love story 2005
著者名 タイトル 出版社 野中柊 あなたのそばで 文藝春秋 津原泰水 赤い竪琴 集英社 姫野カオルコ 桃 角川書店 藤谷治 恋するたなだ君 小学館 白石一文 私という運命について 角川書店 山田詠美 風味絶佳 文藝春秋 川上弘美 古道具 中野商店 新潮社 島本理生 ナラタージュ 角川書店 井上荒野 しかたのない水 新潮社 市川拓司 そのときは彼によろしく 小学館
そのときは彼によろしく(2005.2.28)
市川拓司 小学館
相変わらずのファンタジーでピュアなラブストーリー。
小さなアクアプランツの店を経営する29歳の智史。ある日店の前の店員募集の張り紙を見て、鈴音が住み込みで働くことになる。結婚紹介所で知り合った美咲との交際を始めたばかりの智史の生活に、彼女は小さくない波紋を落とす。実は彼女は15年前、智史が14歳の時にいつも一緒にいた3人組の一人だった──。
ごめんなさい。
わたしにはこれ、全然入り込めなかったなあ。
というのも、なんだかもう、予定調和というか、前2作でわたしの中にできあがった「市川拓司的世界」からこの作品は一歩も出てない気がして。それはそれでファンには安心して愉しめる作品だとは思うけれど。「なるほど。」「すばらしい。」のフレーズも、もういいかな、と(苦笑)。
結局どの作品も、ストーリーはたった一人の忘れられない恋人を男がいつまでも思い続ける、という話。ピュアだ…。
「そのときは彼によろしく」というタイトルは作中で誰が誰に向けた言葉だったのか明かされるのだけれど、それもちょっとストーリーの中心から微妙にずれているような気がする。
好きな人にはどっぷりとはまりこめる世界だろうとは思うけれど。
わたしは、もうこういうのはいいかなあ…。
しかたのない水(2005.3.1)
井上荒野 新潮社
かなり捩れた恋を描いた連作短篇集。
とある共通のフィットネスクラブに通っている(or働いている)という以外にはさして共通点のない男女の織りなす人間関係。
出てくる人物出てくる人物イヤなヤツばっかりで(笑)、感情移入できるかというとほとんどできないのだけれど、なぜか惹きつけられてしまう。そしてなんだかさっぱりしない読後感を味わう。
「手紙とカルピス」は定職を持たずに女の間を渡り歩き、いつも何かを放り出したいと思っている男の話。なのに一度もあったことのない文通相手の手紙には自分でも理由が解らないまま返事を書いてしまったりする。
「オリビアと赤い花」は夫と3歳の娘と暮らす専業主婦の話。毎日のフィットネス通いは自分のためにやめられない。そして出会い系サイトで種を蒔いては相手を待ちぼうけさせ、自分がとても「37歳の子持ちの女」には見えないことを確認せずにはいられない。
「運動靴と処女小説」は会社を辞めて通販制の古本屋を開業するさえない男の話。何もかも自分で正しいと考えて始めた道は、果たして本当に正しかったのか。
「サモワールの薔薇とオニオングラタン」はお互いに相手と癒着してしまった年老いた母と娘の話。家ではしゃきしゃき家事をこなすのにフィットネスではまるで体の自由が利かないかのように振る舞う母と、そんな母に寄り添いながらも疎ましく感じる娘。
「クラプトンと骨壺」は前の夫が忘れられず、失った娘の幽霊と暮らす女の話。空虚さを埋めるように男と寝て、妊娠したと嘘をつく。大切にしまっている娘の骨壺代わりのクッキー缶。
「フラメンコと別の名前」は突然妻が見知らぬ女になってしまった男の話。
どれもなんだかイヤ〜〜な話なんだけれど、読み進める気をそがれないのは上手いからなのか、それとも自分の中を覗き込むような怖いもの見たさなのか。
「クラプトンと骨壺」はかなり衝撃的だったわ。ズキズキと胸が痛む。
それにしても井上氏はダメダメな男を書くのがうまいなー。
(収録作:「手紙とカルピス」、「オリビアと赤い花」、「運動靴と処女小説」、
「サモワールの薔薇とオニオングラタン」、「クラプトンと骨壺」、「フラメンコと別の名前」)
ナラタージュ(2005.3.18)
島本理生 角川書店
大学2年生の泉は、高校時代の演劇部の顧問・葉山に頼まれて舞台発表の助っ人をすることになる。彼は高校時代の泉の想い人だった。同じく助っ人として泉の同級生やその友人たちも参加する。しかし後輩である部員の柚子は練習が始まってから様子がおかしくなった・・・。
かなりあちこちで絶賛の本書。
どうしようもない、愛することを止められないひとりの少女の心の動きを、淡々と、けれども丁寧に描いている。恋愛って本当に小さなことの積み重ねだよね。特にドラマティックなことが起こるわけではなくて、けれど少しずつ、相手に傾いていくのを止められない。引き返そうと思ったときにはその傾斜が自分ではもう立て直すことができないほどになっていて、もうあとはどうしても倒れこんでいくしかない。
どちらかというと目立たない、けれど芯のある泉と、どうしようもないダメダメ男・葉山の恋愛はまあいいとして(笑)。
わたしはどうしても、この物語は受け入れられなかった。
柚子の扱いが酷すぎる。
彼女に起こった出来事とそれに伴った彼女の心の動き、彼女のとった行動があまりにもリアルなだけに、それほどの出来事をこの小説の中で起こすその真意を理解できない。彼女の事件は恋愛小説にちょっと投げ込んでみる波紋として扱うべきじゃない。そうじゃないよね?
けれど実際には柚子と新堂君の悲しみは泉と葉山の「哀しい」恋愛を盛り上げるスパイスにすぎない。
そういうのは個人的にはやっぱりダメだ。
だから、あのラストシーンの切なさ、哀しさ、美しさをわたしは心から堪能することができない。
なんだか本当に残念だわ・・・。
古道具 中野商店(2005.4.25)
川上弘美 新潮社
しみじみと、ほんわりと。
川上弘美を読める幸せ。
古道具店を営む中野さんの元ではたらくヒトミさんとタケオの、地味な恋愛を中心に、中野さんとその愛人、中野さんの姉のマサヨさんとその恋人、のそれぞれの愛(?)を描く。
特別大きな事件は起こらないんだけれど、いろいろなことが少しずつ、池に小石が投げ込まれていくように起こっては、小さな波紋がふわふわと広がって静まる。流れていく時間はいつも同じようでいて、少しずつ登場人物に変化をもたらしていく。ほんの些細なことがひとつ。ほんの些細なことがふたつ。
でてくる登場人物がみんないい。
なんというか、くっきりと輪郭が見える。質量を感じる。
お店に来るお客さんひとりひとりにさえ。
中野商店の埃のにおいを嗅いだような気がする。
その埃が光の中をきらきら光るのが見える気がする。
裏からトラックのエンジンがかかる音が聞こえてくる気がする。
ユーモラスで、あったかくて、切ない。
この本を気に入ってくれる人が、わたしは好きだ。
風味絶佳(2005.6.6)
山田詠美 文藝春秋
まずは装丁がかわいい。帯が二重になっていて(それともカバーが二重なのか?)、一番上に惹句の帯、その下に下から4分の3くらいまでかかったタイトルと著者名の帯。この帯は裏側に原材料名だの賞味期限だのが書いてあって遊び心満載。さらにその帯をはずすとおいしそうなキャラメルがころころ。さらにそのカバーをはずすと、今度はキャラメルの間をアリさんが行進…ここまで凝っててかわいいのはなかなかないわ〜。凝ってた、という意味では恩田陸の『ユージニア』も凝っていたけれど、ベクトルが全然違うからなあ。
というわけで、内容。
肉体労働系の男たちと、彼らに恋し、あるいは恋される女たちを描いた恋愛短編集。かなりいろいろな恋愛を扱っているのだけれど、さすが山田詠美、なんというか、瞬間瞬間で流れていってしまう気持をサクッと上手に切り取って、うまく包装しているなあ、という感じ。甘い甘いものから涙の塩分がピリッと効いているもの、後味のスッキリしたものにいつまでも後をひくもの…。
恋愛ってキレイゴトばかりじゃやってられないし、時には相手や自分の醜さを突きつけられたりするものだけれど、でも、やっぱり悪いもんじゃないよね。
ただ、この「風味」を上手に味わえるようになるにはそれなりの経験と努力とが必要で。わたしはまだまだ、半分も味わっていないかなあ(笑)。
(収録作:「間食」、「夕餉」、「風味絶佳」、「海の庭」、「アトリエ」、「春眠」)
私という運命について(2005.6.7)
白石一文 角川書店
****注意!!******
この感想は非常に辛口です。この作品がお好きな方はお読みにならない方が精神衛生上よろしいかもしれません。
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29歳の亜紀は、昔つきあっていた康の結婚披露宴に招待された。記憶に蘇ってきたのは、昔新潟の康の実家を訪ねた際に一度だけ会った彼の母から、かつて受け取った一通の手紙。康と別れた後に届いたその手紙を、亜紀は最後まで読むこともなくどこかにしまったまま、ずっと失念していたのだった。そういえば、あの手紙には一体何が書いてあったのだろう−。
29歳から40歳まで、亜紀の10年の中での彼女の「選ばなかった運命」、「選び取った運命」を描きながら、運命とは何か、を筆者が正面から見据えた一冊。
…。
あちらこちらで絶賛が目に付くこの作品。やっぱりわたしには白石一文は合わない、とはっきりと思う。いや、以前読んだ『一瞬の光』や『僕の中の壊れていない部分』に比べればかなり反感を感じる部分も少なくはあったのだけれど。でもやっぱり、この作者の「女性はかくあるべき」「家庭はかくあるべき」という理想を大上段から振りかざすような考え方は好きになれないわ…。
読んでいて連想したのは、一昔前の朝の連続テレビ小説。女性主人公が恋人と別れ、すれ違いを続け、別の男性とつき合ったりしたあげく最後には運命の人と結ばれる、しかし彼女には最後の試練が…みたいな。テレビの前でお茶の間の視聴者が「ああ、いつになったら彼女は幸せになれるの〜!」と毎回ヤキモキするのようっ。
今回は女性の視点で物語が進むのだけれど、この主人公がなんとも男性の好きそうなタイプ。しっかりもので料理が上手、バリバリ仕事をする才能もあるけれど恋人が病気になったりすればそのキャリアをあっさりと投げ捨てて彼を支えることを決心。そして愛する人の子供を産んで命を脈々と次の世代へ繋げていくことがやっぱり女として生まれた最大の幸せなのよ!
子供を産むっていうのは確かに大変な仕事だし、さらに産んだ子を育てるってのはすごい労力と気力が必要だ。そして、それだけの犠牲(?)を払ってあまりある幸福が確かに、子育てにはあると思う。
でも、子供を育てるのが母親になった人間の人生のすべてじゃ、ない。
「してあげた分だけ返ってくる相手なんて自分の子供くらい」だなんて大間違い。子供にしてあげたことが自分に返ってくるだなんて、そんなことあるわけないじゃないか〜。子供なんて預かりものだもの。自立したら後は巣立っていくだけ。それこそが恩返しでもあるわけで。
さらに、妙にあちこちに出てくる超常現象も、必然性がなんだかよくわからないわ…。こういう超常現象が起こることこそがまさに運命!ってことなのかしら…?? 黄色いコスモスで繋がっていた二人の関係もよくわからないし。
挙げ句の果てには最近起きたあの大きな出来事をラスト付近で持ってくるその意図も不明。いや、終章に入る頃には「もしかして…」とイヤな予感はしてたんだけれど(苦笑)。
個人的には「はあ、そうですか…」としか言えない、残念ながら。
恋するたなだ君(2005.7.1)
藤谷治 小学館
29歳、186センチ、70キロで地図の会社に勤めているのに極端な方向音痴なたなだひろし君。彼はある日、仕事が終わった後に憂鬱な気分を晴らそうと出かけたドライブ中に劇的な一目惚れをする。恋の相手はまばさん。彼女の後ろ姿を一目見ただけで恋に堕ちてしまったたなだ君は、彼女を一目見たい、彼女の名前を知りたい、彼女のそばに行きたい、ただその気持だけで彼女を追いかける。辿り着いたのは「ホテイホテル」、彼を門前払いしたのはホテイガード。挙げ句彼は投獄までされてしまうハメに。とにかくハチャメチャでシュール、そしてなぜかハートウォーミングなたなだ君の恋の顛末。
このタイトル、この装丁でだいたいのストーリーを当てられる、という人はまずいないだろう。きっと「心温まるラブストーリー」なんだろうな、小学館だし(笑)…と思いながら本を開いたわたしは完璧に想像を裏切られた。これをラブストーリーとカテゴライズしていいものかすら、実は心許ないくらいだ。
たなだ君が迷い込む町はまるでアニメか何かのような現実感のない町だ。その町を支配する男もまたシュールでむちゃくちゃだ。想像するのは『不思議の国のアリス』や一連の村上春樹作品、伊井直行の『濁った激流にかかる橋』。読み手のこちらもタイトルと装丁で油断しているから(笑)うっかりとそのワンダーランドに飲み込まれてしまった。もうもみくちゃだ(笑)。
そしてあれよあれよと目を回しながら、たなだ君の一途さにいつか小さな光が見えてくる。だんだんその光が大きくなってくる。突然ポン、と現実の世界が周囲を取り囲む。まるで洗濯機から取り出されたしわしわの洗濯物のように。それで初めて気がつくのだ。ああ、この本を読み終わったんだ、ということに。
桃(2005.7.21)
姫野カオルコ 角川書店
去年の個人的ベストワン、『ツ、イ、ラ、ク』の姉妹編である短編集。まずは『ツ、イ、ラ、ク』を読んでから手に取ることを強力にオススメ。『ツ、イ、ラ、ク』に出てきた登場人物たちが、オトナになり、当時の自分を振り返る形で自分と、あの事件を語るストーリーが多い。周囲から二人はどう見えていたのか。そして彼らは何を考えていたのか。多視点で当時が語られることによって物語がより立体的に浮かび上がってくる。わたしも『ツ、イ、ラ、ク』を読了してからずいぶん経ってこの本を手に取ったので、なんだか彼らと一緒にあの頃を振り返っているかのような気分になった。
多分、まったく何も知らずにこの本を読んでもそんなに感銘は受けない気がする。『ツ、イ、ラ、ク』に思い入れのある読者だからこそ愉しめる、という部分は否定できないかな…。
おそらく少数意見だとは思うけれど、作品の中では「世帯主がたばこを減らそうと考えた夜」が好き(笑)。こういう、ものすごーくイヤな奴の切ない部分を見せられるのに弱いんですな…。いやそれでもこの短編の主人公は十分イヤな奴なんだけど。
(収録作:「卒業写真」、「高瀬舟、それから」、「汝、病めるときもすこやかなるときも」、「青痣(しみ)」、
「世帯主がたばこを減らそうと考えた夜」、「桃」)
赤い竪琴(2005.9.26)
津原泰水 集英社
35歳のグラフィックデザイナー、暁子(さとるこ)は仕事に行き詰まり、事務所を畳んで細々と仕事を続けていたが、自己模倣に陥った自分を自覚していた。彼女は祖母の遺品を整理した際に見つかった戦後の詩人・寒川玄児の自筆ノートを遺族に返そうと考え、楽器制作を生業とする玄児の孫・耿介と出会う…。
やられた…!!
まさに大人の大人による大人のための成熟した恋愛小説。
迸るような恋情が、抑制の効いた会話で、抑制の効いた行動で、くらくらする美しい文章で語られる。こういうのが読みたかったのよ〜!
『綺譚集』と同じ作者とは思えないグロテスクさのかけらもない恋愛小説だけれど、やっぱり底には津原氏の持つ妖しい美しさが緩やかに流れている気がする。まったくそんな描写はないのに、やっぱりどこかエロティックで、それはあからさまじゃない、それどころかプラトニックだからこそより魅力を増して煌めくのだ。くちづけ一つでクラクラする恋愛小説なんて、今どきそうそう見つけられない…!
自分を抑え、相手のことを考える術を知っている人間の恋愛だからこそ、暁子にも、耿介にも胸が締めつけられ、ラストに涙してしまうのだ。
差し挟まれる玄児の遺稿もまた、美しい。
オトナになったらぜひ読んでほしい。
あなたのそばで(2005.11.7)
野中柊 文藝春秋
すこしずつ登場人物がリンクした連作短編集。最近こういう形結構多いよね。好きだけど。
そこにあるのは、どこにでもあるような恋の形。けれどいろんなことのある現実を、少しそうっと時間をおいて、分離してきた上澄みをきれいにすくいとったよう。ドロドロした部分は沈殿していて、確かにそこに存在することは感じさせるのだけれど出てこない。かといって水っぽい表面だけの味気ない恋になっているわけでもない。キラキラした気持だけをうまーく抽出した感じ。このあたりの匙加減は絶妙という気がする。
恋に恋するような、かわいらしい想いばかりを扱ったわけでもない。年の離れた夫と結婚した幼妻が若くてキレイでかつ大人の魅力を持った母親に嫉妬して不安を感じる「オニオングラタンスープ」。男子校生が年上の彼女の大人の余裕に焦りを感じる「光」。死んでしまった完璧な妹がいるために常に一歩引いてしまう「イノセンス」。兄のお嫁さんに恋しつつ今の恋人を失うことを怖がっている「片恋」。夫がバイトの女の子と関係していることを知りつつ自分も若い男と不倫を続ける「運命のひと」。自分の恋を大切にしつつ義理の父に恋する年上の女性のじれったさにやきもきする「さくら咲く」。
どちらかというと、ドロドロするのが普通(笑)な恋愛を多く描きながら、そこにあるのはもっと純粋な想いの形。「あなたのそばにいたい」。結局、恋ってそういうことよね、と妙に納得しつつ、自分の過去の恋の思い出などをつい思い出してしまう、なかなか素敵な作品集。
(収録作:「オニオングラタンスープ」、「光」、「イノセンス」、「片恋」、「運命のひと」、「さくら咲く」)