HYPNOSIS - 





催眠という言葉はよく耳にする。俺は催眠についての知識は殆ど無いが今回はそれがどんなものか、催眠の効果から考えられる構造等を勝手に考えて書いていきたいと思う。正直言ってあまりあてにはならないかもしれない。


「暗示」「無意識の覚醒」等が催眠の大体の効能だろう。
暗示はその人間の精神の中に何か他のものを埋めこんだり、鍵を与えてその鍵となるものに接触した際にある行動を行わせるもの等だろう。無意識の覚醒はその人間の精神の中に元々ある眠っていたものを呼び起こすものだろう。注目したいのは、いずれも人の精神に入り込むという事だ。


俺はよくこう考える。精神と肉体は表面上や捉え方は全く異質なものの様だがその本質は全く同じものだと。元来、世界にはありとあらゆる2面性が存在しているのだ。太陽に反して月、表に対して裏、ならば肉体に対しては精神。全く違う様に見えるものが実は背中を合わせてくっついている事は必ずある。肉体の傷を治す時には外科というものが存在する。肉体を切り開いてその内側から治していくものだ。これは催眠と非常に近い位置付けにあるような感じがする。催眠は人の心の内側に入っていく。そうしてその中にある何かに触れて結果を導き出す。こう考えると催眠と外科の類似性は非常に高くなる事が解る。その利用性の高さ、危険性等あらゆる面に於いても。


催眠と外科が共通性を持つとしたら精神に於ける医学的な可能性は非常に高い。現在では完全に治すことが不可能な精神分裂病等もひょっとすると明るい兆しが少しは見えるかもしれない。未だに未知な部分の多い催眠なので時間はかなりかかるかもしれない。外科にしても何百年もその歴史を積み重ねてやっとここまできたのだから。

そして危険性もかなり高いかもしれない。外科が今の状態にまで進歩しているにも関わらずちょっとしたミスで命を奪う事もあるのだ。精神に於いてはその危険性はもっと高いのかもしれない。
人間の精神の中に踏み込んで外科と同じように中をいじるのだ、途中で何か他のものを傷つけてしまうかもしれない。或いはその中でとんでもないものを見つけてしまう可能性だってある。外科の手術中に他の悪い部分を見つけるように。そうした場合、外科ではミスにより取り返しの付かない事もある。催眠でも同じ事が無いとは何人も言い切れる事は出来ない。

元来外科は無数の犠牲者の元に今の地位を築き上げた。これから催眠が医学的に使われる可能性が増えればそれに伴い同じ結果を引き起こすのは目に見えている。ましてや目に見えない精神の中の話だ。誤った人間がその力を手にすれば危ないという事も火を見るより明らかだ。



例を挙げてどの様に危険か書こうと思う。
例えば軽いところからいったとして、心にトラウマ(過去に受けた心の傷)を持つ者がいたとする。そのトラウマは消そうとしても自分で消す事は中々難しい。じゃあ催眠でそれを意識的に取り除こう。で、催眠を行う人間がその者の精神に触れる。暗示をかけ無意識を覚醒させてその無意識の中にあるトラウマに対して更に暗示をかけてトラウマとなっている記憶をあたかも違うものとして書き替える。或いは「次に強い何かの音を聞いたらその記憶は無くなってしまいます」という暗示をかけるかもしれない。成功すれば何の問題も無い。
だが外科と同じで必ずしも成功するとは言い切れない。誤ってそのトラウマとなっている存在に傷をつける事もあるだろうし、途中で他のものに傷をつける可能性だってある。そうした場合、返って危険ではないだろうか。難しい問題だが外科の技術の進歩にもその可能性の代償に様々な犠牲を払ってきたのだ。

だがその技術の進歩は昔では治療不可能といわれてきた症状も治す事ができるところまで発展してきた。もしそういった催眠等の研究等が行われているのだとしたらそれを見逃しはしないだろう。



催眠、有効性は大いにある。心に深い傷を負って人生を終わらせてしまうという例は非常に多い。自殺、精神からくる病による死。もしそういったものを救えるのなら望ましい限りだ。子供達の中に見られる異常状態だって少なくなるかもしれない。いじめられた者やいじめを行った者、親から迫害を受けた者、環境により悪影響を受けた者、その事により苦しむものの痛みを和らげられる可能性があるのなら催眠は一概に馬鹿らしいと言ってはいられない。





催眠自体についても自分の考えを書こうと思う。
催眠のきっかけは暗示によるものが大きい。そして我々が生活している中にも暗示と呼ばれる者は無数に存在する。暗示とは外側からの影響により自分の行動にきっかけを作るものだ。無意識に接しているもの中にも暗示は存在する。例えばテレビのCM。洗剤で言うならば、我々が買い物に出かけた時に洗剤を買おうする。店にはふたつの洗剤があった。ひとつは自分の全く知らない洗剤、もうひとつは普段テレビCM等でよく見かける洗剤。値段が同じならばきっとあなたはCMをしている方の洗剤を買うだろう。これは明らかに暗示の効果と言える。
我々はこうしている間にも催眠と呼ばれるものに必ず接しているのだ。普段接しているという事は危険でもある。サブリミナルと呼ばれる催眠等は気付く事すら難しい、また催眠効果なんてないと思っているものにもそれはある。また、光の点滅等や音の振動数でも催眠の効果はある。全ての人間にとは限らないが精神は外界からの影響をモロに受けている分ありとあらゆるものからその後影響がある。ちょっとした事で昔の記憶が蘇ったりしてしまうという事だ。

可能性は少ないと思うがもし、テレビ等不特定多数の人間の見るまたは耳にするものから「光を見たら死にたくなる」という暗示をかけられればその事を実際に行ってしまう者もでてくる。


ぶっちゃけた話、暗示は簡単だ。文字ひとつで暗示をかける事ができる。毎日毎日たった1行「死」という文字を見せ続けるだけでその人間に暗示はかかっている。「暴力」という文字にすれば暴力的にする事もできるだろう。そうしてその文字を無意識に擦り込ませる様に見せればより効果的だとも言える。毎日寝起きに見せ続けるとかで充分だし一瞬でかまわない。そうしてそれらは本能に訴えかけるものであればあるほど効果的だ。言い替えるならば、暴力的なものには「優しい」や「優」といった文字列を見せ続ければいいのかもしれない。自殺をしてしまう学生等はひょっとすると「死ね」等の言葉を浴びている可能性もあるのかもしれない。人間にとって死という言葉は最も本能に働きかける存在だ。本気にとられる様な調子で口にしてはいけないし、冗談でも止めた方がいい。


無意識の覚醒もその最初は暗示から始まる。ようするに奥の方にあるものに接触するのだから。だが暗示に頼らない方法も無数にあるだろう。きっかけさえあればどうとでもなる。だが無意識の中にあるものを覚醒させるという事は難しい事だ。無意識にあったという事は表面に出したくないという願いがあるからなのでそれを表に出すという事は幾分かの負担になるだろう。傷つけられていた過去の恐怖をまた表に出させればその時の苦しみまで出てきてしまうのだから。本当に外科に似ているとつくづく思う。内臓の悪い部分を治すのに腹を切り開く。当然腹にダメージを受ける。自分の精神の中に他の人間が入ってくるのだから負担もあって当然だ。自分で精神の中に受け入れるわけじゃないのだから。




催眠は確実に存在していると思う。現に普段の生活の中にも催眠効果のあるものが無数に存在もしている。加えて肉体にとっての内科医療がカウンセラーや精神科医による治療ならば外科にあたる部分もあっていいはずだ。そうしてそれを考えた時には催眠しか浮かばない。
そうしてまた催眠は生活の中に無数に存在している。いつ危険なものがでてくるかもわからない。まだ我々の生活の中にはそれを意識する機会g少ない分考えが甘い。催眠で恐怖を煽られるだけでも弱った人間には相当なダメージがある。ホラー映画等は弱っている時には間違っても見ない事だ。
だが催眠はあらゆる方向に向いている。良い方向に働きかければ必ず良い方向に向かう。映画でいえば心の温まる映画を見ればそういう影響が精神の中に生まれる。見せ続ければ効果も大きい。子供を持つ親などは意識的にそうした方がいいかもしれない。
催眠というと響きを悪く捉える方もいるだろうがそれは誤った見方だ。それが良い方向に向かうものと確信出来るなら取り入れない手はない。危険性だけが存在するもの等ありはしないのだから。




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