すかっ!もん


ナターシャ・グジーコンサートに行く

 では、問題です。
 1986年4月26日にいったい何が起こったのでしょう?
 えっ!岡田有希子が飛び降り自殺した日だって!?
 お、オシイ!それは、4月8日。
 もう、忘れちゃった人(わたしも含む)が多いだろうけど、その日はチェルノブイリ原発が爆発した日です。
 あれから13年も月日は流れたんですねぇ。人類の悲劇だったハズが、当時、わたしは18歳―浪人まっ最中―、そんでもって、“ソ連”で起こった事故のため、情報もちゃんと入ってこなかったし…、忘却の彼方に穴掘って埋まってました。
 しかし、今なお当地では、被爆に由来する甲状腺癌などの病気で多くの人が苦しんでいます。何でも、900人以上の人が癌の手術をしたとか…。もう一度、心に留めておいて下さい。

 心に留めたコトを前提に、“ナターシャ・グジー コンサート”。
 彼女、ナターシャは当時、彼の地(ウクライナ)で被爆した少女の一人です。彼女は、“バンドゥーラ”っていう61弦のウクライナの民族楽器を奏でながら、歌を歌います。
 今回、【チェルノブイリ子ども基金】の招きで来日し、チャリティーコンサートが開かれました。わたし、ヒョンなコトから聞きに行くコトになりました。

 んで、まぁ、コレが非常に良い!“すかっ!もん”って、“!”を一つだけってのは納得いかん!責任者、出て来ぉ〜いっ!あっ、わたしが責任者だった…。ヨシ、

“すかっ!!!!!!もん”でどや!

 まっ、最初は平日(5月20日)のマッ昼間(13:00)から開かれる、しかも、聞いたコトの無い人の民族楽器による“チャリティー”コンサートってんで、かなり引いていたんですが…。

 開演。幕が上がり、ナターシャが入場したとたん、約1500人の観客が息を飲む「ハッ!」って声が聞こえる。凄い、美少女!
 わたし、前日、徹夜してたんで寝るつもりで会場の一番後ろに居たんすョ。しかし、彼女見た途端、慌てて前の席に移動しました(^_^;)。
 司会進行のおばチャンが、チェルノブイリ事故のコト、被爆した子どもたちのコト、ナターシャのコト、彼女の楽器“バンドゥーラ”のコトなんかを説明し始める。
 わたしの方は、そんな説明は全然聴いてなくって、ただ彼女を見つめるばかり。 すると、「彼女のお姉さんが、1週間前発癌し、ナターシャも心配なので、一昨日精密検査を受けました。ですから、彼女は今日とても疲れています」なんて、アナウンスが耳に入ってきた。
 ………………………!

 おばチャンの話が終わり、ナターシャが“バンドゥーラ”と共に席につく。最初の一音。

 ところで、皆さん。弦楽器って好き?わたし、30になってから弦楽器―って言っても肝心の弦が4本しかないベース―始めたんだけど、弦楽器の“音”って好きなんです。
 それも、弦を弾いた刹那。波長が弦全体を揺らす前の“音”や、弦の上を移動する指が弦に擦れる音、その指が弦を離れるときの音、そう言う“緊張の一瞬”的音が凄く好きなんです。ナンか、そう言う音にその楽器の個性が宿ってるみたいな勘違いがあって…。

 で、ナターシャの“バンドゥーラ”第一音。
 き、来ました!
 なんか、響くんすョ。共鳴と言った方が良いのか?わたしの、ドッカ、“源風景”って奴に…。
 “バンドゥーラ”の音って、一寸、“シタール”に似てなくもないんです。だけど、“シタール”みたく湿ってないんです。ドライ。それも、フリーズ・ドライ。
 わたし、目を閉じたら、“営業時代”走りまくった北海道の内陸の光景が浮かんできました。“荒野の音”。

 そんで、また、その“荒野の音”に付く歌詞が「3つの広い道を通って/ウクライナの3人の兄弟が/異国に行ってしまった/3人は歳取った母親を残した/1人目は妻を/2人目は妹を/3人目は若い恋人を残して/…(中略)…/3人の兄弟は帰ってこない/母親は泣いた/妻は子どもと一緒に泣いた/妹も静かに泣いた/婚約していた女は棺に入れられた」なんて、これまた“荒野の歌”。響きまくります。何処ぞの“3兄弟”とは大違い。
 わたしの琴線は“バンドゥーラ”に共鳴するのでしょう、その“荒野”に。いや、わたしだけでなく、“荒野”に憧れる全ての人に…。

 ナターシャは体の都合で、8曲、時間にすると1時間演奏するのがやっと。8曲聞き終わった後、無性にスチィーヴィー・レイ・ヴォーンが聞きたくなった!
 つーことで、この原稿を聞きながら書いている。
 科学は失敗を繰り返しながら前に進む
 現代は、コウ言う時代だから
 未来は…
 でも、失敗の犠牲者は?
 解かりません!
 わたし一人では、
 わたし一人から、
 あっ、知恵熱が…。ポン!(←弾けました) 
チェルノブイリ子ども基金のHPはココ


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