すかっ!本


小野不由美著『東亰異聞』新潮社、単行本1994年、文庫本1999年

 最初に言って(書いて)おく!
 “東亰”と云うのは決して変換ミスでも、わたしの思い違いでもなく、本当に“東亰”って成ってんだ!最初、コンな字ちゃんとワープロで出てくるのか心配になったが、探したらありました!IMS98賢い!
 んで、なんで東京ではなく“東亰”かというと、『紺碧の艦隊』(荒巻義雄、徳間書店)の“照和”と同じように、“異界の話感”を出すためなんでしょう。

 ホントはね、前々から、小野不由美の作品は『屍鬼』(新潮社、1998年)を紹介しようかなって思ってたんだけど、なんせ、この本まだ文庫化されてねーんだ!しかも、上下2冊で¥5000くらいする。そんな本薦めて、「面白くなかった」、「金返せ!」、「騙された!」なんて苦情言われてもわたし責任持てません。あっ!そんなにこのHP、影響力持ってないか…。
 き、気を取り直して。だけど、どうしても小野不由美を紹介したい!って思っていたら、『東亰異聞』がこの度、文庫化しました。¥590(税別)なら、昼飯一食抜けばなんとかなる金額だ!「騙された!」って苦情も最小限で済むだろう。なんて、保身を考えている今日この頃…。って、だ〜か〜ら、『すかっ!パラ』にそんなに影響力があるかい!!

 小野不由美の作品、口さがない連中に言わせると「キングの日本版」らしいけど、わたしは問いたい、「どの辺が?」って。ナンか直ぐ、“異界のモノ”の物語を評価するとき、「キングの亜流」だの、「クーンツの真似」だの言う人がいるが、その人らって、どの作品と比べて言っているんでしょう?わたしに言わせると、全然違うようにしか思えないんだけど…、少なくとも小野の作品は。
 まっ、そうやって一時的に作品にレッテルを貼って分類(=安心)することは、わたしもよく―本当によく―やるコトなので、他人さまのコトをとやかくは言えないが、少なくとも読む前にはそう言った“評価”は邪魔になる。
 あっ!わたし前回、小林泰三のこと“日本版Cthulhu神話”とか書いていた…(^_^;)。
 い、いや、ナンちゅ〜か…、本中…(い、イカン!ベタなコトやりそうになった!)。人間は、矛盾した生き物である!ってコトで許して。

 んで、『東亰異聞』なんだけど、舞台は“帝都東亰”、ときは明治29年、のお話。文明開化が一段落して、だけど、抑え込まれた“闇”はそこかしこに、“矛盾”として存在する、場所と時間。
 文庫本の解説(野崎六助)には、『東亰異聞』と同時期(1994年)に出版された、京極夏彦『姑獲鳥の夏』、宮部みゆき『震える岩 霊験お初捕物控』と並べ、「いつの間にか、人びとが、こんなに恐ろしい時代に生きなければならないことを思い知らされ、不安を抱くにいたった1995年」の予兆の作品群としている。言うまでもなく、1995年ってのは阪神淡路大震災やオウム地下鉄サリン事件のあった年。
 って、そっかぁ?
 わたしなんか、“帝都東亰”って聞いただけで、『帝都物語』思い出したけど…。まっ、確かに物語りの中にはナニかの“予兆”ととれないコトもない作品もあるが、わたしに言わせれば、そんなモンは作者が時代の“空気”に敏感だっただけってことだ。それに“異界”の話の舞台は、混乱し、“闇”が跋扈するようなトコに設定した方がやりやすい訳で、そう言うコトでは上の3作品の舞台設定は別になんの不思議も無い。

 って、何でわたし、解説の解説してんでしょうか?
 戻します。
 小野不由美は…
 あ〜も〜っ!メンドくせー!
 読んでください。きっと、面白い方には面白いし、面白くない方には面白くない作品です。って、議論を放棄した態度でした。スイマセン。

 なんで、面倒なんだろう?
 そっか、「少なくとも読む前にはそう言った“評価”は邪魔になる」なんて、自分で自分縛ったからか。だけど、考えてみればココは、本の紹介。わたしの評価なり、価値なりを発表しなきゃなんないんだった(溜飲)。
 てな訳で、皆さんに邪魔な評価(=先入観)をさしあげましょう。
 小野不由美の作品は“ムラ社会的恐怖”を描いている。村上龍なら“ムラ社会”を“農耕民族”と書くだろう。だから、断じて、彼女は和製キングでは無い。


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