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| なんて言うかさ、ダメね! こういうコト書くと、暗くてさ。 ボツだ!ボツ!
だけど、自殺ってのは志願者じゃなきゃ語れないの?判りません! だ、もんで、極々私見的なコト書いてみます。 良く、「自殺する自由がある」とか言う人がいるけどそうなんでしょうか? わたし、無いような気がするんですけど…。 わたしの考えでは、人間ってソフト(=精神)とハード(=肉体(脳みそ含む))に分かれているんだと思うんです。だから、精神(頭)の中ではナニ考えたってそれは自由だし、規制するコトも出来ない。だけど、その考えを肉体を使って表すことは、自ずと規制される。いや、ですから「自殺するな」って規制があるってコト言いたい訳じゃないのです。精神と肉体で、本当に“自分の物”って言えるのは精神だけ、ってコト言いたいんです。 考えてみてください。あなた、自分の肉体を自分の思ったとおりに出来ますか?病気したとき、怪我したとき? 「じゃ、肉体は誰のモンか?」って?さー誰のモンなんでしょう?遺伝子のモンかもしれませんし、ミトコンドリアのモンかもしれません。宇宙の何処かに有る意識って奴のモンかも、“神”って奴のモンかもしれません。とりあえず、わたしは、この肉体って奴は“自分の一番近くに有る預かりモノ”って考えています。で、預かっているからには有効に使おうと…。まっ、自殺するコトが有効に使うってんなら止めません。精々、“有効”に使ってください。 だけど、可笑しいよね。自殺考えてる人間でも、息はするし、腹は減るだろうし、糞だってするだろう。体は生きようとしてるのにね。こう、精神の力で「エイヤッ」って心臓止められる人が居たら、わたしはその人のことを“真の自殺者”って、敬意を込めて呼ぼう。って、わたしに呼ばれても仕方ないと思うが…。 しっかし、生きることには『何の意味もない』だとか、人生は『やり過ごす』ことだとか『暇つぶし』って、Dr.キリコが活躍した『安楽死狂会』ってHPには書いてあったらしいんだけど、そんなんHPで高らかに宣言して何になったんだろ〜っ?こんなことにみんな知ってても言わないことナンじゃないの?まっ、どーでも良いけど。消えたHPだし…。 ダラダラ本文より長い私見っての書き連ねてきたけど、ココまで書いて思ったね、わたしは。 結局、“Dr.キリコ事件”ってガキの事件。まっ、ガキってのに語弊があるなら、新入学の大学生!悪ノリして“一気”したら死んじゃった!で、ビビッて自分も後追い。 まっ、何やっても生き残る奴は生き残るし、死ぬ奴は死ぬ。大自然の法則だ! お好きにどーぞ! 【PS】 この駄文書くにあたって、大元になった『安楽死狂会』ってHP探したんだけど、案の定、閉まってました。だけど、そのHPでDr.キリコがやっていた『ドクター・キリコ診察室』って掲示板は残っていました。 そこには、熱血バカで“お薬マニア”のDr.キリコの、ノー天気な薬学知識ヒケラカシ文章が書いてありました。 「熱血バカの死は呆気ない」ってのは本当だね(笑)。 |
文責HAL