すかっ!映


出撃!

 全然、更新していない間、ナニをやっていたのか?
 お答えしましょう!
 学会の用意や、自分の発表の準備でスゲー忙しかったんです。
 あと、その合間を縫ってPSソフト『ギレンの野望−ジオンの系譜−』を少しだけ…。
 いや、ご想像の通り、その逆です。
 学問10%、ゲーム90%でした!
 スイマセンm(__)m。
 って、誰に謝っているんでしょう!
 で、その話。
 あっ、学問の話ではなくて…、ゲームの…。
 『学会ウラ話』つぅのも、面白いんですが…、如何せん、わたしにも立場ってモノが…。
 んがぁ、わたしの「HP開設にあたっての誓い」(ナンだソリャ!)で、“ガンダム関係の話はしない”っての立てたので、マンマの話はしません!
 ガンダムマニアにとっては面白いゲームとだけ言っておきます。
 んで、何がカッコ良いかと言うと、そのオープニングです。連邦編の。
 ハッキリ言って、弛緩していた金玉がキュッと引き締まり、鳥肌が立ちました!
 連邦編でスタートさせるときは、必ずオープニングを見てから、“ヤル気”に成ってから始めます。
 特に、ドズルの出撃シーン!
 ビグザムのコックピットに張った、愛児ミネバと愛妻ゼナの写真を哀愁を漂わせた表情で見てから、キリリと操縦桿を握る。
 そのカッコ良いコトと言ったら!あなた!
 そして、そのバックに流れる『哀・戦士』!!!
 それだけで、\6800(税抜き)の価値はあります!
 ゲームはオープニングのオ・マ・ケと言っても過言では有りません!

 思えば、わたし「出撃」のシーンが大好きなんです。
 好きな映画には必ず出てきます。
 『SWW』のルークとソロの会話。
 『ライト・スタッフ』のイエーガーと整備士の会話。
 『メジャー・リーグ』のクライマックス。
 『トップ・ガン』のオープニング。etc.etc.
 映画だけでは有りません。
 F1GPのスタート。メット越しの“眼”。
 ネクスト・バッターズ・サークルに向かう“背”。
 グレーシー・トレイン。etc.etc.
 ナンでなんでしょう??
 少し、自分の中を分析すると…、“覚悟の瞬間”ってヤツが好きナンでしょうな。
 いま、流行の言葉を使うと、「私」から「公」への瞬間。

 『続科学の終焉(おわり)』(ジョン・ホーガン著、徳間書店2000年)なんて読むと遺伝進化論者なンぞが、「利己的な遺伝子」とかヌカして、ナンとかして人間の自己犠牲のような、利他的行動まで、遺伝子の利己的な行動の応用のように説明をしようとしている滑稽さが書かれていますが、わたしもホーガンに賛成!人間の行動全てを“遺伝子”何ぞと言うマジック・ワードを使って説明しようとする科学者ってナンなんでしょ?放って置くと、“優生学”に繋がるんじゃないでしょうか?
 んで、「出撃」。
 “覚悟の瞬間”。
 学者先生は、「自分一人が犠牲に成るコトによって、その種全体の“遺伝子”が救われる。これはコピーを残そうと言う、“遺伝子”の戦略であって、ヒトの美徳では無い」なんて解釈するんでしょう。“覚悟”なんてのは、ただの後付けの理由って…。
 確かに、ドズルは自分の遺伝子コピー(=ミネバ)を残すため散っていくんですが…。
 その他の遺伝子コピーを持たぬヒト、例えば、リュウ、なんかはどうなんでしょ?
 また、主義主張のために死んでいくヒト、例えば、ガトーは?
 はたまた、主義主張も無く、一見“しょうがなく”て死んじゃうヒト、例えば、スレッガーは?

 わたしゃ、ヒトが遺伝子の運び屋って軽いモンから開放され、利他的行動を自らの意思(う〜ん、この言い方は厳密ではないな?“洗脳”とかが有るから…)で、選択できる生き物だと思うんですが…。
 で、なきゃ、ほぼ同じ遺伝子同士が戦争(宗教戦争など)するなんてコトの説明がつかんもん!

 なんか、話が纏まらないが…。
 遺伝子から開放された“覚悟の瞬間”―出撃―が好きな理由を述べてみました!
 で、でも、コウ思うコトも遺伝子の戦略なのかも! 

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