2006 shelf 3
著者名 タイトル 出版社 60 穂村弘 にょっ記 文藝春秋 59 T・E・カーハート パリ左岸のピアノ工房 新潮クレストブックス 58 三浦しをん まほろ駅前多田便利軒 文藝春秋 57 巽孝之・編 この不思議な地球で 紀伊國屋書店 56 町田康 きれぎれ 文春文庫 55 アニー・プルー ブロークバック・マウンテン 集英社文庫 54 恩田陸 チョコレートコスモス 毎日新聞社 53 ロバート・アーウィン アラビアン・ナイトメア 国書刊行会 52 佐藤哲也 イラハイ 新潮文庫 51 サキ サキ短篇集 新潮文庫 50 森谷明子 七姫幻想 双葉社 49 ジョナサン・ストラウド バーティミアスIII プトレマイオスの門 理論社 48 いしいしんじ 雪屋のロッスさん メディアファクトリー 47 テネシー・ウィリアムズ 欲望という名の電車 新潮文庫 46 二階堂奥歯 八本脚の蝶 ポプラ社 45 古川日出男 アラビアの夜の種族 角川書店 44 北野勇作 昔、火星のあった場所 新潮社 43 町田康 屈辱ポンチ 文春文庫 42 西村賢太 どうで死ぬ身の一踊り 講談社 41 稲生平太郎 アムネジア 角川書店
アムネジア(2006.3.28)
稲生平太郎 角川書店
大阪の小さな出版社に勤める”僕”は偶然目にした小さな新聞記事になぜか拘っている自分に驚いた。それは一人の男が路上で死亡したという平凡な記事にすぎなかったが、その男の名は彼が携わっているある会社の社史に出てくる男と同名だったのだ。
彼が調べを進めるにつれて現れてきた闇金融の世界。怪しげな永久機関。不思議な光。そして、かみのけ座へ旅する少年と少女。
本当の自分の物語はどこにあるのか。それは存在するのか、それともかつては存在し、そして失われてしまったのか。”僕”の帰る場所は見つけられるのだろうか…。
なんというか、読了後にしばらく呆然。
まったく何の前知識もなく読んだので、最初は闇金融だの戸籍上ずっと以前に死んだはずの男の死亡記事だの怪しげな財団法人だの、バリバリのミステリなのかと思っていたら、物語はどんどん変容していき、気がつくと思いっきり幻想小説に。読んでいて麻耶雄嵩を連想。けれどこれを読んだら、麻耶雄嵩ってものすごくわかりやすいんじゃないか…とつい思ってしまった(笑)。
基本的にはわたしはこういう作品ってけっこう好きなハズで、いつもこういうわけのわからなさはわけのわからないままに受け容れて陶然としてしまうのがわたしの大好きな読み方なのだけれど、この本に限ってはなぜか気持ち酔うことができなかった。読み始めた当初から文字がページの上で上滑りしてしまうというか、すっと心に入ってくれなくて、何度も同じ箇所をつい読み返してしまったりとちょっと苦戦。その感覚は最後まで消えてくれず、なんだか本に受け容れてもらえないまま最後にぽんと放り出されてしまった感じ。
物語は破綻しているようでいて、実はものすごく細かく考え抜かれているような気がするのだけれど、それがしっくり受け容れられなかったのはなぜなんだろう。
たぶん合う人が読めばものすごくはまるタイプの小説だと思うけれど、残念ながらわたしにはその資格はなかったみたい…。
どうで死ぬ身の一踊り(2006.3.29)
西村賢太 講談社
第134回芥川賞候補作(ちなみに受賞作は絲山秋子『沖で待つ』)。
一応短篇3篇が収録、というかたちだけれど、これは1本の長篇と考えてよさそう。
大正時代のほぼ無名の作家・斉藤清造に強く傾倒する”私”こと西村賢太。清造の生き方、死に方に強く共感する西村は月命日ごとに東京から能登にある清造の墓へ赴き、菩提寺の住職らと交流を持つうちにその熱はとうとう建て替えられる前の清造の墓標を譲り受けるまでに高まる。とことん清造にのめり込み、清造の全集刊行を目指して編集作業に熱中する西村。しかしそんな彼は甘ったれで独善的、同棲する女に対するDVを止められない男でもあった。生活費を女の稼ぎに頼り、女の実家から清造全集のための資金その他を無心しつつも、些細なことから激高し、卓袱台をひっくり返し女の髪を掴んでひきずり倒して足蹴にする西村。どうしようもない男のどうしようもない生活をあまりにもリアルに描いた作品。
強烈!!
私小説というには生々しすぎる。
町田康に似ているけれど、町田康はもっと洗練されている。
なんというか、原始のエネルギーを感じた。
DVなど個人的には生理的に非常に嫌悪しているのに、これは嫌悪感以上に惹きつけられた。ものすごくダメな、イヤな男が描かれているのに、それが自分の醜さをまじまじと覗き込んでいるような感じで描かれているから、嫌悪する以前にちょっと胸が痛くなる。
書評家の豊崎由美氏が西村氏を指して「全身小説家」というようなことを書いていたけれど、これを読むとそのネーミングにも頷ける…。
とにかく、次の作品を読んでみたい作家。
でも次もやっぱり清造狂の男のダメダメっぷりを描いた作品なんだろうか…。ありえそう。
(収録作:「墓前生活」、「どうで死ぬ身の一踊り」、「一夜」)
屈辱ポンチ(2006.3.30)
町田康 文春文庫
妻が突然留学して家に残された売れない脚本家の佐志。汚れ放題の家の中には怪しげな虫が大量発生し、庭にはゴミが放棄され、突然現れた映画プロデューサー・楮山の依頼で仕事を受けた挙げ句取材場所として指定された先々では不条理な目に遭うことに。彼はいったいどこへたどり着くのか。いつしか彼の耳に聞こえてくるのは、この世の果てから響いてくるような旋律をなぞる歌声だった…。(けものがれ、俺らの猿と)
売れないバンドメンバーの岡倉は、親友・浜崎の頼みで見ず知らずの男に嫌がらせをすることに。浜崎から彼を手伝うように言われた帆一という青年とともに、浜崎から預かった軍資金を使って効果的な嫌がらせを考えあの手この手を実践するが…。(屈辱ポンチ)
相変わらずのダメ男と相変わらずのなりゆきまかせ。なんだかもう、安心して読めますな。安心して読むのもどうかとは思うけど(笑)。
「けものがれ、俺らの猿と」はタイトルでしびれた。こんなタイトル町田康にしかつけられないんじゃなかろうか。「屈辱ポンチ」は主人公が一生懸命”怖さ”について考えるんだけれど、その思考がすごく繊細で、しかも実はそういうことを考えない人間というのはたくさんいることを暗示させて、なんというか『告白』に通じる萌芽みたいなものを感じた。
(収録作:「けものがれ、俺らの猿と Getting wild with our monkey.」、「屈辱ポンチ」)
昔、火星のあった場所(2006.4.1)
北野勇作 新潮社
二つの会社が火星の権利争いを行った挙げ句火星は分解し、時空の狭間に生まれたある世界。そこでは人間とタヌキが勢力を競っていた。
一方の会社に所属し、火星を奪い返すための開発事業に携わる”ぼく”は同期入社後退職した”落伍者”が”鬼”となって事業を妨害していることを知らされ、彼と対決するために上司とともに火星へ赴く。しかしそれが原因で”ぼく”は職を失うことになった…。
人工知能”小春”を開発している”ぼく”の”彼女”。
たぬきが見よう見まねで興した”会社”。
火星へ旅立ったスペースシャトルとそこで眠る宇宙飛行士たち。
突如町に出現した”駅”と、糠田精機の社長が命に替えてまで守ろうとした、そこで見たものの記憶。
物語は非常に難解。こんなに簡単な言葉でこんなに難解な話が書けるなんてある意味スゴイ。ひとつひとつの文章を抜き出したところで、その作品が難解であるなんてとても思えない。けれど、読んでも読んでもその作品の全貌はうまく像を結ばない。読者に与えられるパズルピースはとても小さくて、しかもすべてのパズルピースは揃っていない。
なんだか読んでいるこちらまでが「たぬきに化かされた」ような気分になった、不思議な不思議な作品。
結局、ばかばかしい争いの挙げ句崩壊した世界をなんとかもとに戻すために、一人孤軍奮闘したのは”彼女”だけだったのかしら。
アラビアの夜の種族(2006.4.4)
古川日出男 角川書店
聖遷暦1213年、奴隷たちが支配者として君臨しているエジプトにヨーロッパの艦隊が攻め寄せてきた。率いるのはナポレオン。エジプト王朝を統べる23人の知事(ベイ)たちはその力を侮り、ただ一人状況を正しく見ていたのはひとりのベイの子飼いの奴隷、美貌と知性をほしいままにするアイユーブのみだった。
アイユーブは主人に提言する。「連中には贈り物をして、フランク族(ヨーロッパ人)の元来の土地に帰ってもらうのです」。一冊の書物、この上もなく美しく、意志を持つ書物、読むものを書物との「特別な関係」に引きずり込み、破滅へと導く禁断の書物−その名は『災厄(わざわい)の書』。
主人の命を受け、アイユーブは災厄の書をフランス語に翻訳させるために動き出す。しかし実際には『災厄の書』は、「夜の種族」と呼ばれる美しい語り部の胸のうちにあるものだった。語り部・ズールムッドは語り出す。『もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約(ちぎり)の物語』、もしくは『美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語』を。
夜が朝(あした)に代わり、朝が夜に代わる。
『災厄の書』はエジプトを救うことができるのか…?
苦節16日(笑)。おもしろかった!!!!
これはホントに、本好きの、本好きによる、本好きのための本。本好きじゃない人には辛いかも…。ベルカもそうだけど、ホントに受け容れ層が狭そうだわ…(笑)<古川作品。
けれど、わたしには思いっきりど真ん中!
一言で言うなら書物の物語。
なのに、「ああ、これって本の物語なんだ…!」と気づくのがものすごく後半だった。何度も何度も、これは本ですよ、って書いてあるのに。
それにしてもこんなに読む作品読む作品好きなのに、どうして古川作品はいつも読むのに苦戦するんだろう。序盤はいつも全然進まない。今回はホントに途中で挫けるかと思った…。挫けなくて本当によかった(笑)。
「読まれている瞬間、おなじ時間を生きているのは、その一冊と、その一人だけなのです。一冊の書物にとって、読者とはつねに唯一の人間を指すのです。」
ああ、この言葉にシビれない本好きがいるだろうか。
最後の最後まで先が読めなかった。
だいたい「こういうふうに進んでこういうふうに着地するのかなー」という予想があって、それは裏切られたりすることもあるけれど、その裏切られ方も最後の最後に「そうきたか!」くらいなことが多いのに、これはもう途中経過から翻弄されっぱなし。アーダムと、ファラーと、サフィアーンの運命がどういうふうに絡むのか、どうその糸がもつれていくのか、そしてその結末はどうなるのか、これは悲劇なのかそれとも大団円で終わるのか、その辺の予測がまるで不能。
物語的にはRPGゲームのような設定&内容(剣と魔法とドラゴン!)なのに、そして登場人物たちの語り口調はときに辟易するほどくだけているのに、それじゃあ内容が陳腐なのかというとまるでそうじゃない。わたしは読んでいて中盤あたりはトルネコの冒険を連想したのだけれど、かといってその連想が物語を貶めることはまるでない。
文章に、力が溢れている。
入れ子になった物語の外側の、「災厄の書」を編もうと試みるアイユーブや、”夜の種族”である語り部ズールムッドの物語も予測不能。
ああ、読書の愉しみを最大限に堪能させてもらったわ…。
数日は余韻に浸りっぱなしだった。
八本脚の蝶(2006.4.6)
二階堂奥歯 ポプラ社
結局、本をどれだけたくさん読んだってしあわせになんてなれない。
豊かな人生なんて送れない。
コスメとお洋服と本の大好きな女の子が心を病んで死を選ぶまでのリアルタイムなHP日記を1冊の本にまとめたもの。
今まで死んでしまった人の出版された日記は何度か読んだことがあるけれど、違うのはこれが「公開された」日記だったということ。結局これは奥歯さんの”表向き”な日記なのだ。どんなに悲痛な声が聞こえてくる気がしても。そこに本当の心の底からの叫びは意識的には現れないし、彼女の本当の死の原因が読者にわかるはずもない。
そしてこれを読むと、わたしにはどうしても彼女が「死ぬ以外になかった」とは思えないのよね…。
これって病気だよね?なんか急激に悪化してるというか。
誰か病院につれていってあげることはできなかったのか。
投薬で少しはラクになれたんじゃないのか。
苦しかったんだろうな、とは思うけれど。
なんか、ああ、救える方法があったんじゃないのかなあ、と思ってしまった。
ちなみにサイト「八本脚の蝶」もまだ残ってます。
欲望という名の電車(2006.4.11)
テネシー・ウィリアムズ/小田島雄志・訳 新潮文庫
「欲望」という名の電車に乗って、ブランチは妹夫婦の住むニューオーリアンズのアパートに転がり込んだ。上流社会で生まれ育った彼女が想像したこともなかったたった2間の部屋で妹のステラは暮らしており、そのお腹には小さな命が宿っていた。カーテンの他仕切もない部屋で息が詰まるような生活を始める3人。仲間とともにボーリングやポーカーに高じるステラの夫・スタンリーとブランチは、互いを嫌悪しながらも意識せずにはいられない。
やがてスタンリーの仲間の一人・ミッチとブランチは恋におちるが、ブランチの秘密が明らかになり、事態は悪化していく…。
1947年初演、ピューリッツァー賞受賞の誰もが知る有名な戯曲。映画化もされてますね。しかしわたしは初めて読んだ…。読んでいるうちに昔映画を見たことがあるのを思い出したのだけれど。
とにかくブランチが悲痛。
手からこぼれ落ちてゆく幸せな日々、坂道を転がり落ちるような凋落。彼女は生きるために手段を選ばないが、プライドを捨てることもまたできない。必然的に引き裂かれていく精神。そして決定的な打撃が彼女を壊す…。読んでいて胸が痛んだ。
そして姉の欠点を認めながら、美点も知るが故に彼女を愛さずにいられないステラ、夫が姉を決定的に壊したあと彼女は果たして幸せになんてなれるんだろうか。
ブランチを憎みつつ彼女を意識していたスタンリー、彼は満足のいく結果を得ることができたんだろうか。
特別長いわけでもないストーリーなのに、その内容は濃密だ。
とにかく、こんな名作を今まで読んでいなかった自分を激しく後悔。
雪屋のロッスさん(2006.4.12)
いしいしんじ メディアファクトリー
あ、これダ・ヴィンチで連載してたヤツだ! と読み始めて気づくわたし。にぶい(笑)。
1篇が2〜4ページくらいの短篇が30篇入った短篇集。いしいしんじの作品はいつも童話のようだと思うけれど今回も例外ではない。かといって砂糖だけで作られたようなただ甘い物語はひとつもなくて、そこには不思議な不思議な味わいがしっかりと隠されている。それでもって読後感がさわやか。もちろん苦味が残る作品もあるのだけれど。ひとつひとつが淡雪のようにふわふわと、でもスッと溶けて心の中に染みてくる感じ。
同じ短篇集の『白の鳥と黒の鳥』とはまた全然趣が違う(その割には前の感想でも同じようなこと書いてる…/苦笑)。こちらの方がもっと毒を薄めたような感じかな…。非常に万人向けになってると思う。いしいしんじ導入作としてかなりいいかも。
個人的に好きなのは、
「調律師のるみ子さん」
「棺桶セールスマンのスミッツ氏」
「床屋の国吉さん」
「コックの宮川さん」
「ボクシング選手のフェリペ・マグヌス」
「ポリバケツの青木青兵」
「旧街道のトマー」
「見張り番のミトゥ」
あたりかな。
(収録作:「なぞタクシーのヤリ・ヘンムレン」、「調律師のるみ子さん」、「大泥棒の前田さん」、
「棺桶セールスマンのスミッツ氏」、「風呂屋の島田夫妻」、「図書館司書のゆう子さん」、
「象使いのアミタラさん」、「床屋の国吉さん」、「警察官の石田さん」、「コックの宮川さん」、
「ボクシング選手のフェリペ・マグヌス」、「クリーニング屋の麻田さん」、「雪屋のロッスさん」、
「似顔絵描きのローばあさん」、「プロバスケット選手のスーホン君」、「果物屋のたつ子さん」、
「ポリバケツの青木青兵」、「犬散歩のドギーさん」、「パズル制作者のエドワード・カフ氏」、
「棟梁の久保田源衛氏」、「サラリーマンの斉藤さん」、「神主の白木さん」、「雨乞いの「かぎ」」、
「しょうろ豚のルル」、「旧街道のトマー」、「見張り番のミトゥ」、「ブルーノ王子と神様のジョン」、
「取立屋の山田」、「玩具作りのノルデ爺さん」、「マッサージが上手な栗」)
バーティミアスIII −プトレマイオスの門−(2006.4.13)
ジョナサン・ストラウド/金原 瑞人、松山 美保・訳 理論社
ゴーレム事件から3年。デバルー首相の覚えめでたきジョン・マンドレイクことナサニエルは、17歳にして英国のトップ7となる魔法大臣の位置に上り詰めていた。しかしアメリカとの戦争は泥沼の様相を見せ、一般人の中には魔法への免疫を持つもつものが増え始め、社会情勢は不安定。自分の立場を守ることに固執するナサニエルは誰も信用することが出来ず、召還したバーティミアスを解放することが出来ずにいた。召還され続けているために弱っていくバーティミアス。その裏で陰謀は少しずつ動き始めていた…。
バーティミアスシリーズ完結編。
児童ファンタジーらしい大団円になるんだろうなあと思いつつ読み進め、ラストでは呆然。がーん!! た、確かに帯には「泣くなよっ!」って書いてあったけど、書いてあったけど…。
今回はバーティミアスが好んでその姿をとるエジプトの少年プトレマイオスとバーティミアスとの間の種族を越えた(?)信頼関係と、相変わらず自己中心的だけれどちょっぴりの良心も捨てきれないナサニエルがいよいよ迎える正念場、そして前作でレジスタンス団を実質解散し潜伏したキティが妖霊の信頼を得ようと奮闘する物語の3本柱…かしら。
お互いを毛嫌いし合っていた3人が変わっていくのがおもしろかった。
だらだらと巻を重ねるファンタジーものが多い中で、きちんと3巻で完結しているのも好印象。そうはいいながら、これでもうナサニエルともバーティミアスとも会えないのねーと思うとちょっと寂しかったりして(笑)。
児童文学としてはあり得ないほど性格の悪かったナサニエルだけれど、だからこそ最後の彼の決断は、ベタすぎるほどベタなのにも関わらず読者の胸に届いた。
七姫幻想(2006.4.16)
森谷明子 双葉社
たなばたの織女の7つの異称をそれぞれのタイトルに掲げた、古代から江戸時代までにまたがる連作ミステリ短篇集。なんというか、(常野物語+勾玉シリーズ)÷2、これにミステリの粉をまぶしたような感じ(笑)。
それぞれの短編にどうやら藤原家と絡んでいるらしい同じ一族が絡んできて、さらに読み進めるにつれて時代が下っていく。あの少納言さんとか出てきてちょっとオオッと思ったり。ハードボイルドな少納言さん…(笑)。
ラストの物語で綺麗に物語の円が閉じて、美しくフィニッシュ、みたいな。
それぞれの時代の雰囲気が出ていて、全体を雅な薫りが包む。高雅な姫の悲恋あり、イニシエーションを経て成長する少年の物語あり、才気走った女の陰謀話あり、奥ゆかしい初恋の物語あり。それぞれの作品はバラエティに富んでいて、しかしきちんと一本筋の通った連作になっており、しかもミステリとしても一定の水準を超えていると思う。
愉しめました♪
(収録作:「ささがにの泉」、「秋去衣」、「薫物合」、「朝顔斎王」、「梶葉襲」、「百子淵」、「糸織草紙」)
サキ短篇集(2006.4.17)
サキ/中村能三・訳 新潮文庫
面白かった。
古いけど、普遍的。
欧米ではO.ヘンリーと並び称される短篇の名手だとのことだけれど、日本でこんなに知名度が低いのはなぜなのかしら? ちょっと毒が強すぎる??
ユーモア溢れる短篇集…なんて感じつつ読みながら、あれ?とよく考えてみると裏にさりげなく悪意が潜んでいることに気づいてヒヤリ、みたいな。
救われない話なのになんだかクスリと笑えたりして、自分自身が悪意溢れる人間なのかも、とちょっと考えたり。
苦ーい苦ーいチョコレートを甘いミルクチョコでコーティングしたトリュフにして、カラフルに飾ってかわいく箱に詰めました♪ という感じ。
ちなみに、E・V・ルーカスは「泊り客の枕もとに、O・ヘンリイ、あるいはサキ、あるいはその両方をおいていなければ、女主人として完璧とはいえない」と評している、とのこと。
読んでおいて損はない一冊。
(収録作:「二十日鼠」、「平和的玩具」、「肥った牡牛」、「狼少年」、「話上手」、「七番目の若鶏」、「運命」、
「開いた窓」、「宵闇」、「ビザンチン風オムレツ」、「休養」、「マルメロの木」、「親米家」、「十三人目」、
「家庭」、「セルノグラツの狼」、「おせっかい」、「ある殺人犯の告白」、「ラブロシュカの霊魂」
「七つのクリイム壺」、「盲点」)
イラハイ(2006.4.21)
佐藤哲也 新潮文庫
第5回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。ぶっ飛んでる!
巨大なオジャマリ山脈の麓に広がり、対する国境は崖に終わるイラハイ王国。崖の上には隣国サバキヤが広がり、両国の間では終わりの見えない兵士不在の戦争が続いている。伝統あるイラハイの屋根穴職人であるウーサンは、結婚式当日に突然現れた国王とその部下たちに花嫁を奪われた。果たして彼は花嫁を無事助け出すことが出来るのか? 「物語が始まったので、彼は走った」−−。
とにかく文体が独特。この文章に慣れることができなければ読むのはかなりツライんじゃないかしら。わたしはものすごーく好きですが。
あまりにもくだらない話をものすごーく論理的にしつこくしつこく語っている。
だいたい、「この物語にはこのような目的が与えられているので…(以下長いので略/笑)…始まりに発端があって終わりにその結末があり、その間には発端から結末に至るまでの経緯が記されている物語である。」って書いてあるのに、本も半ばにならないと物語が始まらないってどうよ(笑)。
今ばっと開いて任意の文章をちょっと書き写してみると、
「この兵士が高級なのであれば、我々の上に立つ者であり、我々はこの兵隊に対して経緯を払わなければならない。その経緯を払うことによって得る我々の利益はなにか、また我々が受ける損害は何か」
キリウリの代官はこれに答えてこのように言った。
「敬意を払うことによって得る利益とは、その兵士の姿に似せた立派な石像であり、これは町の共有財産となる。そして敬意を払うべき相手はすでに死体となっているので、これによって受ける損害はなにもない」
これを聞いた町の者は残らず納得し、遺体に向かって平伏した。
こんな文体の小説ってなかった気がする。わたしは読んでいて何度も何度も聖書を連想した。聖書ってこんな文章だよね…。
ああ、どうして今まで読んでなかったんだ、佐藤哲也。
好き嫌いは分かれるかもしれないけれど、個人的には、もしかすると奥さんの佐藤亜紀の『バルタザールの遍歴』よりも好みかもしれない。どっちが作品として上かとかそういう話は別にしても。
とにかく、今かなりシビれてます(笑)。
アラビアン・ナイトメア(2006.4.26)
ロバート・アーウィン/若島正・訳 国書刊行会
「アラビアの悪夢って何ですか?」
「それはただの噂で、というのもその病気をいちばんよく知っている人間はそれがどんな病気か語れないからだが、ともかくはっきりしない不思議な話で、病気か呪いかわからない。アラビアの悪夢は、猥褻かつ奇怪で、単調かつ残酷だ。この悪夢病にかかると、悪夢が毎晩訪れても、朝になるとその夢を忘れてしまうのが症状のひとつでね。意識しないうちに無限の苦痛を経験することになる。毎夜毎夜終わりのない苦しみが続き、朝になると患者は起きて何事もなかったかのように日常生活をこなし、一日の労働を終えるとさあ今夜もぐっすり眠ろうと考える。純粋な苦痛だな。…」
15世紀、カイロ。巡礼者としてこの町を訪れたバリアンには秘密の任務があった。しかしカイロで思わぬ足止めを喰ううちに、カイロに一緒に入った一行のひとり、画家のジャンクリストフォロは1冊の本を残して連行され、その本を手に入れたバリアンは毎夜悪夢に悩まされるようになる。 彼の病気を治すためといって、同じく一行のひとりであるヴェインは彼を猫の父のもとに連れて行く。しかし不安に感じたバリアンは彼らから逃れ、町をさまよっているうちに語り部のヨルと出会う…。
と、あらすじを書いてみてもこの物語を説明することはできない。どこまでが夢なのか。どこまでが物語なのか。物語が入り組んだ入れ子になっていて、読んでいるうちに自分がどこにいるのかわからなくなってくる。はっと気づくと自分が口から鼻から血を流していそうで怖い(笑)。
幻想的でエロティックで奇妙で不気味な物語。
まさに悪夢をそのまま本にしたようなこの味わいはほかではちょっと味わえない。嫌いな人は受け付けないかもしれないけれど、好きな人にはたまらないめくるめく悪夢の世界を感じることができるはず。
とにかく、一度手に取ってみることをオススメ!!
チョコレートコスモス(2006.4.27)
恩田陸 毎日新聞社
脚本家の神谷は仕事に煮詰まってふと眺めた窓外の人混みの中に奇妙な少女の姿を見つける。ごく普通の少女に見えるのに目つきだけが鋭い彼女の姿を眺めるともなく眺めているうちに、神谷は突然少女の姿が消えたことに驚く。
一方、芸能界のサラブレッド・東響子はくせはあるが注目の演出家の舞台に抜擢され、順調な舞台経験を重ねていくが今の自分にしっかりとした自信を見いだすことが出来ない。しかしある舞台の噂を聞いて衝動を抑えることが出来ず、押し掛けたオーディション会場で衝撃的な演技を目にすることになる…。
これ、すごい絶賛のようだけれど。
わたしも読んでいて熱くなった。全然ホラーでも不思議でもない作品だけれど、恩田陸が演劇を書くとこんなにうまいとは…。 まさに、文学版『ガラスの仮面』。
でも、これは言いづらいのだけれど。
これならわたしはガラスの仮面でいい。
この作品はガラスの仮面に並ぶかもしれないけれどガラスの仮面を越えていない気がする。マンガをいちいちものすごく美しく文字に移し替えたような。
ものすごく血筋のいいサラブレッドな優等生の女優が、天才少女に触発されて熱くなる話。 つまり、まんま姫川亜弓と北島マヤ。
けれど天才のマヤにも(マヤじゃないって)欠点が。それは簡単に演技ができすぎてそこに葛藤がないこと。主体がないこと。 まあ、このあたりの欠点は微妙に違うけど。
恩田陸は未完のままのガラスの仮面を自分の手で完結させるつもりなのか?と思った(笑)。
とすると大事なのはこの本で語られている内容ではなくって、「チョコレート・コスモス」というタイトルの「紅天女」(いやいや競演だからどっちかというと「二人の王女」?)の内容だと思うのだけれど、そこで終わるなんて! これはシリーズ化計画なのか?
続編が出たらゼッタイ読む(笑)。 でも素直に評価できない。
これは恩田陸の作った世界じゃない気がするから。
ブロークバック・マウンテン(2006.4.28)
アニー・プルー/米塚真治・訳 集英社文庫
1963年の夏、カウボーイのイニスとジャックは一夏の仕事先であるブロークバック・マウンテンで出会った。性別を超えた恋、そして別れ。4年後に再開した二人はともに妻帯していたが、燃え上がる愛情を押さえることはできなかった…。
まず字が大きくてびっくり(笑)。
薄い文庫だなーとは思っていたけれど、短篇であっという間に読めるほど短い話だった。これだったら2、3本収録して短篇集にしてくれればいいのに…というくらい短い。
映画の方はなんだかすごい絶賛されているようですが未見。
男らしいカウボーイ2人の恋物語というのがちょっとわたし的には新天地(笑)。けれど、無骨で、純愛で、淡々としていて、物語に入り込めないうちに終わってしまったような…。
偶然巡り会って一緒に過ごした一夏の体験をふたりともが忘れることが出来ず、お互いに結婚しつつ4年後に再開、それから焼けぼっくいに火がついて年に1、2度、家族から離れて二人だけであちこちの山で数週間の逢瀬を20年くらい続けていく二人の男の物語なんだけど、なんというか、その悲恋の底にあるのはゲイへのその当時の、今とは比較にならないほどの偏見なんだなあ、というのはわかった。そういう障害にあって、1人は秘めた恋を胸のうちに隠し通し、1人はその辛さを外に出さずにはいられない。
うんうん切ないよねえ…とこちらの胸が苦しくならなかったのはどうして? 個人的にはとくに同性愛に偏見を持っているつもりはないし、悲恋だとは思うものの、最後まで他人事のような気持から抜け出すことができなかった。
やっぱり文章が淡々としすぎていたからかなあ。
それとも読んだ時にあまりよくなかったわたしの体調のせいだったんだろうか。
きれぎれ(2006.4.30)
町田康 文春文庫
裕福な母親を持つ「俺」は自堕落に生き、セッティングされたお見合をぶち壊し、ランパブで知り合った女と結婚するが、やがて実家は没落し、見下していた友人が成功してかつての見合い相手と結婚したことを知るなりその女に激しい執着を感じ、結局は金に困ってその男に借金を申し出ざるを得なくなる…。(きれぎれ)
ええと、同時収録の「人生の聖」にいたっては、あらすじを書くのは断念(苦笑)。掌編集のようで、それぞれの掌編が微妙にリンクしているような。キーワードはテロルに生きる男?
なんだかここで町田康は少し変わった?と思った。
今までのだらだらー、わはは、とほほ。という感じが消えたわけではないんだけれど、難解。ちょっと完全には理解できなかった。 時系列が飛んでるというか、そもそも物語の筋が通ってないというか、うーん。でも、これで芥川賞受賞なのね。選評を読んでみたい…。
自分の見た夢をそのまま小説にしました、みたいな感じ。
脈絡がないのはそういう夢なんで、ひとつ。みたいな。
今までの作品ではダメ男を描きつつ、いつもなにか、「ほらね?俺って(この男って)ダメな男でしょ?ね?」みたいな文章から読み手への語りかけ、みたいなものを感じていた気がするのだけれど、今回はもう、作品が読者をぶっちぎっている。なんだかわけのわからない乗り物に乗せられて、先の読めないドライブに連れて行かれたようで、読み終わった後はヘンな乗り物酔いでぐるぐる。うーん、この悪酔い気分はキライではないけれど、万人受けするとは思い難いわ。
デビュー作から読んでくると、異質な印象の一冊。
(収録作:「きれぎれ」、「人生の聖」)
この不思議な地球で−世紀末SF傑作選(2006.5.1)
巽孝之・編 紀伊國屋書店
巽孝之が選ぶ、「SFの世紀」20世紀のSF短篇決定版。著者もバラバラ、訳者もバラバラなんだけれど、通して読むとなんとなく一本背骨が通っているような気がするのが不思議。
カードの『消えた少年たち』の短篇版が読みたくって借りてきたのだけれど、なんというか、結構難しかった…。
センスのよさみたいなものを感じるんだけれど読者に対して親切じゃない作品多数(苦笑)。作品の前にそろぞれ解説っぽいものが載っているのだけれど、それがなかったら世界観がわからないよー、みたいなものとか。でもみんな面白そう(面白い!と断言できない自分の読解力のなさ…)なので、いちいち全部長編にしていただきたい気分(笑)。その中で「消えた少年たち」はものすごーくわかりやすい作品だった。
でもって、この短篇版「消えた少年たち」は長編とは違ってすごくホラー色が強い、という話を聞いていたんだけれど、そのあたりは…うーん、わたしにはそれほどホラー色が全面にでていたようには感じられなかった。長編をもっと個人的な雰囲気にしてある(なんたって短篇では主人公がカード自身の設定)ので、その分哀切感は強いかな…? 最後の言い訳みたいなあとがきはいらないと思った。興味深かったけれど、ああいうのは作品とは切り離したところで論争して欲しいような。
個人的に好きだったのは「きみの話をしてくれないか」byF・M・バズビーかな…。この話と「消えた少年たち」の2篇はこのアンソロジーの中ではSF色が薄くってちょっと異質なんだけれど。
バラードの「火星からのメッセージ」も印象的だった。
多分もっと根っからのSFファンの方だとより愉しめるのではないかしら。
(収録作:「スキナーの部屋」(ウィリアム・ギブスン)
「われらが神経チェルノブイリ」(ブルース・スターリング)
「ロマンティック・ラヴ撲滅記」(パット・マーフィー)
「存在の大いなる連鎖」(マシュー・ディケンズ)
「秘儀」(イアン・クリアーノ/ヒラリー・ウィースナー)
「消えた少年たち」(オースン・スコット・カード)
「きみの話をしてくれないか」(F.M.・バズビー)
「無原罪」(ストーム・コンスタンティン)
「アチュルの月に」(エリザベス・ハンド)
「火星からのメッセージ」(J.G.・バラード))
まほろ駅前多田便利軒(2006.5.7)
三浦しをん 文藝春秋
東京の片隅、まほろ市の駅前に位置する多田便利軒。舞い込む依頼はささいなことばかりだったのだけれど、便利軒を1人で営む多田のもとに高校時代の同級生、行天が転がり込んできてから妙な依頼が増えていくことに。
何を考えているのかわからない行天に振り回されてばかりの多田だったが、彼は実は行天に密かに負い目を持っていた…。
えーと、すみません、普通でした。
悪くないんだけど、別に特別よいとも思わない。みたいな。
何でも引き受ける便利屋の男の元に転がり込んでくる昔の同級生。何を考えているかよくわからない得体の知れない男なんだけれど実はたっぷりの優しさを隠し持っている。 さらにそこに転がり込んでくる一匹のチワワ。
…って書いてるだけでなーんか、どこかで読んだ話みたいな気がしてくる。
各所で絶賛されているしをんちゃんですが、わたしはこの本が『私が語りはじめた彼は』(感想はこちら)に続いて2冊目。どっちもピンとこないー。選ぶ本が悪いのかしら。やっぱりしをんちゃんはエッセイを読むのが本道なのかな。あとは初期作品??
とりあえず、このまましをんちゃんの良さがまったく理解できないのはなんとなーく寂しいので(笑)、もう少し昔の作品とか遡って読んでみようかな。
パリ左岸のピアノ工房(2006.5.10)
T・E・カーハート 新潮クレストブックス
いやー…。
なんでクレストブックスはこんなにいい仕事ばっかりするんだ!!
小説ではなくてノンフィクションなんだけれど、上質の小説のような味わいのある一冊。 パリの閉鎖的な、けれど一度入り込むことさえ出来ればとても居心地のよい独特のコミュニティ。
ピアノの魅力に惹かれたひとりのアメリカ人が小さなピアノ工房に集まるコミュニティに招き入れられ、やがてピアノの深く多彩な魅力にますます取りつかれ、人間関係の滋味を味わい、音楽に彩られる人生に足を踏み入れる。
ああ、いいなーこんなピアノ工房。
思わずうちのアップライトを弾いてみたくなった。
そして、ベートーベンのピアノソナタを聴きたくなってCDラックを探すものの、ない。 あ、これもいいわ!とセロニアス・モンクのCDを引っ張り出してくる。 ジャズなんて滅多に聴かないんだけど(笑)。 とにかく、ピアノ曲ならなんでもいいから聴きたい気分になった。
綿密に調べて緻密に書き上げるタイプのノンフィクションじゃなくて、けれどピアノの魅力、パリの魅力を限りなく引き出している一冊。
きっと素敵な時間が過ごせること請け合い。
にょっ記(2006.5.10)
穂村弘 文藝春秋
ほむほむ。
ほむほむ!
あー、ほむほむ、復活したわ!!という感じ。
個人的には『現実入門』(感想はこちら)を読んでなんとなーくほむほむのパワーダウンというか、マンネリ化を感じてこの先を危惧していたので(大きなお世話)。
ファンタジーに行くことにしたのね(違う/笑)。
かなり笑わせていただきました。
『現実入門』同様作意を感じるのだけれど、前者はなんというか、「ウケ狙い」な印象なのにたいしてこちらはフィクションに昇華しました、という感じ。方向転換を上手にやっている気がして、ファンとしてはすごく嬉しい。
川上弘美の『椰子・椰子』とか、ちゃんと読んでいないけれど吾妻ひでおの『不条理日記』とか、そういうイメージ。
あ、でもあの『世界音痴』(感想はこちら)みたいな、笑いながらも胸がキリキリ痛むような感じはないかも。
きっと幸せになっちゃったからなのね。ほむほむ。