2007 shelf 1
著者名 タイトル 出版社 20 筒井康隆 虚人たち 中公文庫 19 飯嶋和一 神無き月十番目の夜 河出書房新社 18 三浦しをん 風が強く吹いている 新潮社 17 シルヴィー・ジェルマン マグヌス みすず書房 16 田中啓文 ハナシにならん! 集英社 15 池上永一 バガージマヌパナス 新潮社 14 古川日出男 ルート350 講談社 13 橋本治 BA-BAHその他 筑摩書房 12 恩田陸 中庭の出来事 新潮社 11 ルイス・サッカー 穴 HOLES 講談社 10 古川日出男 僕たちは歩かない 角川書店 9 保坂和志 カンバセイション・ピース 新潮社 8 椎名誠 アド・バード 集英社文庫 7 町田康 爆発道祖神 角川書店 6 エマニュエル・ボーヴ ぼくのともだち 白水社 5 筒井康隆 虚航船団 新潮文庫 4 古川日出男 サウンドトラック 集英社 3 道尾秀介 骸の爪 幻冬舎 2 青木淳悟 四十日と四十夜のメルヘン 新潮社 1 京極夏彦 邪魅の雫 講談社NOVELS
邪魅の雫(2007.1.4)
京極夏彦 講談社NOVELS
江戸川河川敷で会社員が毒殺された。現場には手帳と女性を写した写真が残されていた。前回の事件で江戸川縁の所轄の派出所に左遷されていた青木は捜査に狩り出されるが、やがて大磯の海岸で若い女性がやはり毒殺死体で発見される。毒殺という以外共通点の見つからない二つの事件は、何故か上から「連続殺人」と断定される。いったいそれは何故なのか。手がかりを見つけられない捜査本部を尻目に、次々と第3、第4の殺人が起こる…。
一方、薔薇十時探偵社で探偵見習い中の益田は、榎木津の従兄の今出川から榎木津に複数の見合い話があり、そのいずれもが相手側から断られてきたことを打ち明ける。断る理由がわからず、相手側の事情を調べて欲しいとの今出川の依頼を受け、関口を誘って調査に乗り出した益田だが、相手側の1人の妹が大磯海岸での毒殺の犠牲者であることがわかる。
錯綜する情報と、一向に見えてこない犯人像。「邪なことをすると、死ぬよ」。
やがてすべての糸口が繋がったとき、京極堂が現れる…。
えーと、長い(笑)。
長すぎ。
ここまで長くする内容じゃないんじゃ…。
今までどうだったかもうあんまり覚えてないんだけど(ダメじゃん)、この作品ってミスリードらしいミスリードも、謎らしい謎も、実は全然ない。読んでいるうちに真犯人(と言っていいのか…)はすぐにわかっちゃうし。消去法にすらならない。京極堂の役目は、説明されていなかった部分の補強、というかそんな感じで。ミステリとしては…うううん。
キャラ萌えとしては多分おもしろい。
関口クンがなんだか男らしくなってる!とか。
榎木津がなんだか普通の一面を!!とか。
青木君、カッコイイとこ見せてるじゃないか!とか。
益田君がんばってるよね!とか。
でも、すみません、わたし全然キャラ萌えで小説読む人間じゃないのよね…。
むしろ、だんだんこうやってキャラの普段と違う一面にスポットを、とかなって本筋が疎かになってくるからシリーズものってイヤなんだよね…。
京極堂の書評に関する云々は、感想をネットに公開している者としてつい、正座して読みましたが(気分的に)。
あとあんまり731部隊とか、そういうのと絡めていってほしくないんだけどな…。前回からなんとなーく流れがそっちの方にいってますが。ドラゴンボールのように、どうしてもだんだん敵が強大になっていってしまうものなんだろうか。そうするとやっぱりだんだん収拾がつかなくなっちゃったりしないんだろうか。大丈夫なんだろうか。
そうそう、ラスト。
あのやりとりには思わず、「ラブコメか!」とタカ&トシな気分になっちゃったわ…。
そろそろ京極堂ともお別れの時が近いのかしら(わたしが)。
でも『”ぬえ”の碑』は読みますけどね、多分…。
四十日と四十夜のメルヘン(2007.1.5)
青木淳悟 新潮社
昨年の年末に読んだのだけれどあまりに難解で感想を書くことができず、再読。
再読しても難解。
最初に読んだ印象では同時収録の「クレーターのほとりで」の方がおもしろい、なんて思ってたのだけれど、改めて読むとこっちの方が難しかった(笑)。表題作の方はあと1回くらい読むとさらにわかりやすくなりそうだ(それはキビシイ/笑)。
表題作は、なんというか時制がぽんぽん飛ぶのが一番読みづらくなる原因かなあ、と思う。あと、同じ日付の日記が繰り返され、さらに主人公の創作童話や主人公の通っていた文章教室の先生の話なんかがストーリーや過去の日記と地続きに絡まってくるところ。
再読すると「あ、ここは現在なんだ」「ここは日記の時点なんだ」というのが少しわかりやすかった。そうやって読むとなんとなーく絵が見えてくる、みたいな。
内容が頭に入ってみると、これって過去の日記を書きながらそのままだらだらっと現在の思考が入ってくるのだな、とわかってくる。それがワケワカメになるんだけどおもしろいところなのかも。繰り返し過去のことを書きながら、書かれる内容はその時点の主人公の状態で変わってくる。文章を書き始めた時点と作品が終わる時点での彼女(わたしは主人公は女性だと思っている)の環境も変わってくる。日記の中での彼女の行動は変わらないけれど彼女の認識が変わっているから欠かれている内容も変化していく。
作中に出てくる創作教室講師のデビュー作・「裸足の僧侶たち」が7年間を7日にぎゅっと縮めたものだったのに対し、主人公の日記は反対方向にいったのかな、という印象を受けた。4日間がどんどん増殖する、というか。日記を書き直すたびに。「わたしは四日間を十回も生きた気がしているところだ」という記述があるのだけれど、だから「四十日と四十夜のメルヘン」なんだろうなあ。
けれど、こうやって再読して、分析して、そうしないとわかってこないというのはやっぱりわたしにはまだまだこういう作品は難しすぎるってことよね…。orz
また、10年くらいしたら、読んでみます(笑)。
さらに、同時収録の「クレーターのほとりで」について。
これは何なんだろう?
クレーターのほとりで男達が女達と出逢い、子供が生まれるまでの物語はものすごーーーーく面白かった。それがいつの間にか現代(?)の話になって、当時の男達、女達の遺跡が見つかって大騒ぎになる。そのへんの開発会社と地元やなんかの癒着だなんだ、って話はもうちょっとついていけなかった。そして唐突にある歌詞でストーリーはぷつん、と終わる。
結局わたしたちには何一つわからない。
男達はいったいどこから来たのか。
女達はローマ時代までどうやって生き延びていたのか。
子ども達の父親って誰なの??
歌、が重要なキーワードなんだろうな、というのはわかる。アブラハムの歌、女達が自然に歌うことを覚えて詠む歌、そして最後のあの歌。
彼らは星座を産み、星々や月の運行を読み、土や虫を食べる暮らしから狩猟生活へ、そしてまた土や虫の暮らしへと還っていく。
寓話性は、たぶん、ない。のかな。
この作品に関しては四十日以上にお手上げ〜〜。
やっぱりまともな感想にならない。
ぎゃははと笑っちゃった、なんてわたしには無理だわ〜。
以下、表題作について、ネタバレ反転で内容をまとめてみる。
主人公は女性だとやっぱり思う。
日記をつけていた7月からはすでに3ヶ月経過しているんだけれど、それでもまだしつこく3ヶ月前の日記を繰り返すことがある。日付のない日記はたぶん、現在のもの。
過去におこった出来事としては、
・文芸創作教室に通っていた(最終講義が行われたが欠席)
・フランス語会話を習っていたことがある
・染色教室に行ったことがある
・函館五稜郭までチラシを捨てに行ったことがある
日記中のできごとは
7月4日
・電車で文京区西片にチラシを配りに行く(500枚持ち帰る)
・メーキューに行き(これが最後)ルフレ2缶とペリエ購入。
7月5日
・”和光”が階段を持ち上げてしまい外に出るのを諦める夢を見て目が覚める(それ以外の夢の記述は現在の主人公が思いおこして書いているもの)。
・電車で八王子市のニュータウンにチラシを配りに行く(500枚持ち帰る)
7月6日
・杉並区選挙。
・初めて新聞を盗む。
・OKで買い物リスト片手に買い物をし、傷んだ梨を買う。
・投票しようと選挙入場券の半分を探すが見つからず。
・あきらめて盗んだ新聞に目を通していく。
・フランス語の予習後、チラシ裏に「チラシ」を書く。
7月7日
・フランス語会話を習いに行く。
・新聞を盗み、階段を下りる途中で”和光”に出くわす。
現在、彼女は現在は画家の上井草を世に出すことを生き甲斐にしている。住んでいた団地を出ることになっている。チラシ配りのバイトはやめているっぽい。たまりにたまったチラシは上井草が処分してくれた。上井草のアドバイスで創作童話「チラシ」のタイトルを「クロードとクロエ」に変更したハッピーエンドになるストーリーを考え中…
といった感じかな…。
骸の爪(2007.1.6)
道尾秀介 幻冬舎
ホラー作家の道尾は、親戚の結婚式のついでに取材のため仏像制作工房・瑞祥房を訪れ、一夜の宿を借りる。その夜道尾はわらう千手観音を見、不思議な声を聴く。そのとき写した写真では、仏像が頭から流すはずのない血を流していた。道尾は霊現象研究所の友人・真備を訪ね、彼らは再び瑞祥房に向かうが…。
ホラーじゃなくてミステリになったのね。
確かに、『背の眼』より格段に進歩してる感じ(エラそう)。ちゃんと伏線が回収されて、ちゃんとした謎解きになってるし。ダニはちょっと苦しいか(笑)。
それでもやっぱり京極堂の亜流…という印象が拭えないけれど。真備は京極堂+榎木津÷2って感じで…。 それでも頑張っているなあ、というのはわかる。
ただ、ミステリとしてはそれなりにおもしろいけれど、わたしにはやっぱりあんまり必要ない物語…という気がした。「なるほどー」とは思うんだけれど。ちゃんとよくできてるそれなりの水準の作品だと思うんだけれど。
最後まで、全然心が動かされなかった。
真犯人の意外性はあったけれど(そこまでにちゃんといろいろどんでん返しとかもあったりして)、でもその人物の犯行までの葛藤、だとか、苦しみ、悲しみ、みたいなものが全然伝わってこないというか。
あ、でも唐間木さんはいい味出してたなあ。
松月のあの設定は必要だったのかな。なんか無駄にかわいそうな気が…。あと前の奥さんの存在もあんまり活かされてなかった感じ。
ま、それはささいな瑕疵ですが。
全体的に、かなりキチンとした、優れたミステリだと思う。それは素直に認める。
ただ単に、わたしは心が動かなかった、というだけのこと。
うーん、やっぱりわたしにはあんまり合わないのかなー。
サウンドトラック(2007.1.9)
古川日出男 集英社
父親のクルーザーが大破し、特注品のスピーカーが沈黙した6歳のとき、トウタの中で音楽は死んだ。流れ着いた小笠原諸島の無人島に、母親の無理心中につき合わされて海中に放り出された4歳のヒツジコが流れ着く。サバイブする二人。島を大地震が襲ったとき、ヒツジコは宙に舞い、重力の制限から解き放たれた感覚に呑まれた。
二人はそれぞれの人生を歩み、そして別々の経緯から東京へとやってくる。熱帯と化した東京。
ヒツジコの新しい家族はやがてヒツジコを不要とする。
ヒツジコは目覚める。この我慢できない世界を、あたしが、踊って滅ぼす。
トウタは鴉匠の少年(少女?)レニと出逢い、彼の映画を見せられる。魅せられる。
トウタは直感する。俺はちょっと変わるな。ゆきあたりバッタリから、ちがう感じになる。
トウタとヒツジコ、それぞれの戦いが始まる…。
3日かかって読了。
やっぱり古川日出男は密度が濃い。
疾走する文体。翻訳不能な文章。そうだ、日本には古川日出男がいるじゃないか!(笑)
ただ、ちょっと長いかも…(汗)。
長いのは大好きなわたしだけど、この長さはちょっと冗長。あまりにも文章が魅力的だから耐えられるけど。いらない部分をもっとざっくりと削って、500本を越えるカセットテープとか、クルーザーの破壊とともに音楽を失ったトウタとか、その辺をもっと掘り下げて、活かして欲しかった(だってサウンドトラックなんだもん!)。
トウタの性格がなんか途中からナンパになってくるのもよく理解できなかったわ…。
なんて言ってるけど、いいのだ。
古川日出男だから(笑)。
流されていくトウタとヒツジコが、それぞれの機会を得て「能動」に変化していく様は読んでいてすごくおもしろかった。
最後も尻つぼみというか、物語がいきなりストンと途切れる感じなんだけれど、その先がぱーっと広がっている情景が目に浮かんだ気がしたので個人的にはいいんじゃないかと。まるでずっとずっと日も射さないジャングルの中を歩き続けていたら突然道が途絶えて、その先は断崖絶壁で、いきなり眩しい青空と海がひらけていたみたい。(ってなんかそれって「クレーターのほとりで」か?/笑)
あと、まるで『シャングリ・ラ』の前日譚みたいだったわ。
熱帯化する東京。
スコールと湿気、蔓延する熱帯原産の致死伝染病。
さあ、今こそアトラスを建築だ!みたいな(笑)。
池上永一はきっとこれを読んで触発されて『シャングリ・ラ』を書いたに違いない、と妄想。
虚航船団(2007.1.13)
筒井康隆 新潮文庫
読むのに3日もかかってしまった。
とにかく、おもしろい。
めちゃめちゃにおもしろい。
鳥肌が立つくらいにおもしろい。
ホントは1日たっぷり何もしないでこの本だけを持って、ずっとずっと読み続けたかった。 なかなかそうはいかない主婦の時間の細切れさよ…。
だってこれは一気読みこそがふさわしいと思う。
いつまでもいつまでも続く文章。
途切れない文章の中でいつのまにか主語すら変わってしまうその超絶文章。
この文の途中で本を閉じざるを得ないことの辛さったら。
まずいきなり最初からぶっ飛んだ。
だって文房具が乗組員の宇宙船ですよ。
出だしの文章が、
「まずコンパスが登場する。彼は気がくるっていた。針のつけ根がゆるんでいたので完全な円は描けなかったが自分ではそれを完全な円だと信じこんでいた。」
ですよ。
いきなり何が始まったのかと(笑)。
相変わらずまっったく前知識ゼロだったので。
この文房具が文房具なのに容貌の形容が文房具だったり人間だったりする。最初えっと思って、読むうち「だってこれは虚構だから」という作者の声が聞こえてくる。
そうか、虚構だからアリなのね!
と受け容れられるかどうかが最初の関門かもしれない。
難なく関門突破(笑)。
第1部はどこへともなく航行を続ける文具船の中の文具たち。誰もが少しずつ狂っている文房具たちが本当に人間くさくて、哀れで、おかしくも切ない。ゲラゲラ笑いながら泣けてくる。だってこれは自分のことだから。
コンパスのくどさが切ない。
赤鉛筆の視野狭窄が切ない。
存在感のない虫ピンが切ない。
カウントすることだけが愉しいナンバリングが切ない。
第2部はその文具船が殲滅命令を受けた対象である、流刑に処されたイタチ族たちの惑星クォールの歴史。これはちょっと読むのがつらかった…。
まるで歴史の教科書を1冊最後まで読まされるような記述。
何年に何族がどこへ移動した、何年に何が発明された、何年に誰が反乱を起こし、何年に誰が王位を継いだ…と延々と淡々とつづく歴史の叙述。
ただ、なんせイタチなので呆然となるような内容もたくさんあって面白くないというわけでは全然ない。
…と思っているうちにだんだん気づいてくる。
これって…イタチの歴史だよね?
だってオコジョの兵士とか美女のスカンクとか、全然まるっきり人間と違った意表をつく歴史が…書かれていくんだよね?
イタチの王とイタチの法王が権力抗争を繰り広げる。
鼠鬼女(そきじょ)狩りが行われ、屁に火が燃え移らなければ鼠鬼女となり処刑、火が燃え移れば焼け死ぬという見分け方が採用される。
ルネッサンスが起こり、ミンクのロナルド・ダ・ミンク、ゾリラのゾリランジェロなどが活躍する。
…。
ええ、これはイタチの歴史ですとも。
わらって読めばいいんですよ。
第3部は殲滅計画実行の顛末。
絶望的な計画の行方。
狂った文房具たちの運命。
そしてダダ漏れしてくる作者の日常。
思いっきりなメタフィクション展開。
すごいよなあ、ツツイ。すごすぎるよ。
そして何よりも素晴らしいのは、とんなに意味深で、ブラックで、皮肉に満ちていたとしても、これはとびっきりのユーモラスな作品だということ。ホチキスが針を吐く度わたしなんてもううれしくてうれしくて(笑)。
なんというか、空前にして絶後。
傑作! って今さらわたしが言うまでもない(笑)。
世の中には才能ってあるんだ、と思う。
もうこれで今年のベスト1は決定ですか?
作品の刊行から20年以上が経って、これを越えた作品はありませんか?
とりあえず、この作品はずっと残すべき1冊だと思った。
後生に伝えるべき一冊。
ぼくのともだち(2007.1.13)
エマニュエル・ボーヴ/渋谷豊・訳 白水社
読み終わって、この作品が1924年に発表されたことを知り、驚愕。
絶対に最近の作品だと思ったのに!
戦争から戻り、傷痍年金で生活しているヴィクトール。彼には友達がひとりもいない。こんなにもともだちを求めているのに。僕の優しさを、寛大さを、誰も気づいてくれないのはどうしてだろう?
ハタから見ていれば、彼になぜともだちがいないのかは一目瞭然だ。自意識過剰で、独りよがりで、他人に厳しく自分に甘い。しかも妄想ばかりが頭の中でふくれあがってあまつさえ女癖が悪い。
読んでいてイライライライラ、不快なことこの上ない。
しかし、この作者はなんてウマイんだ。
一人称で描かれているにもかかわらず、最初から最後まで、シニカルな作者の目を感じる。
だめなヴィクトール。
どうしようもないヴィクトール。
しかし、カバー見返しに「ユーモアとペーソスを交えて描いた、都会で孤立する不器用な人物像が、多くの読者の共感を呼び」って書いてあるんだけどこれってホントなんだろうか(笑)。みなさんこの主人公に共感して読んでるんですか? お願い、違うと言って(笑)。
若い人たちがこの作品を読んだらいったいどういう感想を持つのか、少し興味深い。
非常に優れた文学作品だと思う。
でも、読んでいてずーーーっと不快(苦笑)。
素晴らしい(笑)。
爆発道祖神(2007.1.17)
町田康 角川書店
1枚の写真に数ページのショートショートを組み合わせた掌編集。相変わらずの町田節。
けれどイマイチ乗れなかったわ…。
短篇集ってわたし苦手なのかも知れない。
ちょっと話の世界に入ったと思うとまったく違う次の作品を読まされるので、なかなか頭が切り換えられないのかな。
しかも町田作品の場合、なんというか、どーでもいいようなダラダラ文章が特徴なので、これを次々脈絡なく読まされるのはわたしの場合、結構辛かった。
写真と文章のミックス具合はおもしろかったのだけれど。
猫の写真の話が個人的には好きかな(「おれの邪魔をする奴はどいつであろうと許さぬよ」)。 それからブルータスとジュリアス・シーザー(?)の漫才とか。
どうやらこれは初出は新聞連載だったらしい。確かに新聞連載でこれを毎日読める、というなら、それはきっとものすごく楽しいことだったのだろうと思う。まとめて読まずに、毎日ちょっとずつ読んだなら、きっともっと愉しめたのは間違いなさそう。
アド・バード(2007.1.20)
椎名誠 集英社文庫
廃墟と化し、危険であやしい生物たちが蠢き、わずかな人間たちが細々と暮らす町からマサルは弟とともに旅立つことを決意する。かつて何者かに捕らえられた父を捜して。
旅の道連れとなったアンドロイドのキンジョーとともにマサルたちは巨大な都市を目指す。そこは広告に支配された想像を絶する街だった…。
とにかくそのイメージ喚起力がすばらしい。
ヒゾムシ、ワナナキ、地ばしり、蚊喰い虫。
おぞましくもどことなく愛らしい奇怪な生物群。
空を埋め、海を操り、人間の日常生活に連なるほとんどすべての道具に組み込まれる押しつけがましい広告、広告、広告。
オットマンとターターさん(なぜかわたしまでさんづけしてしまう/笑)の勢力争いのその行く末に待っていた世界。
これがSF大賞か!
やっぱりわたしはSF者なのか!(笑)
でもあまりバリバリハードなSFではないので、SF嫌いの人でもこれならすんなり読めるのでは。文章もとても読みやすくて、しかもとにかくすごい独創的な不思議な世界で、しかも兄弟プラスアンドロイドのわくわくするような冒険譚なので、わりと多くの人に安心してオススメできる作品。
とにかくこの世界を見よ!
カンバセイション・ピース(2007.1.22)
保坂和志 新潮社
大好き!という類の作品ではないけれど、好きかキライかと言われれば好きが勝つかな、という感じの作品。
かつて伯母夫婦と従兄姉たちが暮らし、幼児のころは自分の家族もともに暮らしていた家が空き家になることになったために引っ越してきた小説家の高志と妻の理恵。その家に事務所を構えることになった高志の友人ら3人。そして大学進学のために越してきた理恵の姪・ゆかり。
彼ら計6人と、さらに高志の交う3匹の猫たちの、何も起こらない日常をゆるゆると描く。高志の記憶を交えて。猫の記憶を交えて。家の記憶を交えて。
本当の主人公はこの「家」という感じ。
古すぎず新しすぎず収まりの悪い築年数の家だけれど(苦笑)、そこには多くの人たちが住んできたその時間が溶け合って漂っている。
家の中から外を見る視線、自分を外側から俯瞰している視線、死者が生者の目を借りて見る視線、そんな「見る」という働きや「ない」ことが「ある」ものの不在の状態から起こる、みたいな叙述が印象に残った。
コトバ遊びみたいな思考も個人的にはいちいち結構おもしろかったわ。わりと理屈をただただこね回すのはキライじゃない方なので(笑)。
この登場人物たちの中で、わりと若い2人(森中とゆかり)と残りの4人が対照的に描かれていて、さらに高志の妻の理恵と彼女の姪であるゆかりはしょっちゅう意見を戦わせているのだけれど、わたしはけっこう理恵の肩を持って読んでいた(笑)。 もっとゆかりをやりこめてやれ!とすら思ったなんて鬼?(笑) 個人的にはゆかりの若さ故の強気な態度が軽く鼻についてしまって。や、どちらかというと、だけど。そんな人間は少数派らしいけれど(苦笑)。きっとわたしも年を取ったということなのかなあ。
読んでいる間はわりと気持ちよく読めたので、保坂氏の文章は個人的に好みなのかも。
ただ野球の話は全然興味がないのでちょっとツラかった…。
僕たちは歩かない(2007.1.23)
古川日出男 角川書店
めっちゃめちゃ薄くてまずびっくり(笑)。
でも文章はまがう事なき古川日出男。
「26時間制の東京」で出会った、「どこかから戻った」僕たちは、同じ料理人として切磋琢磨し合う仲間たち。これからも仲間が増えることこそあれ減ることなんてないと思っていた…。
しかし僕たちから仲間は失われる。そのひとりに会うために、僕たちは冒険に出る。そうだ、僕たちは歩かない。
ここまでファンタジーな古川作品はたぶん、これが初めて。有名な神話を彷彿とさせる物語なのだけれど、突飛な設定がめちゃめちゃ素敵〜。
文章の疾走感が物語の疾走感と絶妙にマッチして、ベルカやサウンドトラックみたいな「文章の激流に呑まれる」ような体験は出来ないかわりに文章とともに疾走する感覚を味わえる。
ああ、これから古川作品に興味があるけれど読んだことのない人には、これを真っ先に勧めることにしよう。
これならきっと、初古川でも戸惑うことは少ないはず。
古川ジャンキーなわたしには正直少しだけもの足りなかったんだけれど、でも、とっても素敵な古川日出男から読者への小さな冬のプレゼント、だと思う。
穴 HOLES(2007.1.24)
ルイス・サッカー/幸田敦子・訳 講談社
とってもよくできた、上質の児童書だと思った。
バラバラに見えるピースが後半ぴたぴたっとはまっていく快感は伊坂幸太郎か?と思うほど。や、こっちの方が先ですね。
「まずい時にまずいところにいた」ために、スタンリーは更正施設であるグリーン・レイク・キャンプに送られるハメになった。百マイル四方、見渡す限り水のない干涸らびた土地で、来る日も来る日も穴を掘らされ続ける日々。サソリ、ガラガラヘビ、そして噛まれたら命はない黄斑トカゲ。
太っていて、学校ではイジメられっ子だったスタンリーは、そこで他の少年たちと出逢い、穴掘り作業によって身体が鍛えられていく。
やがて事件は起こる。キャンプを飛び出した友達。スタンリーは彼を捜すために脱走を試みるが…?
魅力的なキャラクター、魅力的なエピソード。ユーモラスでテンポのいい語り口。
ああ、いいなあ、こういうのを子どもにはどんどん読んでもらいたい。でも逆説っぽいけどこれを児童書にしておくのはもったいない(笑)。
代々運の悪いイェルナッツ家の一人っ子の長男は、代々名前がスタンリー・イェルナッツ(Stanley Yelnats)。回文になってる名前なんてシビれる! しかもこれ、単なるおもしろいエピソード、で終わらないんだよねえ。
何もかもが面白いエピソードで、しかもムダのない、必要なエピソードになっている。
とってもとっても愉しめました。
あ、それにしても疑問も残る。
ネタバレにつき反転しますが。
「
・ゼロの先祖がジプシーのお祖母さんだった、ってことでいいんだよね??
・なんでケイト・バーロウのピーチジャムと同じ香りの消臭剤をスタンリーのお父さんが発明し得たんだろう?? 」
中庭の出来事(2007.1.29)
恩田陸 新潮社
合わなかった…
今の気分が恩田陸と合わないのか、それとも決定的に何か合わなくなってしまったのか。
ユージニア(感想はこちら)は大好きだけれどこれはダメ。
凝りすぎだと思う。
ちょっと凝りに凝りすぎて読者置いてきぼり、みたいな。気持はわかるような気もするけれど(しかも「複雑すぎる」と書いてある部分さえあるけれど)、読者を煙に巻く雰囲気以上に、くどさを感じた。
終わり方はかなりうまく着地していると思うけれど、でもこれだったら『虚無への供物』があるじゃないか。
最後の方の旅人二人のやりとりもかなり唐突感が。そ、そんな無理矢理に繋げなくても…!
なんか世間ではすごいが評判いいみたい。
いいもん、どうせマイナーなんだもん(泣)。
以下、内容を少しまとめてみますので反転。ネタバレではないと思うけれど何もわからない白紙の状態の方がこの作品はより愉しめると思います。
一番外側は脚本家・細渕と彼に台本についての相談を受ける楠巴。
二番目の入れ子は細渕の書いた脚本。
脚本家・神谷が何者かに中庭で毒殺される。容疑者となるのは彼が書いた一人芝居「告白」の候補だった3人の女優。ちなみに「告白」は神谷がビルの谷間の中庭で見かけた一人の少女の死がきっかけとなって書かれた。さらに神谷は当時候補女優のひとりを強請っており、彼女の反撃を受けて彼女を攻撃するために「告白」を書いたと言われている。そのうちの一人は中庭で神谷と同じように倒れる。
また神谷が毒殺されたのと平行して、二人の旅人が山深い道を歩いている。
三番目の入れ子は神谷が書いた「告白」のオーディション用脚本。3人の女優がそれぞれに脚本家殺しの取り調べを受けて独白する内容。
BA-BAHその他(2007.1.30)
橋本治 筑摩書房
いやーーーーーーー 。
なんていうか、やっぱり橋本治って「別格」だと思う。
”咲く花は雨に打たれ、色衰えて骸となる。そよぐ柳は風になぶられ、木枯の時、しおれしなびた鞭となる。”
”受胎の日が決まって、タロウは天使の許へ通い始めた。”
”バイトを始めてまだ一ヶ月もたっていないが、「男達の序列」に関しては分かるようになった。店で一番大切なのは「客の中の序列」で、客の男達にとっても、そのことが一番の大事であるらしかった。”
”俺、離婚するよ。
え? あいつしかいないじゃん。他に結婚してないし。”
”時に、冬十月。散る花とてもなく、下り居の帝は、御前の紅葉を散る花と思し召されて眺めおわします。”
”もしもそれがシャア役の池田秀一だったら、組長は、肩を組んで酒を汲み交わしたかっただろう。しかし、相手はアムロさんなのだ。迷惑はかけられない。”
同じ本に収録された短篇の一文を抜き出して並べてこうだもの。またそれぞれのジャンルがもう、めちゃめちゃ。強いて括るなら「橋本治」。こんな作家がいったいどれだけいるんだろう。
橋本治の目線はどこにでも乗り移れる。それがスゴい。
女子高生にも、親離れできない初老の母親にも、小学生男子にも、平安の「物狂いのお心が宿られていた」帝にもなれる。
どれもこれも鳥肌の立つような(ホラーって意味ではなく!念のため)作品が多かったけれど(個人的に表題作はイマイチ…)、あえて選ぶなら「関寺小町」、「他人の愛情」、「孤帝記」、「組長のはまったガンダム(前・後編)」、「火宅」が好きかなあ。
(収録作:「関寺小町」、「処女の惑星」、「逮捕」、「ぼくとムク犬」、「他人の愛情」、
「裏庭(バックヤード)」、「孤帝記」、「海」、「組長のはまったガンダム」、
「さらば!赤い彗星のシャア −組長のはまったガンダム(後編)」、
「ありふれた娘」、「火宅」、「バベルの塔」、「BA-BAH」)
ルート350(2007.1.31)
古川日出男 講談社
橋本治の短篇集の後に同じ短篇集を読むのはよくなかったかも…
相変わらず、素敵な古川節なんだけど、なんだか全部似た短篇に思えてしまう。や、全然似てないんだけど!!
せめて長篇だったらよかったのに。
そういえばもうアラビアみたいな長い長い物語は書かないのかしら。
でもこの短篇集はこの短篇集でかなり好きではありました。
特に好きだったのは某巨大テーマパークを題材にした「カノン」。愛だろ、愛。
「お前のことは忘れていないよバッハ」も好きなんだけど、語り手の女が36歳というのに少しひく。こんな語り口の36歳はイヤだ(苦笑)。25歳くらいにしといてほしかった。
「ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター」は3人のクラスメイトの学校では見せない意外な姿に惹かれる男子高生の話。しかし冷酷なわたしは彼らと友達になりたい主人公につい突っ込んでしまった。「キミが彼らと同等の魅力を持っていない限り、キミの一方的な決心で彼らと友達にはなれないと思うけどね?」
「飲み物はいるかい」は離婚感覚(笑)をひきずった男のトラベル=バケイション。これは好きだー。ナカムラがいいわ〜。
それにしてもやっぱり短い古川日出男はわたしには少しもの足りない。もっと長い長い物語を切望!
(収録作:「お前のことは忘れていないよバッハ」、「カノン」、
「ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター」、「飲み物はいるかい」、
「物語卵」、「一九九一年、埋め立て地がお台場になる前」、「メロウ」、「ルート350」)
バガージマヌパナス(2007.2.1)
池上永一 新潮社
第六回ファンタジーノベル大賞大賞受賞作。
あー、このころからやっぱり『シャングリ・ラ』の萌芽はあったんだなー。この底抜けの明るさ。こういうの読んじゃうと北海道民としては沖縄になんか「負けた」と思っちゃう(爆)。北海道を舞台にしたら絶対にこんな作品にならないだろうと思うから。まあ、『雪の夜話』の舞台を沖縄にしたらあのリリカルさは出ないのと同じなんだけど。
ひとりの美しいけれどフユクサラー(怠け者)な少女・綾乃が、ユタとして独り立ちするまでの物語。先祖崇拝に携わる沖縄独特の巫女・ユタの話は多分『ハイドゥナン (上)・(下)』で読んだのが最初だと思うのだけれど、同じ沖縄、同じユタの話でもこの作品とハイドゥナンでは全然違うのが面白い。こっちは神様さえもが人間くさくってユーモラス。ユタも神秘的なイメージとはほど遠い。
綾乃の親友である86歳のオバァ、オージャーガンマーが何と言ってもいい味を出しているんだよねえ。綾乃の永遠のライバル(?)となる、ガメついユタのカニメガがまた、憎めない魅力的なキャラだ。
笑って笑って最後にほろり。
王道ですな。
でもって最後に反転でネタバレを。
「最初ユタになるのを頑なに拒む綾乃に神様が天罰を下すのだけれど、その天罰は絶対に「オージャーガンマーの死」だと思っていたわたしは、オージャーガンマーがいつ死ぬかいつ死ぬかそればっかり気になってた(爆)。」 わたしって鬼?(笑)
ハナシにならん! 笑酔亭梅寿謎解噺2(2007.2.2)
田中啓文 集英社
『ハナシがちがう!』と改題された、『笑酔亭梅寿謎解噺』の続編。
うん、おもしろかったわ〜。
すっかり竜二の成長話になっちゃって、謎解きはかな〜〜り分量が軽くなったみたい。それはちょっと淋しいようなそうでもないような(笑)。梅寿師匠もすっかりムチャはするけど憎めない、偽悪キャラが定着してるし。
ダメダメだった竜二はすっかりしっかり者に。師匠のお世話も板についてますな。
ラストもいかにも続きます…という感じ。
ああ、でもなんだかもうここで止めてほしいような。きっとこれからは竜二とチカコの恋の行方、だとか、おちゃめな梅寿師匠こぼれ話、とか、ますます活躍する竜二こと梅駆、とか、ちょっとキザだけどいい奴っぽい江戸落語のあぶ虎との交流、とか、そんなふうにシリーズもの特有の内輪受けになっていくんだろうな…と思うと。そういうのわたしはやっぱりダメなんだよな…。
(収録作:「蛇含草」、「天神山」、「ちりとてちん」、「道具屋」、「猿後家」、「抜け雀」、「親子茶屋」)
マグヌス(2007.2.4)
シルヴィー・ジェルマン/辻由美・訳 みすず書房
『ある秘密』(感想はこちら)で注目したフランスの「高校生が選ぶゴングール賞」2005年受賞作。相変わらずレベル高っ…!
男の子は5歳の頃、ひどい病気にかかって命と引き替えにそれまでのすべての記憶を失った。母親はありったけの時間を割いて、彼をもう一度育て直した。
彼の手元にある少し焦げた匂いのするクマのぬいぐるみ。その首許に巻かれた布には「MAGNUS」とその名が刺繍されている。
ナチスの強制収容所で働いていた医師である父を持つ男の子は、住んでいた家を出て逃避行に出ることになる。覚えた名前は変えなければならない。やがて父と別れて母と二人になり、男の子はその母親も失うことになる。
またもや男の子は名前を変えなければならない。
作品は「断片(フラグマン)」と「注記(ノチュール)」、「続唱(セカンス)」、「反響(レゾナンス)」などによって構成されている。記憶力の優れた男の子。けれど彼の抜群の記憶力をもってしても、ひとりの人間の人生は断片の寄せ集めに過ぎない。失われた記憶は埋めることができない。
この作品の裏テーマは「父と子」だなあ、と思う。父を愛し、憎み、その憎悪によって人生に大きな打撃を受ける男の子。憎みながらもきっと父親を愛し、求め続けていたのだろう彼の行動は切ない。愛していなかったのならなぜ言語の習得にそこまでの情熱を持つことができただろう。父と、彼の同伴者を見てここまで彼を憎む必要があっただろう。
愛されずに育った男の子は愛し方を知らない。しかし自分が愛を得たと確信した途端に彼の愛は奪われる。
失い、再び得、そしてそれをまた奪われる。
記憶も、愛情も。
しかし、積み上げては崩れる賽の河原の小石積みのようでもある彼の人生は、それでも崩れない何かをちゃんと積み上げているのだ。名前を失っても、記憶を失っても、愛情を失っても、人生が失われるということにはならない。
ひとりの修道士が現れる。「こんにちは、息子」。
彼は男の子に何も与えないけれど、彼から何も奪わない。
悲痛で、重く、薄い本であるのにずっしりと心に響いた。そして最後に射す一筋の光明はなんて明るく暖かいんだろう。
自分探しなんてしてる人はぜひ、この本を読んだらいい。
風が強く吹いている(2007.2.6)
三浦しをん 新潮社
うん、おもしろかった。
すっごくよくできてる、と思った。うまい。
無名弱小陸上部(?)がたった10人ギリギリのメンバーで箱根駅伝を目指す、という爽やかスポーツ物なんだけれど、とにかくどこまでもベタな展開(笑)。それが読ませる。10人というキャラクターが全部が全部きっちりとキャラが立っている。憎まれ役のキャラや他大学のスーパーマンのようなキャラもちゃんといる。押さえるところは全部きっちり押さえてます、という完璧とも言える仕事ぶり。
…。
す、すみません(苦笑)。
でもどこまでもわたしには「作り物」感が匂った。
ものすごーーーーーくよくできた、お話。
その「お話」感が拭えなかったのは、中心キャラのハイジと走のどちらにもまったく感情移入できなかったから。多少の玉に瑕はあっても基本的に聖人君子なハイジと、生まれながらに走りの神様に愛された走。むしろわたしが一番好きなキャラはニコチャンだったわ(笑)。
や、全然文句をつけるような作品じゃない。
すごーーーーーく面白い、と断言できる。
さらに言えば、「お話」が悪いワケじゃ全然ないのだ。
でも、わたしはこういう小説を求めていない。
少なくとも今は。
神無き月十番目の夜(2007.2.8)
飯嶋和一 河出書房新社
読み通すのが苦しかった。
1602年(慶長7年)、常陸は比藤(ころふじ)村の肝煎(庄屋)・大藤嘉衛門は突然水戸城からの使いを受け、山深い小生瀬(こなませ)村まで案内させられる。広い村はなぜか全くの無人で、にもかかわらず宿とした民家にはつい最前まで確かに人が暮らしていた生活の跡が残っていた。村人はいったい何故、どこへ消えたのか。やがて嘉衛門はかつてこの村で暮らしていた若者・吾助から教えられた「カノハタ」で酸鼻極まる光景を目にする…。
ラストが最初にわかっているから、読むのが辛い。
読むほどに胸が苦しくなる。
行き違い、誤解、疑心暗鬼、物事は悪い方へ悪い方へとじわじわと進んでいく。
小生瀬の一揆と虐殺は実際にあったと言い伝えられているらしい。しかしその年代は特定されず、公式な資料も一切残されていない。そんな出来事をここまで膨らませ、ひとつの物語にまで昇華する飯嶋和一のすごさに驚嘆。
検地・刀狩りと言えば豊臣秀吉の行った代表的な政策。
わたしが知っているのは、そんな学校で習ったたった1行の知識だけだ。しかも普段、わたしたちは歴史を施政者の立場から見ることが多い気がする。信長はいかにして天下を統一したか。家康はいかにして幕府を盤石なものとしたか。
けれど被支配者から見たとき、歴史はまったく別の様相を現す。
戦は地獄。
けれど、平和も地獄。
検地がこれほど恐ろしいなんて考えたこともなかったわたしの浅はかさ。
苦しくて苦しくて、光がどこにも見えなくて、けれど読み通すだけの価値が確かにある。
淡々と、少しずつ外堀を埋めるように、物語をすすめていくその文章の美しいリズム。誇りを持って生き生きと暮らしを送る村人達の描写。魅力的な登場人物達。
苦しい中にも確かに、この本には読書の喜びがあった。
虚人たち(2007.2.11)
筒井康隆 中公文庫
読みながら何度も何度も寝た(笑)。
章が一切分かれておらず、段落すらほとんど分かれておらず、おまけに句点はあっても読点はない。開いても開いても、活字で真っ黒(笑)。しかも活字小さい! これ、今出したら絶対上下巻だよなあ。でもどこで上下巻に分けるんだ。
読んでいてすごく刺激的な実験小説だ。刺激的なのに眠くなるんだけども(笑)。「今のところまだ何でもない彼は何もしていない。何もしていないことをしているという言いまわしを除いて何もしていない。窓の外は晴れている。いや。曇っているかもしれないがその保証はない。なにしろ雨が降っているかもしれないくらいだから。」
何もしていない彼は少しずつ周囲の状況を確かめ、虚構の主人公たる自分がしなければならないことを模索し、そのための情報を集める。作品を左右する情報かそうでない情報かをいちいち検討しなければならない(例えば窓の外の天気は作品を左右する情報ではないので上記のような記述になる)。
やがて妻が誘拐されたらしいことが判明する。
同時に、それとは別に娘も誘拐されたらしいと判る。
一人の人間に別々の誘拐事件が降りかかるなんて現実ではまずありえないが虚構世界なのでそれを解決すべく彼は行動しなければならないらしいと彼は判断する。
家を出た彼は斜め向かいの家庭用金網製品製造販売店の店先で作業している男に出会う。そのの熟練工は誘拐現場をどうやら目撃していたらしいが、しかし彼は彼で別の虚構作品の主人公であるらしいので彼の事件に関わることを嫌う。「おれとしては喋らないことにする。そしてこれから喋る。だからあんたもせめておれが喋らないことにしてもらえまいか。むろん喋るよ。これから喋るが実は喋らなかったということにならないものだろうか」
虚構世界で、虚構の中の人物だということを自覚しつつ、行動を模索しなければならない登場人物たち。作品は主人公である木村の視点で進められるために、木村の意識がなくなればそこはただただ空白が続く。意識がある間はいつまでも途切れなく木村の意識の描写が続く。食べることに集中すれば食べる描写が詳細に綴られる。立ち小便をすればその描写が続く。
読んでいて、刺激的なんだけれど読み進めるのが辛かった。苦い後味の残るエンディング。すごい作品だと思う。でももう2度と読めない気がする(笑)。
読み終わってなんであんなに読むのが大変だったのかなあと考えていて、きっとこれはエンタメ要素というものが全部キレイにすっぽり落ちているからかなあと思った。主人公は虚構の住人であることは意識しているけれど、読者を愉しませようとは当然のごとく思わない。彼は彼で必死である。そしてこの作品では描写される人間はすごく意識的に描かれているのに、対する作者の影はまったくうかがえない。いつの間にか木村の立場に立って読んでいるから、読んでいるのに読まれているような気になってくる。木村の意識はただの意識でエンタメ的な大胆なカットとか大げさな膨らませとかが全くない。
2つも同時に誘拐事件が起こるような話なのにまったくエンタメ要素がない作品。すごいよなー(笑)。
なんというか、呆然(苦笑)。