すかっ!本


高沢皓司著『宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作―』新潮社、1998年。

はじめに
 「認めたくないものだな、自分の若さ故の過ちを」(byシャー)
 『宿命』読後の第一印象が、上の言葉でした。
 しかし、こんなことを言えるのは1967年生まれの人間の特権で、「よど号」の時代、学生だった人に言ったら、袋叩きに遭うだろうな…。
 そこで、「我々はあしたのジョーである」を手がかりに、当時の時代の雰囲気を漫画から振り返る為、当時、一世を風靡した漫画かつ、私の読んだもので、年表を作ってみた。

“熱血バカ”の時代 
 すると、凄い!
 凄すぎるゾ!
 梶原一騎(スゲー1発で変換した!)!
 60年後半から70年前半!
 イヤはっきり言おう66年〜73年!正に、梶原一騎全盛時代!
 作品で言うと、66年『巨人の星』に始まり、73年『愛と誠』まで。
彼の作品を除いても、『天才バカボン』(67年)、『ハレンチ学園』(67年)以外、『アタックbP』(68年)、『サインはV』(68年)、『エースをねらえ』(73年)といった“梶原型熱血漫画”のオンパレード!
 “熱血バカ”な時代だった!
 時代が“梶原”だったって事は解った。みんな(少なくとも学生運動していた人)が、“熱血バカ”に憧れ、支持した時代があった。しかし、ココで疑問が残るのはなぜ『あしたのジョー』でなければならなかったのか?
 「我々はバカボンのパパだから、バカボンのパパなのだー」は、梶原ではないから「よど号」犯が言わないのは理解できるが…。
 ではなぜ、
「我々は星飛雄馬である」や
「我々は伊達直人(『タイガーマスク』68年)である」や
「我々は一条直也(『柔道一直線』67年)である」ではなく、
「我々はあしたのジョーである」であったのか?
 私が−勝手に−思うに、答えは原作が梶原一騎の名ではなく、高森朝雄であったから、てな、月並みなモンじゃないぞ! それを言ったら、『四角いジャングル』(78年)だって高森朝雄だ。しかし、確かに重要なヒントではあるが…。
 『いきなり最終回』(別冊宝島235)に於けるインタビューで、作画のちばてつやは、梶原(高森−以後ややこしいので梶原に統一−)の書いたラストに納得できず、「ラスト、変えさせてください」と願い出たという。梶原の考えていた最終回原作は、破れたジョーに段平が「お前は試合には負けたが、喧嘩には勝ったんだ」と声をかける、と言うものだった。ここに、梶原作品の中で−ちばてつやの作品の中でもそうだが…−『あしたのジョー』が異彩(一種、ケレンのようなモノ)を放つ理由があると、私は考える。
 梶原のその他の作品のラストを見てみると、
  左腕の腱が切れた星飛雄馬。
  ダイナマイトキッドとのJr.タイトルマッチ前日にトラックに轢かれた伊達直人。
  早乙女愛(何ちゅー名前じゃ!)の手の中で、死んだ(らしい)太賀誠(これも!)。
 と言った具合に、みんな主人公は悲惨な、と言うか真に呆気ない、最期を迎えている。星なんか「しばし 球界もファンも騒然となったが やがて忘れられた」なんてナレーション付き! そうなんです、梶原作品で主人公が唯一(あっ、『空手バカ一大』71年、『四角いジャングル』、『プロレススーパー列伝』80年なんていう実録モノ、セミドキュメントはナシね)、読者に訴える形でラストが“飾れて”いる。
 このラストなんでしょう! 「よど号」犯が影響されたのは。“熱血バカ”の最後は呆気ないモノ、もっと直接的に言えば、バカはバカなりの死に方しかできないって言うことが、彼ら「よど号」犯は許せなかったのだろう。
 しかし、いくらジョーに憧れても、『宿命』の中で、何とも呆気ない死に方(実はそうじゃなかったりしてあの国だから…)をした田宮高麿に対し、壮絶な死を遂げたであろう(私の思い入れか?)吉田金太郎。歴史ってヤツは、ときとしてこんな演出をしてくれる。

“熱血バカ”の終焉
 ここで、新たな疑問がわく。それは、彼ら「よど号」犯はその後の日本の漫画を読んだことがあるのだろうか?
 読んだことがあるのなら「若さ故の過ち」に気付かなかったのだろうか?
 いや、主体思想の前では気付かないか、イヤ、そんなこと気付いたとしても言えないか。
 「右手(左手か?)に朝ジャ、左手(右手か?)にマガジン」と言われていた時代も今は昔。
 朝ジャは休刊、少年マガジンはジャンプを抜いて絶好調。
 そのマガジンを梶原の得意分野−ガキ大将、スポ根、格闘技、学園モノ−でみると、
    ガキ大将…『カメレオン』
   スポ根…『Dreams』、『Jドリーム』、『シュート』
    格闘技…『新・コータローまかりとおる!』
    学園モノ…『BOYS BE …』、『GTO』、『金田一少年の事件簿』(入れて良いよネ)
てな具合。内容は…、“梶原一騎が化けて出るぞ〜、娘と一緒に”的モノばかり!
 そこには“命がけの○○○道”(○○○は、喧嘩でも、サッカーでも、野球でもお好きなモノを)は存在せず、人間のできる範囲の努力で“具体的”目標に向かう人間が描かれている。『巨人の“星”』ではなく、甲子園であり、“あしたの”為ではなく、“女にもてる”為の普通の努力である。
 マガジンは漫画は「よど号」の時代と斯くも変わってしまった!
 「責任者、出て来ぉい!」(by中田大丸・ラケットっだったけ?)
 ターニング・ポイントとなったのは72年。そう、浅間山荘事件の年…。
 あの事件は“熱血バカ”の行き着く先−道を極めんが為に、起こったリンチ殺人−を、全国に知らしめた。私も耳鼻咽喉科で見ていた覚えがある。
 野球漫画で見ていくと、その年に出た漫画は『アストロ球団』(作/遠崎史郎 画/中島徳博)、『ドカベン』(良いよネ、書かなくても)、『キャプテン』(ちばあきお)。そして、梶原の新連載は『柔道讃歌』と言った小作(読んだことないんだ!なんか、一徹&飛雄馬の「父と子」に対抗する、「母と子」って話らしい)。
 “熱血バカ”は『アストロ〜』(特訓で重傷、試合で死ぬのが当たり前って内容)で、そのピークを迎え特訓はただの記号に形骸化され、熱血は流血に変わり、読者に飽きられた。そこに、『ドカベン』、『キャプテン』と、等身大の主人公(山田太郎って名前からして)が現れた。「有刺鉄線電流爆破デスマッチ」から、バーリトード!?  その後、70年後半、梶原も“熱血バカ”巻き返しに『新・巨人の星』(76年)、『四角いジャングル』(78年)、『プロレススーパー列伝』(80年)と続けざまに出す。だが、それをフォローするべき新人が『リングにかけろ』(車田正美、77年)、『私立極道高校』(宮下あきら、79年)、『キン肉まん』(ゆでたまご、79年)と、“熱血バカ”のバカたる所以の特訓を省略し、名ばかりの必殺技を叫び(例.「ボルテッカ・マグナム!」)、熱血のおいしい結果だけを採用することで、いよいよ最後のときを迎えようとしていた。
 また、『1・2のアッホ!!』(コンタロウ、76年)、『すすめ!!パイレーツ』(これも省略、77年)、『うる星やつら』(略、78年)が、“熱血バカ”を笑う、と言う新しい楽しみ方を読者に提示した。

閑話休題
  ふぅ、 あっ! 今、気付いたけど、『少年ジャンプ』って、“熱血バカ”なマガジン的価値観を、“友情・努力・正義”っていう三本柱でパロることで、潰したんだ!そのジャンプも三本柱マン(『とっても!ラッキーマン』集英社、(ガモウひろし、93年)の、見方の一人)なんて言うキャラクターで、パロられて終わったのか…。正に、 因果応報  

 さてと…、何処まで話したっけ?バカを笑うととこか…。
 で、70年代が終わり、81年…。
 「もういいよ、疲れるから」(by上杉達也)、で“熱血バカ”の時代が幕を閉じた。ちゃん、ちゃん。
 北朝鮮(最近この言葉も放送禁止用語になるってよ)の、「よど号」の皆さんは可哀想だ。  因みに、“熱血バカ”終焉に一役かった、ちばあきおが、ちばてつやの弟だと言うことも付け加えておく。

終わりに  
 上の文は、多分に我田引水なところがあるが、改めて「よど号」の時代を、漫画と言う切り口で見てみると、両者がしっかりとリンクしているように思える。いや、これはリンクするように資料を調べて書いたからか…。あはは(~_~;)。
 あっ!でも、私、“熱血バカ”好きです。愛しています。
 だから…、“テポドン”なんて剣呑なもの撃たないで(^_^;)!
 『プルサガリ』名作でした!何時か『すかっ!映』でご紹介します。
 それと、今回は、マンガ界とのリンクを中心に書いてしまいましたが、私の友人(実は、この本を紹介してくれたのも彼)は、『あしたのジョー』自体とのリンクを指摘してくれました。これについては、もう一回、両方を読み直してから書きたいと思います。

※文中の作品についての年号は、連載第1回目のモノを使っています。
 『宿命』について書くつもりが全然別のモノに成ってしまった…(アハハ…)。
 でも、この本を読んで改めて思ったことは、ノンフィクションを越えるフィクションが読みてー!ってことだ!

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