non fiction 2005


著者名 タイトル 出版社
森達也 いのちの食べかた 理論社
丸谷才一 いろんな色のインクで マガジンハウス
森達也 「A」 角川文庫
森達也 放送禁止歌 解放出版社
野村進 コリアン世界の旅 講談社
恩田陸 『恐怖の報酬』日記 講談社
穂村弘 本当はちがうんだ日記 集英社
恩田陸 小説以外 新潮社
穂村弘 現実入門 光文社
ウィリアム・W・パトニー ドッグメン 第三軍犬小隊 柏艪舎
なおかつ、お厚いのがお好き? フジテレビ出版
岡野宏文・豊崎由美 百年の誤読 ぴあ



























百年の誤読(2005.1.5)
岡野宏文・豊崎由美   ぴあ


 1900年から2004年まで、20世紀(&21世紀)のベストセラーを読みまくりの斬りまくり。脚注がまた細かくて、かなりの読み応え。
 『文学賞メッタ斬り!』での豊崎氏の毒舌ぶりは健在。そこまで言うか…な痛烈な批評が続く。読んでみたい本もたくさんあったし、笑える箇所もたくさん。

 ただ、個人的には二人の対談という形式でこれだけたくさんの本を挙げているにも関わらず、評価がまっぷたつに分かれる作品が一作もないことがちょっと気持悪かった。どれも二人で褒めるか、二人でこき下ろすか。ここまで意見がピッタリ合うってちょっとヘンじゃない…?みたいな。

 『氷点』や『風と共に去りぬ』が酷評だったのはちょっとショックだったなー。『風と共に去りぬ』はあまりのおもしろさに一気読みだったんだけど、しくしく。まあ当時小学生だったから、今読むとまた印象は違うかもしれないけどさ…。『氷点』なんて好きで何度も再読しちゃってるし(苦笑)。

 『ノルウェイの森』はそんなにいいですか? まあ、読んだ当時は高校生だったからよさがわからなかったのかもしれないけどさ…。


なおかつ、お厚いのがお好き?(2005.1.12)
   フジテレビ出版


 フジテレビで放映されていた「お厚いのがお好き?」という番組を本にまとめた第2巻。タイトルは知っているけれど厚いし難しそうで読んだことがない…という本を笑っちゃうような例えで簡単にまとめて紹介してみせるそのスタンスは前作と同様。今回挙げられている本は以下の通り。

 ケーキで読み解くマルクスの「資本論」
 お茶で読み解くユングの「人間と象徴」
 宝くじで読み解くウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」
 グルメで読み解く、デカルトの「方法序説」
 女子高生ファッションで読み解くフーコーの「言葉と物」
 鍋料理で読み解くジョイスの「ユリシーズ」
 女性ファッション誌で読み解くセルバンデスの「ドン=キホーテ」
 テレビショッピングで読み解くカントの「純粋理性批判」
 別府温泉・地獄巡りで読み解くダンテの「神曲」
 コレクターで読み解くゲーテの「ファウスト」
 サウナで読み解くショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」
 携帯電話で読み解くドゥルーズ=ガタリの「アンチ・オイディプス」
 チョコレートで読み解くガルシア・マルケスの「百年の孤独」
 寿司で読み解く新渡戸稲造の「武士道」
 アロマテラピーで読み解くジェームズの「プラグマティズム」
 マジックで読み解くフッサールの「イデーン」
 焼酎で読み解くアリストテレスの「形而上学」
 焼き肉で読み解く筒井康隆の「虚人たち」

 なんと壮観な…。それにしても相変わらず「お軽い」(笑)。やっぱりこれじゃあ「読んだつもり」にはなれそうもないけれど、挙げられた本に興味を持てることは確か。ガルシア・マルケスの項は正直言って目からウロコな部分もあった。今まで『百年の孤独』はあのマジックレアリズムの世界にうっとり…というだけだったけれど、その背後のマルケスの苦労に思いを寄せてしまった。

 とにかく厚いし難解そうでとても手に取る気になれないわ!という本に対する「読まず嫌い」を和らげる、という点ではかなり効果がありそう。


ドッグメン 第三軍犬小隊(2005.3.7)
ウィリアム・W・パトニー/近藤三峰・訳   柏艪舎


 第二次世界大戦において、勇敢に戦ったのは人間だけではなかった。民間から招集された犬たちを集めた軍犬小隊。犬たちはいち早く敵の襲来を察知し、地雷を発見し、グアム島奪回においては大きく軍に貢献した。そしてその裏ではもちろん犠牲も避けることはできなかった…。

 かなり興味をそそられたノンフィクション。
 けれど読んでみると、うーん、なんというか。

 結局著者の思い出語りの域を出ていないような気がする。
 ただ時系列に並べられた文章、いまひとつ魅力が描ききれていないような犬たち、そして隊員たち。
 もっともっとすごい作品に仕上がる余地があったように思うんだけれど。

 著者がすべての自分の行動を肯定的に受け止めているために、ほとんど内省的な部分がないこともなんだか読んでいて入り込めなかった原因のひとつかな。犬たちを人間の戦争を有利に運ぶための道具として活用することについて、まあ道具というのに語弊があるならけして自分からは望むことなく徴兵される兵士として軍に組み入れることについて、もっと葛藤があってしかるべきな気がするんだけれど。

 戦後徴用された犬たちが、一度戦争に参加した犬は危険だという理由で殺処分になっていることを知り、著者が反対して軍犬を民間に戻すための再訓練プログラムを作り上げる部分があるんだけれど、ここなんて盛りあがりどころのような気がするんだけどなあ…。

 と書いていて気がついたんだけれど、もしかしてノンフィクションにこういう感動を求めるわたしのような読み手が間違っているのかも。いや、間違っているような気がする。

 ただ、感動を伴わない読み物ってどうしても忘れられやすいと思う。
 うーん、なんだかわたしの方がちょっとドツボに嵌ってきたわ…。


現実入門(2005.7.23)
穂村弘   光文社


 「人生の経験値」の限りなく低い著者が、42歳にしてさまざまな「初めて」に挑む。献血、占い、合コン、一日お父さん、競馬にマス席、そして…。

 出だしは結構おもしろかったんだけれど、妙に恋愛シチュエーションやウェディングシチュエーションが多くなってきて、なんだか…。ちょっと作意が感じられて残念だった。わたしは歌人としての穂村弘はまったくと言っていいほど知らず、エッセイ好きなエセほむほむファン(笑)なのだけれど、やっぱりだんだん書き慣れてきたというか、世間ずれしてきたような気がする。ピン芸人ヒロシのように、だんだん嘘っぽくなってきたような…。

 当たり前だけれど、こういうキャラだといつまでも同じ雰囲気でやっていくわけにはいかないのよね。わたしは『世界音痴』で彼の世界音痴ぶりに笑いながらも痛いところをつかれるような気分を味わったのだけれど、本を出し続けながらずっと世界音痴ではやっぱりいられない。現実でも大きく一歩踏み出したほむほむの次の本はどうなるのか。

 いろんな意味でドキドキだわ。
小説以外(2005.7.26)
恩田陸   新潮社


 統一したテーマがあるわけではなく、恩田氏が今までの作家活動の合間にあちらこちらの媒体に書いた文章を1冊にまとめたエッセイ集。とはいえ、普段の読書量がスゴイ作家さんだけに本に関するエッセイが多い。これからの読書をする上で参考になることがたくさんあった。

 特に恩田氏が編む「架空長編アンソロジー」は、わたし自身長編好きなだけに、ぜひとも全巻読破したい!! 氏が挙げている10作品のうちで、読んだことがあるのはわずかに2作品だけなんだけれど、その2冊が個人的にとても好きな2冊だったこともあり、他の8作もきっとおもしろいんだろうと思える。年内には…うーん、難しいかなあ。

 ただ、読んでいて感じたのは、わたしはあまり恩田氏の個人的な事情というのは興味ないのかも…ということ。作品はとても大好きだけれど、著者本人をもっと知りたいとは思っていないんだ、ということに読みながら気づいた(汗)。読者としても非常に尊敬できる人だなあと思ったなので、個人的にお互いたんなる「本好き」として知り合って、話し合うことができたらきっとものすごく刺激的で楽しくていろいろ勉強になるだろうな…と思うし、そういう意味で読書家としての恩田陸には興味があるんだけれど、「作家」恩田陸個人についてはどうかというとそんな風には思わないのよね…。これは氏自身も本の中で言っていることだけれど、「作者のデータなど何も残らず、小説だけが残っていく」というのはわたしも理想なのだ。

 もう一冊、氏の小説以外の本を図書館で予約している最中なのだけれど、それを読んで、もしかすると彼女の小説以外の本を手にすることは、もうなくなるかもしれないなあ。


本当はちがうんだ日記(2005.9.1)
穂村弘   集英社


 うーん、『現実入門』よりは企画っぽい匂いがない分おもしろかった…けど、やっぱり思ったのは『現実入門』を読んだときと同じことだなあ。

 いろいろと面白くって痛いエピソードが並んでいるんだけれど、どうしても以前のように素直に受けとめられない。読み手側であるわたしの認識が変わってしまったということもあるかもしれないけれど。

 本の中でほむほむ自身が「もうリハーサルじゃない」というような内容のことを言っているので、これからは少し方向転換したほむほむが読めるのかな。

 不安も少し抱きつつ、やっぱり、楽しみ。


酩酊混乱紀行 『恐怖の報酬』日記(2005.9.23)
恩田陸   講談社

   
 憧れのイギリス・アイルランドへ初めての海外旅行に出かけた恩田陸の旅行記…なのだけれど、なぜかイギリスへ旅立つ前の文章がやたらと多い。彼女は異常なまでの飛行機恐怖症だったのだ。

 紀行文なのにこんなに笑えるとは。
 わたしも飛行機は結構苦手なんだけれど、恩田氏には負けるわ〜。

 それにしてもさすが読書家・恩田陸だけあって、どんな場面も次々と連想される本のタイトルが。わたしももう一度イギリスに行きたいなあ。今度行くなら彼女のように、たくさんその土地の本を読んでから出かけて、そこで自分のイメージとその土地の雰囲気とを比べてみたい。

 彼女が行く先々で連想する、おそらくはこれから描かれるであろう小説のイメージも素敵。もしも今後ここに出てきたモチーフを使った物語が刊行されたら、きっとニヤリとしてしまいそう。

 そして、飛行機嫌いとともに強烈に印象に残ったのが彼女のビール好き。確かにどんな物語にも必ずビールが登場する恩田氏、好きらしいという話は聞いていたのだけれど。もう、行く先々、どこにいってもどんな時でも、ビール飲みまくり(笑)。くー。酒好きはとてもしらふでこの本は読めませんわー、うらやましすぎて(笑)。


コリアン世界の旅(2005.10.14)
野村進   講談社


 日本人の大半にとってつねに「見えない」存在になってきた在日朝鮮・韓国の人々。なぜ日本人の目には彼らが見えないのか。どのようにして見えなくされてきたのか。
 在日である歌手や在日の人々が中心となっている焼き肉・パチンコ業界、そして日本人の知らない民族教育についてルポルタージュする第一章、在日朝鮮・韓国人を相対的に見るために在米コリアンやサイゴンに住むコリアン、日本人ボクサー(実は多くが在日)に圧勝を誇った韓国人ボクサーの父子や韓国内での差別が行われる済州島を取材する第二章、そして以前とは少しずつ状況が変わりつつある現状を調べた第三章からなる著者のコリアン世界の旅。

 読み応えがあった。
 わたし自身、目に見える形で在日の人と関わった経験は1度だけ。数年前、入院中に隣のベッドだった少し年下の女性が在日朝鮮人だった、ということがあっただけだ。彼女とは2週間くらいの入院期間で少しずつ話をする機会がふえ、「実はわたし在日2世なんですよー」と無邪気にハングル語の戸籍(?)も見せてもらった。自分が日本人だとずっと思いこんでいて、中学を卒業する前に在日だと告げられたときはショックだった、と言っていた。日本人ともつき合ったが絶対に日本人とはうまくいかないと思った、と同じ在日の青年との結婚を決めていて、彼女の母親はパチンコの景品交換所で働き、青年の家は焼き肉屋を経営していた。

 あの時、わたしは驚きはしたものの何の疑問も湧かなかった。彼女は彼女なりに苦悩していただろうか。わからない。

 当たり前の話だけれど、日本人だって千差万別でいろいろな人がいるのと同じように在日の人だっていろいろな人がいるだろう。「日本人は」「在日は」とひとくくりでまとめられないことだって多いだろう。
 けれど、日本人には絶対にわからないことが在日朝鮮・韓国人として生まれたことで浮き彫りにされることがあるのだ。

 実は在日だとうち明けたときに、親友だと思っていた日本人から「韓国人も日本人も関係ない」「そんなこと気にしない」と言われて絶望的な隔たりを感じる、というエピソードを読んだとき、わたしは初めてその無自覚さを恥じた。知ろうとしないことは人を傷つけるのだ。

 1冊の本としてはちょっとまとまりがなかったり話の方向が見えなくなったりする部分もある気がするのだけれど、コリアン世界を何も知らない日本人には必読。日本に生まれてきた以上、この問題は知る責任があるんじゃないか、と思う。


放送禁止歌(2005.10.16)
森達也/監修・デーブ・スペクター   解放出版社



 岡林信康「手紙」、赤い鳥「竹田の子守歌」、泉谷しげる「戦争小唄」など、放送禁止と言われ、メディアから消えていった数々の歌。それらの歌を放送禁止にしたのは一体誰だったのか? 著者が調べていくうちに、浮かび上がってきた事実は想像とはまったく違うものだった。
 見えてくるのは「触らぬ神にたたりなし」とでもいうような日本人体質(?)、そして被差別部落問題…。はたして「放送禁止歌」とは何だったのか。

 放送禁止歌の存在は、誰でも一度は聞いたことがあるのではなかろうか。わたしも漠然とそういうものがあると思っていて、「この歌はここがマズくて禁止になったらしい」というような噂にわかったような顔で頷いていたものだ(赤面)。それにしてもびっくりの真相!

 この本はもう、その着眼点で成功していると言っていい。

 読んでいてだんだんゾッとしてくるし、自分自身を振り返って見ざるを得ないし、メディアの無責任さ、というか、無自覚さには腹ただしさを通り越して呆然とする。「さわらぬ神」の本当の姿をわたしたちに提示してみせることこそメディアの大切な仕事なはずなのに、率先して蓋をして、まるきりの思考停止ってのはどうなのよ?みたいな。

 ただ、なんというか、情緒過多…という気が。
 調査していくうちに涙を流したり、無知をさらしたり、やったことへの後悔で赤面したり、そういうものが著者を人間らしく見せているのかもしれないけれど、ちょっと文章が過剰でともするとナルシスティックなものすら感じてしまう。個人的にはもう少し冷静な方が好きかな…。

 けれどいろいろなことを考えさせられたのも確か。
 特に同和問題は、北海道に長く住むわたしには正直ピンとこない部分があるし。この問題についてはまだまだ勉強しないといけないな…。


「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(2005.11.3)
森達也   角川文庫


 麻原教祖が逮捕され、ワイドショーで過熱報道が繰り広げられた1995年、著者はワイドショーのオウム取材の短期専従スタッフとして初めてオウムを取材し、その「わからなさ」や切実な欠落感に呆然とする。やがて彼はその由来を見定めるために、オウムを内側からドキュメントで捉えようと考え、広報担当の荒木浩に焦点を当てる。

 内側から社会を覗くと、そこにはわたしたちがオウムに対して見いだすものとまさに鏡あわせの像が浮かび上がってくる。理解できないものへの恐怖、拒否、偏見、それに軽蔑。それらを見ないように蓋をし、排除しようとする意識。

 これを読んだところでオウムに同情的になるわけではない。
 けれど当たり前のことに気づかされる。オウムに属する側も、ひとりひとり別個の人間だということ。

 なぜ彼らはサリンを撒いたのか。
 それに対する明確な答えを求めるならば、その答えはこの本にはない。

 読む前に予想した内容と、書かれていた内容に大きな乖離があるわけではなかった。けれどやはりそこには読まなければ知り得なかったこと、そして知って考えるべきことがたくさんある。

 それにしても相変わらず森達也はセンチメンタルだ…。そのセンチさ加減に時に辟易するけれど、けれどこの著者の立ち位置のまっとうさにはつねに瞠目せざるを得ない。誰もが流されてしまうところに、この人はほんとうにさりげなく、けれどしっかりと立ち止まる。当たり前に人がやるべきこと、そしてそうであるにも関わらず多くの人ができずにいることを、この人はちゃんとやってのけるのよねえ…。

 映像の方の「A」も、ぜひ観てみたい、と思った。


いろんな色のインクで(2005.11.11)
丸谷才一   マガジンハウス


 丸谷氏がさまざまな媒体に発表した書評集&インタビュー集。古今東西さまざまな書物に触れられていてとても読み応えがあった。ホメロス、ジョイス、藤原定家から清水義範、山田詠美、村上春樹まで。どうしたらこんなに広く深く読めるのかしら…。読んでいて刺激を受ける文章がどっさり、読みたくなる本もどっさり。

 改めて思い知らされるのはいかに古典が大事かということ。結局文学というのは過去の文学からの積み重ね。古典を知れば知るほど新しい読書も深く味わえるということ。うーん、そうじゃないかとは思っていたんだけれど(苦笑)。もう少し読書の土台をきっちりとしたいなあと切実に思う今日この頃。

 とりあえず、子どもたちにはここで取り上げられていた『にほんご』をぜひとも読ませてあげたい。

 それにしても、『失楽園』についての文章には少し驚きましたわ(笑)。


いのちの食べかた(2005.12.9)
森達也   理論社


 中学生以上を対象にした理論社のYA新書「よりみちパン!セ」の中の1冊。目次を見て、同和問題かな…と思ったら案の定同和問題だった。けれど、こういう児童向けの本でわかりやすく、必要以上に熱くならずにこういうテーマを扱うというのはとても必要なことだし、大切なことだと思う。

 どうして魚や野菜は収穫から食卓に上がるまでの課程が広く知られていて、テレビでも報道されているのに、食肉に関しては知らされないのだろうか?という疑問から端を発して、牛や豚が食肉として加工されるまでの様子や、そこで働く人たちのことを説明し、被差別部落がどうして生まれたのかという話になり、さらに自分たちが「知ろうとしないこと」の罪を説く、この自然な流れと、わかりやすさ。誰しもがこれを読んで、自分とは関係ないとは思えないんじゃないかしらん。

 こういう本は図書館に常備して、たくさんの子どもたちに読んでもらいたい。
 誰しもが、「知る」ことからすべてを始めるのだ。