すかっ!本| 突然なんですが…、 ウチ、婆ちゃんがアルツハイマーなんだよね。海馬って短期記憶を司る脳の機関がスカスカ。これって、良いよね。過去⇒現在⇒未来って云う観念的時間の束縛から自由でいられるんだから。 観念的時間から開放されるって、もしかして物理的時間からも開放されているってコトじゃないの?勿論、観測者であるわたし自身が観念的時間に束縛されているため、目の前の婆ちゃんは《わたしの時間》における婆ちゃんであるから、イキナリ目の前から消えてタイム・スリップなんてコトは起きないけど…。なんてコトを、『玩具修理者』の中の『酔歩する男』読んで思いました。 この本って、単行本で出版された当時、欲しくてたまりませんでした!瀬名秀明『パラサイト・イブ』と同じ《第2回ホラー小説大賞》の短編の部受賞作品ってことでスゲー読みたかったんです。だけど、臆病なわたし買わなかったんだよなぁ。 何たって、“人形ホラー(ってジャンルあるのか?)”ダメなんです。昔、山岸涼子の『わたしの人形は良い人形』っての読んで以来、ホンと、“人形ホラー”ダメなんですよネェ。きっと、この本も『わたしの人形〜』と同じ運命―本棚の奥のほう、絶対、目に付かないところに置かれる―を辿るだろうと思って読みました。因みに、日野日出志の一連の作品『地獄変』などもこの運命に…。あと、鈴木光司『リング』は一時期“手元に置きたくない本”状態になっていましたが、紆余曲折があった後、『らせん』、『ループ』そして、『バースディ』(NORYさんあなたの忠告があったにも関わらず、買ってしまいました(T_T))の出現で今はめでたく(!)4冊ならんで本棚に“デン”と鎮座しております。 でさ、読んだ感想は「この人、ラヴクラフト・“ファン”なんだな。それも、かなりコアな」ってモンでした。だけど、朝松健、梅原克文、菊地秀行、栗本薫、友成純一といったCthulhu神話体系の単なる“フォロアー”ではなく“ファン”。其処彼処に小ネタ的にCthulhuネタが使われている―eg.『ようぐそうとほうふ』―にも関わらず、話自体がCthulhu神話“お約束”の“旧支配者”が云々とはなってない。でも、話全体の“あっち側感”てのが紛れもなくCthulhuなんだよネ〜ッ。 あっ、もしかして一人で走っちゃった?申し訳無い! では、ここでCthulhu神話講座。知ってる人は飛ばしちゃって!
なかなか、他の言葉に置きかえれないんだけど、「気持ち悪い」ってのが近いですかネ。いや、気持ち悪いっても、スプラッターな気持ち悪さじゃなくて―スプラッターなトコロも有るけど―、例えるなら、大型船で外洋を行くときの「気持ち悪さ」。なんだか、揺れてんだか、揺れてないんだか判らないけど揺れているって感覚。船酔いに強い人は理解できないよな〜ぁ(T_T)。 あ、じゃあ、ジャンボ機に乗ってるときの「居心地悪さ」ってのは?どお?あのナンとも言え無い、踏ん張れない感じ。えっ!飛行機にも強いって! う〜ん、よしっ!長距離(800qぐらい)クルマで高速走った後、博多でイカ刺し肴に酒飲んでピンクの壁のホテルのベッドに横になったときの「浮遊感」ってのでどや! と、兎に角、“少しだけズレた日常”の「気持ち悪さ」のことを“あっち側感”って言葉で表してみた。 んで、『玩具修理者』の“あっち側感”がCthulhu神話と非常に似ている。本の題名にもなっている短編『玩具修理者』は勿論、はじめに書いた『酔歩する男』の時間感覚ってのの“ずれ”なんて「気持ち悪さ」では本家と良い勝負。 “Cthulhu神話日本版”じゃなくて、こりゃ、“日本版Cthulhu神話”です。 少し、評価しすぎたかも…。 本棚の奥に直行です。 だけど、懲りずに第2作品集『人獣細工』(角川書店,1997年)買っちゃいました! |
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