2006 shelf 7


著者名 タイトル 出版社
132 三崎亜記 失われた町 集英社
131 角田光代 薄闇シルエット 角川書店
130 北村薫 ひとがた流し 朝日新聞社
129 津原泰水 ピカルディの薔薇 集英社
128 熊谷達也 七夕しぐれ 光文社
127 森見登美彦 きつねのはなし 新潮社
126 伊井直行 愛と癒しと殺人に欠けた小説集 講談社
125 飛浩隆 ラギッド・ガール 廃園の天使II 早川書房
124 雫井脩介 クローズド・ノート 角川書店
123 千野帽子 文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。 河出書房新社
122 筒井康隆 俗物図鑑 新潮文庫
121 ダン・シモンズ イリアム 早川書房



























    イリアム(2006.11.29)
ダン・シモンズ/酒井昭伸・訳   早川書房


 いやーーーーーーやっぱりシモンズはおもしろい。
 ハイペリオン4部作が大好きな人はこれも絶対気に入るハズ。

 とにかく長くて、序盤は読むのがちょっとつらかった。でもそれでもリーダビリティは相当なもの。あの超有名なイリアスを下敷きにしているだけあって神話の神々・英雄がてんこ盛り。名前が覚えきれないほどだけれど、けれどそんなことはこの本を読むのにナンの障害にもならない。

 とにかく読んでいてシモンズの博学ぶりに落ち込むことしきり(苦笑)。イリアステンペストも、プルーストもナボコフも、読んでませーん。これらを読んでいれば何倍も愉しめるんだろうな。わたしもやっぱり古典をちゃんと読まないとダメだなあ…。orz
 とりあえず、シェークスピアの三大悲劇はこの間制覇したので、ついでにテンペストも読んでみようかな。

 ストーリーは3本柱で進む。少数の生き残った人類が100年きっかりの人生を怠惰に過ごしている地球、イリアスの物語がそのままに再現されているらしきテラフォームされた火星、そして火星の不審な動きを探るべく木星の衛星たちから派遣された、かつての人類の撒いた種から進化してきたモラヴェック(バイオメカニクス生物)。この3つがどれもこれも面白い!

 壮大な戦いを繰り広げる火星の神々&英雄達、彼らをただ見守る使命を与えられたホッケンベリーがあるきっかけで胸に抱き始めた野心。
 火星に近づいた途端に宇宙船を大破させられ、満身創痍で火星にたどり着いた、文学が大好きなモラヴェック達、人間よりも人間くさいマーンムートとイオのオルフ。
 怠惰な人生を送ってきたのに「さまよえるユダヤ人」サヴィに出逢い、壮絶な経験をすることになるディーマンとハーマン。
 様々な人間模様が繰り広げられる中でぐぐっと変貌していく人物達の姿は感動モノ。

 ただ、まだ第一部なだけあってたくさんの謎は明かされないまま。は、はやく第二部を!!(笑)

以下覚え書き。(ネタバレがあるため反転)

・イリアスが再現されている真の目的(神々の目的?)は何か?
・派遣されたマーンムート達の本当の使命はなんだったのか?
・LGMの正体と彼らの目的、彼らの作り続ける石像の謎は?
・最後のファックス以前に実際は何があったのか?
・セテボス・プロスペロー・エアリアルの正体は??



    俗物図鑑(2006.11.30)
筒井康隆   新潮文庫


 おもしろい!
 なんだよ、やっぱりツツイヤスタカっておもしろいんじゃないかー!(笑)

 最初「お歳暮会議」から始まって、バカバカしくも笑える俗物たちの俗物評論が始まり…と楽しく読んでいるうちに、物語はどんどんと予想外の大きさに膨らんでいき、最後はまるで幻魔大戦 の人間の球のように膨らんだ物語がドカーン!という感じの物語(って意味わかんないって)。

 あー、なんかこういうヒョンなことから物語があれよあれよと…ってどこかで読んだような…と思ったら、そうだ、町田康ってこんな感じだわ、と気がついた。いや、町田康の場合は物語が大きくなると言うよりは思いも寄らないところにどんどんずんずん流されていくようなイメージなんだけど。あ、初期の町田作品、かな。

 饒舌な文章、というのも似ている気がする。

 最後の方はもうスプラッタ苦手なわたしはひょえー、という感じでしたが、まあこういうのは結構大丈夫かも。あまりにもドタバタだから。

 しかし、バカバカしくってドタバタで、けれど風刺が効いていて、やっぱり筒井康隆ってスゴイなあ。


    文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。(2006.12.2)
千野帽子   河出書房新社


 『モーダルな事象』の解説でひそかに注目していた千野帽子氏のブックガイド。
 氏がmixiで主催しているコミュ「文藝ガーリッシュ」はなかなかに敷居が高いんだけれど、この本もまた敷居の高い本。あー、わたしは一生、ガーリッシュに憧れるだけでガーリッシュな人間にはなれそうもないような…。orz

 本好きの女の子のためのブックガイド。
 挙げてある作品ほとんど読んでないわたしはまた今日も打ちのめされた…。
 飽くまでもレビューではなくガイド、という感じで、挙げてある本の紹介欄はそのほとんどがあらすじに占められていて、千野氏自身の作品に対するコメントは最小限なんだけれど、そのあらすじを読んでいるだけでめちゃめちゃ読みたくなる。
 あらすじの書き方もあるんだろうけれど、やっぱり最初にどの本を挙げるか、そのセレクトにセンスがあるんだろうなあ。

 バラバラと言えばバラバラな作品群なのに、「文藝ガーリッシュです」と言われるとそうかなとつい納得したくなる説得力があるというか(笑)。

 この本の対象と考えられている「文化系小娘(フィエット)」とは、以下に当てはまるような人のこと。

・つい古本屋や喫茶店をハシゴしてしまう。
・女子どうしだからわかりあえる、なんて嘘。
・<ダ・ヴィンチ>に載る十冊の話題の新刊より、<彷書月間>で紹介された一冊の古本。
・日本の書店で小説の棚が作者の性別で分けられている意味がわからない。
・「等身大」「本音」「自分探し」のたぐいの言葉が苦手。
・「ミステリ」とか「ファンタジー」「SF」といった既存の特定ジャンルが好きなのではなく、一冊一冊の小説が好き。
・「若い女性に人気」と言われている本が、「いつまでも少女でいたい自分を肯定するF1層(おばさん)の文学」にしか見えない。
・ある日悪い宇宙人が攻めてきて怪光線を放射し、日本の識字率が三○パーセントになってしまっても、自分は文盲にならないという根拠のない自信がある。
・「オチ」のある小説は退屈。
・自分が本好きだってことを言うときに、「活字中毒」「乱読」などの高校の文学部臭い常套句を臆面もなく使うことができない。


 シビれる!(笑)
 でもわたし自身はこのすべてに当てはまるとはとても言えないなあ。ダ・ヴィンチの話題の10冊も気になるし、怪光線を浴びたら文盲になりそうだ(爆)。オチのある小説も(そればっかりじゃイヤだけど)オチによってはかなりウケるし。

 きっとこれからも、わたしは文化系小娘にはなれそうもない。
 でも、対岸から憧れ続けたい(笑)。

 とりあえず、たくさん読みたい本を収穫。
 個人的にはかなりお役立ちな一冊でした。


    クローズド・ノート(2006.12.4)
雫井脩介   角川書店


 ……。
 これ、いやだなあ。
 何がイヤかって、この本ってケチつけるとなんか冷血漢みたいな感じになるところ。

 もともと『火の粉』も『犯人に告ぐ』もイマイチ合わなかったので、きっとこの作家さんはわたしとはとことん相性が悪いんだろうな。
 上記二作とはまるっきり雰囲気を変えたほのぼの恋愛小説なんだけど。

 教育大に通うふわふわした「天然」系の女の子の暮らす部屋のクローゼットの片隅で見つかった、前の住人のものと思われる一冊のノート。それは一人の若い教師が恋と仕事に全力でぶつかる様子を記した日記帳だった。
 主人公はそのノートを読み、彼女に感情移入することで少しずつ「心の力」を手に入れる…というような内容なんだけど。

 とりあえず、話は序盤でもう全部見える。
 それはまあいいんだけど。

 とにかくこの主人公の香恵が全然好きになれなかったのがイタイ。あまりにも意志がなくて、すぐに周りの言動に左右されて、しかもイチイチ左右されるたびにわかったような気になるところがもうダメ。ノートへのあまりののめり込みぶりは見ていて怖いよ…。

 出てくる登場人物がみんな浅いというか書き割りっぽいのもダメ。香絵しかり、文房具店の看板娘の可奈子しかり、親友の彼氏の鹿島しかり、香絵の恋のライバル(?)・星美しかり。
 石飛もなあ。

 なによりあまりにも非の打ち所のない、悪いところのひとつもない、伊吹先生がイヤだ。

 しかも最後の最後のあとがきで、実は彼女のモデルが夭折した作者の実の姉ですよ、という種明かし。

 こんなのフェアじゃないよなあ、と思ってしまうわたしってホントに真っ黒なんだろうか。

 そう思うとなんかさらに気が重い。
 はー。


    ラギッド・ガール 廃園の天使II(2006.12.13)
飛浩隆   早川書房


 飛浩隆、すばらしい!!
 もう一生ついていきたい。
 グラン・ヴァカンスと併せて、これは、買う!

 正直グラン・ヴァカンスと象られた力を比べたら象られたの方が全然上だ、と思ったんだけど、や、今回で思いっきりレベルアップ。すごい世界観。すごい人物設定。「クローゼット」は本気で怖かった…!

 大途絶(グランド・ダウン)以来まったく人間のゲストが来なくなった仮想リゾート空間で何百年もの変わらぬ生活をすごすAIたちとその世界を突然破壊する謎の蜘蛛の襲来が前作『グラン・ヴァカンス』のストーリーだったわけだけど、今回はその謎をいちいち埋めてくれるいわば「番外編」的な短篇集。でもでも、これが一々レベル高い! あれ、今思ったけどもしかして飛氏って短編向きな作家さんなのかしら?? いやいや、続く第三部では長編の魅力もいかんなく発揮していただきたいわ〜。

 「夏の硝視体」でグラン・ヴァカンスの前日譚であるジュリーとジョゼのなれそめを語り、続く「ラギッド・ガール」で数値海岸がどのように形になっていったかを語り(この開発者の阿形渓がスゴイ〜!)、さらに「クローゼット」で蜘蛛の開発者とラギッド・ガールの物語のその後を語り、「魔述師」でなぜ大途絶が起こったか?を語り、そして最後に「蜘蛛の王」で少年時代のランゴーニを語る。

 いや〜〜〜〜
 とにかく贅沢。至福。
 日本にもこんなスゴイSFがあるんだぞ!と胸を張りたい気分。

 「視床カード」ってちょっと前に読んだ『オルタード・カーボン』を連想したんだけれど、それより設定はもっとずっと緻密だ。このカードや「多重現実」、「アンヴィーブ」、「情報的似姿」、などなど、よくこんな設定考えるよなあ。そういう設定だけでもうヤられちゃいます(笑)。

 ちなみに、この中に収録されている「クローゼット」はS-Fマガジン初出時とはなんとラストがまったく違う! 賛否両論分かれるところだろうけれど、個人的には僅差で雑誌掲載時の方が好きかも…。ただ、今後のストーリー展開など考えると、こういう形に変える必要があったのかなあ、と邪推。興味のある方は比べて読むとおもしろいかと思います。


 ところでほんのちょっとネタバレにつき反転。

 「ランゴーニの父親ってきっとたがね…だよね??

(収録作:「夏の硝視体」、「ラギッド・ガール」、「クローゼット」、「魔述師」、「蜘蛛の王」)


    愛と癒しと殺人に欠けた小説集(2006.12.17)
伊井直行   講談社


 めっちゃ好み!!!!

 『濁った激流にかかる橋』&『本当の名前を捜しつづける彫刻の話』がすごーーーく大好きな伊井直行なのだけれど、最近の『お母さんの恋人』&『青猫家族輾転録』で、イマイチ…と思っていたのでこの新刊はもう大歓迎。なんたって最初の前書きでヤられる!! 興味があるけどどうしようかなー、という方は、本屋さんか図書館でとにかく前書きだけ立ち読みしてみてくださいませ。

 ただ、すごく好みの分かれる本だろうとは思う。最初の「ヌード・マン」からして、受け容れられない人は絶対受け容れられないのでは。非常にやっかいな性癖を持つ主人公が家族のことを思ってその性癖を改めようとするのだけれどどうしても改めることができず、ついに…という話なんだけれど、この結末は誰にも予想が出来ませんよ! わたしは前書きの次にこれを読んで、もうこの本は傑作と確信(笑)。

 続く「掌」「ローマの犬」「スキーに行こう」「微笑む女」「えりの恋人」と、収められている6篇のうち1篇も普通の小説は入ってない。

 文章も不思議。
 「ヌード・マン」では視点が一人称と三人称に前触れもなくスイッチを繰り返すんだけれど、視点が変わることに寄る文章の相違がぜんぜん窺えない。この感覚はものすごく不思議。
 「えりの恋人」でも、こちらは人称こそ三人称に統一されているものの、二人の主人公ダイとえりとにいきなり視点が切り替わる。そうすることによって読んでいるこちらはなんだかずっと落ち着かない気持になってくる。むずむず。

 実験的といえば実験的なんだけれど、かといってものすごくとんがった前衛的な感じは全然ない。


 やっぱりヌード・マンが好きかなあ。
 掌はちょっと好きじゃないかも。なんか主人公がかわいそすぎて。同情しまくってしまった(苦笑)。あとえりの恋人も好きな作品。

 やー嬉しい。伊井直行、復活、って感じで。
 てゆかもっと注目されてしかるべき作家だと思うんだけどなー。
 でも、来年の本屋大賞とかに選ばれたら悔しくてじたばたするかもしれませんが(爆)。
 なんて、どう考えても本屋大賞向きじゃないか(笑)。

(収録作:「ヌード・マン」、「掌」、「ローマの犬」、「スキーに行こう」、「微笑む女」、「えりの恋人」)


    きつねのはなし(2006.12.20)
森見登美彦   新潮社


 び、微妙…。

 非常に雰囲気のある、京都という場所ならではの怪談集。どの短編も微妙にリンクしているようでしていない。「芳蓮堂」と「胴の長い、丸い顔のケモノ」あたりが全編にわたるキーワードなんだけれど、じゃあすべての短編に連なるものが何かあるのかというと、ない。

 読んでいてざわざわする。
 わけのわからないものをポンと目の前に放り出される。
 説明のつかない物事を、説明の付かないままに、真偽すらさだかでないままに、そっと見せられる。
 そんな感じ。

 そういう感じはきらいじゃない、というか、むしろ積極的に好きなのだけれど、どうにもこうにも、何かきちんと完成されていない気がする。
 それ自体が計算なのかもしれないけれど、それにしてはもう少し何とかなったんじゃないか、いや、何をどうとはこっちは言えない身なんですけどね、という気になる。
 四畳半であまりに完璧な計算を見せてくれたから。

 ああ、やっぱりだからこそ、あえてこういう作品、なのかなあ。
 ううん、わかる、わかるんだけど。
 微妙に狙いとズれている気がするんだよなあ、どうしても。

 もっと天城さんだけに絞ってもよかったような。
 あるいは、もっと芳蓮堂に絞ってもよかったような。
 あるいは、ケモノだけでも。
 あと龍の根付けとかキツネの面とかもありましたな。

 そういう座りの悪さ自体が狙いです、といわれても、そうなのかもしれないけど、うーん、なんかもどかしい。

 やっぱり何か足りない気がする。

(収録作:「きつねのはなし」、「実の中の龍」、「魔」、「水神」)


    七夕しぐれ(2006.12.21)
熊谷達也   光文社


 熊谷達也は『邂逅の森』一冊しか読んでいないのだけれど、ずいぶん雰囲気が違ってびっくり。

 テーマは「差別」。宮城県の北東の小さな町から仙台に引っ越してきた小学5年生のカズヤの住む家の辺りは、かつて「エタ町」と呼ばれていた場所だった。そこに住むカズヤの同級生、ユキヒロとナオミはクラスメートから微妙に距離を置かれていて、彼らと仲良くなりたいカズヤはその雰囲気に戸惑う。やがて2人と仲良くなったカズヤはクラスから孤立していくが…。

 …ってあらすじを書くと重〜〜〜い話を想像するのだけれど、これがスルスルっと読めてしまって軽い。重松清の『疾走(上・下)』に近いものがあると思うんだけれど、でもあの重苦しさが、この作品にはまったくと言っていいほどない。「”いじめ”と”差別”は違う」っていうことが書いてある箇所があって、かつこの作品の意図しているテーマは差別なんだとわかるんだけれど、そこに書いてあるのは「いじめ」の話。この辺が微妙…。

 差別でもいじめでも、深く書いていくとホントにいろいろ考えさせられると思うんだけれど、この作品では読者に何か重いものが投げかけられる、という感触がないんだよね…。

 後半3人が学校に一生懸命訴えようと頑張るんだけれど、この内容がはっきり書かれていないのもイタイ。ここをズバッと書かないと、訴えられた彼らの周囲はともかく、読者には結局曖昧なものしか伝わってこないよ…。

 直接差別を受けていたユキヒロとナオミではなくて、カズヤの視点、というのが失敗している気がする…。それが一番「被差別経験のない読者」にとって感情移入しやすい立場なのかもしれないけれど、実際こちらにリアルに伝わってくるのはカズヤのナオミへのほのかな恋心や、臨場感のあるカズヤへのイジメの様子。ユキヒロとナオミが本当のところどれだけ辛い思いをしているのか、そこのところが全然わからない。なぜナオミの父親が「エタ町」と言われる場所に住んでいるのか、実際ナオミの父親はどんな人物なのか、なんてことは一切描かれていないし。

 うーん、なんだかちょっと肩すかし。差別問題に興味があってこれを手に取るならそれよりも森達也『放送禁止歌』を読め、と思うわ。ってこれと放送禁止歌じゃまるっきり違うけれど。フィクションとノンフィクションだし(苦笑)。

 『邂逅の森』のあの迫力はどこにいっちゃったんだろう…。


    ピカルディの薔薇(2006.12.23)
津原泰水   集英社


 猿渡シリーズ(?)の2作目。

 読むたびいろいろな引き出しを開けて見せてくれるヤスミン(笑)だけれど、今回は面目躍如の美しくも妖しげな世界。あーやっぱりこれが一番好きだ。赤い竪琴も好きだけど。なんたって文章が美しい。日本人に生まれて原文でこれを読める幸せを噛みしめる。

 まず「夕化粧」でぞわぞわっとする。キタキタ! 最後のひとことがね…。ふふ。

 続く「ピカルディの薔薇」を読んでデジャヴ。あれ? なんか知ってるぞこの話…と思ったら、そうだ、これは中井英夫に捧げるオマージュを集めたアンソロジー『凶鳥の黒影』の再録だったのね。改めて読んで再び京極夏彦の某作品を連想する。これどうしても似てると思ってしまう…。あっちも傑作だけどこっちも負けてないワ! 妖しさではいい勝負。

 そして「籠中花」。ヤドカリ怖いよ…。これまたラストが美しい。話と関係なさげなシーモンキーで始まりちゃんとシーモンキーで締めるところがちょっと好きだ(笑)。

 「フルーツ白玉」ではおいしそうな不気味なような食べ物の羅列にまたくらくら。道民ですが内田?蛄(ざりがにと読むそうです)なんて初めて聞いたわ!食べたい!! キビャックは遠慮しておきたいけど…。 でもってここで前の短篇の白鳥飛鳥の違う面が垣間見えるのがかわいらしくも哀しい。あ、ちなみに例の「茹でた果実」だけれど、わたしは伯爵と同意見(笑)。

 「夢三十夜」はタイトル通り夏目漱石ばりの妖しげな夢が続くんだけれど、この終わり方はちょっと…不気味というより都合よすぎな気がしてしまったのはわたしだけ…かもね…。orz

 「甘い風」は美しすぎるウクレレに魅せられてしまった男の話。ハワイなのに妖しい(笑)。ハナの老人は一体何とウクレレを交換したんだろう…。ちなみにわたしは新婚旅行がマウイだったのにハナにはいきそびれました。くそー!

 ラストの「新京異聞」は、これって猿渡の祖先の話なのかな? 伯爵は例の伯爵と血の繋がりがあるのかしら。昭和初期の満州での妖しく不思議な一夜(二夜?)。

 とにかく最初から最後までくらくらしながら読み進み、本を閉じた後はいい感じに酔っぱらっていた。はー、うっとり。

(収録作:「夕化粧」、「ピカルディの薔薇」、「籠中花」、「フルーツ白玉」、「夢三十夜」、「甘い風」、
      「東京異聞」)



    ひとがた流し(2006.12.26)
北村薫   朝日新聞社


 久しぶりの北村薫。どうやら『月の砂漠をさばさばと』と共通の登場人物がいるらしいんだけれど、こちらは未読。

 なんていうか、最近流行の「泣ける」テーマの作品なんだけれど、これが北村氏の手にかかると安っぽくならないのはナゼなんだろう。

 必要以上に踏み込まず、淡々と物語は語られる。
 何かを手渡すのと同時に語り手のバトンが手渡されていく。

 学生時代からつきあいの続く3人の女。アナウンサーの千波は自分の夢に手が届きそうなところまでたどり着き、作家の牧子は一人娘のさきを女手ひとつで育てながら生活し、美々は娘の玲を連れて実力派の写真家と結婚し、彼の仕事を支える。ひとつの小石が彼女たちの間に投げ込まれ、その波紋はゆるゆると彼女と彼女の周りの人たちに広がってゆく。

 さらっと読んでしまってから、作品の中に非常に抑制が効いていることに気づいた。その抑制こそが、ついつい感情ダダ漏れというか、盛り上がった雰囲気に流されるような作品と、この作品との間に一線を画す北村薫の「品の良さ」だと思う。

 ちょっと気になったのは句読点の多さなんだけど、昔からこんな文章だったっけ??? 手元に他の本がないから比べられないわーー。


    薄闇シルエット(2006.12.27)
角田光代   角川書店


 いやーやっぱり角田さんはこういうの書くとホントにうまい、と思う。

 37歳、独身、バツイチの友人と古着商を経営、そこそこお金もあって彼もいるハナ。けれどあるとき彼の言葉にひっかかる。「結婚するんだよ、当然でしょう」「ちゃんとしてやんなきゃ」。どうして結婚が当然なのか、どうして私がちゃんとしてもらわなきゃなんないのか。その決定にまつわる権限をどうして彼がもっているのか?こんなことを思う私は性格がねじくれているのだろうか?

 現状に満足していたハナ、けれど周りはどんどん変わっていく。何かを手に入れて、プラスへプラスへと進んでいく。けれど彼女はそんな風には歩けない。置いて行かれるような感覚、ふと気づくと自分が何ももっていないことに愕然とする感覚。

 なんていうか、ヘンな言い方をすると、すごく不快な小説だ。なぜ不快かというと、あまりにもひっそりと心の奥に抱えているモノにすっと手を触れられる気がするから。

 その点、『対岸の彼女』とすごーくよく似ている。

 なんで女だけが立場によってお互いの理解がこんなに困難になっちゃうんだろう。それとも男もそうなのかな? でも男の人のこういうタイプの小説って全然ないのはどうしてなんだろう。つまりはこういう小説は女だけが必要としているってことなのかしら。

 バリバリ仕事をして家庭を持たない女は自分に何か欠けている気がしてしまう。
 家庭だけが自分の世界で仕事を持たない主婦も自分に何か欠けている気がしてしまう。

 つまりはそういうことなのか。

 ああ、でも、なんかでも、そういうのってイヤだなあ。


    失われた町(2006.12.29)
三崎亜記   集英社


 ※以下の感想は非常に辛口、かつ、ネタバレを含んでいます。未読の方、およびこの作品が気に入っている方は目を通さないことをオススメします。



 非常に書くのに勇気がいるんですが。
 この場所はわたしの備忘録になっているので、書きます。

 わたしは三崎亜記とは合わないんだと思う。
 徹底的に合わない。
 多分作者に会っても合わない気がする。
 生理的なモノに近い。

 何が合わないって、まず言葉の選び方が合わない。
 日本語の使い方が合わない。
 「客賓」とかいて「マロード」とルビをうち、「厨」とかいて「ク・ル・ワ」とルビをうち(しかもナカグロつき)、「控えめに言ってもなお、桂子さんは、すごく驚いてしまった。」なんて文章を書いたと思ったら「陰舞の演者が定められた演目に応じた直足(ひたあし)を踏む様を思わせた。」なんて比喩を使う。
 地の文でいちいち「さん」をつけ、しかもわざわざ章の中心人物が変わるたびにその人物からみた相手によって「さん」をつける相手を変える。
 汚染された人間を侮蔑する言葉を棒線で表す(これが一番いやらしくてキライ)。

 合わない。
 徹底的に合わない。

 まあ文章の合う合わないは置いておいて。

 発想はすごく面白いと思う。
 この方、いつも発想はスゴイ、と思う。『となり町戦争』も、『バスジャック』も。
 理由もわからず町が失われる、理由もわからず残光が光る、それはすごくいいなあ、と思う。
 でも、何もかも理由がわからなすぎ。それは世界がきっちり構築されていない、ということじゃないのかしら。

 だいたい何で三月に一度電力調整が必要なのか。
 古奏器っていうのはどういう由来をもつ楽器で、なんで人の気持ちを乗せる音が出せるのか。
 時計を長針と短針の二つに分ける意図は何なのか。
 彼らの住んでいる国ってどこなのか。西域との関係は。戦争をしていたのはどこの国とで、今現在の世界情勢はどうなっているのか(個人的にははっきり日本、としたほうがよかったと思う。その方が”日常”の中で”町が失われる”という”非日常”が起こる事態の不穏さが伝わるから)。
 なんで船ですぐ行けて人の交流も盛んらしい「居留地」が通訳が必要なほど言語が違うにもかかわらず英語はそこら中に溢れているのか。
 そこまで違う言語らしい地域に「澪引き」という言葉があったとして、それがなんで異国の響きを持つ言葉だという認識になるのか。
 分離させた人格を入れる肉体はどこでどうやって用意しているのか(しかも性別や年齢が違うときにはわざわざ別のものを用意してまで!)。

 居留地の設定が一番ヒドイ。
 たかだか150年の歴史しかない居留地が、数度の戦争や歴史上の荒波を経て実体を失っている(たかだか150年で!)。でもって、150年の歴史の中で独特の祭事や慣習を培っている。こんな設定全然入り込めないんですが…。150年っていったら札幌くらいなもんですよ。新しすぎる。

 発想を全然活かしきれてない…と思う…。

 でもって、次、キャラクター。
 あー、なんか書いていて鬱になってきた(苦笑)。

 潤と由佳、桂子と脇坂、茜と和宏、どの組み合わせを取ってみても、なんでそこまで絆が強固なのか、その理由が納得できるエピソードがない。桂子と脇坂、茜と和宏、あと中西さんと茜も、出逢いのシーンでの会話がすごく不自然だと感じた。
 なんだか展開のために無理に行動しているよう。
 脇坂と会う約束をして、まだ撮影の依頼に「OKしたわけじゃないですよ」と念を押して車に乗ったはずなのに「今日は、どこで撮影を?」と聞く桂子さんなんてアイタタタ…。

 全体的に、キャラの性格設定をすごく説明文に頼っていて、その説明を裏付けるキャラの行動が全然ないから、キャラが書き割りにしか見えない。
 自分はいきなり中西さんにタメ口なのに、由佳の「最近の若い子には珍しい礼儀正しさを感じ」、「好感を持った」茜の性格の矛盾。
 「何気ない会話の中にも思慮深さが見え隠れし、中西さんと茜の会話をつなぐ橋渡し的な役を自然に担うのだった」と説明されるだけの由佳の「聡明さ」。

 キャラだけじゃなくて、重要な出来事も説明の意味をなしていない説明文1つで終わってしまうことが多すぎる。

 勇治がどうやってのぞみを救ったのか、とか。
 高校を退学した由佳がどうやって管理局に入ったのか、とか。
 潤はどうやって音の種を創り出したのか、とか。
 雰囲気でついわかったような気分にさせられるけれど、作者は何一つ説明できていない。

 それから、7つのエピソードの中で桂子さんの脇坂奪回作戦の部分はあまりにも他のエピソードとカラーが違いすぎ。しかも本筋に全然関係ないし…。

 ごめんなさい、好きな人。
 や、多分もう読まない、三崎亜記。
 こんなに読んでいて合わなくて辛かったのは初めてじゃないかと思うほどにダメだった

 あ、ひとつだけ。
 石祖開祖のキャラクターだけ、好きでした。