セイシュン・フイルム。
 
 

【Cut 2】
 



 
 
 
 

どれがいいんだろう。

土曜日の放課後。
自分は部活をサボって、楽器屋にいたりなんかする。

聞いてるだけじゃ我慢できなくなった。
自分でも弾いてみたい。

そう思ってとりあえず楽器屋に来てはみたものの、ずらりと並んだベースのどれを選べばいいのかわからない。ぼんやりと眺めながら自分は途方にくれていた。
 
 

「たくさん試し弾きしてみれば?」

友人のベース弾き・都築芳春はそう言った。
 

彼の本業は吹奏楽部のユーフォニウム吹きだが、ベースも兼務している。
ベース、といっても、コントラバスのことではない。
だいいち、うちの吹奏楽部にはなぜか弦バスがない。
弾く人がいないのではなく、楽器自体がないのだ。

かっこいいメロディーラインどころか裏旋律さえもなくて、ふつーの人の耳にはつかないような全音だの四分音符だのをぼよんぼよんと弾いてるだけのコントラバスだけど、なければないで困る。
ユーフォニウムとチューバだけでは、低音部が全然しまらない。
なんていうか、厚みが足りないのだ。

なければ困る楽器がないままに放置されているのは、その値段の高さもさることながら、吹奏楽部の弱小さかげんにも一因があるのかもしれない。春の定期演奏会で力を使い果たしてしまうので、夏のコンクールではあんまりいい成績を出せた試しがないのだ。

結局。高くて手の出ないコントラバスのかわりにふだんはエレキベースを使うことにしたらしい。
それが、かれこれ5年近くも前のこと。
 

そんな話は置いておくにしても、都築からのアドバイスは実行できそうになかった。

試しに弾くったって、今の自分には違いがわからない。
いやそれよりも、初心者のくせにそんなこと頼めるか、って感じが強いかな、・・・
なんにもわかってないのに試し弾きさせてもらうなんて、恥ずかしいよ、やっぱり。

でもここでだいぶねばってるからなあ。さっきから店員さんの視線が痛い。
声かけられたら困っちゃうよなあ、・・・
気分としてはあれだよな、なんの気なしに服を見てたら店員さんに「なにかお探しですか?」とかって寄ってこられてなんだかばつが悪いっていう。
 

うろうろ。
うろうろうろ。
 

店員さんの視線を避けながら、ベースを見て歩く。

ちょっと見に来ただけなんだから、気に入った楽器がないなら帰ればいいのに、なぜか今日ここで買わなければならないような気がして、店を後にすることができない。
でも、狭い店内をなんども行き来したせいで、なんだか目が回っている。
 

フェンダーだとかギブソンだとか、クラシックばかの自分でさえもが知っているメーカーのベースはなにげに高い。

懐具合の問題とは別に、ああいう楽器って高嶺の花。
ていうか、自分の場合、豚に真珠っぽいよな。

自分で考えて傷ついた。
豚か、・・・

ホルンのことならちょっとくらいはわかるけどさー。なにしろ4年もやってきてるんだし。
拗ねた気分で目を上げたところに、それはあった。
 

「あ」
 

なんでさっきまで気がつかなかったんだろう。
初心者セットのコーナーに何台か置かれたベースの一本に、自分はじっと見入った。
ラメの入った赤いボディは女の子っぽいかなあとも思ったが、大きすぎず小さすぎずちょうどいい感じに見えた。

それになんといっても安い。
初心者セットというだけあって、シールド2本に替えの弦、ピックとクロスとソフトケース。そのうえ、チューナーにアンプまで、必要なものが全部そろって3万4千円。

しがない高校生にはそれでも十分に高いんだけど、でも!
買うしかないだろ、これは、・・・
 
 

「アンプ、どうしますか」

レジを打つ店員さんの手許を浮かれた気分でみていたら、そんなことを聞かれた。

アンプは湯沸しポットをひとまわり大きくしたくらいの大きさだった。

もって帰る気には帰れるけど、さすがにめんどうくさいなー。
けど、配送なんか頼んだら、これ買ったことが母親にばれてまた一悶着しそうだしなあ。
・・・どうしよう。

でもやっぱり重たいのはいやだよな、うんうん。

数瞬のうちにこんなことを考えて、配送を頼もうと思った矢先、店員さんはこう続けた。

「皆さん、たいがい持って帰られますよ」

む? 送ってもらおうなんてのは甘いの?
「皆さん」という言葉に押し流されるように、自分は言ってしまった。

「・・・じゃあ、持って帰ります」
 
 

が。やっぱりやめておくべきだった。
ベースは細身のようでいてけっこう重いのだ。ソフトケースの紐が肩に食い込む。
片方の手にはアンプ。
持ち替えたくても、もう片方の手にもしっかり学校の荷物なんかを持っていたりする。
今日が梅雨の中休みで助かった。このうえ傘なんかさせやしない。
 

ああ、自分て馬鹿だ。
どうして休みの日に見に来るとかしなかったかな、・・・
おんぶお化けのように次第に重さを増していくベースに、思わず溜め息が出る。
自分の性格考えたら、見に来たが最後、買っちゃうのなんて、最初からわかりきってたのになあ。
表面では「ちょっと見に来た」つもりでも、心の奥底では「買ってしまえ」って考えだったりするもんな、・・・
 

けどこいつ、自分と相性いいといいな。

駅から家までの一本道の向こう、高層マンションの合間に夕日が落ちていく。
部活に明け暮れる毎日でいつもは日が落ちた後にようやく家路につくから、夕日を見るのなんて久しぶりだった。橙色に染め上がったすごいような夕焼け空になんだか嬉しい気持ちがして、口笛なんかを吹いてみた。
 
 
 
 


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