FINAL FANTASY VIII






歴史という巨大な力に翻弄されている。物語中では「過去の遺物」と「先進的」なものとが違和感無く溶け込んでいるかの様に見えているが、物語中の争いの本当の主軸はその「過去を引きずるもの」と「新しく世界を切り開こうとするもの」という対立関係からその不和は火を見るよりも明らかだ。ただ、見え難いだけに過ぎない。
この時に「世界」は外側にも内側にも存在し、互いに過去と現在或いは現在から直接進行する形で何度も接触する。歴史は目に見える所にも見えない所にも存在するのは否定の仕様もなく確かな事で、主人公はこの物語中でも何度となくその問題に直面する。問題というのは大したものではなく、ただ過去と未来どちらを選ぶかだ。


最終的な結果、過去を切り捨てて主人公となる者は他者の方を選ぶ。これは物語の一応の主題となっている恋愛というところから考えても明白で、終盤に差し掛かる前段階、初期で見通しはつく。ヒロインとなる女性と結ばれる事によって、その道の中に新しい生命が生まれる可能性を秘める。新しい生命はその源である全てを切り放して誕生した時点で未来という道を否応無しに選択している。完全とは言い切れないが。


単純に説明するならば恋愛という行為自体が我々の意識を超越したところで未来への可能性というものを肯定しているという事だ。極論を言えば、この物語に恋愛対象と言う役割の為にヒロインを出した時点で物語の主題に答を出していた事になる。制作者がその結論を意識する前に。そうしてその答のまま進行してゆく。
だが、制作者の意図かどうかは解らないが、「歴史」「過去」というものを切り捨てて未来を選んだ主人公はエンディングシーンに於いて切り捨てたはずの過去に助けられる。もしかすると意図していなかったかもしれない。が仮想の世界とはいえそれも確実に世界の一部だ。現実に我々が過去(歴史)に助けられる事があるように同じ結果が出た。



FINAL FANTASY VIIIを作り上げたSQUAREも同じかもしれない。
FINAL FANTASYは現実にビッグタイトルだ。その名前だだけあれば多少の不出来は許される、関係無しに売れる。だが制作サイドは過去と関係無しに自分達の作ったものを認めて欲しいと願うだろう。そうして先進的(未来)になろうとする。けれど現実にはその過去に助けられつつ成功を治め、それは頭から離れない。

それが物語中にも出てきているのかもしれない。前作のFINAL FANTASY VIIも過去の栄光を虚に作り出した主人公の物語だった。主人公は現在の自分に自信が持てず、無意識の内に虚像を作り出す。しかし最終的には今の自分で良いのだと、まるで言い聞かせる様にして物語は終わりを迎える。
だがVIIIではそれが微妙に変わった。言い聞かせるのではなく、完全ではないが、「良い」と意識している。

結局誰にも過去を切り放す事は出来ない。思い出す事がなくても、現に今の自分を作り出したのはその過去だ。すがってはいけないが時には力になる。FINAL FANTASY VIIIでは意図してかせずか結果にそれが現れている。



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