1998年4月

  朝まで飲んでいて、そしてイベント台に座るべくそのままパチ屋へ。。

 イベント台は1機種2台なので、友達2人がモグラ(スーパーモグモグ2)に

 座ると話しをしていたので、自分はジョーカーズワイルドへ行くことに。

 開店前、並んでいる最中に友達が持ってきてくれた雑誌をもとに

 手順だけ覚える。・・・が、開店と同時にその行為が意味を持たないものに。

 あっけなくイベント台に座れず、とことこと友達の元へ。2人ともモグラの

 イベント台を確保。仕方なく、1人の友達の隣でモグラを打ち出す。

 個人的には、やはりコンドルよりモグラが好きである。やはりストップボタンが。。

 打っていると、なぜか出る。隣の友達よりも、明らかに状態がよさそう。

 しかし、昨日の酒が残っていたため、途中非常に気分が悪くなる。。

 頑張って夜の9時までは打ったが・・・限界。そのまま換金へ。

 結果+6万程度。十分な勝利でありました。

 

1998年5月

   レッツ・コンテストなど、技術介入が高い台を主に打ち始める。

 この時、判別も覚えて行く。手順はスロマガ手順であるが、今、何枚手持ちを

 していたかを忘れてしまうため、ライターを右・左と移動させて確認を行っていた。

 しかし、高設定を確保してもその判別にとまどってしまっていたため、

 プレイ数が稼げず、割を下げてしまっていた。。しかし、新しいことを

 覚えて行く時期だっただけに、初めてすることや覚えていくことが、とても

 楽しかったのを覚えている。同時に、自信なさげにそれらを行っていた。。

 

1998年6月

  下の店でタコスロ初挑戦!下の店は、かなり設定6を置いている、

 地元ではかなりの有名店。だから、レッツやコンテストの判別を行っていた

 わけで。そこにあった、タコスロ。こいつのおかげで、すべりってやつを

 知ることができました。当時はタコ・BARのほうでDDTをしてました。

 通常時、友達から「ハズシの練習になるから、7・BARのほうがいいよ。」と

 言われたのだが、当時のレベルでは、「そんな、7にくっついてるほうの

 BARを上段ビタとか言われても、できるわけね〜じゃん。」と言い、

 タコ・BARでDDT、ハズシを行っていました。多分これは、コンドルの

 影響もちょっとあるような。。ハズシの時は、二羽目のコンドルを・・・って感じで

 ハズシをしてたので。しっかし、タコは難しかった!ハズシなんて全然だし、

 通常時も中断リプレイは出るわ、枠下BARでプラムはそろうわ・・・。

 多分、今のレベルになれた1つの要因じゃないかと思えるくらい、タコで

 打てるようになったかも。。最初のうちは負けっぱなしだった記憶があります。

 でも、タコ連はおもろかった。。