すかっ!本


新渡戸稲造著、佐藤全弘訳『武士道』教文館、2000年

 「新渡戸稲造って、聞いたコト有るンだけど誰だっけ?」ってわたしだけ?
 そう、5000円札の肖像になっている人です。
 で、「夏目漱石、福沢諭吉ってのはなんとなく知ってはいるンだけど、新渡戸ってどんな人?」つぅ、わたしをはじめ皆さんの為に調べました。
  新渡戸稲造は1862年(文久2)十次郎の三男として盛岡(現岩手県盛岡市)に生まれた。9歳で叔父太田時敏の養子となり東京へ出る。札幌農学校卒業後、アメリカ、ドイツへ留学。農学、経済学などを学び、札幌農学校教授、台湾総督府技師、京都帝大教授、旧制第一高等学校校長、東京帝大教授などを歴任。教育者として多くの人材を育てる。1911年(明治44)初の日米交換教授としてアメリカで講義。当時立ち遅れていた女子教育にも取り組み、1918年(大正7)東京女子大学初代学長となり設立に尽力。1920年(大正9)国際連盟設立時には事務局次長としてジュネーブに滞在(1926年退任)。太平洋問題調査会理事長などもつとめ、国際平和に貢献。1933年(昭和8)カナダ・バンフ太平洋会議に日本側理事長として出席し、ビクトリアで逝去。71歳。1984年(昭和59)五千円札の肖像画となっている。主な著書「Bushido-the soul of Japan」(英文・武士道/1900年)「農業本論」(1898年)「修養」(1911年)「世渡りの道」(1912年)など多数。
 え〜、なんと言うか立派な人です(^_^;)。
 で、その「Bushido-the soul of Japan」(英文・武士道/1900年)の翻訳が今回の話題です。


 最近、『武道通信』つぅ前田日明が編集している雑誌にハマってしまって、そこのHP伝言板(無銘刀)にカキコ(HNは奉公人HAL)してるウチに、なんか投稿するハメになってしまい、まっ、早い話『ライト・スタッフ』しています。
 この伝言板、「武士道RPG」って例えた友人がいますが、マッタクその通りです。
 んで、「武士道、武道って言っているが、なんじゃらホイ!?」ってコトになっているとき、書店でコノ本見つけました。家(親父文庫所蔵)に矢内原忠雄訳の岩波文庫のが有ったんですけど、なんと1938年初版って代物で殆ど古文。『土屋の古文222』すら読んだコトないわたしにとっては解読不可能。それになんと言っても、古今東西の文学、歴史に詳しい新渡戸の知識の豊富さについて行けず、読んだけどサッパリ解りませんでした(T_T)。
 んが、佐藤全弘版は注がしっかりしていて、索引も付いて―勿論、現代語訳だし―、コンなわたしにも非常によく解りました。

 『武士道通信』や『新・ゴーマニズム宣言』、『国民の歴史』やら、ココんとこ「愛国心」じゃなくて、愛国心ってのが持て囃されているけど…、なんなンでしょ?
 リアルHALを知っている方の中には、わたしが去年末に研究課題を大揉めに揉めた末、地政学から消費者問題に換えたコトをご存じだとは思いますが、そのとき「右翼から180度転んで、左翼に」とか陰口きかれました。
 なんなンでしょう?「右翼」とか「左翼」って??
 元々、「左翼」って言葉自体、フランス議会で「左翼」の方々が座っていた“場所”が左側ってだけでついた名前であって、そうすると、「右翼」なんて思想は無く、「左翼」じゃない人々って意味しかないと思うンですけど…。言いかえれば、ニュートラルから極右までを含めて「右翼」。コンな曖昧な言葉(「右翼」)が一人歩きして、「“日本のコト”を考えるのは「右翼」」、「“日本の市民コト”を考えるのは「左翼」」っておかしくないかい??
 もっと、酷いのは「戦争のコト考えてる奴は「右翼」」っての!
 短絡過ぎて笑っちまいます。
 「じゃぁ、中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国は「右翼」か!?」
 国として戦争に備えるのに右も左もないと思うんだが…。

 「戦争はイカン」って考えるコトはしょうがないと思います。
 「戦争を無くしたい」って気持ちも解ります、し、わたしもそうです。
 んが、「戦争は“残酷”だから」とか、理由をつけるのは“?”です。逆に、戦争賛美も“?????”です。
 戦争賛美にならず、しかも“良い悪い”なんていう価値から離れて科学できないもんですか?「民主主義な戦争論」ってヤツはないもんか?
 えっ!「HAL!お前がそれをしようとしてたんだろ?」ですって!?
 スマンm(__)m。
 体力と知力の限界、横槍、様々な理由でドロップ・アウトしてしまいました。
 だから、ガクモンにならないトコロで、こうやって書いてるんじゃないか!!

 置いといて…。

 先の大戦、私見では「未熟な民主主義下で戦争はじめて、負けたお陰で、悪モンにされた」って思っています。
 未熟な民主主義だったンです、日本の「帝国主義」ってヤツは。
 これ説明しだすと400字詰め原稿用紙100枚超えるンで、簡単に…。
 民主主義ってのはキリスト教とセットなんです。
 んで、維新のときの日本人には大和魂ってのがあったから、キリスト教を素直に輸入するコトができなかった。で、お得意のアレンジをしてしまった。あんパンや、カレーうどん、めんたいスパゲッティーのように…。
 それが、日本の「帝国主義」。
 民主主義の肝の“God”を“現人神”にして。
 後世を生きているわたしなんか、歴史の“if”を考えちゃうけど、当時の人は神ならぬゆえベストと思ったンでしょう。それによって日本だけでなくアジア各国が不幸になってしまったコトは反省すべきコトですが…。
 まっ、兎に角、このキリスト教精神なき民主化の失敗。
 と、戦後、それを良いように戦勝国に利用されたことが、20世紀のどん詰まりの今日、色んなトコで問題として噴出しているんでしょう。

 では、キリスト教化を阻んだ大和魂とは果たして…。
 後は、皆さん『武士道』読んで下さい。
 因みに、新渡戸自身キリスト教徒です。   

*投稿するハメ:『武道通信』拾ノ巻 4月(5月かも?)に発売に載るのかなぁ〜?


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