第二回まめ知識講座

タイトル:天文学の舞台裏

最近の華々しい天文学での発見や物理学の新理論の展開などで、皆さんはきっと「なんて科学とはダイナミックで、すばらしいんだろう」とか、「信じられない、すごい」「大したもんだ」などと感じることがあると思います。確かに最近の目ざましい進展には、専門家でもついていくのが大変なくらいです。しかし、そうした輝かしい表舞台の裏には、地道な努力や膨大な時間・費用が費やされています。そして思いもよらないようなかけひきがあったりもするのです。今回はなかなか表面には出てこない、科学の種明かしのような話題にしましょう。

天文学や物理学は、大きく分けて2つに分類することが出来ます。1つは実験・観測の分野、もう1つは理論の分野です。この2つの分野はもちろんそう簡単には切り離すことの出来るものではなく、互いに影響しあい、助けあい、そして時には厳しく批判しあうものです。では、どのような形の舞台裏事情があるのでしょうか?まず実験・観測の分野について考えてみましょう。

実験や観測をする場合、現在の研究対象となっているものに対してはかなりの精度が要求されます。天体望遠鏡を例にとって考えてみましょう。宇宙の彼方の物体を観測するとき、その大きさや運動状況、それに質量や成分が何であるのかを詳しく分析する必要があります。そうした観測を行うためには、もはや人間の目でレンズを通して見るような望遠鏡では話になりません。電波を使った望遠鏡、つまり電波望遠鏡が必要になります。電波によって天体の光のドップラー効果(注1)を観測し、その動きや地球からの距離を調べます。また電波での観測だけでなく、やはりレンズを通した画像がどうしても必要な場合もあります。そのためには、なるべく大きなレンズを作らなければなりません。何れの場合にも、レンズや(電波望遠鏡の)反射鏡の精度が重要になります。では、どのくらいの精度が必要なのでしょうか?残念ながら正確な数字を今覚えているわけではありませんが、直径10m近くの世界最大級のレンズの場合、レンズの凹凸の精度は10〜20ミクロン程度でないと正確な像を結ぶことが出来ません。この直径が大きくなればなる程遠くの天体が放つわずかな光を捕らえることが出来るのですが、レンズの凹凸に対する精度はより高いものでなければなりません。しかも、レンズは大きくなればなる程自分の重さでレンズ自体の曲面の歪みが生じます。また、こうした凸凹のないレンズ面を作ることは非常にむずかしく、それを維持していくことも至難の業です。

アメリカのアリゾナ大学では、以前こんなプロジェクトがありました。直径数mの巨大なレンズを、遠心力を利用して正確な曲面に仕上げるというものです。大学の地下に巨大な回転板をつくり、正確に一定のスピードで回転させ、そこにレンズの材料を溶かしこませて(遠心力を利用して)凸凹のない理想的なレンズを作るというものです。レンズの材料は新しく開発された素材を使い、数百度の温度で回転板の上に流し込み、数カ月(!)間かけてゆっくりと冷やしながら凸凹のないレンズを作ったのです。そして出来上がったレンズは望遠鏡に取り付けられ、望遠鏡の各所に設置されたセンサーを通して、コンピューター制御で歪みをコントロールしています。こうした莫大な費用と時間・手間をかけてはじめて、世紀の大発見をする観測が出来る訳です。

今度は理論の方をみてみましょう。物理学や天文学は、基本的には方程式を組み立てて、それを解くことになります。つまり数学です。しかし、ただの数学ではありません。人間の力では計算するだけで数百年もかかってしまうような複雑なものがあり、コンピューターの力を借りなければなりません。コンピューターというのは、計算する早さは凄いのですが、実はあまりその計算結果には信用できないものがあります。御存じの通り、コンピューターは2進法や16進法で数値を扱います。それに対してわれわれ人間は通常10進法を使います。そしてたとえば10進法の20を、実はコンピューターは正確に表せないのです。どれだけ正確でないのか、この精度が問題です。なぜなら科学、とりわけ天文学において扱う数字は非常に小さなものから大きなものまでに至り、誤差が1万分の1であっても場合によっては答えが違ってきてしまうからです。そのためよりケタ数の大きな数字を扱える、処理能力の高いスーパーコンピューターが必要になります。また、そのスーパーコンピューターを動かすためのコンピューター言語も既存のものでなく、それに合わせて開発する必要があるのです。

コンピューターだけではありません。コンピューターは単に計算をするだけです。それは「数学」のルールに乗っ取って行われます。しかし、数学自体が新しい理論を計算するのに不十分なことが多いのです。ということは、新しい理論を作るには、新しい数学が必要になることもあるということです。こうしたことはいままでもたくさん実例があります。最も有名なものは、ニュートンによる「積分」、そしてアインシュタインによる「テンソル」という新分野の創作になるでしょう。テンソルという言葉は、ほとんどの方には全く初めての言葉ではないでしょうか?実際、数学専攻の生徒に聞いたことがありますが、彼でさえこれを知りませんでした。このテンソルは、アインシュタインが「一般相対性理論」を展開させるためにつくり出した数学です。非常に難解ですが、既存の数学を包括しており、ものすごく便利なものでもあります。こうした数学をつくり出す努力や才能があってはじめて、偉大な理論が生まれるのです。

理論のための数学や、観測のための巨費の支出の他に、もう1つ裏舞台でのやりとりがあります。科学における、「権威」です。権威のある理論や科学者が、新しいそして全く異なる見解を闇に葬ってしまうのです。私の恩師のひとりで、学会では異端児的扱いを受けている教授がいます。その人は20年以上にも及ぶ膨大な観測結果から、学会を揺るがすような学説を発表しました。現在それが正しいのかどうかは、まだ証明することが出来ない段階ですが、それを支持する学者も増えてきています。しかしもう一人の私の恩師で、相対論の世界的権威の一人である別の教授は、その説をまったく取り合おうとしません。もちろん私にはどちらが正しいのかを判断する術はないのですが、異端児扱いを受けている教授は私にこう言いました。「これは歴然とした事実であり、私が永年多くの研究成果をあげているから、異端児的とは言え学会で取り上げられるまでになったんだ。しかし、若い研究者がこのようなことをすれば、相手にされないだけでなくこの世界から追い出されてしまいかねない。自分の地位がある程度のものになるまでは、例え違うと思っていても多勢の意見を聞き、権威のある先生についていくことが必要だ」と。現在の科学の世界も、ガリレオが地動説で宗教裁判にかけられた時代も、大した違いはないのかも知れません。科学とは、しょせん人間臭いものです。今間違いないと思っていることも、やがては否定されるかも知れません。有名な学者が言っているからといって、我々は単にそれを鵜呑みにしてはいけないのかも知れません。科学には、こうした「舞台裏」があることを忘れないで下さい。

(終)

(注1)光のドップラー効果:音のドップラー効果というのは御存じだと思います。踏み切りで電車を待っていると、自分の前を通り過ぎる前と後では電車の警告音の高さが違っているという、あの現象です。実は光にも同じように、観測者に対して近付いてくるのか遠ざかっているのかによって、観測されている物体の光の波長が伸びたり縮んだりする現象があるのです。これが光のドップラー効果です。観測者と観測されている物体とが相対的に静止している(=近付きも遠ざかりもしていない)場合の原子の放つ光には、その原子特有のスペクトル線(=輝線もしくは暗線)があります。これは特定の原子について、絶対に変わることのないものです。その輝線に対して実際に観測している、運動している天体に含まれる原子の放つ輝線とを比べると、波長のずれ(つまりドップラー効果)が観測出来ます。このずれから、天体の運動が計算できるのです。この場合、3次元的な運動が解析できます。


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