ぶりだろう・・・
親父は「ダンナと会話が無いのならもう一度考え直せよ。(戻ってきても)何とかしてやるから。但し子供は手放すんじゃないぞ。」との事。まあ、孫が可愛いから側に置きたいのもあるんだろうけど、両親に会話がない環境で育つ孫が心配なんだろうね。あたし次第なのかもね、このまま続けるのも、終わらせるのも。
そーいえば、NTTの新しいサービスで「136」って出来たんだね。今度怪しい女の電話が掛かってきたら、突き止めてやろうっと。
2000/9/18 朝、便所に入って用を足したらお釣が来た。ひぇ〜!!何十年ぶりだろう!!
2000/9/15 小学生の頃の担任の先生が電話をくれた。「産まれましたハガキ」を見て電話したとのこと。先生にも孫が居るそうで、嬉しそうに話してくれた。が、「子供が二人居るのに、孫はまだ一人なの。せめて二人は作らないと国に貢献出来ないのにねぇ。息子はまだ独身で42才なの。あなたの同級生で誰か居ない?」、「農業はいいわねぇ。」と。そういえば先生はバリバリの日教組だったっけ・・・
小学生で思い出したが、タイムカプセルってどーなったんだろう?先生に聞いたら覚えていないそうだ。でも確か小学生の時にやったハズなんだけどなぁ。問題はあたしがこの小学校を卒業していないって事だな。6年の3学期から別の小学校に移ったんだ。だから同級生に連絡を取りたくても、卒業アルバムが無いからなぁ。学校に問い合わせるか?
2000/9/4 クロネコヤマトのブックサービスで本を注文した。まぁ、小説が主なんだけどね。ついでにあまり本屋で見かけない作家を検索してみたら・・・出ないでやんの。マーガレット・マロン、デイナ・スタベノウ、バーバラ・ニーリイ、ロブ・カントナー、一冊も出ないでやんの、やんなっちゃうわ。 P・カーなんて、10年も経っていない本が絶版になっていたよ。仕方ないのかなぁ。
結局、注文したのは、R・ブロックのバーニィの新刊と短編集、B・フリーマントルの新刊、天野夏美の新刊、でした。
が、その直後のDMで「オンラインブックストアbk1」が開店し、9月中は送料無料サービスをやっているとの事。なーんてこったい。仕方ないから大沢在昌の新宿鮫の新刊でも買おうっと。
2000/9/2 昨夜、夏のお疲れさんと義母の退院祝いを兼ねて、義妹夫婦と共に焼き肉へ行った。あたしはセイもまだ2ヶ月だし、ゆうすけもやんちゃの盛りだから遠慮したんだけど、連れて行かれてしまった。ま、これはいいんだけどさ。会話の中でどうも義妹のダンナの親からはお見舞いを受け取ったらしいのだ。あたしの親からは受け取らなかったのに。なーんかなぁ。そんでもって、義妹のダンナが転勤しているらしい発言があったので、朝食の時に義父に「転勤なさったんですかぁ〜?」と話を振ってみた。さも平然と肯定されてしまった。この時に「あらぁ、知りませんでしたわ〜」と言えばよかったかなぁ。知らないといえば、義母の退院も親戚でもない全然他所の人から聞いたんだっけ。「明日、おばあさん退院だって、良かったねぇ」と。この時はさすがに義父に「お義母さん、明日退院なんですかぁ?、さっき聞いたんですけど」と言ってやったけどね。この時はさすがの義父もバツが悪そうにしてたけどね。あーあ、この家で何回こういった事が続くんだろう。一人だけ蚊帳の外で、他所の人から教えてもらう生活が・・・
2000/8/31 先日、畑は夏休みと言う事で昼間の作業を休んでいたので、ダンナに便所の電気のカバーを外してくれるように頼んでおいた。随分以前から電灯がちらつく様になっていたのよね。であたしがいくら触っても外れなかったし、義父に頼んでも外れなかったからダンナに頼んだのに・・・全然やってなくて。昨日義父が言ったらさっさとやっていた。あーそー、あたしの言う事なんか聞きたくないって事なのねぇ。頭に血が上ってきたけど、何も言わなかった。こんなに溜め込んで、大丈夫だろうか・・・あたし・・・昔、十二指腸潰瘍やってんのよねぇ・・・
言わないといえば、こっちに戻ってきて最初の日曜日だったかな、怪しい電話が有ったんだよね。若い女の声で「あたし、負けないから」との事。全然聞き覚えの無い声で、思いつめている様子。「どちらにお掛けですか?」と問うと、「それじゃあ、また」との事。ダンナの浮気相手かしら・・・
2000/8/15 義母が一時帰宅している。以前より少し痩せたかな。元々痩せている人なんだけどね。夕べはお盆と言う事で、義妹夫婦も来てごちそうを囲んだ。でもやっぱり疎外感を感じる。ローカルな話題というだけでなく、なんかね。ダンナがあたし以外には普通に会話しているからかな。
そーいえば義妹のダンナって転勤したんだよなぁ。でも誰も教えてくれなかった。知ったのは郵便局が出しているチラシに異動の事が載っていたんだ。これってあたしが知らなくてもいい事なのか?やっぱり寂しい・・・
2000/8/2 とうとう実家から戻ってきた。戻ってびっくり、義母が入院していた。大腸ガンが見つかっていたのは知っていたが、入院して手術まで済んでいるとは・・・何も出来ないけど、連絡くらいしてくれたっていいじゃねーかよー、と思った。こーゆー事で疎外感を感じるのは、神経質になっているのか?でも家族なら教えて欲しいよなぁ・・・
あー、なんかいきなり実家に帰りたくなってしまった・・・
不思議な事に、ダンナは子供を「しゅう」と呼ぶ。「せいしゅう」なので皆は「せい君」と呼んでいるのに。何故???
2000/6/30 子供が病室に連れてこられた。ここは翌日から母子同室なのだ。連れてきてくれた看護実習生が「お産見せてもらいました、感動しました」と言ってくれた。が、うなったりわめいたりしている状態を見られたと思うと恥ずかしい・・・つい「いやぁ、痛かったよ〜」と言ってしまった。ははは。
2000/6/29 いやはや、なんとか産みました。本当は27日から入院していたんだよん。27日が検診で、モニター付けたら陣痛が15分間隔だって事で、「お昼までに入院してください」との事。本人は軽い生理痛程度しか感じないから、のんきに自分で車を運転して入院しちゃったよん。もちろん荷物も自分で担いで行きました。結局27日は2〜3分間隔になってもあまり痛くなくて、終わってしまった。
28日は陣痛促進剤を使用開始。錠剤を飲むタイプなので、結構暇でぶらぶらしてました。あんまり暇なので、実は病院を抜け出して、家に忘れ物を取りに行ったりしたんだよなぁ。結局、痛みはあまり強くならずに、出口も固い状態でその日は終わってしまった。
しかーし、29日の夜中2時頃、強い痛みで目が覚めた。間隔は10分だが、なんとか耐えられる痛みなので、しばらく辛抱する。でもなぁ、朝の6時頃には痛みの所為でうなり声がでてしまった。7時に助産婦さんが診てくれて、お産が進んでいるとの事。しかし8時にはあまりの痛みで呼吸法も出来なくなり、うなり声がうるさいので、陣痛室に移される。8時40分頃に破水、ビックリしてしまい、あせってパニックになる。9時に分娩室に。周りには看護実習生らしき、可愛い女の子も何人か居る。何度も何度もいきんで疲れる。そのうちにまんこ切られた。痛くないと聞いていたが、痛かった。あれ?浣腸と毛剃りは?と疑問に思っているうちに、いきみを要求される。また何度かいきんでやっと産まれた。9時40分だった。
後産はすぐ出ていきんだ覚えがないなぁ。まんこ縫って貰ったり(結構痛い)している間に子供もいろいろしてもらっていた。身長なんかを量っている時にしっこを飛ばしたのを見てしまった。
でもこの病院、ちらっと顔を見せただけで、すぐ子供を新生児室に連れていってしまったよ。抱かせてくれないんだなぁ。つまらん。
病室に戻り、思い返してみたが、産声聞いても感動しなかったなぁ、ボーゼンとしちゃってさ。やっとこの痛みから開放されたのかぁ、って思っていた。しばらくは興奮しているのか、あんまり寝ていないはずなのに全然眠れなかったよ。
そーいえば、ちんちん付いてたなぁ、頑張って女の子の名前を考えたのに、パーになってしまった。トホホ・・・。ちなみに「佳季(よしき)」と考えていました。某会社の先輩じゃないよ、作家の柴田よしきさんにちなんだんだよ〜ん。
2000/6/25 うーん、出産予定日を一日過ぎてしまった。なんとなく腰が痛いような気もするが、よく分からん。前回が陣痛を知らずに帝王切開になってしまったからなぁ。後陣痛はあったけど、腹のキズの痛みと重なってしまい、よく覚えていないのだ。今月中に出てくるのだろうか・・・
そーいえば、今日は選挙だなぁ。自分は既に不在者投票を済ませたんだ。だっていつ産まれるか分からないもんね。いわゆる支持政党は固定していないので、その都度、公約を読んで選んでいるよ。今回は初めて共産党に入れてみました。以前、社会党に入れたけど、自民党とくっついてガッカリしたから入れな〜い。オタカさんは好きなんだけどね。
2000/6/22 何気に庭にでてみたら、端っこに小猫が2匹居た。通りすがりのノラだと思ったら、全然使っていない納屋に入っていった。どうもそこで産まれて育っているらしい。近くにパンを置いておいたら、30分後には無くなっていた。
どうしよう・・・子供は猫が好きなので散歩コースにも触らせてくれる猫が居る所を通っているのだが、家の中にはツバメが巣を作っているので、猫を飼うのは無理。元々ペットを飼っていない家だしなぁ。
それにしても可愛らしい猫だったなぁ。
2000/5/30 臨月に入って最初の妊婦検診だぁ。しかし、貧血で引っかかってしまった、トホホ・・・
貧血なんて産まれて初めてだなぁ。今まで、血液検査しても、大抵普通より濃い方だったのになぁ。今回の妊娠は結構身体に堪えてるって事か・・・
胎児の体重も推定で2600gになったので一安心。でも子宮口が固いので、来週から柔らかくする処置が始まるのだ〜。色々初めての事が多くて面白い。
でもね、妊娠すると2回、検診費が公費で補助されるんだけど、今回の病院って普段より高くなるんだよ。前回の病院は無料になったのでビックリだわ。理由は採血費用は別なんだってさ。総合病院と個人病院の違いなのか・・・?
2000/5/19 あーもーなんか腹のキズが痛い。子供の脱走で心配したせいか、腹が張って痛いのもあるんだけど、その張りの所為で、帝王切開のキズがピリピリ痛み出してしまった。表のキズだけならいいんだけど、子宮は大丈夫なんだろうか・・・
医者には「子宮破裂したら子供は諦めて」と言われているんだよなぁ。恐いよぉ〜!!
2000/5/10 たまには自然の話でも・・・
こちらでは栗の花が咲きました。知ってる人は知ってると思うけど、なんともいえないあの香り。精液の臭いと同じですわ。ま、個人差はあるでしょうけど・・・
あたしの実家の方では梅雨時の6月に咲くので、やはりこちらは南なんだなぁと実感しました。
2000/5/5 今日で32才になりました。このままでいいんだろうか、という焦りと、何にもしたくない、という逃避心で、心からグラグラしています。
本来なら農家の嫁として、子供の世話もして、農作業も覚えて、家事もこなして・・・でも全然やる気が起きない。
ついつい、あのままマンションに居たなら、同じマンションに居る独身時代からの友人と一緒に専業主婦を楽しんでいたのかなぁ、と想像してしまう。
失った物を考えるのは良くない、今の自分の立場を考えて、言動しなくてはいけないんだ、と自分を説得しようとしてるけど、上手くいかない。
出産が済んで、実家から戻ったら精神状態も変わるのだろうか・・・
2000/4/9 昨日実家から戻ってきた。義父とダンナが迎えにきたから。母親からもこのタイミングで戻らないとますます戻り難くなると言われたし、ダンナは子供だけでも連れて行くと。戻ってみたが、あたしがワガママって事で決着したいらしい。確かに義母が嫁いで来たときには後妻の姑と大姑まで居て、あたしなんかよりずーっと苦労したと言われた。そりゃあ単純に比較したらそうだろうけど。あたしは母方の祖父母と同居していたから嫁姑の確執や苦労は知らない。でも血が繋がっているが故の激しい争いは知っている。
今朝、ダンナに「もう少し元気な声で挨拶しろよ」と言われた。簡単に出来るなら今回の事は起こさずに済んだだろうに・・・
あたしが思いつめない人間なら、昔だって胃潰瘍と十二指腸潰瘍は発病しなかっただろうね。
2000/4/4 家出をした。なんか何もかも耐えられなくなって・・・
午前中に妊婦検診の為、病院へ行った。特に異常は無かったが、よく腹が張って痛いので、張り止めの薬を貰った。病院から家に戻り、少しの間、子供が居ると出来ない事を片づけた。昼少し前に畑へ。お昼を食べ、あたしは車の中で本を読みながら一休み。1時少し前に、車から出て、ハウスの方へ行ったが、ダンナはまだ外で昼寝をしていたので、適当に草むしりをしていた。しばらく経っても誰も来ない。昨日はこのハウスで作業をしていたのに。皆がどこにいるのか分からないので、もうしばらく草むしりをしていた。ダンナが来たので声を掛けたが無視。その途端、「あたしはここに居てはジャマなんだ」という思いが込み上げてきて、たまらなくなり、昼寝をしている子供を抱きかかえ、車に乗り、家へ。実家に「今から行ってもいい?」と言うと理由を聞かれ、訳を話した。その状態で車を運転してくるのは危険だ、との事で、両親が迎えに来る事になった。のんびり走ると3時間かかる所を1時間半で来てくれた。家には「疲れました。実家に戻ります」と置き手紙をして。
元々、2月頃から義母が子供とあたしを無視するようになっていた。理由が分からず不安が重なっていたのだが、ダンナはなにもしてくれなかった。そんなに重大に考えていなかったらしい。
あたしはダンナに色々話したかったが、そっけないか、怒り出すかの反応しか返ってこないので、何も話せなくなっていた。
知り合いの居ない土地、以前からの友達にもなかなか会えず、やんちゃな子供、思うように動けない身体、張って痛い腹、子供の面倒をよく見てくれていた義母からの無視、会話の出来ないダンナ、何をどうすればいいのかも分からなくなっていた。
2000/3/12 義兄の1周忌法要が行われた。本当は3/31なんだけど、翌月の月初第一日曜日に地元のお祭りがあるのと、春のお彼岸は坊さんも忙しいのでこんなに早くなりました。
実家から両親も来てくれて、子供を預けてお勝手で大忙しでした。
しかし、法要後の食事の席で父からこそっと「やけに『他所の人は云々・・・』と言われたぞ」と閉口していち。しかし、こちらではちょっと離れだけでも「他所の人」扱いされ、別物扱いされてしまうのよね。
実際、結婚して半年後の初めての春のお祭りの時、義妹の夫の母に目の前で「どこどこの奥さん、他所の人だから意地が悪いのよねぇ」と・・・
さすがにその日の帰りの車の中では夫に泣きながら訴えたけどね。
どうも3代前くらいからこちらに住んでいても、「他所の人」らしいよ、こちらは。
あたしの実家の方もかなり田舎だけど、そこまで酷くなかったような・・・
なお、こちらの風習で、法要の前日の夜には近所や親戚を集めて念仏を唱えて貰うのもあるんだ。
休憩を1回入れても1時間以上掛かるんだよ、これが。鐘や太鼓を叩いて、まるで唄っているようなの。
いわゆる坊さんの念仏とは別物らしい。感覚的に理解出来ない・・・
将来、お義父母さんが居なくなったら、あたしもやらなくちゃいけないんだろうなぁ、トホホ・・・
2000/2/22 1才半検診を受けた。平成10年8月産まれは15人程しか居なくて寂しかった〜。既にグループが出来ていて、全然他の母親と話が出来なくて寂しい・・・
一人で居る人も居たけど、話し掛け難い感じだったし、二人目をおんぶしていたりで忙しそうだったので、やっぱり近づけなかった〜。
腹立つのは、ウチの子の指を椅子に挟んだ人がいて、「あら挟んじゃった?」だけ。「ごめんね」くらい言えよ!!
以前は40人程居たし、新しいマンションが幾つかあったから、やっぱ物欲しそうにしている人(あたしも含む)がなんとなく集まって話が出来たんだけどねぇ。
結局、ロクに知り合いも出来ないまま、終わってしまった。
2000/2/3 今日の農業新聞の女性専用の投稿欄にグサッときた。
内容は嫁いで30年になる人からで、姑に「正月は息子達とゆっくりしたいから出てってくれ」と言われたそうだ。姑の退院後のリハビリも手伝い、農業の仕事もしてきたのに。
嫁はいつまで経っても他人なんだろうか・・・
あたしも以前、ダンナに言われた事がある。「妹は家族だけどお前はそうじゃない」と。
話の発端はあたしの言葉づかいが荒いとの指摘であった。それが子供を叱る時にそうだと。
あたしからしてみれば、親を「あんた」呼ばわりする義妹よりマシだと思い、そう指摘したら返ってきたのは上記の言葉であった。
いや〜、この時はマジで実家に帰ろうと思ったよ。翌日は仕事に行かずに友達に泣きながら電話しちゃったもんね。友達は「実家に帰って距離をおいた方がいいんじゃないか」と言ってくれたけど、お義父さん達が子供を可愛がってくれているので帰れなかった。
当然、来ないあたしを心配してお義母さんがお昼に戻ってきて、「寝てなさい、子供は連れて行くから」と言ってくれた。
結局、実家には帰らなかったし、この事は実の親には言ってない。心配するもんね。
でもダンナに言いたい。お義父さんのお母さん、あんたがお祖母さんと思って小さい頃に一緒に暮らしてきた人は継母だと聞いたよ。血のつながりが家族ならば、お祖母さんはずーっと他人だったのか、と。
それにあたしがこの家で他人と思う人が居るならば、あんたの妹もダンナさんの家で他人と思われるんだよ、と。
2000/01/04 お義父さんから経営を譲渡するように言われていたが、とうとう手続きを開始した。
農業やってるから色々と書類を書いて疲れた〜。でもまだこれから確定申告もあるし、先は長い・・・
ダンナは本当にやる気があるのかとっても疑問だ。まあ、元々は三男だからまさか自分が本家を継ぐとは思いもよらなかっただろうけど、もう少し自覚持って欲しいなぁ。
近所に住むダンナの従兄弟は既に自分が親方になって農業やってて、農協の毎月の手続きには本人が来てやってるっていうのに・・・
まあ、あたしも農家の嫁になった以上は頑張るつもりだけどさ〜、協力しあわないと自営業ってどーにもならないんだよ〜。
あたしも自営業の家で育ったからそれくらい知ってるんだよーだ。
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