セイシュン・フイルム。
【Cut 5】
ひとりで練習するのって楽しくない。
だけど、ほかにどうしようもないから、家では教本を見ながらとにかくもくもくとベースの基礎練習をする日々。自分がホルンを始めたのは中学生のときで、先輩が一から十までなんでも教えてくれたし、同じ学年の仲間と競い合うように練習していたから、毎日刺激的だった。
が、今回は違う。
いくら都築のやつがベースをやっているとはいえ、あいつに教えてもらうっていうのもなにげに抵抗があるんだよな。
上達したければさっさとバンドをやったほうがいいって言うけど、それもちょっと勇気が要る。ということで、孤独な練習の日々は続いていた。
「少しは弾けるようになったのか?」
都築だ。
聞きなれた声に自分はびくりとした。別にやつが恐いわけじゃない。そうじゃなくて、その魂胆が問題なのだ。
やつはユーフォニウムが吹きたいらしい。
文化祭の演目を少しでも押し付けようとして、こんな風に自分の上達度合いを聞いてくる。
それより先に夏のコンクールだろ! とも思うが、文化祭で演奏できるのは2年で最後だからな、・・・気持ちはわかる。わかるけど、それとこれとは別。
自分だって、文化祭のときはホルンを吹きたい。前からやってみたかった曲ばかりだし。が、そんな気持ちはおくびにもださず、まだ人前で弾けるレベルじゃないことをアピールしてみる。
「むりむり〜。ベースの楽譜、読めないもん」
「TAB譜みてりゃいいんだから、そんな難しいこともないだろ」たしかにTAB譜はすばらしい。
普通の譜面が読めなくても、どのフレットを押さえればいいかが即座にわかる。だけどTAB譜に頼ってばかりいると、指板のどこにどの音があるのかがいつまでたっても頭に入らないんだよなあ。
実際、Cメジャーのスケール・・・要するにドレミファソラシドは弾けるようになったけど、それ以外の音の位置はあやふやだ。これじゃ、即興でカッコヨク弾くなんて夢のまた夢。
即興どころか、あの憧れのベーシストがやってたように広い音域を駆け上がったり駆け下りたりなんてのも無理だろうな。それに。
「ヘ音記号の世界じゃん? 音を読み間違えるんだよ」
「あ?」都築は不思議そうな顔をした。
ユーフォニウム吹きのやつにはわかるまい。
ホルンの楽譜はト音記号の世界だ。
ついでに中学生のときに教え込まれたせいで、ふつうの「ファ」の音を「ド」と読む癖がついている。おかげで五線譜を見てアタマで想像していた音と、TAB譜を見ながら弾いてみて実際に出てきた音が違って混乱するなんてことはしょっちゅうだ。
「いいかげん、音名おぼえたらどうなんだ?」
「わかってはいるんだけどさあ、三つ子の魂なんとやらよ」自分はひらひらと手を振った。
都築が「仮にもパートリーダーなのに」なんて付け加えるからちょっと(いやかなり)むっとしたけど、1年以上経っても音名で音を考えられないのは事実なので反論もできない。そうなんだよ。
わかってはいるんだけど、ツェー・デー・エー・エフ、・・・だなんてドイツ語読みより、幼稚園の頃からやっているドレミのほうがなじんでいるわけで、身についた習慣はなかなかかえられないのだ。ふう。
ほんと、仮にもパートリーダーなんだけどなあ、自分。
心の中で溜め息をついていると、やつが言った。「まあなんでもいいけど。TAB譜は俺が書いてやるからせめて3分の1くらいは受け持ってくれよ?」
げ。
TAB譜の話に気を取られてやつの魂胆を忘れていた。「ホルンて4人しかいないんだぜ? わかってる?
自分が抜けてみろ、3人じゃバランス崩れるだろうが。」ホルンはふつう4つのパートに分かれていて、それぞれが違う音をだしている。
一人でも抜けるのは困る。
その点、ユーフォニウムは楽譜はひとつ。
幸いユーフォニウム・パートにはもうひとりいるし、ということは都築が抜けても大丈夫だろー?「平気平気。コンクールじゃないんだから、バランスなんて気にならないって」
自分の抗議を都築は笑い飛ばした。
豪快にばんばんと肩をたたいてくる。やめろよ、痛いだろ! なんなんだよ。しかし、このままじゃまずいぞ。どうするかな。
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【6】