ブラックホール考察
天文学において、最も興味深い対象の1つがブラックホールであることは間違いないでしょう。ビックバンに始まる宇宙初期の状態や、銀河系形成のしくみとその構造、宇宙の大きさ、ダークマター、理論値を越えたエネルギー量を持つ宇宙線の正体、クゥエーサー、そして宇宙の将来(寿命)など、天文学における謎は数かぎりなくありますが、その中でもブラックホールについての研究は近年めざましい発達を遂げました。このところブラックホールについてのニュースがいくつか流れたので、興味を持たれた方も多いのではないでしょうか。今回はこのブラックホールについて、あまりむずかしい理論の説明というより、何が分かってきているのかをお話したいと思います。
ブラックホールと言ってまず思い出されるのは、「車椅子の天才」と言われるスティーブン・ホーキング博士ではないでしょうか?実際彼は、ブラックホールの概念を根本的に変えてしまったほどの人です。では、彼はいったいブラックホールの概念をどう変えていったのでしょうか?その話をする前に、ブラックホールが何であるのかを非常に簡単に説明しましょう。
現在考えられているブラックホールは、少なくとも3種類あります。1つは、銀河の中心や巨大な恒星の終末に起きる重力崩壊(注1)で出来るとされる巨大なブラックホール。2つ目は宇宙の初期に生成されたとされるミニ・ブラックホール。そして最近可能性が示唆されている中間の大きさのブラックホールです。3つ目については、学会でもまだはっきりしたことが分かっていないのでここでは割愛しますが、ブラックホールの性質としては3つとも変わりありません。違いは、その大きさと生成された時期や原因です。いずれの場合も次のことが言えます。ブラックホールとは、その名の通り近くにあるものを全て吸い込んでしまう落とし穴のようなものであると。近くにあっても、シュワルツシルト半径と呼ばれる距離より遠いものは、ブラックホールから逃げられる可能性があります。この半径より内側にある物質(光も含む)は、決してブラックホールの重力から逃げられず、その中にある特異点にまで引きずり込まれていきます。ブラックホールの大きさと回転運動にもよりますが、ブラックホールに足下から飲み込まれた人がいるとすれば、その人はまるでヒモのように細く長くのばされて落ちていきます。これはブラックホールの中心側に近い足と、その反対側にある頭にかかる重力の大きさが違うために起きるのです。この現象は実は身近なところで起こっています。潮の満ち引きです。地球の海が月の引力の影響でその水位を変化させるのは、実は月の引力の大きさが月に近いところと遠いところで異なるために起こるのです。月の引力はブラックホールに比べたらミミクソ(失礼!)みたいなものなので、海は紐のようにはなりません。その代わり液体なので自由に形を変型し、だ円形にのびます。まん中にある固体の部分(地面)は形を変えることができず、そのため海の水の干満が生じるわけです。(これを潮汐力と呼びます)。とにかくブラックホールとは、そのような巨大な重力によって周りのものを引き付け、ある距離(シュワルツシルト半径)より近くになると光でさえ逃げられなくなる、宇宙の「墓場」もしくは「蟻地獄」のようなものなのです。
と、ここまで説明したのは、実は古典的なイメージのブラックホール像です。このイメージからは、ブラックホールは光でも何でも飲み込んでしまい、それゆえ見えない「黒い」感じがしますね。でも、実はそうではないのです。このことを最初に指摘したのが、前述のホーキング博士です。彼はアインシュタインの相対性理論の式を解いていくと、ブラックホールが物質を飲み込むだけでなく吐き出すこともするという解を見つけました。ホ−キング博士自身、これは何かの間違いだろうと思ったほどですが、ブラックホールはその名前とは裏腹に物質を吐き出す(それゆえに光を放つ)明るい物体なのです。様々な観測や理論の展開がなされ、現在では光輝くブラックホールの一部を「ピンクホール」(ピンク色に光っているため)と呼ぶこともあります。実は、ブラックホールについての概念の変化は、これだけではありません。物質を放出するブラックホールは、やがて飲み込んだ物質を全て吐き出し、蒸発してしまうのです。残念ながらこれを観測することは今の所出来そうもありません。しかし、理論的にはまず間違いないでしょう。SFなどで、ブラックホールが吸い込んだものを宇宙のどこか別の場所で吐き出す「ホワイトホール」があるなどと考えられてきましたが、実はブラックホール自体がホワートホールなのです。
では、何でも飲み込んでしまうブラックホールが、何故、どうやって物質を吐き出すのでしょうか?これにはちょっとしたトリックがあります。正確に言うと、ブラックホール自体が物質を吐き出しているのではなく、そう見えるのです。これでは余計に分かりにくいですね。もう少し具体的に、3つの例をお話しましょう。
連星の場合:我々の銀河系や、お隣のアンドロメダ銀河など、大きめの銀河には1〜2千億の恒星系があります。1つの恒星系には、惑星があるものもあれば、恒星自体が単体ではなく、連星と呼ばれる複数の恒星から成る場合もあります。この連星と単独の恒星の銀河内に占める割合は、ほぼ同数との観測結果があります。つまり連星はそうめずらしいものではないのです。連星が2つの恒星から成る場合を考えましょう。2つともかなり大きな恒星であるとし、そのうちの1つは特に巨大だとします。星の寿命はその星の大きさと密接に関係があり、大きいものほど寿命が短い(注2)ため、この連星は一方が先に燃え尽きてしまいます。燃え尽きてしまうと、恒星内部からの膨張しようとする力がなくなり、この恒星は重力崩壊を起こしていきます。質量が十分に大きい場合、これはブラックホールになる可能性があります。ここでは、都合良くブラックホールになったとしましょう。するともう一つの恒星は、このブラックホールの重力に引き付けられることになります。恒星は基本的に気体ですから、その気体がブラックホールに向けて流れ込んでいきます。ちょうどシンクに溜まった水が排水溝にうずを巻いて流れていくようにです。ここで、物質は加速されるとエネルギーを放出する(輻射)という事実があります。ブラックホールに流れ込んでいく物質は、つまりブラックホールによって加速され、それゆえエネルギーを放出するのです。このように渦をまいてブラックホールの周りを周りながり落ちていく「流れ込む物質」が形づくる円盤状の構造を、「こう着円盤」とも呼びます。こう着円盤は、前述の輻射により光やエックス線などを強烈に放射し、それはあたかもブラックホールから吐き出された物質のように見えるのです(実際、輻射のエネルギー自体はブラックホールの重力によって生じたものですから、ブラックホールのエネルギーを吐き出しているには違いないのです)。そして、それゆえに我々がブラックホールを観測できるとも言えます。
銀河の場合:巨大な銀河の中心部には、高密度で恒星が密集しています。恒星は銀河内で様々な運動をし、衝突したり、互いの重力で引きちぎられたりすることもめずらしくありません。銀河中心部ではこのような運動結果、銀河全体の重力と相まって非常に密度の高い領域となります。当然ブラックホールがあっても不思議ではありません。この場合、連星の場合とは違ってブラックホールに落ち込むのは恒星の気体の一部ではなく、恒星やその他の物体がまるまると吸い込まれていくでしょう。しかし流れ込む量が連星の場合の比ではありません。基本的には連星と同じような結果となるのですが、その規模が違います。ブラックホールに流れ込む物質から放射されるエネルギーは凄まじいもので、銀河中心部から垂直にジェットとして観測されます。すでにいくつかの銀河でこのようなジェットが観測されており、ブラックホールの確実な証拠として考えられています。これが銀河中心部にあるブラックホールであるなら、このジェットはブラックホールによって出来たものであり、ブラックホールからの物質の放出とも言えるのです(前述のブラックホールの重力エネルギーの転換です)。
シュワルツシルト半径付近の物質/反物質の対消滅:実は上記の2つは、ブラックホールが蒸発するほどのエネルギーの放出をしている十分な説明にはなりません。ブラックホールからの物質の流出という意味では、上記2つもりっぱな証拠になります。しかし、ブラックホールが蒸発するには、別の理由があるのです。それが物質と反物質の対消滅によるものです。ブラックホール近辺に限らず、我々の宇宙のいたるところで(あなたの目の前や、あなたの身体の中でさえも)瞬間的に物質が何もない空間から発生し、消えています。ただ、全くなにもないところから物が魔法のように生まれることはなく、正確には物質と反物質(注3)とよばれるペアの生成と消滅です。これはまるで、湧き滾ったお湯の泡のように次々と生まれては消えていきます。この現象は宇宙の始まりとも関係しているのですが、ここでは説明を割愛します。この対の生成がシュワルツシルト半径ぎりぎりのところでも同様に起こっているため、物質と反物質の対はほとんどの場合ブラックホールに飲み込まれていきます。もともとこの対の合計のエネルギーはプラスマイナス0なので、ブラックホールには何のエネルギー的な変化は生じません。しかしこの物質と反物質のペアのうち、反物質だけがブラックホールのシュワルツシルト半径の内側に入り、物質はその外側にあったとします。ことのとき反物質は決してブラックホールの外側には出てこれませんが、物質にはブラックホールの外側に出るチャンスがあります。物質に十分なエネルギー(運動エネルギー)があり、無事ブラックホールからの脱出に成功した場合、いったいどういうことが起こるのでしょう?まず、ブラックホールにとっては、マイナスのエネルギーを持った反物質は入り込んでくるため、全体のエネルギーが現象します。ブラックホールの外側から観測している人にとっては、ブラックホールから物質が放出されたことになります。ブラックホールの失ったエネルギー量と、ブラックホールから放出されたように見える物質のエネルギー量はその絶対値が同じ(プラスとマイナスの記号が異なるだけ)なので、これはブラックホールが物質を放出したと言って何の語弊もありません。このような過程を繰り返して、ブラックホールは物質を吐き出すのです。でも、ちょっと待ってください。もしブラックホールに物質が飲み込まれ、反物質が放出されたらどうでしょう?これは先ほどの例とちょうど逆になり、ブラックホールにエネルギーを与えてしまいますね。ブラックホールに物質と反物質のペアのうち、どちらか一方のみが飲み込まれ、他方は放出される確率は、物質も反物質も同じです。では、総合的にはやはりブラックホールのエネルギーは変わらないのではないでしょうか?実はちがうのです。反物質がブラックホールから放出された場合、この反粒子はすぐに近くにある別の物質と衝突してエネルギーを放出します。このエネルギーはブラックホールから脱出したり、さらに別の粒子に衝突して物質と反物質を作ったりします。最終的には、ブラックホールからエネルギーを逃がす効果を生じる確率が高いのです。そのため、結局はブラックホールのエネルギーは減少していきます。この現象はブラックホールの質量が小さい程激しくなり、エネルギーの減少は加速的になされ、最期は大爆発を起こして消えてしまいます。これが、ホーキング博士が指摘したブラックホールの蒸発なのです。
ホーキング博士は、このようにブラックホールのイメージを大きく変えました。現在ブラックホールが存在することはまず間違いない事実として受け止められています。宇宙の寿命が永遠であるなら、我々の宇宙にはブラックホールから生まれた新しい恒星や惑星によって、その輝きをいつまでも保てるのかもしれません。果たして、どうなのでしょうか?
(終)
注1:重力崩壊とは、自分自身の質量の重さを支えることが出来ず、無限に潰れていくことを言います。このとき潰れていく質量そのものは、特異点と呼ばれる一点に向かって収縮していきます。このとき流れ込む物質が加速され、赤外線やX線などのエネルギーを噴射します。重力崩壊を起こすためには、我々の太陽の最低でも6〜7倍の質量が必要ですが、この値には少々説明が必要です。質量がいくら多くても、重力に対抗して膨張する力が十分にある場合は重力崩壊は起こらないからです。この件については、また別の機会にお話します。
注2:星の大きさが大きいほど寿命が短くなるのは、簡単に言えば消費するエナルギーが大きな星程早いからです。恒星は非常にたくさんの質量を持っており、そのままでは注1の重力崩壊で潰れてしまいます。しかし恒星内部では、その重みにより温度と密度などが高まり、核融合反応が起きます。水素からヘリウム、リチウムなどと反応が起こり、最終的には鉄に辿り着きます。それぞれの反応において、熱が発生します。熱とは、実は粒子の運動エネルギーのことで、このエネルギーが恒星外部へと伝わっていきます。これが重力による潰れようとする力と拮抗し、恒星はその姿を保っているのです。大きな恒星は小さな恒星より、重力崩壊を防ぐためのこの熱がより多く必要で、そのために恒星内部の核融合反応が早く行われます。こうしてエネルギーの消費速度が早まるため、寿命も短くなるのです。
注3:反物質とは、通常の物質とみかけは全く同じだが、その電気的性質とエネルギー値が逆になっているものをいいます。電子は電気的にはマイナスですが、反電子はプラスであり、通常の陽子がプラスなのに対し、反陽子はマイナスです。物質と反物質とが接触するとエネルギーを放出して消滅します(対消滅)。