アルアイノウタ
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第二章
いつだったっけ? ただのバイト仲間でしかなかった俺が、卒論書き上げた勢いにまかせて、 前から好きだったアキのこと飲みに誘ったのは?
卒論提出してからそんなに間がなかったと思ったけど、 あれはもう2月に入ってたよね。
バイト先ではあんなに図々しく話しかけてた俺が、 いざ学校で待ち合わせして、普段とは違う格好のアキと会ったときには、 なんかがちがちに緊張しててさ。
お店に入っても、最初は全然喋れなくて。 やっと普段の調子を取り戻したのは、店に入って1時間以上経ってからだったよね。 共通の知り合いなんてバイト仲間ぐらいしかいないから、最初はその話題で盛り上がって、 それから少しずつお互いの話して。
あのことを相談されたのは、もう店の閉店時刻なんかとっくに過ぎてた頃だよね。
二人ともコーヒー嫌いなのに、 お店のマスターにサービスして貰ったコーヒーを無理して飲みながら。
今思えば、話題が尽きたから、何の気無しに口にしたのかもしれないね。 何しろ、俺って相談相手に向かない人間なんだから。
でもね、うれしかったんだ。 自分が相談事に向かない人間だってのは十分わかってたから、 そんな俺に、好きな人が相談してきてくれたんだから。 本当にうれしかった……。
えっとごめん、何の話だったっけ?
そうそう、俺に相談してくれたって話。
『最近誰かにつきまとわれてる気がする、ストーカーかもしれない』
アキが何の気無しに言った一言に、まさか俺があんなに興味持つとは思わなかったでしょ?
でもね、少しでもアキの力になれると思ったんだ。 少しでいいから、アキに認めてもらいたかった、頼りになる奴だって。
アキが話してくれたストーカーの話を整理すると、こんな感じだったよね。 初めは今年の1月のことだっけ? アキがいつも通り昼過ぎに起きて、窓の外を見たら、 駐車場の真ん中あたりに、アキの部屋を覗き込んでた人が居たんだよね。
アキが見てることに気が付いたのか、その人はすぐ居なくなったけど、 アキが一瞬見たその人の顔って言うのが、 前に付き合ってた人に似てた気がしたんだよね。
たしかその人とも遠距離だったって言ってたっけ?
あの時の『遠距離恋愛にはもう懲りた』って言葉を、 もう少しちゃんと受け止めてればよかったよ。
それから、何度か同じようなことが続いたんだよね。
それで、俺と飲みに行ったあの日、 朝の9時過ぎに家に帰ってたアキの後ろをその人がついてきて、 部屋に入ろうとした時に、急に話しかけてきたんだっけ? ものすごく怖くて、慌てて部屋に飛びこんだって言うアキの話聞いて、 俺、アキのことものすごく『可愛い』、『守ってあげたい』って思ったんだ。
そこまで説明してもらうのにも、かなり時間がかかったよね。
アキも俺も酔ってたってのもあっただろうけど、 それ以上にアキの話があっちに飛んだりこっちに飛んだり。
でも俺も、少しでもアキのことが知りたくて、 根掘り葉掘り、すべてを聞こうとしたから。
二階建てのアパートの一階に、大学に入ったときから住んでること。 その部屋は南向きで、すぐ目の前はアパートの駐車場だから、日当たりがものすごくいいこと。 部屋も八畳以上の広さがあること。 バス、トイレは別だけど、ケーブルテレビ対応じゃないことだけが不満だってこと。 駐車場代込みで家賃が5万円台だってのも、気に入ってるってこと。 前は上の階に住んでた人が夜中もうるさかったけど、今は引っ越して空き部屋になってるってこと。 その部屋のベランダには、 『空室あり 入居者募集 女性歓迎』 とだけ書かれた、大きな看板があってものすごく恥ずかしいこと。 最近は昼過ぎに起きて学校に行って、 夜が明ける頃家に帰って寝るような生活をしてるってこと。 寝るのが大好きで、寝てる間は家のチャイムが鳴っても電話が鳴っても絶対出ないってこと。 冬の間は昼は寝ててもレースのカーテンしか締めないってこと。 去年の夏に、前の恋人と別れたってこと。
今思えば、真剣な相談なんかじゃなかったんだよね。 酔った席での話のネタだったのに。 それを俺は一人で舞い上がっちゃって。
話が全然進まないね。 アキなんかより、よっぽど俺の方が話し下手だったみたいだ。
あれは2月半ばのことだっけ? 付き合い始めてからまだそんなに間が無い頃、 アキの部屋に遊びに行ったのも、まだ2回か3回目だったんじゃないかな?
昼過ぎにアキが作ってくれたご飯を食べて、何の気なしにカーテンを開けたら、 いたんだよね、アキが言ってた通りの格好をした、『ストーカー』が。
怖かった。 体が固まって、勢いよくカーテン閉じることしか出来なかった。 情けないよね。 怖くて部屋に飛び込んだって言うアキの話聞いて、俺がいなきゃ駄目なんだ、とか思ってたのに。
実際に遭遇してみると、俺には何にも出来なくて。
それでも、口では、 『守ってあげる』 なんて言ってるんだから。
『結局は守ってくれた』って? そうだったね。 すごく悔しくて、あの日も次の日も、バイト中、あのことばかり考えてたから。
そう、あれは、2日後のこと。 あの日と同じようにアキの部屋に遊びに行って、 あの日と同じように、レースのカーテンを開けたら、 いたんだよね、また。 あの『ストーカー』が。
今度は体が固まるってことも無かった。 2日間考えて、あることを閃いてたから。
だから、『危ないから』って止めるアキを振り切って、 部屋を飛び出して、『ストーカー』を追いかけたんだ。
俺が追いついたのは、ちょうど『ストーカー』が駐車場を出て行こうとしたところだった。
そして、俺は言ったんだ。 『俺の大事な人に何か用ですか?』って。
で、その言葉を聞いた『ストーカー』さんは、アキの事をすっかりあきらめて、 『迷惑かけました』って頭下げて帰っていきました。 そして、アキにはこれまでどおり、平和で幸せな日々が戻りましたとさ、めでたしめでたし。 ってね。
あの時アキは、『危険なことするな』って俺のこと叱ったけど、 『でも、うれしい』って言ってくれた。 自分のために、俺があんなことまでしてくれてうれしかったって。 俺の気持ちがすごい伝わったって。
でもね、本当はそうじゃなかったんだ。
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