2007 shelf 2
著者名 タイトル 出版社 40 伊坂幸太郎 フィッシュストーリー 新潮社 39 平山瑞穂 冥王星パーティ 新潮社 38 万城目学 鴨川ホルモー 産業編集センター 37 恒川光太郎 雷の季節の終わりに 角川書店 36 古川日出男 サマーバケーションEP 文藝春秋 35 津原泰水 ペニス 双葉社 34 アダム・ファウアー 数学的にありえない(上・下) 文藝春秋 33 薬丸岳 闇の底 講談社 32 井上荒野 不恰好な朝の馬 講談社 31 道夫秀介 シャドウ 東京創元社 30 沼田まほかる 彼女がその名を知らない鳥たち 幻冬舎 29 川端康成 眠れる美女 新潮文庫 28 ジャスパー・フォード 文学刑事サーズデイ・ネクスト3 ヴィレッジブックス 27 南條竹則 鬼仙 中央公論新社 26 アリス・マンロー イラクサ 新潮クレスト・ブックス 25 井上荒野 学園のパーシモン 文藝春秋 24 野村美月 ”文学少女”と繋がれた愚者 ファミ通文庫 23 ジョージ・R・R・マーティン 剣嵐の大地(全三巻) 早川書房 22 ルイス・サッカー 道 ROAD 講談社 21 桜庭一樹 赤朽葉家の伝説 東京創元社
赤朽葉家の伝説(2007.2.12)
桜庭一樹 東京創元社
期待が大きすぎたのか。
普通でした。(苦笑)
鳥取の小さな村のだんだんの一番上に君臨する赤朽葉家の、3代にわたる女たちの物語。
「千里眼奥さま」と呼ばれた万葉は幼い頃に”辺境の人”に村に置いて行かれ、だんだんの下に住む気のいい夫婦に育てられ、赤朽葉家の大奥様の目にとまって鉄工業を営む赤朽葉家に嫁いでくる。小さな頃「拾われっこ」と言って彼女を虐めていたのはだんだんの下の港で造船業を営む成金の黒菱家の娘・出目金。嫌い合う二人だったが出目金の兄を巡る事件でやがて二人は友人となる。万葉は嫁いでまもなく初めての子どもを妊娠するが、やがて彼女が出産のときに視たものは、まだ生まれてもいない我が子の一生だった…。
続く2代目の毛鞠は万葉の第二子。1966年生まれの彼女はやがてレディースの頭となり、山陰統一に燃える。異母妹の百代は次々彼女の男を寝取ることに情熱を傾けるが、そんな百代を彼女は可視できない。親友の蝶子は中学卒業と同時に毛鞠のチームのマスコットガールを降り、彼女と袂を分かつ。
3代目の瞳子は1989年生まれ。彼女は語るべきものを持たない。高校球児を彼氏にもち、就職したもののすぐに辞め、瞳子が9歳の時に死んだ母に代わり彼女を育ててくれた祖母・万葉の死に際の言葉「わたしはむかし、人を一人、殺したんよ」の意味を求めて村を歩く。
なんというか、意気込みはわかる。
母娘三代の、赤朽葉家の衰亡記。スケールがどんどん小さくなるのは、まあ、時代のせいで仕方ないとして。
ビューティフルワールドの美しさが感じられない…。
桜庭一樹はこの作品と、あとはアンソロジーに収録されていた短篇しか読んだことがないから何とも言えないけれど、これをラノベと比べてどうこう言っても仕方ない、と思う。でも、例えばこれを『本格小説(上)・(下)』なんかとは、全然比べられない。ちらっと書評を見たときに『百年の孤独
』を思わせる、というのを見た気がするんだけれど、これまたちょっと比べられない。そこまでの域にはとても達していない。
読んでいる間はぐいぐい読ませるし、読みやすいんだけれど、読み終わるともの足りない…。
例えば万葉、毛鞠、瞳子の間に”母娘”が全然感じられない。レディースとしてガンガン暴れまくる毛鞠に対して万葉は鷹揚というか無関心だし、そんな母になぜ毛鞠が頭が上がらないのかわからない。
3つの章がまったく独立した時代に属していて、その時代を繋ぐ流れが感じられない。
瞳子に至っては狂言回しの域を出ていなくて、いくら「語るべき新しい物語は何もない」とは言え、もう少し瞳子に単なる謎解き役以上のものを与えてあげられなかったのかなあ、と思う。
ああ、やっぱり『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』とか『少女には向かない職業
』とか、その辺を読んだ方がいいのかしら。代表作は絶対にこのへんだよね…。でもイタイのが苦手なわたしとしては『砂糖菓子…』は読みたくない、できることなら(苦笑)。
道 ROAD(2007.2.19)
ルイス・サッカー/幸田敦子・訳 講談社
『穴 HOLES』の続編というか、番外編というか。
『穴』で無事にグリーン・レイク・キャンプから生還したスタンリーが、キャンプ生活を振り返りながら贈るサバイバル・ガイド。
うーん、ユーモアたっぷりで、その後のDテントの仲間たちについてもちょっとわかっちゃう、サービス満点の本ではあるんだけれど。
作品自体が蛇足、という感じ(苦笑)。
1時間もしないで読み切れちゃうので読んでもいいけれど、別に読まなくってもまったく問題ないかな。
子どもが読むにはいいのかもしれないけれど。
炎と氷の歌3 剣嵐の大地(全三巻)(2007.3.5)
ジョージ・R・R・マーティン/岡部宏之・訳 早川書房
もう、どっぷりと浸からせて頂きました。
ここまでの長い長い物語を、ここまで緻密に構築し、しかもバリバリのエンタメ性を確保し、さらに登場人物たちにどうしても感情移入してしまうような魅力を持たせておきながら悪魔のように過酷な運命を与えちゃう、この作者ってこわい(笑)。
今回はとにかく2巻がどびっくりだった。
あまりに仰天して頭が一瞬真っ白になってしまうほど。
マーティンの鬼!!悪魔!!!
七王国の玉座から読み進める読者はどうしてもスターク家贔屓になってしまうと思うんだけれど、とにかくスターク家の運命は惨憺たるもの。一家離散、故郷は焼け落ち、兄弟はそれぞれの消息をほとんど知ることができない。逃避行を続けるアリア、自らの政策の失敗から自分の首をしめるボブと彼を見守るケイトリン、次から次へと保護される相手に苦しめられ翻弄されるサンサ、動かない足でとぼとぼ旅を続けるブラン、正体の判らない敵と情が移りそうになってしまった野生人を相手にするばかりか壁の上でも裏切り者扱いをされてしまうジョン。
対するラニスター家もなにやら魅力的に。
ずっと悪役一辺倒だったジェイムが新たな視点人物に加わって「憎めないヤツ」に変わってきてしまっているし、ティリオンも今回はずーーーっと可哀想だなあ(涙)。
ってこんなこと書いても読んでない人には何のことやらさっぱりわからないでしょうが。
や、でも、長いけど、重いけど、絶対読んで損はないわ。
そして今回もやっぱり愕然の結末…。ホ、ホラー??というくらい怖いっ。
ここで終わりなんてあまりにも殺生なー!!
”文学少女”と繋がれた愚者(2007.3.5)
野村美月 ファミ通文庫
”文学少女”シリーズ第3段。今回は心葉のクラスメイト、芥川君が重要人物。
文化祭が近づくある日、心葉は芥川君の彼女と名乗る少女に声をかけられる。彼が心変わりしているような気がする、心葉くんから彼にそれとなく聞いてくれない?と。
同じ頃、図書館の本の一部が切り取られる事件が続発。本をこよなく愛する妖怪・遠子先輩がもちろんそんな行為を見逃すはずはない。犯人探しに躍起になる遠子先輩。そして先輩と心葉が目撃したのは、本にカッターの刃をあてる芥川君の姿だった…。
やがて文化祭の文芸部の出し物として、遠子先輩はいきなり実篤の「愛と死」を舞台にすることを発表。琴吹さんや千愛ちゃん、さらに芥川君にまで誘いをかける。しかし劇に集中できず、何かを思い悩んでいる芥川君。しかも劇の当日、いきなりのハプニングにまで見舞われて…。
あーーーーーーかわいいなあ。
みんなみんなかわいいなあ。
そうだ、どんどん傷ついて大きくなるがいいよ(笑)。
しかし登場人物たちはみんな屈折してますな、このシリーズ(笑)。屈折してないのは妖怪の遠子先輩だけじゃないのか。
誰も彼もが、自分が一番傷ついている、自分が一番苦しんでいる、自分が一番不幸だ、とひっそりと思っている(笑)。
そしてそれこそが青春クオリティ(笑)。
ツンデレが個人的に好きじゃないのでツンデレの琴吹さんにはいつもいつもイライラするんですが(あまりにも話の展開に都合のいい鈍感っぷりな心葉くんもね/苦笑)、でも某作家のツンデレに比べてものすごく広い心で読めるのは何故なんだろう。
文学に対する愛が並大抵じゃないからだな、多分。
今回の「底本」が既読でホッとした(笑)。 今のところ、底本はシリーズ全作とも既読。
次作の底本が未読だったらどうしよう…と地味にびくびく(笑)。 これ、結構「読書好き」の踏み絵になりますな(笑)。
そして今回は初めて、いかにもな「次号に続く!」なラスト。
そう来ましたか〜〜〜〜。にやり。
学園のパーシモン(2007.3.5)
井上荒野 文藝春秋
び、微妙…。
これって物語としてできあがってるんですか?と誰かにききたくなるような(苦笑)。
セレブでおしゃれな主婦としてよく雑誌に登場する母を持つ、学園でも目立つタイプの美少女・真衣。
言葉と態度によるいじめを受け続ける美術部の木綿子。
前の学校で女生徒がらみの問題を起こし、父親の力で学園にねじ込まれた転入生の恭。
美術教師だけれど教師間では浮いていて、真衣と体だけの関係を続けつつ木綿子の才能に嫉妬する磯貝。
真衣の家庭は複雑だ。父親は家に寄りつかないし姉はひきこもり。体面だけを気にする母とその娘はけしてお互いの領域に踏み込まない。
木綿子の家庭は複雑だ。両親は離婚し、母親は仕事が休みの休日に必死の形相で作り置きの総菜を作る。彼女は時々父親と過ごす時間を持つが、母親がそれをどう思っているのかはわからない。
恭の家庭は複雑だ。かつて祖母にイビり抜かれた恭の母は祖母がボケ始めると同時に彼女を虐待し始める。そんな二人の争いを恭は見ていないふりをする。
磯貝の家庭は複雑だ。資源ゴミの日だけ体を求めてくる妻はつき合っていた頃とは別の生き物のようだ。何を考えているのかさっぱりわからない。近づくきっかけが掴めない。
だいたい学園が複雑だ。幼稚園から大学まで備えた学園のカリスマ園長は病を得て死が囁かれている。学生の間では「赤い手紙が届くと学園生活バラ色なんだって」という噂がまことしやかに囁かれている。
これだけたくさんの「おもしろくなりそうなネタ」がごろごろしているのに、どれひとつ、きっちり終わってくれない。
木綿子だけが前向きに終わるといえば、終わる。
なんというか、個人的には、欲求不満が溜まる作品だったわ…。
雰囲気とか、文章とか、すごくステキなだけに。
イラクサ(2007.3.9)
アリス・マンロー/小竹由美子・訳 新潮クレスト・ブックス
ずっしりと思いような、ふわふわと羽毛のように軽いような、不思議な読み応えの短篇集だった。
少女たちの残酷な悪戯が思いがけない結末を呼ぶ「恋占い」。
闘病中の妻のさまざまな苛立ちがふっと消えてしまう一瞬を描いた「浮橋」。
憧れていた女性に対する視線が月日によって変わっていくさまを描く「家に伝わる家具」。
宗教上の対立で苦況に立たされ、やがて病を得て命を絶った夫と残された妻を描く「なぐさめ」。
故郷を抜け出したものの常に夫の意向を伺う日々を送る女性のもとを訪問した、故郷を抜け出すことができずにいる義姉。ふたりの複雑な心情と、思いも寄らない展開を描く「ポスト・アンド・ビーム」。
夫の友人の葬儀で出逢い、1日をともにすることになった医師との1日限りの思い出を胸にしまう「記憶に残っていること」。
誰でも愛さずにいられないような女性が現れ、いなくなり、再び見いだされ、またいなくなるまでを描く「クィーニー」。
長年寄り添って暮らしてきた妻が自分を忘れ、他の男と親しくなるのをただ見ているしかできない夫の苛立ちと彼の企て、そしてその顛末を描く「クマが山を越えてきた」。
ちょっと文章が読みづらくて、意味を取るのに苦労する部分もちらほらあったんだけれど、とにかく作者の観察眼の鋭さに脱帽。本筋に関係のないところでギクッとするような描写がどかどかでてきたりする。
短篇ばかりなのだけれど、ある瞬間を美しく切り取るのではなくて、人生をコップに入れて、その上澄みを捨てて、沈んだ部分だけを残して形にしたような。
人生や人間の残酷さをさらっと描いて読者をギクリとさせながら、けれどその世界や登場人物を描く筆には皮肉なところはどこにもない。
読み応えがあり、何度の再読にも耐えうる短篇集。
きっと、読む年代によって、そして読み返す回数によって、いくらでも読み手に読み方を提供してくれそうな作品。
個人的には「クマが山を越えてきた」が印象的だった。
(収録作:「恋占い」、「浮橋」、「家に伝わる家具」、「なぐさめ」、「イラクサ」、「ポスト・アンド・ビーム」、
「記憶に残っていること」、「クィーニー」、「クマが山を越えてきた」)
鬼仙(2007.3.10)
南條竹則 中央公論新社
読みやすくってあっという間に読了。
あー、これかなり好きだ。
中国版家守綺譚のようだ(笑)。もっと陽気だけど。
中国の鬼(幽霊・仙人)にまつわる短篇集。1篇だけ鬼じゃなくってお料理の話もありますが。
役所に憑いた英華という気っぷのいい美人な鬼仙の活躍するエピソードを集めた「鬼仙」。
親族の屋敷に身を寄せる「秀才」である展成が、遥宮花史という女仙と交流し、陰気な女の幽霊を助けてやったりする「夢の女」。
前世で悪事を働いたため畜生となった一匹の犬が、町の人を疫神から救おうと奔走する「犬と観音」。
厨房の下働きとしてとある屋敷に雇い入れられた少女・小琴がその機転で活躍する「小琴の火鍋」。
中国のいくつかの文献の挿話を著者がユーモアを交えて膨らませて描く「唐山奇談」。
タイトル通りの、”うらやましいような、さほどでもないようなお話”である「仙女と温泉に入りそこねる話」。
ついちょっと前まで陋巷に在りを読んでいたので(今現在6巻まで読了)、子貢が孔子に質問するエピソードが出てきたり、「見鬼」という言葉が出てきたりするとなんだかニヤリとしてしまった。日常的に読書をしているとたまにこういう偶然のリンクがあって、そういうときは妙に嬉しい。
『酒仙』と共通する、ユーモラスで、なんだか幸せになってしまう作品が詰まっている。ものすごい博覧強記ぶりが垣間見えるのにそれをまったく鼻にかけない、さりげなくてわかりやすい文章がステキ。
個人的には「吾輩は猫である」をさりげにパクッているような(笑)「犬と観音」が好きだなー。
ああ、でもなんか不当に注目されていない気がする、南條竹則。寡作?と思ったら著作がたくさんあるじゃないか! ああ、これはもっと読まなくちゃ。
(収録作:「鬼仙」、「夢の女」、「犬と観音」、「小琴の火鍋」、「唐山奇談」、「仙女と温泉に入りそこねる話」)
文学刑事サーズデイ・ネクスト3 誰がゴドーを殺したの?(2007.3.13)
ジャスパー・フォード/田村源二・訳 ヴィレッジブックス
「2」でゴライアス社その他の手を逃れ、ブックワールドの中に潜伏したサーズデイ。ところがそこも彼女の安息の地ではなかった。
彼女が身を潜めたのはブックワールドの最下層、数多の未出版本がおかれる「ロスト・プロットの泉」の中の一冊の本。本の中には彼女の他に、まだ生まれたばかりで何のキャラクターづけもされていないジェネリック2体も一緒に滞在することに。
そしてブックワールド自体も、今までのブック形式から新たな読書媒体に取って代わるべく開発された「ウルトラワード」を巡る陰謀が渦巻いてとても落ち着けるどころじゃない。
さらにサーズデイの記憶の中には、記憶を操るエイオーニスが住み着き、「根絶された」彼女の夫・ランデンの記憶を奪おうとしていた…。
今回の本の内容は盛りだくさん。
サーズデイとエイオーニスの記憶の中での戦い、ウルトラワードを巡る連続殺人事件、ジェネリックたちの成長物語、サーズデイ自身のジュリスフィクションとしての経験。
確かに面白い。
本好きにとってはワクワクするエピソードてんこ盛り。
でも、個人的にはひっかかる…。
や、以前からひっかかることではあったんだけれど。
これだけ物語を愛する作品なのに、物語の筋を変えたり、物語の文章を変えたりすることにこれだけ無頓着なのはどういうわけなのかしら??
ユリシーズの最終巻の句読点は実はまるごと盗難にあっていた、とか、キャラクターたちがストーリーをおもしろくしようと少しずつ台詞を変えている、とか、かなりエピソードとしては面白い。
でも、物語の作者に対する敬意、みたいなものが、このシリーズにはまるっと欠けている気がしてならないのよね…。
いや、おもしろいんだけど。
だけどさ。
わたしはストーリーだけでなく結構本の中の「言葉」に拘る傾向のある読者だからかな(苦笑)。
しかし今回、「2」で残された問題はまったく解決される気配なし。これは4に持ち越しってことなのね。なんだかお預け喰らわされた気分…(笑)。
それにしても、これ、1冊2600円の上下巻ってのは高すぎないか〜!?
1冊ずつの厚さも大したことないし、これならちょっと厚めの1冊にして3500円、くらいでできなかったのかしら…。
眠れる美女(2007.3.16)
川端康成 新潮文庫
表題作の「眠れる美女」の他に「片腕」、「散りぬるを」の3篇+三島由紀夫の解説という超豪華な文庫本。
「眠れる美女」は眠っている少女と一夜を共にできる宿がひっそり存在することを耳にし、そこに通いつめる老人の話。
な、なんというか…。個人的には嫌悪感を感じた(すみません>川端様)。
何度も足繁く通いつつ、他の老人と自分は違う、という矜持の高さ(!?)を持ち続け、子細に娘たちの体をねっとりと観察するこの主人公のイヤらしさをなんと表現すればいいのか。
この主人公の周りのものすべてを見下すものの見方と自意識の過剰に正直、辟易(苦笑)。
カバー裏にある「熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香」という表現があまりにも的確すぎる(笑)。
確かにそこに、爛熟した美しさはある、と思う。
しかし、美しさを感じるより気持ち悪さを感じるわたしは、まだまだ青すぎるのかも(笑)。
「片腕」はさらにさらにブッ飛んだ話。そのブッ飛びはぜひ読んで体験した方がいいと思うので、敢えてここでは粗筋には触れない。
よくこんな設定を考えるなあ…! っていうか、読んでいてまったく時代を感じさせない。こういう話、現代でこそ書かれそうだ。そういう意味でやっぱり川端は偉大なのか、それとも時代が川端にやっと追いついたと言うことなのか、それともそれとも、彼みたいな趣味というのはいつの時代も生き延びるだけの確立された力を持っているのか。
「散りぬるを」は実の娘のように世話をしていた二人の娘を殺された男の話。犯人の男の調書を挟みつつ語られるのは、犯人に対する男の嫉妬? これも倒錯してますな…でもこの短篇は正直ちょっとわたしには分かりづらかった…。もう少し寝かせてから再読すべきかも。
(収録作:「眠れる美女」、「片腕」、「散りぬるを」)
彼女がその名を知らない鳥たち(2007.3.20)
沼田まほかる 幻冬舎
まいった。参りました。
沼田まほかる、すげー!!!
つき合っていた黒崎と酷い別れ方をしたあと、十和子はその空虚さを埋めるかのように陣治と暮らし始めた。黒崎のことを何年経っても忘れられない十和子。陣治への嫌悪感は日増しに募るばかり。そんなときに現れた妻子持ちの水島に彼女は急速に惹かれていく。
やがて水島は嫌がらせを受けていると十和子に打ち明け、前後するように黒崎が数年前に失踪していたことが判明する。果たして黒崎はどこに行ったのか。水島に嫌がらせをしているのは陣治なのか…? 十和子の疑念はどんどん膨らんでゆく…。
デビュー作『九月が永遠に続けば』に比べ文章が格段に読みやすくなっている。閉塞感が漂う前半からサスペンスフルな後半になるにつれ読み手のこちらはどんどんヒートアップ。怒濤のラストを読み終えるともう、茫然自失。
十和子、こうなったらアナタ、どうするよー!?
前の男を引きずり続け、陣治を嫌悪しながらも生活は彼に全面的に依存し、しかも彼を罵倒するは暴力は振るうは、とにかく十和子の壊れっぷりはもはやあっぱれ。
対する陣治はこれまた、十和子がここまで嫌悪するのも仕方ないのでは…と思うようなダメダメっぷり。
十和子が引きずる黒崎との過去もなかなかわからないのだけれど、これが少しずつ明るみにでてくるとこれがまた悲惨。
さらにのらりくらりと爽やかさだけをまき散らす中身のなさそうな水島がまた(笑)。
いやー、でてくる人間でてくる人間、壊れてるというかヤなやつばっかりと言うか。
それなのに、とにかく先が気になって、読むのを止められない。ゾワゾワ感がゾクゾク感、ゾゾゾ感、そしてハラハラドキドキ感へ!
しかも、これが、純愛なのである(笑)。
ああ、純愛だったんだなあ!!と、最後の最後になって、わかる。
久しぶりの衝撃力。
また注目作家さんが一人、ふえましたわ…。
シャドウ(2007.3.22)
道夫秀介 東京創元社
道夫秀介は3冊目ですがこれが一番好き。
すごくまっとうなミステリ。
ミスリーディングがうまい方だなあ。
小学5年生の凰介。母親の咲枝が癌で亡くなってしまい、大学病院で働く父との二人暮らしが始まる。
凰介の同級生の亜紀は凰介のマンションのすぐ側に住む幼なじみ。亜紀の父と凰介の父とは大学の医学部時代からの友人で、母親同士もやはり同じ医学部に籍を置いた後輩同士、2家族はずっと親交を温めていたのだが、咲枝が死んでまもなく、亜紀の母・恵も投身自殺を図る。
凰介を中心に様々な目線でストーリーは語られる。ずっと漂い続ける不穏な気配。凰介が悩まされる幻。凰介にも言えない亜紀の苦しい悩み。なにやらあったらしい凰介の父の過去。恵が夫だけが読むようにと残した遺書。亜紀の父がずっと抱き続けていた疑惑。「シャドウ」というタイトルの意味。父親が精神科医、という設定もあり、いったい誰が正しいのか、誰が正気なのか、読んでいるうちにどんどんわからなくなってくる。
きっとこうだろう、という読者の想像がことごとく裏切られる。伏線はあちこちに張り巡らされる。あっと驚くどんでん返し。
作家・道尾のシリーズと違って思い切りのシリアス路線。
うまい、と思った。
ごめん、でもわたしにとっては、「それだけ」なのよね…。
なんでだろう、もうわたしの脳の中に確証バイヤスが生じているんだろうか(苦笑)。
うまいし、読みやすいし、先は読めないし、ラストはあっと驚くし、ミステリとしてすごく美しい。それなのになんで響かないんだろう。
もっと凰介に焦点を絞ってくれたら、もうすこし感情移入して読めたんだろうか。
でも『向日葵の咲かない夏』は読みたいわ。あと『片眼の猿
』も(そしたらコンプリートしちゃうじゃん!)。それで、今後も道夫作品を読み続けるかどうか、最終決定をしたいと思う。
不恰好な朝の馬(2007.3.25)
井上荒野 講談社
これかなり好き。
今まで読んだ井上作品の中では一番好きかも。
浮気を繰り返す夫と別れる決心をした妻、そして「何でも話すのがミソ」な彼女の娘との関係を描く「不恰好な朝の馬」。
美術教師と毎週のように喫茶店で待ち合わせ、ホテルに行ってはすぐ別れる関係を続けるルイの物語「クリームソーダ」。
14年前に婚約者が挙式直前に失踪し、婚約者の両親の援助で喫茶店を経営しながら年に1度彼らの元を訪れる千早の心の変化を描く「額縁の犬」。
別れようと思っている愛人を伴って、前妻が連れて行ったきり会っていなかった娘の結婚式に出席するための1泊旅行に出かける男を描く「鹿田温泉」。
突然夫が出ていってしまってから近所のスケッチを始めた妻の日常を描く「スケッチ」。
出会い系サイトで知り合いたった1度お茶を飲んだだけの肥満甚だしい女・薫子のその後が気になって仕方ない男を描く「虫」。
夫の元婚約者に会ってみたいために、彼女の経営する喫茶店の沿線の料理教室へ通うことを決めた妻を描く「初夏のペリメニ」。
連作短篇集なのだけれど(この人は連作がホントにうまい)、どれもこれも、出てくる男が情けないというかダメダメだというか(笑)。ダメ男を描かせても天下一品(笑)。
けれど、『だりや荘』ではそのダメ男が虫酸が走るほどイヤな奴だったのに対し、こちらの男たちはなぜか憎めない。非常に不穏な日常を描いているにも関わらず、その筆はどこか暖かくて、のどかな感じすら。
読み終わった後のあまりにも意外な顛末にもついつい微笑んでしまった。
個人的にはこの中で一番のダメ男じゃないかと思える近藤が、一番好きだ(笑)。
(収録作:「不恰好な朝の馬」、「クリームソーダ」、「額縁の犬」、「鹿田温泉」、
「スケッチ」、「虫」、「初夏のペリメニ」)
闇の底(2007.3.26)
薬丸岳 講談社
『天使のナイフ』で衝撃的デビューを果たした薬丸岳の第2作。かなり期待して読んだ。
幼女誘拐殺人事件が起こる。そしてその直後、過去に幼女殺人事件を起こし、現在は刑期を終えてひっそりと生きていた男が殺される。2件目の幼女殺人事件が起こり、また一人そういう男が殺される。今度は首を切断され、腹部に「S」のイニシャルを刻まれて。やがて警察とマスコミに死体切断場面を移したDVDと犯行声明が届けられる。「罪深き者どもよ、よく見るがいい。これがお前たちの最期だ。」 犯人は、今後幼女を対象にした殺人が起こるたび、過去の幼女殺人犯を1人ずつ殺害していくと宣言する。
捜査現場に立つ長瀬はかつて妹を幼女誘拐殺人で亡くし、その罪をすべて自分の責任と感じている。マスコミは彼に注目する。
幼女に対する犯罪を犯した者は再犯の可能性が高く、警察にはその抑止力はないと考える犯人。長瀬は自分の中に犯人に同調する自分がいるのを感じる…。
今回も重いテーマできましたな。
物語は捜査側と犯人側とから交互に語られる。犯罪者たちを私刑していく犯人を捕まえる警察側に、世間を100%味方につけられるだけの正義があるのか。
その肝心の犯人も、こうくるかー、と唸った。ラスト数十ページの怒濤の展開はお見事。
や、やっぱり薬丸岳って新人離れしていると思うわ。
でも、この落としどころはどうなのか。
個人的にはちょっと安易じゃないかな、と思った。
こういう風に落としちゃうと、まあそういう考え方もアリかもね…で終わっちゃう。その後でどよーんと重苦しくなって、自分だったらどうなのか、自分が被害者の家族だったら、自分が捜査側だったら、はたまた自分が犯人だったら、どうなのか、何が一番正しかったのか、どうすべきだったのか、グルグルぐるぐる…と考えを引きずることができない。重いテーマを扱うからには、さらにそこに明確な答えが見つからないようなテーマを扱うからには、もっと読者を読了後引きずり込んではなさないようなラストがほしい。
なんだか結局キレイにエンタメで終わってしまって、それが少し、残念。
数学的にありえない(上・下)(2007.3.28)
アダム・ファウアー/矢口誠・訳 文藝春秋
驚異的な暗算能力をもつケインは、かつて大学で統計学を教えていたが、てんかん発作のために職を失い、その病を克服するために研究中の薬を服薬することになる。しかしその薬には総合失調症を引き起こす可能性がある副作用があった。ケインの双子の兄はまさにその総合失調症で入院歴を持つ。あんな風にはなりたくない…。
そんな状態でポーカー賭博にのめり込むケインはとうとう多額の借金を抱えることになる。
CIA工作員のナヴァは愛国心の欠片も持たない。彼女は他国相手に情報を切り売りしたり暗殺・誘拐の依頼を請け負ったりしていたが、やがて重大なピンチに陥ってしまう。
科学者のトヴァスキーは愛人である大学院生を被験者として禁断の研究に取り組んでいる。彼の研究が実を結べば科学の歴史が激変する可能性を孕んでいるが、無謀な研究はやがて彼を危険な状況に追い込んでしまう。
やがて身柄を狙われるケイン。彼に芽生えたある才能が彼の命を危険にさらし、また彼の命を救うための切り札になる。誰が敵で誰が味方なのか。絶体絶命の状況をケインは切り抜けることができるのか。そして彼の持つ才能とは何か??
単純におもしろかった!
タイトルからは想像できないノンストップサスペンス。さらに所々で挟まれる数学的な蘊蓄話も、読んでいてダ・ヴィンチ・コードを彷彿とさせる。たぶん理数系の人が読んだらツッコミどころ満載なのだろうけれど(笑)、文系のわたしはエンタメとして愉しみつつ読了。まあ、いくら文系でも、現実的にあり得ない、常識的にありえない、とは思ったけれど(笑)。上下巻でボリューム的にはけっこうあるけれど、とにかくグイグイとストーリーが進むので読んでいる間はな〜〜んにも考えずにスピード感に身を任せていた。ケインの才能ならではの危機の切り抜け方も楽しくて、とくにおもむろに乗車中の列車からポテトチップスをばらまくエピソードは好きだったなあ。
著者は子どもの頃長い間失明の危険にさらされていて、読書ならぬ朗読テープでの聴書がかれを失明の恐怖から救っていたという。そんな体験がきっと、心から著者にこういう物語を書くことを望ませていたのだと思うと感慨深かった。エンタメにだって確実に存在理由があり、存在意義がある。
ただ最後にネタバレでちょっと気になったことを。
(以下反転)
トミーはあまりにもかわいそうじゃないか!
彼の存在理由って物語の都合上でしかない。
そういうキャラクターってあまりにも哀しいよ。
ペニス(2007.4.2)
津原泰水 双葉社
こ、これは…。
ヤスミン、あまりにも引き出しが多すぎるよ!
性的不能者で大きな公園の管理分室でたった一人の管理人を勤めている50歳の主人公。彼はある日、分室ができて以来ずっと使われていなかったロッカーから少年の屍体を見つける。少年の屍体を冷凍庫に納め、彼は満たされる。
さまざまな主人公の過去、彼が嗜好するチャイコフスキーのエピソード、さらに公園を訪れる様々な人々とのやりとり、彼の夢や妄想が、濃密な文章でほとんど区切られることなく綴られていく。どこまでが夢でどこまでが現実なのか。次々に現れるようでいて実は見知った人物が繰り返し現れる。誰が観察者で誰が被観察者なのか。目の前にいるこの人物は果たして目にしたとおりの人物なのだろうか…。
読んでいて目眩。
クラクラ…。
残酷なシーンで貧血を起こしたことはあるわたしだけれど、あまりの臭気に吐き気を覚えたのはこの作品が初めて。本からさまざまな臭いが本当に臭い立ってくるよう。しかもそのほとんどが、とても芳香とはほど遠い。
ねっとりとしていて、でも同時に淡泊で。
びっしりと密度の濃い文章なのに、軽快な会話が挟まって。
いきなりの台本形式の文章が何事もなかったように地の文に戻って。
現実がそのまま回想となって。
そして物語に惹き込まれたところで唐突に「ここにあるこれは小説である。作者はわたしだ。今後とも留意されたし。」の一文。
とにかくさまざまなものが地続きに書かれているのでこちらは混乱を余儀なくされる。途中で読み止めて再開するとわけがわからなくなっちゃう。ホントは一気に読む方がいいと思う。けれど一気に読むには密度が濃すぎる。
思いっきり酔った。
気持ちいいんだか悪いんだかわからないくらい泥酔した気分(苦笑)。
やっぱり津原泰水、すごすぎる…。
サマーバケーションEP(2007.4.11)
古川日出男 文藝春秋
読んですぐに、うおおおおお!! というのが今までの古川だったんだけれど。
とりあえず、読了してから感想を書くまで、一晩寝かせてみることにした。なんだか、その方が少しわたしに馴染む気がしたのだ。
今回の古川は、読んでパッ!と脊髄反射する類の作品じゃないみたいだ。
これは、古川版『夜のピクニック』??
夏休みの<冒険>のために井の頭公園に出かけた、人の顔の区別がつけられない「僕」。そこでであったウナさんと僕は、神田川の源流を発見する。
”追う?
あの、
追わない?
海、
海?
海、見たいですね。
見ようか”
いつのまにか人数を増やしたり、減らしたりしながら、僕たちの、神田川を辿った海までの冒険は続く。
何も起こらない。
何も説明されない。
僕たちは、ただ、川を追いかけて、海を目指す。
どうしてカネコさんは”死んでいる”のか。
どうしてオジサンは離婚したのか。
広東さん、北京さん姉妹とオジサンの関係は…??
わからないことはたくさんある。でも、それは解かなければならない謎じゃない。
だって、大切なのは冒険なのだから。
いつもの古川流グルーヴ感は、この作品には薄い気がする。歩く速度で物語られる物語だからなのかもしれない。途中、疾走シーンも織り交ぜてはいるけれど。
読み終わった直後、なんというか、意表をつかれて、どう自分の中で処理すべきか少し混乱した。たぶんわたしの中で少しずつ、「古川作品こうあるべし」みたいなイメージが定着しつつあって、これはそのイメージから少し、ずらされた作品だからなんだろうと思う。
正直、一晩寝かせても、やっぱりまだどうしていいかわからない。
コップの水の中に粉末を降り注いで、グルグルかき混ぜたばっかり、みたいな感じ。
これから、少しずつ、何かが水に溶けだして、何かがコップの底に沈んでいくんだろう。
その、底に沈んでいった何かが、わたしの心に染みこんでくるのかなあ、と思う。
もしかしたら全部キレイに溶けちゃって何も残らないかもしれないし。
一晩おいてもこんな感想かよ。(苦笑)
雷の季節の終わりに(2007.4.13)
恒川光太郎 角川書店
楽しみにしていた恒川氏の第2作。
日本の関東地方のどこかに”穏”という村がある。外の世界からは巧みに隠された別の国。そこでは冬と春の間に「雷の季節」が訪れる。雷の季節にはよく人がいなくなる…。
賢也は姉とともに穏の年老いた夫婦のもとに身を寄せ暮らしていたが、雷の季節に姉はいなくなる。
学校で仲間はずれにされがちだった賢也にもやがて友人ができるが、幸せだった穏での暮らしは賢也がふとしたきっかけで知ってしまった秘密のために失われてしまう。
穏を追われることになった賢也は逃避行に出ることに。風わいわいだけが彼を導いてくれる…。
ああ、やっぱり恒川光太郎はこういう、「どこにもない場所」を書くのが天才的にうまいな、と思う。
設定がとっても魅力的。
外からは見えない穏での非日常的な日常生活。
風わいわいや鬼が跋扈し、人々が閉じこもる雷の季節。
伝説の鬼衆、トバムネキ。
ただ、茜の世界があまりにも世俗的で、ちょっとギャップにとまどった。
さらに、ゾクゾクする世界観があっけなく崩れていくようなラストは個人的には少しもの足りない、と思った。
読者に隅々まで説明するためには単一視点では厳しかったんだと思うけれど、そして茜と賢也のパートを交互に差し挟むのは効果的な手段だと思ったけれど(さらになんか最近の流行っぽい気もする)、でもナギヒサとトバのパートはちょっとバランスが悪い気がしたわ。
最後の対決のあっけなさは、まあそうなる理由はちゃんとあるんだけど、でもそれでも少し寂しい感じ。もっとガツンとくるカタルシスがほしかったような。
非常に雰囲気のある始まり方でちょっと肩すかしな終わり方は恩田陸を彷彿とさせる(苦笑)。
とっても期待しているだけに、正直言ってかなり残念。
でも次回作にはまだまだ期待!
鴨川ホルモー(2007.4.16)
恒川光太郎 産業編集センター
いやーなんというか…読んでいて恥ずかしいのなんのって。
この京大生たちの程度の低さよ…。
そうだ、それってまんまわたしの学生時代の程度の低さだ(爆)。
つまりこれはアレだ、大学生向けのライトノベルだ。
いやいや、ラノベの程度が低いって話じゃなく(爆)、 中学生の頃むさぼり読んだライトノベル(当時そんな言葉はなかったが)って、ホントにみんなこんな感じの「等身大な自分」だったなあ、と思って。
そういうのがいいと思っていた。
そういうのをこそ読みたいと思っていた。
少しは背伸びしろよ自分、と思うのはそれだけわたしもオトナになったってことなのか(笑)。
誰が呼んだか鴨川ホルモー。
それこそは京都の4大学に代々伝わる秘技中の秘技。
京都三大祭りのひとつ、葵祭でのアルバイト帰りに京大ホルモー部(?)である「京大青龍会」に勧誘された1回生の安倍。特になんの思い入れも持たず、入会するかどうかの検討すらせずに新歓コンパにふらりと顔を出した安倍は、そこで美しい鼻の持ち主である早良京子と出会い、電撃的な一目惚れをする。しかしそれこそが安倍の運命を変えた出来事だった…。
ツッコミどころはたくさんある。
部員が10人もいるのにキャラが立ってるのは数人だとか(ちょっと前に『風が強く吹いている』なんか読んじゃうと余計に。ライバル役の芦屋すらキャラが立っているとは言えない)。
ボンちゃんの入部の理由が弱いよ、というか理由がやっぱりよくわからんよ、とか。
ホルモー!!と叫ぶことで失うものはもう少し具体例がほしかったなあ、とか。
ほかにもいろいろあるけど、まあ些末なことだ。
とにかく勢いがあるのでががーっと読めてしまう。
バカバカしいんだけど、なんか懐かしくて泣けてしまうような。
主人公の安倍は恋愛しか頭にない。しかも疑似恋愛。さらにホルモーに関して彼には主人公とは思えないくらい才能がない(笑)。仲間である部員のことも彼はまったく考えていない。さらによく考えてみれば恋の相手の早良京子のことすら実は彼は全然わかっていない(まあ相手は京子と言うよりは「鼻」だからしかたないか)。
あまりにも主人公はバカだ(苦笑)。
けれどまじめに悩むその姿はなんとなく憎めない。
とりあえず、読んでみても何一つ残らない(笑)。
しかしその、あまりにもキレイに何も残らない、その潔さはけっこう好きかもしれない(笑)。
冥王星パーティ(2007.4.17)
平山瑞穂 新潮社
読むたび作風が違う平山瑞穂。引き出しが多い、のかな。
証券会社勤務の衛は、ある日インターネットで猥褻なセルフポートレイトのサイトを見つける。記された名前は、Shoko Tsuzuki。ハッキリと顔の判別できない写真では真偽はわからないが、これは”あの”都筑祥子ではないのか…。
「ハズレ」な男ばかりひいてしまう祥子と、自意識過剰で引きこもり気味な衛。高校時代に交差し、再び離れてしまったふたりの軌道はふたたび交わることがあるのか…。
な、なんというか。
読んでいる間はかなりおもしろかったのに、ラストに呆然。こんなんアリなのかー。
バカを自認する祥子の惹かれる男は確かにダメなヤツばっかりだけれど、彼女の払う代償はこれほど大きくなければいけないのか。
必死で自分を変えようとし、そして変わった自分の内側に正体の判らない空虚さを抱える衛は、こんなにもあっさりと許されてしまうのか。
正直に言えば、理不尽だ、と思った。
結局祥子は衛の踏み台に過ぎないのか。
祥子になぜかすり寄ってくる榛菜、人との距離を取れない、自意識過剰な衛とは正反対に自意識が薄い望月、女にやさしい優男風な父親、祥子や衛はもちろんのこと、二人の周りを固めるキャラがみな秀逸なだけに(あ、カーロイはイマイチかな…)、さらに語られるストーリーが引きこまれるほどおもしろいだけに、読み終わった後にいつまでもいつまでも、釈然としない気持が、残った。
フィッシュストーリー(2007.4.22)
伊坂幸太郎 新潮社
今までの伊坂作品登場人物がチョイ登場する&人気キャラが活躍するのがウリ(?)の短篇集。
深夜の動物園に寝そべり「動物園のエンジン」と称される男の行動の謎を主人公たちが推理する「動物園のエンジン」、
ある日本人作家の遺作となった作品の文章が、ロックバンドの歌詞となり、意外な顛末を見せる「フィッシュストーリー」、
空き巣を本職とする黒澤が、副業の探偵で訪れた村で行われる因習を知り、その村の人たちと関わることになる「サクリファイス」、
空き巣の今村と彼と同棲中の大西が、忍び込んだ野球選手の部屋で聞いた留守番電話をきっかけに起こした行動と、そこから大西が知る事実を描いた「ポテチ」、
の4篇を収録。
表題作の「フィッシュストーリー」が一番好みだったかな。おお、そうくるのか!みたいな。わたしの一番好きな伊坂作品・ラッシュライフに近い感覚。
でもなんだかわたしは段々伊坂からは心が離れつつあるのかもしれない、と思う。
それぞれみんなおもしろかったんだけれど、なんとなくもの足りない。わたしが求めているものと微妙にずれている。これは好みの問題でしかないんだけれど。
『魔王』が出たとき、これから伊坂はどんな作品を書いていくのかすごくわくわくしたんだけれど、やっぱりこの路線に戻るのか、みたいな。
ずっとこういう色の作品ばっかりを書いていくのかな、みたいな。
それはそれで極めればスゴイと素直に思うんだけれど。ラッシュを越えるような鳥肌が立つようなすごい緻密な絵を見せてくれるのならば、それは嬉しい、もちろん。
でももったいないような気がするんだよね…。
もう登場人物を全部絡めなくてもいいよ、とか(苦笑)。
まったく違う伊坂ワールドを見たい、と言ったらワガママなのかしら。
(収録作:「動物園のエンジン」、「フィッシュストーリー」、「サクリファイス」、「ポテチ」)