Crevice

#1
 
 
 
 



 
 
 
 

「あ、日比野。ちょうどよかった、お前、今日ヒマ?」
 

日比野が3限の終わった学内を校門へと足早に歩いていると、ちょうど文学部3号館から出てきた藤田とはち合わせた。今夜、サークルの新年会があるんだという。年明け早々のせいか構内は図書館を除けばまだ人もまばらで、すっかり葉の落ちたポプラ並木が薄曇りの空に枝をのばしている、そのシルエットがなんだかよけいに寒々しく見えた。
 

「場所はいつものとこ。なんかお前、ここんとこ電話しても全然通じなかったから連絡遅れて悪いんだけどさ」
 

「そっか。でもオレ、ちょっと用事」
 

日比野は少しばかり考えるふりをして、せっかちな口調で答えた。今日は本当に時間がない。サークルではもともと幽霊部員状態だったが、ゆるやかなつながりのサークルだから、飲み会だけに出てくるような日比野をとやかく言う人間もいなくて、居心地は悪くなかった。そんな連中と久しぶりに飲んで騒ぐのも面白そうだが、とにかく時間がない。タイミングが悪いな、と思いつつ気ぜわしげに時計に目を走らせた日比野に、藤田がにやりと意味ありげに笑う。
 

「お前最近つきあい悪いぜえ、サークルにこねえのはもともとだけどよ」
 

そして上目遣いに日比野の顔をのぞき込み、「ま、イロイロ忙しいんだろ? うまくやれよ」とからかうように続けた。呆れてとっさには返事もできない日比野に藤田は「じゃな、そのうち報告しろよ?」と満足げに手を振って去っていった。
 

完全に誤解してるな。噂話に疎いあいつがあんな言い方をするくらいだから、きっとサークル内ではよく知れたことなんだろう。思わず、ため息がもれた。そのうえ、今まで飲み会を欠かしたことのない自分が今日珍しくも飲み会をパスしたとなれば、ちょうどいいとばかりに話のタネにされるに違いない。
 

だがきっと、本当のことを知ったらヤツもあんなふうに笑っていられないだろう。そう思うと、日比野は気分が曇るのを感じた。
 

どっちにしてもかっこうの話題になるのは見えているが、だが本当のことを知られるよりは、女で忙しいんだとでも思いこまれていたほうがまだしもいいかもしれない。
日比野はもう一度時計に目を走らせると、駆け出したいような気持ちを抑えて駅へと向かった。
 



 
モドル