すかっ!本


三島由紀夫著『葉隠入門』光文社,1967年

 お、お久しぶりです!
 気付いたら、年も明けて2000年本番!てなコトになってました(゚o゚)!
 んで、HALメは年末年始の散財のツケがまわり、しかも、それを取り戻そうとパチンコに賭け敢無く“撃墜”!ちゅどぉ〜〜ん!あと、2週間¥20,000で過ごさなければなりません!しかも、その間、2回京都〜名古屋を往復せねばならない!勿論、新幹線ではなく鈍行を使います。鈍行の“旅”も良いもんだ!
 な、ワケで本買うお金も有りません(キッパリ)!
 んが、“読書の習慣”なんて言う厄介なモンを背負わされている、わたしとしてはこの状況はヒジョーに辛い。このような“ピンチ”のとき助かるのが“親の本棚”。
 わたしンとこは、両親とも“読書の習慣”が有ったらしく(父親に関しては、その本棚しか語ってくれません)、また、本を捨てたり、売ったりするコトがなく大量の書物が転がっています。特に、父親を知らないわたしは、“父親の本棚”がオヤジ代わりになってくれました。
 まっ、中には三浦雄一郎著『スキー武者修業』(山と渓谷社,1964年)とかあって、「なんだかなぁ〜」って、気にさせられることも有りますが…。背に腹はかえられないとき助けられます。

 んで、今年最初の読書が『葉隠入門』シブ過ぎます!
 隆慶一郎の『死ぬことと見つけたり』(新潮社)読んだとき、素直に「カッケェ〜ッ!」って思って、興味は有ったンですが、戦後民主主義教育にドップリ漬かっていたわたしとしては、『葉隠聞書』=七生報国=日本軍=太平洋戦争=帝国主義=侵略=……って、様々な思惑が重なり“チョットねぇ”な本でした。
 それから何年もたって、色々“ガクモン”を積んで、“自分”つーモンが出来あがって、んで、世間では、「自虐史観vs.自由主義史観」なんてコトが起こり、前大戦(当時、日本では“正式”には名前が付いていなかった!“世界”を相手に戦争してるつもりなかったンだろうなぁ)を、もう一度考え直す風潮が起こり、わたし的にも世間的にも正に“旬”。

 一読後(-。-)y-゚゚゚
 何なんでしょう?この清々しさは!!
 読む前に持っていた、“わたし的「死ぬことと見つけたり」観”は吹き飛んでしまいました!
 『葉隠』の言いたかった、「死ぬことと見つけたり」って、前に書いた↓の“グラフ”の「擬似的な基準点、“0´”を設定する」の“0´”を“死”に設定したってコトの宣言だったんだ!
        
 それが色んな人の“手垢”に塗れたお陰で、「=七生報国=日本軍=太平洋戦争=帝国主義=侵略=……」なんて解釈になちゃったンだ!
 勿論、“手垢”には切腹した三島由紀夫も含まれてンだけど…。
 “死”っつぅのを飾り立てず、そして、“犬死”とか卑下せず、あくまで“ニュートラル(=0´)”なモノとして常に身近に置いておけば“威”ある生き方が出来るワケだ。

 知っている人は、知っていると思うが、わたしの父親は30年も前に亡くなりました。今回、拙文を書くにあたり、『葉隠入門』の出版された年を調べたら、丁度、死ぬ2年前に読んだモノだと思われる。その頃は病にも侵されていなかったであろうが、少し“しんみり”。
 で、『葉隠入門』を読んで、“覚悟”が決まったであろう、父の最後の言葉が、
 「クッキー取ってくれ」爆!):母談。
 あ、あんたって人は…。
 まっ、そんな人の息子であるわたしは、とりあえず、毎日パンツ替えるコトからはじめます。

PS.『葉隠入門』は、新潮文庫で手に入ります。


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