すかっ!もん| 沖縄シリーズも3回めを迎えました。 コレもひとえに皆様のお陰ですm(__)m。 っと、言ってもなんの反響もないのだが…。まっ、良いさ。このシリーズは、自分が異文化圏で考えたコトの覚書だから。 んで、今回は「戦争と沖縄について」思ふ。 今回の旅行の目的の一つに、「米国軍放出品を買いあさる」ってモノが有りました。んが、結局、なんも買わずに買えってきました。物理的(金銭的)制約が有ったコトも確かなんですが、やっぱ、心理的制約の方が大きかった。だって、物理的制約が厳しければ借金までして『Jet De Go!―JAL機内限定番―』買いませんもん! 太平洋戦争について色々書かれている書物を読むと、“賛美”と“批判”の両極端のモノが多いです。で、“賛美モノ”は戦地・戦場が描かれているモノが多く、“批判モノ”は戦略・政策について書かれているモノが多いように思われます。 んで、“賛美モノ”読んでいるとき、わたしは「用兵がなってない。責任とって死ねば良いってモンじゃない。七生報告なんてナンセンス」とか考え、“批判モノ”読んでるときは「無謀な戦略だが、そのときのベストが必ずしも歴史のベストでは無い。そんなコトを後世の人がとやかく言っても始まらん」って考え、両方を“斜に見て”いました。 んがぁ、今回、沖縄戦の跡を自らの足で巡って、そんな、わたしの見方自体が“後世人の戯言”だったコトを痛感しました!歴史的視点の欠如していたのは、他ならぬコノわたしでした!反省しておりますm(__)m。不快に思われた、虎さんはじめ多くの我が友人・知人の皆さん!今まで、「お前は、歴史的視点が欠如している」とのわたしの言葉は忘れて下さい。 忘れてくれた? もう少し待ちましょうか?もー良いかい? キョロ、キョロ。 はい。忘れましたネ。 戦争に意味が有るのか? 今回、わたしに突きつけられた問題がコレです。 場所は、旧海軍司令部壕の資料展示室。 そこに、大田実指令のお孫さんが、沖縄を訪れたときの“作文”が展示されていました。その一文に「無意味な戦争で亡くなられた云々」と書かれていました。無意味…。 わたしにはそうは言い切れません! 当時の人も有る人は有ったし、無い人には無かったんではないか? そして、歴史の後から来た人にとってもコレは言えることではないか? いや、戦争だけではなく全てのコトに、「意味」「無意味」と後から言えるのか? 良いのか!無意味と言って!? 旧海軍司令部壕に行く前に、平和祈念公園を訪れていました。 そこで、わたしが泣きそうになった(いや、NORYさんが居なければ泣いていた!)モノが有ります。 青森のりんご。 祈念公園は太平洋戦争で無くなられた英霊達を県単位で奉ってあります。 宗教的匂いも、街宣車の騒音もない(シーズンじゃなかったのか?)、粛々とした公園です。 各県がそれぞれ特色を持った奉り方をしていて、“国”ではなく“故郷”の為に戦った御霊が安らぐよう様々な工夫を凝らしています。青森はりんご。愛知は―三菱が有った関係か?―飛行機の主翼。 そう、多分、末端の兵士達は“故郷”の為に戦ったんでしょう。 ココを誤解していました。いや、実感してなかった。 もう1回、やり直しです。 っと言って、やり直す機会を自分で捨てたんですけど…。 いや、捨てて後悔は有りません。 後付けの理論云々で、脳味噌で理解する為言語を重ねるより、青森のりんごで十分。もう、戦争について一切語るコトはしません。 「意味」、「無意味」を考えたさきに、あったりんご。 知から非知に至るとはこのことです。 最後に。 神ならぬ人の身が、歴史的視点なんて持てるはずがない! 今日のベストを重ね、重ねて歴史とし、重ねた歴史を謙虚に受けとめ、明日のベストを模索しそれを、また、積み重ねる。コレくらいがわたしの限界でしょう。 |
戻る |
![]() |
![]() |
| 目次へ | 前回の記事へ |